■ ジブリの新しい風
今回紹介する「猫の恩返し」は、ご存知スタジオジブリが2002年に公開した劇場用アニメーション。DVDにセットで収録されているオムニバス短編作品「ギブリーズ episode 2」と同時上映され、興行収入は約64億円を記録。2002年度の邦画で最大のヒットとなった。 「流石はジブリアニメ」といった感じだが、監督はお馴染みの宮崎駿氏ではなく、新人の森田宏幸氏が務めている。そのため、公開前は「ジブリの若い世代が作り出した作品」として話題になった。製作記者会見の時にも、企画の宮崎駿氏は現れず、「森田監督の作品」というイメージを印象付けるものだった。 それもそのはず、スタジオジブリの顔とも言える宮崎、高畑の両監督はすでに60歳を過ぎており、宮崎監督などは新作を作るたびに「引退」の2文字を口にしている。スタジオジブリ存続のためにも、新しい人材の育成、発掘は急務のようで、宮崎監督が塾頭を務める新人育成講座「東小金井村塾」なども開かれている。 もともと「猫の恩返し」は、あるテーマパークから「猫を使った20分ほどの短編アニメを作って欲しい」という依頼を受けて企画されたもの。宮崎監督は「耳をすませば」の原作者である漫画家の柊あおいさんに原作を依頼したものの、肝心のテーマパークの話は立ち消えになってしまったという。そこで、「せっかくの企画だから、これを新人に託してみよう」という話が持ち上がった。 若手監督を起用するにあたり、当初は「ジブリ映画の監督」というプレッシャーを無くすため、45分くらいのビデオ作品にする予定だったという。しかし、監督となった森田氏が奮起して大作絵コンテを作り上げたため、「それなら劇場版でいこう」という話になったとか。 そういえば、「猫の恩返し」の姉妹作品と言える「耳をすませば」も、47歳という若さで亡くなった近藤喜文監督の初監督作品。「猫シリーズ」には、ジブリの新人監督登竜門としての不思議な縁があるのかもしれない。
また、同時上映された「ギブリーズ episode2」も、新しい映像表現を使い、ジブリにしては珍しく、シニカルでナンセンスな雰囲気を作り上げている。さながら「新時代のジブリを見せる2本立て」といったところだろうか。テレビでさかんに放送されていた、妙に可愛いネコミミ少女のCMに新しい風を感じつつ、「お手並み拝見」という気持ちで鑑賞を開始した。
■ 新時代はネコミミです 主人公のハルはごく普通の女子高生。ジブリアニメの女の子は男子顔負けの活躍をするスーパー少女が多いが、ハルはいたって普通。朝起きるのが苦手で、遅刻の常連。登校時には慌ててけつまづいて靴が脱げ、屋上でボーッと空を眺めていたら、頭にバレーボールが直撃する。前言撤回、普通より頭のネジが何本か抜けている少女だ。 そんな彼女はある日、車に轢かれそうになっている猫を助ける。すると、猫は立ち上がって「ありがとうございます」とお礼を言うではないか。天然ボケのハルは「猫って喋れたっけ?」などと首を傾げるが、助けた猫は、猫の国の王子様だったのだ。その日を境に彼女の生活は一変、猫達は総出で恩返しを始め、挙句の果てに「猫の王子の后になってください」という話まで出てくる。 困ったハルは謎の声に導かれ、「猫の事務所」を訪れる。そこで待っていたのは、フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵こと、猫の紳士バロン。そして、デブ猫のムタ、カラスのトトの3人(匹)。頼れる仲間を得て安心したのもつかの間、彼女は猫の国にさらわれてしまう。はたしてハルは人間の世界に戻れるのか、バロンは彼女を救えるのだろうか。 ストーリーは良い意味で単純だ。地球の存亡をかけたような戦いではないし、殺伐としたシーンもない。もちろん、ハラハラドキドキする場面もあるが、どちらかといえば顔をほろこばせながら見る人が多いだろう。「ファンタジー」、「メルヘン」という言葉がピッタリ当てはまる。一応悪役のポジションにいる猫達も、あくまで可愛らしく描かれている。また、猫の世界は明るいパステル調で描かれ、平和な天国にすら見える。 シンプルなストーリーに代わり、この作品を魅力的なものにしている要因は、キャラクターに尽きると言っていいだろう。特に、物語の途中で猫になってしまうハルが凶悪なまでに可愛い。猫耳が生え、ヒゲが生え、手には肉球が……、あまりの可愛さに鑑賞しながら思わず目眩を起こしてしまった。彼女は人間に戻りたいと泣き出してしまうが、「そのまま猫になっても良いじゃないか」などと、バカなことを考えてしまった。 また、彼女の相手を務めるバロン男爵も文句無しにカッコイイ。キザな台詞がよく似合い、物腰は優雅そのもの。紅茶と静寂をこよなく愛すが、戦いとなれば誰にも負けない。今時珍しい完璧なヒーローだ。そして、彼を支えるムタやトトといったキャラクターも性格がはっきりしており、見ていて飽きない。 こうしたキャラクターの魅力を支えているのは、ジブリならではのハイクオリティな動画だ。細かい仕草が丁寧に描かれ、走る、飛ぶといった動作が躍動感に溢れている。また、背景も忘れてはいけない。猫の国もハルが暮らす現代社会も、驚くほど美しく描かれている。鮮やかな色使いで、思わず深呼吸したくなるようなすがすがしい世界。使い古された言葉だが、見ているだけで癒される画だ。そんな世界を舞台に、魅力的なキャラクターたちが動き回るのだから、見終わって良い気分にならない人はいないだろう。
■ 「ギブリーズ episode 2」もお忘れなく 「ギブリーズ episode 2」は、架空のアニメ製作スタジオ「ギブリーズ」で働く人々の日常を描いた短編アニメ。監督は「ホーホケキョ となりの山田君」の演出を担当した百瀬義行氏が務めている。なお、「episode 2」というからには「episode 1」も存在しており、以前テレビ特番の中で放送された15分程度の短編がそれにあたる。 「episode 2」の収録時間は約25分だが、その中に全6パート、約3話の短編が収録されている。内容はスタジオギブリのスタッフの日常、思い出などを描いたもので、どれものんびりした雰囲気の話になっている。 ● カレーなる勝負 ギブリの近くにある、名物カレー屋の激辛カレーに3人の社員が挑むという話。かなりくだらない内容なので、ぼんやり見ていると気付かないかもしれないが、3DCGを駆使した恐ろしく凝った映像で作られている。「となりの山田君」でも話題となったが、輪郭線が不均一で、セル画調の塗りをコンピュータでぼかし、水彩画のような質感になっている。 また、溶岩のように煮沸する激辛カレーのルーも、驚くほどの手間隙をかけて描かれており、見ているだけで汗が出てきそうだ。「このカレーを食べきれるのか?」というだけの内容を、ここまでこだわった映像で表現するところに、「無駄の美学」を感じてしまった。 ● 美女と野中 主人公は冴えないサラリーマンの野中君。深夜の電車で、隣の席で眠ってしまった女性に寄り掛かかられて、どうすることもできずに終点まで行ってしまうという、これまたパッとしないお話。テーマは「サラリーマンの哀愁」と言ったところ。なお、作画はカレー編とは違った、立体感と陰影にこだわったタッチになっている。 ● 初恋 野中君がふとしたことをキッカケに、少年時代を回想。初恋の女の子との淡い思い出を、水彩画と3DCGを融合させた絶妙なタッチで描いている。笑いの要素はないが、少し切ない気持ちにさせられる作品だ。 全編を通して感じるのは、「実験作品」という印象。アニメーションの新しい表現の手法を模索しながら、ついでにギブリ(ジブリ)のゆかいな仲間達を紹介しようという、「あとがき」もしくは「編集後記」的な内容だ。 おそらく人によって評価は綺麗に分かれるだろう。実際のスタジオジブリの場所や、会社ビルの外観などを知っている「ジブリマニア」は、「この駅はあそこだな」とか、「このキャラクターはあの人をデフォルメしたものだな」などと想像しながら楽しめるだろう。 しかし、普通の視聴者は、内輪ネタを見せられるだけで、置いていかれたような居心地の悪さを感じるかもしれない。作品の内容だけを見ると「あまり面白くない4コマ漫画」といった感じなのは否めない。個人的に新しい試みは歓迎したいが、これを作るだけの労力や財力があるのなら、1本のオリジナル短編作品を作ってくれた方が嬉しかった。
■ 画質、音質ともに合格点 DVD Bit Rate Viewer Ver.1.4で見た本編ディスクのビットレートは、「猫の恩返し」が8.86Mbps、「ギブリーズ」が8.89Mbps。アニメタイトルの中でもかなり高い部類に入るだろう。 画質はクリアそのもので、抜けの良い発色が楽しめる。ただ、明るい場面が多いため、僅かな圧縮ノイズも目立ってしまいがちだ。しかし、高画質ソフトであることに間違いは無い。DVDプレーヤーの性能を良く反映する、画質チェックソフトとしても利用できるだろう。 音声は両作品とも、ドルビーデジタルステレオ(384kbps)、ドルビーデジタル 5.1ch(448kbps)、DTS(768kbps)の3種類で収録する。主にDTSで視聴したが、「猫の恩返し」のサラウンドは全方向の繋がりが良く、BGMも気持ちよく部屋に広がった。また、オーケストラが奏でる楽曲も、上品だが甘くならず、個々の音が埋もれない解像度を保っている。
特典ディスクには、ジブリ作品恒例となった、本編とリンクした絵コンテ映像を収録。さらに、映画公開当時に日本テレビ系で放送されたドキュメンタリーを再構成して収めている。約34分の見応えある内容で、「猫の恩返し」の完成に至るまでの紆余曲折や、森田監督のインタビューなどを収録。より作品を理解できるだけでなく、アニメーションが作られるまでの大まかな工程もわかるようになっている。 また、ギブリーズのコンテンツとしては、CGスタッフによるデジタル技術解説を約18分収めている。ここでは、ギブリーズの特徴的な映像表現がいかにして作られたかが細かく解説されており、思わず見入ってしまった。ギブリーズの映像の凄さは、その内側を知らなければ理解できない。必見のコンテンツと言えるだろう。
■ 今後のジブリを暗示している? 何度も言うようだが、「猫の恩返し」は、キャラクターの魅力に尽きる作品だ。特典映像の中でも紹介されているが、声のキャスティングも絶妙。ハルを演じた池脇千鶴さん、彼女のとぼけた雰囲気や、素直さをよく表現している。また、男爵・バロンを演じた袴田吉彦氏も、若々しくも品のある、イメージピッタリの声を当てている。「耳をすませば」では、露口茂氏がまさに「男爵」という威厳のある声で演じてくれたが、袴田バロンは青年紳士という感じで、ハルの相手役にふさわしい。 また、天然ボケで、空を飛ぶ際には、ジブリヒロインにも関わらず「死んじゃうー!!」と絶叫するハルも、映画の終盤では魅力的な女性に成長する。プロデューサーの鈴木氏は彼女のことを「どこにでもいるようで、どこにもいない女の子」と表現していたが、成長しても純粋さを忘れないハルは、ジブリのヒロインとして十分合格点を与えられる。小さな女の子にぜひ観てもらいたい作品だ。 だが、こうした感想は「キャラクターにどれだけ魅力を感じるか?」によって、作品の評価が変わるという意味でもある。森田監督の初監督作品として、宮崎アニメにはない新鮮なスピード感や、演出面のセンスなど、監督独自の持ち味を感じることはできた。だが、正直言って小奇麗にまとまりすぎた感があり、若さが生み出す爆発的なパワーや、ゆるがない主張、今後の大作に繋がる片鱗などをあまり感じなかった。これは残念なことだ。 現在、テレビやビデオでは数多くのアニメ作品が作られているが、キャラクターやシチュエーションの魅力だけで引っ張っていくタイプの作品が多く、主張も主題も無く、中身がすっからかんという状況が多々ある。「最近のアニメや漫画は、キャラとエロに毒されている」などと、過激な言葉で現状を批判する人もいるほどだ。筆者は「ジブリアニメだから別格だ」と思い込んでいるわけではないが、今回の作品が昨今のアニメの欠点を匂わせていることは事実だと思う。 「ジブリ」というブランドを今後も維持するためには、ジブリアニメ、とりわけ宮崎、高畑アニメが「なぜ、全国で爆発的な人気となり、幅広い層に受け入れられるのか?」について、あらためてジブリ自らが分析する必要があるだろう。そうしなければ、両氏が作品を作らなくなってしまった後、ジブリの未来は暗い。 宮崎、高畑クローンを作り上げるか、まったく新しい才能を発掘・育成するか、ただ単にクオリティの高い映像を作るアニメスタジオになるのか。私がスタジオジブリの今後について眉間に皺を寄せる必要はまったくないのだが、おせっかいなファンの1人として、今後のジブリについて考えたくなる作品だった。
□ブエナ・ビスタのホームページ (2003年7月15日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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