■ キヤノンの本気度 8月4日、キヤノンが行なったDVカメラの記者説明会にて大々的に発表された「ビデオ本気宣言」をご記憶だろうか。ってことは今まで本気じゃなかったのかヨというツッコミはあるとしてもだ、筆者は「XV2」あたりだって相当本気だったと思う。 もっともXVあたりのラインナップは、一応量販店でも買えるのだが、性能面や価格面で純粋なコンシューマ機とは言い切れない部分がある。しかし今度の本気宣言は、コンシューマのシェア奪還を意味していると考えていいだろう。そもそもキヤノンがビデオカメラでプレス発表会を開くのは数年ぶりのことだ。 そんな本気のキヤノンが繰り出すコンシューマレンジでのフラッグシップモデルが、「FV M1」(以下M1)だ。末尾にMの付いたモデルといえば昨年の「IXY DV M」が記憶に新しいところだが、頭にFVがあることから、横型メガピクセル機であることがわかる。 どのメーカーもそうなのだが、従来のメガピクセルを名乗るビデオカメラは、実際にメガピクセルCCDをめいっぱい使っているのは静止画撮影だけで、動画のときは真ん中の68万画素ぐらいを使っている。したがってCCDがいくら高画素でも、ビデオにはその恩恵はほとんどなかった。いやなかったどころか、受光面積が小さくなっちゃうことで、被写界深度は深くなるわ光量は落ちるわワイド端は取れないわで、デメリットばかりが目立っていたのである。 だが今回のM1は構造がちょっと違う。動画撮影時には1,280×960ドットというVGAの縦横2倍で撮影し、それを720×480ドットにリサイズして記録するのである。メガピクセルのビデオカメラが出たときには、てっきり静止画並みのデカい画素で撮ってVGAサイズにリサイズしているもんだと思っていた人が結構いたものだが、それが本当にできるようになったのは、実はほんの最近のことなんである。 いままでフラッグシップといえば、3CCD機の独壇場であった。それをあえて1CCDで挑戦してきたからには、相当の自信があるということだろう。シェア奪還の刺客とも言うべきフラッグシップモデルのM1、その本気度をじっくり調べてみよう。
■ シンプルなフォルムにさすがの光学系 まずはいつものようにボディチェックだ。全体のフォルムはオーソドックスな横型機といった感じで、無難にまとめてきている。フォルムにもうちょっと目を引くような遊びが欲しかったところだが、フラッグシップモデルであまり大冒険するのも難しいところなのかもしれない。 自慢のレンズはガラスモールド両面非球面レンズ採用で、F1.6と結構明るい。もちろん光学手ぶれ補正搭載だ。だがズームは動画で光学11倍、静止画9倍と、フラッグシップにしては若干物足りない気もする。動画でのWide端は43.7mm、Tele端は489mm。静止画ではWide端42.4mm、Tele端383mmである。数値的にはずいぶん中途半端な気がするが、220万画素CCDに合わせたレンズのギリギリの性能を引き出した値なんだろう。
絞りにもレンズメーカーらしいこだわりがあって、6枚羽根の虹彩絞りである。絞りの形はボケの形状に大きく影響するため重要なのだが、なかなかそこまで手が回らないメーカーが多いのも事実だ。 CCDは総画素数220万画素の1CCDで、静止画での最大有効画素数は1,632×1,224ドットの約200万画素。動画では1,280×960ドットで撮ることは既に述べた。また今回のM1は原色フィルタを採用している。もともとキヤノンのビデオカメラは原色フィルタが売りのような部分があったわけだが、実はDVカメラでは「IXY DV2」を最後に、補色フィルタに戻っていた。それが約2年ぶりに復活したというわけである。 レンズ部の左下にぴょこんと飛び出しているのは、昨年のIXY DV Mで好評だったLEDライト。スーパーナイトモードで点灯し、照明がわりになるアレだ。その横のカバーを開けると、AV端子、マイク端子、DC端子がある。端子部分を先に見ておくと、DVとUSB端子はグリップ上部に、体積のあるS端子は独立してRECボタンの前、ヘッドホン端子は背面にある。こうまで端子類が散らばっているところをみると、スマートな外観をキープするため、実装にはずいぶん苦心したようだ。
反対側には、フォーカスボタンやカスタムキー、露出ダイアルなどがある。カスタムキーはユーザーが必要な機能をセレクトして割り付けられるボタンだ。マニュアル撮影を意識した設計ではあるが、デジタルエフェクトをここまで前面に出す必要性があるかどうかは疑問がある。 マニュアルで撮りたがるようなユーザーが、一度撮っちゃったらやり直しの利かないデジタルエフェクトを、撮影現場で果たして使うだろうか。筆者としてはむしろ、手ぶれ補正ON/OFFやホワイトバランスのセレクトスイッチを付けて欲しかった。
液晶モニタは3.5型で、モニタ内部のスイッチ類は再生時に使用する物が集中している。その後ろにはハイエンドモデルの証として、古くはXL1から搭載されていたモードダイアルがここに小さく実装されている。ハイエンドモデルとの違いは、ナイトモードやスーパーナイトモードがあるため、全体のモード数が8つにもなっているところだ。あと1つ増えたら1回転である。
メニュー設定用のダイアルは背面から見て左側にある。これは右手でカメラを構えながらでも左手で操作できるように配慮したものだろう。
カメラ上部には、静止画用ポップアップフラッシュ、アクセサリーシュー、テープとカードの切り替えスイッチ、ズームレバー、シャッターボタンがある。
■ 原色フィルタの威力は十分 ではさっそく撮影してみよう。一般的に補色フィルタの1CCD機は、光量が十分なときの発色は良くても、光量の足りないときの発色の悪さが問題になる。今回は原色フィルタの威力を試すため、敢えて条件の悪い曇天の日を選んで撮影した。 また、今回はWideモードを中心に撮影した。というのもM1のWideモードは、従来のように上下を切っただけというのではなく、ちゃんと横方向にCCDの使用範囲を広げて撮る。従って以前のビデオカメラよりもWideモードでの解像度が良くなっているのである。 まずはWide端だが、数値的には43.7mmとそれほど広くないものの、画角を16:9にすればもっと広角になるので、それほど窮屈感はない。Tele端の光学11倍は、あと一歩欲しいというシーンもあったが、概ねこのぐらいで不自由はないだろう。
ただ、Wideモード撮影の問題点は、意外にもモニタ表示にある。Wide撮影時は、画面が横に押しつぶされた状態、つまりスクイーズ記録を横に拡大しないで見ている状態になるのだ。こういう画像が記録されているのだという意味でのモニタとしては正しいのかもしれないが、こうまでアスペクトが変わってしまうと、構図がちゃんと決められないのである。 絵を撮るということは、風景から一部分を切り出す作業である。そこには当然横長なら横長なりのフレーミングがあって、それを撮影しながら楽しめるからこそ、Wideモードは楽しいんである。解像度的にはウソでもいいから、ちゃんと16:9のアスペクトで表示して欲しかった。 撮影では、レンズ脇の露出ダイアルがことのほか活躍した。絞り優先では絞りの変更に、シャッタースピード優先ではシャッタースピードの変更にと役目が変わる。確かに「露出ダイヤル」である。ゼブラ表示をOFFにしていても、絞りが開きすぎだと数値が点滅して教えてくれるなど、細かい工夫もある。 レンズの特性を生かすには、なるべく解放で撮りたいところだが、さすがに夏だけあって、絞りがなかなか開けられない。レンズが明るいので、あらかじめNDフィルタは用意したほうがいいだろう。 曇天ではあるものの、発色にはまったく1CCD臭さがない。撮ってみるまでは半信半疑だったが、原色フィルタでは3CCDと同等の発色が可能だということを実感した。
■ 記憶色を重視したビデオカメラ 近所で盆踊りがあるというので、ナイトモードをテストしてみた。ナイトモードでは、感度が足りないと自動的にコマを落としての撮影となる。これがまたいい具合にフィルムライクに見えて、なかなかいい感じだ。またS/Nもかなり良く、暗くてもザラつきはほとんど感じない。 提灯の文字や色なども、ちゃんと写る。普通ナイトモードで撮ると、光源なんて真っ白にぶっ飛んじゃうものだが、明るい部分をうまく丸め込んでいる。
便利だったのは、オーディオのレベルコントロールがすぐにできるところだ。太鼓の音などをオートで録ると、ピークで歪んだりリミッタがかかって音圧がヘロヘロしたりするものだが、「オーディオレベル」ボタンをポチッと押して設定ダイアルを回すだけで、簡単にオーディオレベルがコントロールできる。 またスーパーナイトモードでは例によってLEDライトが点灯するのだが、これが静止画撮影でも点灯するのが便利だ。普通デジカメってのは、真っ暗なところでは何にも見えないので、フレーミングできない。しかしM1ではLEDライトを付けて構図を決め、フラッシュ撮影、ということができる。
キヤノンが推し進めている技術に「記憶色の再現」がある。カメラのような記録媒体では、現実の色味がそのまま記録されるよりも、印象に残った記憶色を記録したほうが、あとで見た時の満足度が高い。
デジタルカメラでは当たり前のことだが、ビデオカメラではなかなかそこまで議論されてこなかった部分である。M1の色味も、確かにそういう方向に作っていった色になっている。現場で撮影していても、モニタの色味は現物と若干違って見えるが、家に持ち帰ってから見ると、ビデオ撮りしたとき独特の色褪せ感というか、あれーこんなんだっけー? というガッカリ感がないのである。色再現の正確さにこだわるよりも、1CCDを使ってプロセッシングでこういう部分に落とし込んで来た巧さを感じる。
DVカメラの静止画は、レンズやCCDの性能がモロに出るもの。FV M1が長年そこに注力してきただけあって、ほとんどデジタルカメラの領域に入ってきている。緑の発色や解像感も、これだけガキッと撮れれば問題ないだろう。
■ 総論 DVカメラのフラッグシップはどのメーカーも3CCDと相場が決まっているのだが、キヤノンがそこに1CCDで乗り込んできたのは、かなりの自信があってのことだろう。3CCDでもメガピクセルクラスの静止画を作る技術はあるが、キヤノンの持つデジタルカメラのノウハウを生かせるのは1CCDだという判断だと思われる。そういう意味では、DVカメラでありながら静止画のクオリティを諦めなかった1CCD機、ということになる。 キヤノンのビデオカメラでは、従来からビデオモードと静止画モードでの色味はかなり違っている。今回のFV M1は、色味が違うなりにも、ビデオのほうも静止画並みに記憶色へシフトしてきたという印象だ。 この記憶色へのアプローチというのは、従来ビデオの世界ではなかったことなので、なかなか面白い。現場と同じ色再現性を求めるのではなく、撮ったあとで満足できる色にするというスタイルは、やはり写真っぽい発想だなぁと思う。ほとんどの場合、撮ってきた絵のほうが現場よりも良く感じるので、あれオレってカメラ上手いジャンと自画自賛できるのである。 3CCD機に負けない1CCD機がようやく出来た、という意味で、M1の登場は一つのマイルストーンとなるだろう。ただ残念なのは、技術面では革新的だが、フォルムのほうに斬新さが感じられなかったところだ。ここまで言うのはゼイタクかもしれないが、店頭でPanasonicの「NV-GS100K」やSONYの「DCR-PC300K」と並んで戦っていけるのだろうか。モノの魅力として、敢えてキヤノンを選ぶお客側の満足度をくすぐる仕掛けが欲しかった。 いやなにもオレが人様の商売を心配するこたぁないんだが、どんなにイイヒトでも押し出しが強くなきゃ憶えめでたくない昨今である。見た目が大人しいFV M1がちゃんと同じ土俵で勝負できるのかどうか。コンシューマビデオカメラ業界が、そういう健全な市場であって欲しいと願うばかりである。
(2003年8月20日)
[Reported by 小寺信良]
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