■ あの「ベッカム」の名前が冠された映画
今回取り上げるのは、「ベッカムに恋して」。女子サッカーをテーマにした青春映画で、2002年にイギリスで公開されヒット。ブレア首相やデヴィット・ベッカム選手もコメントを寄せるなど人気を博したという。 つい先日サッカー女子ワールドカップも開催されたところ。世の中的に盛り上がっているのかも……。と安易な気持ちで購入。ディスクは片面2層で、メイキングなどの特典も収録されている。おまけで、携帯クリーナーやフィルム状のしおり、ポストカードなどがついてくるが、価格は4,800円と高め。大手量販店などでもやけに地味なディスプレイぶりというか、平積みされているところはほとんど無し。「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」や「8Miles」などのほかの注目作と比べてみると、寂しい限りだ。 ちなみに、パッケージも某社の低価格パッケージのような赤いトールケースとなっており、4,800円にしてはパッケージデザインも寂しいような……。原題は、「Bend it like Beckham」。日本では「ベッカム様」などという敬称? で親しまれているサッカー選手デヴィッド・ベッカムの名前が冠されているあたり、イギリスにおけるベッカムの存在感というものが伺えるというもの。
■ イギリス社会におけるインド系住民の苦闘を描く
主人公の少女・ジェス(バーミンダ・ナーグラ)は、サッカーとベッカムを愛するインド系イギリス人。ある日、男子に混じってサッカーに興じる彼女に、女子サッカーチームのエースストライカー ジュールズ・バクストン(キーラ・ナイトレイ)が目を付ける。チームへの入団を勧められ、乗り気でクラブへ向かうジェスだったが、厳格な両親がサッカーを許さない。 ジェスの母親は、とにかく伝統的な結婚を望むばかりで、恋愛も原則禁止。結婚は親が決めたインド系住民が原則で、イスラム教徒や黒人との結婚は認められないといった具合。ジェスが教え込まれることは伝統料理やカーテンの張り方などなどで、サッカーなどもってのほかと、取り付くシマもない。 バイトや従兄弟の家に旅行など、家族にはさまざまな口実をつけつつも、クラブで実績を残し、遠征もこなすジェスに、アメリカのプロリーグのスカウトも目を付け出す。しかし、一躍有名選手となったジェスは、新聞記事によりサッカーを続けていたことが、家族に見つかってしまう。 要するに、家族、友情、恋愛などを絡めて、ジェスや友人達の成長を描く青春映画だ。一見、家族の意見を聞き入れて結婚した姉が、実際は奔放な恋愛を繰り広げるのに対し、建前の伝統と自身のサッカーへの情熱の間で逡巡するジェスの姿は、典型的な青春映画の形式をなぞっているのだが、そこに描かれる風景、風俗の描写がなかなか手が込んでいて引き込まれる。 親友のジュールズや、コーチのジョー(ジョナサン・リース・マイヤーズ)などの家庭の事情も丹念に描かれ、例えば、ジュールズの両親は、父は庭にゴールを作るなど全面的にサポートしているが、母は「女らしく」をモットーにサッカーから距離を置かせようと試みる。 また、ジェスの親族が集まれば、イギリス社会への愚痴が始まるし、サッカーの試合中にファールを受けて倒されたあげく、「パキ!」と罵倒されたジェスが相手につかみかかるシーンなどもイギリスにおける彼女の微妙なスタンスをうまく表すようで面白い(ちなみに、“パキ”はパキスタン人の蔑称だが、インドとパキスタンは宗教も異なる上、長期にわたり対立を繰り返している。それが、イギリスではインド人に向けた蔑称として作用するという皮肉でもある)。 ■ 画質・サラウンド音声とも上質
本編ディスクの映像は、ビスタサイズをスクイーズ収録。音声は、英語をドルビーデジタル5.1ch、日本語をドルビーデジタル 2chで収める。 DVD Bitrate Viewerで見た平均ビットレートは7.69Mbps。本編が112分と短いこともあり、ビットレートはかなり高いが、くっきりとした解像感のある最近の高画質ディスクなどとは異なり、粒状感のある落ち着いた色調だ。大きな破綻などは感じられず、落ち着いて試聴できる。
音声のビットレートは英語が384kbps、日本語が192kbps。5.1chの効果が発揮されるのは、サッカーの試合のシーンで、かなり誇張されたボールの移動感や選手の躍動感が感じられる。BGMは幾分控えめで、リアチャンネルが活用されるシーンはさほど多くない。ちなみに、日本語吹き替えでは、ジェス役を声優の椎名へきるが担当しているが、若干ジェスのイメージとずれている印象を受けた。 特典は、トレーラとインタビュー、メイキングなどのシンプルなもの。メイキングは特に解説があるわけでもなく、単に撮影現場をビデオで遠巻きに撮っているというもので、あまり参考にならないが、現場の雰囲気をそのまま伝えるという意味ではなかなか面白い(単に金をかけていないだけともいえるが)。 インタビューは、監督/製作/脚本のグリンダ・チャーダや、主要キャストがそろって、作品について語るというもの。監督いわく、原題の「Bend it like Beckham」は、ベッカムが“いろいろな意味で”スーパースターであること、また、彼の蹴るボールのカーブを、「女の子が夢を実現するためには規則を曲げて折り合いを付けていく」ことの隠喩としたと説明している。 ちなみに、サッカーチームのキャプテンのメル役をポップグループ「オールセインツ」のメンバーだったシャズネ・ルイスが担当していたり、冒頭シーンのサッカー解説者が'86年のメキシコワールドカップ得点王で、Jリーグでもプレーしていたリネカーらを起用するなど、細かいところで有名人が登場する。この辺りもイギリスでヒットした所以かもれない。
■ 青春映画好きにはお勧め
ということで、簡単に言えばマイノリティの女の子の成長物語なのだが、ジェスの視点を介して、イギリスの文化、生活の一端が実感を持って感じられる奥深い作品となっている。シンプルなストーリーながら、民族や世代、セクシャリティーをうまく描き分けることで、それぞれの登場人物が抱える複雑な事情を垣間見せるあたりは脚本/監督の手腕によるものだろう。 4,800円と価格がやや高めなのが難だが、青春映画好きにはかなり魅力的な作品といえるだろう。夢の実現に向けて努力し続ける彼女達の姿を見ているだけでも感動的だ。 しかし、現実的に女性がサッカーを続けていくのは、本作に描かれる社会的な障壁だけでなく、経済的な障壁も大きいようだ。というのも、ジェスらの最終目標はアメリカのプロリーグ。おそらくWUSAのことだと思われるのだが、そのWUSAが、スポンサー収入の低迷などにより、9月に今期をもってリーグ戦を終了すると決定した。将来のジェスたちの前途はまだまだ多難といったところか……。見終わった後に、思い出して調べてみたらちょっと切ない気分に。 日本では、先のワールドカップ予選で当初ガラガラだったスタンドが、後半に行くにつれてそれなりの盛り上がりを見せていたとのこと。こうした盛り上がりが続いてくれるといいいのだが……。
□パンドのホームページ (2003年10月7日) [AV Watch編集部/usuda@impress.co.jp]
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