■ ポータブルビューワの時代が来る 筆者は以前から、MPEG-4で保存した動画を見るためのポータブル機の存在はアリだと主張してきたわけだが、現実には専用機ではなくPDAの拡張機能であったり、あるいはケータイの機能であったりと、どうもストレートにビデオビューワと呼べるモノが出てこない。 例えば音楽を例に考えてみると、PDAやケータイ、あるいはデジカメにも音楽再生可能なモデルは存在する。だがそれらは本体であるデバイスを差別化するための味付けであって、本当に音楽のヘビーリスナーはそれらの機能では満足できないものである。だからiPodのような専用機は需要がある。 こういった方向性は、映像でも同様なのではないだろうか。例えPDAやケータイでテレビ番組が見られたとしても、メモリベースでは録画用量が限られていたり、バッテリが持たなかったりして、肝心なときにメイン機能が使えないようでは困る。 こういう筆者の声が天に届いたのかわからないが、こないだのCEATECでは、各メーカーからぼちぼちビデオビューワーが名乗りを上げ始めており、小型HDD+バッテリ+液晶技術の向上とともに、いわば「技術の見せ場」として盛り上がっていくのではないかという予感がする。 そんな中、いち早く今年の6月に現実の製品として登場したのが、フランスはARCHOSのAV300シリーズ、通称「Cinema To Go」である。HDDを搭載したマルチメディアプレーヤーで、MPEG-4映像の再生、MP3の再生、オーディオレコーダ、JPEG画像表示という4つの機能から成り立っている。そのほかオプションを装着することで、ビデオカメラになったりもする。 こういうデバイスが大好きな日本でも大きな反響があったのだが、残念ながら日本には、なかなか入ってこなかった。しかし10月中旬、同社のMP3プレーヤーなどを輸入販売している東海理化販売株式会社(TORICA)から、ついにCinema To Goが国内発売された。 情報を整理すると、いまのところCinema To Goと呼ばれる製品には2つある。20GB HDD搭載の「AV320」と、40GB HDD搭載の「AV340」だ。今回発売になったのは、AV320のほうである。 話だけは伝わっていたものの、今1つ実態が掴めなかったこのCinema To Go、実際に触ってみることにしよう。
■ 重量感のあるボディ まず本体から見ていこう。3.8型/320×240ドットの液晶ディスプレイを搭載したというだけあって、一見するとポータブルテレビかと思わせるサイズ。厚みが31mmと、薄型を尊ぶ日本人のセンスからすればかなり厚みがある印象がある。四隅には本体保護のためにゴムパーツがはめ込まれており、なかなか堅牢な感じだ。重さは350gと見た目よりは重たい。ほとんどはバッテリの重さであろう。
正面右側には印象的なデザインの操作ボタンがある。上からON、OFFボタン、ジョイスティック、さらに3つのファンクションボタン。ON・OFFボタンは、電源操作だけでなく、多くの操作でEnter・Escボタンとして機能する。ファンクションボタンは、2つ以上の選択肢がある場合にどれにするかを選択するためのもので、使い方は画面内で指示される。 本体上部には端子が2つ。1つはAV出力で、専用ケーブルでアナログAV出力が出るほか、ヘッドフォン端子も兼ねている。もう1つはアナログオーディオ入力とS/PDIF兼用端子。中央部にはマイクがあり、本体だけでボイスレコーダとして使える。試したところ、会議録音などに使うにはマイクの感度があまりよくないようで、オマケ的機能だと思った方がよさそうだ。
底部にはUSB 2.0端子、DC入力、そしてもう1つ「SERIAL」と書かれた端子がある。このSERIAL端子についてはマニュアルにも記述がなく、またそれらしきケーブルも付属していないため、現時点では何に使用するのかはよくわからない。何か将来的な拡張モジュールのためにあるのかもしれない。 左側面のゴムカバーを開けると、内部に拡張用端子がある。製品には「DVR100」という拡張モジュールが付属しており、これを取り付けることでアナログのビデオ入力(S、コンポジット)が可能になる。またこのモジュールには赤外線受光部もあり、リモコンによる操作もできるようになる。
付属のリモコンは、本体ボタンとほぼ同じ機能で、シンプルなものだ。上部3つがファンクションボタン、ONボタンは電源のONではなく、Enterボタンとなる。一番下に電源ボタンがあるが、電源投入後はEscボタンとして機能する。本体のON・OFFボタンと機能が逆で、若干のとまどいを覚える。 またこの電源ボタン、電源OFFはできるのだが、ONはできない。本体電源が切れると、受光部の電源も切れるからだろう。
付属のヘッドフォンは、よくあるインナーイヤー型のものではなく、ネックスバンド式の大型のもの。ストラップ部は若干安っぽい感じもするが、折りたたみも可能となっている。音質はかなり固めで高域に偏ってはいるものの、解像度はそれほど悪くはない。音楽にはちょっと厳しいが、番組の視聴には十分耐えるだろう。ただこのタイプは音漏れが大きいので、電車などでの使用には注意して欲しい。 そのほか付属品としては、ACアダプタ、AVケーブル類、USBケーブルなど、使用に必要なものは一通り揃っている。また付属のCD-ROMには、Windows 98用のUSBドライバと、CDリッピング用に「MusicMatch7.5」が収録されている。 マニュアル類はすべて英文で、しかも非常に少ない。本体の解説はQuick Start Guideという紙1枚である。User Guideという23ページの小冊子は、拡張モジュールのDVR100の解説書だ。そのほかMusicMatchの簡単な使い方を記したカードが1枚。使い方はそれほど難しくないにしても、細かい仕様などが全然わからないのはまいった。
■ 操作性は上々 次に操作性を見てみよう。起動すると、各機能にアクセスするためのメニュー画面が出てくる。ジョイスティックで目的の機能に移動し、Enterボタンで中に入っていく、というスタイルだ。上の階層に戻るには、Escキーを使う。 Setupで設定すれば、ジョイスティックのセンタークリックもEnterボタンとして使えるようになる。ただこのジョイスティックは割と長さがあるので、センタークリックしようとして、どちらかへ倒れてしまうこともある。うまく使うには繊細な指使いが要求される。
メニューは英語だが、ARCHOSから提供されているファームウェアと日本語フォントを入れることで、ファイル名やMP3のID3タグに含まれる日本語表示が可能になる。 Photo表示では、オリジナルの画像サイズには特に制限はないようで、勝手に縮小表示される。ただし、元ファイルのサイズが大きいと、表示速度は遅くなる。また4面や9面マルチでの表示も可能なほか、Exifのデータも表示させることができるなど、ビューワとしての基本的な機能を備えている。
Musicでは、再生したいファイルを選ぶと専用プレーヤー画面となり、音楽が再生される。ID3タグにジャケット情報が入っていればそれも合わせて表示されるなど、結構細かいところまで作り込まれている。またプレイリストを本体だけで作ることができるといった編集機能まである。音質調整はバス、トレブルの他にラウドネスやバスブーストも設定できるので、いじりがいがある。
注目のVideoでは、見たいファイルを選択すると数秒ローディングを行なったあと、すぐに再生が始まる。早送りや巻き戻しはジョイスティックの左右で可能。ただ早送り中はタイムラインバーの表示が進むだけで、映像は止まったままとなる。だが全体的にレスポンスが非常によく、快適な操作性だ。再生を途中でやめるときには、その地点にブックマークが設定できるなど、細かいところまで行き届いている。 液晶表示は320×240ドットに縮小されるせいか、S/Nは比較的良好で、十分鑑賞に堪える。画面サイズも3.8型とあって、字幕なども十分読める。ただ欲を言えば、液晶表面にノングレア加工が欲しかった点と、輝度がもうちょっとあるとよかっただろう。
動画再生でのバッテリの持ちは、公称3.5時間とあるが、実際に試してみてもそのぐらいだ。バッテリのレベルメータは減りが早いので持ちが悪いような気がするのだが、最後の1メモリになってからずいぶん粘って、そこからあと1.5時間ぐらい再生可能。国内製品のバッテリ表示では、表示の目盛りが減り始めると加速度的にバッテリがなくなるような感じだが、AV320の表示はかなりリニアだ。
■ 静止画はかなりいける
実際の運用は、非常に簡単。というのも、PCに対してはUSBで接続すれば外部ストレージとして認識するので、専用の転送ソフトなどはなく、見たい映像ファイル、聞きたいMP3などをドラッグ&ドロップするだけで転送できる。AV320をマウントするとJUKEBOXという名前のドライブとして現われ、中にはMusic、Photo、System、Video、Voiceというフォルダがある。それぞれのコンテンツを該当するフォルダにコピーすればOKだ。
中でも一番気になるのが、動画ファイルの再生互換だろう。対応フォーマットとしては、MPEG-4、XviD、DivX 4.0と5.0の名前が挙がっているが、国内ではDivXの比率が高いことと思われる。資料には再生可能な最大解像度として640×368ドット、25fpsと書いてあるが、NTSC圏でそんな妙なスペックの動画を作るわけがない。わざわざAV320で見るためにMPEG-4エンコードするとは思えないし、汎用的なサイズのファイルが再生出来なければ意味がない。実際にサイズは720×480ドットや640×480ドットだろうし、フレームレートは29.97fpsか24fpsあたりだろう。 そこでDivXを使って、いろいろなサイズのものを作ってテストしてみた。エンコードに使用したのはAVIUtl ver0.99で、DivXのバージョンナンバーは5.1だ。
テストの結果、720×480ドットが再生できないのは残念だが、640×480ドットが再生できるのは幸いだった。フレームレートは見た感じ29.97fpsまでは到達しておらず、感覚としては15fpsぐらいだが、さして視聴には影響を感じない。AV320での視聴を考えれば、320×240ドットがもっともサイズ面でも合理的だが、このサイズで映像を保存している人は少ないだろう。なおXviDも再生してみたが、特にDivX互換としてエンコードする必要もなく、再生することができた。 参考までに、TMPGEncのAVI出力機能を使ってDivXにエンコードしたファイルをAV320で再生すると、妙な早回し状態になってしまって、ちゃんと再生することができなかった。ハードウェアでのDivX再生に関して、TMPGEncでのエンコードはインターリーブに問題が起きる可能性が以前から指摘されており、今回の場合もそのあたりに原因があるのかもしれない。 またAVIUtlを用いても、DivXを2passでエンコードしたものは、映像が音声に対して1秒ほど遅れて再生されるという現象も見られた。現状では、これらトラブルの原因に関して、残念ながら筆者は明確に言及する術を持たない。
■ 総論 ようやく登場したポータブルAVプレーヤー「Cinema To Go」だが、その出来はまずまず期待どおりと言っていいだろう。操作性や画質面は上々で、転送も簡単、日常的に使いたくなる製品だ。20GBのHDD搭載で、DivXの映画ならば、10本弱を常時持ち歩ける。MP3再生に使ったとしても、容量の割り振りはフレキシブルにユーザーが決められるので、使い勝手はいい。 ただ日常的なテレビビューワとして考えるならば、MPEG-2が見られてもよかったかなと思う。おそらく普段テレビの録画をMPEG-2で行なっている人も多いことだろう。ファイルサイズが大きいので転送には時間がかかるものの、再エンコードするまでもなく番組が見られるのであれば、もっと生活サイクルの中に組み込める形ができあがったのではないかと思う。 しかし中にはカノープスの最近のMTVシリーズのように、録画と平行してDivXファイルを作ってくれるものもあるので、そういうものを利用すればCinema To Goの用途は格段に拡張するだろう。できればDVD系とはまったく別で、ISO準拠MPEG-4ベースのレコーダなんてのが出現すると、ポータブルプレーヤーの世界もまた1ステップアップするのだが……。 Cinema To Goは、今後拡張モジュール次第で、ビデオカメラになったりFMラジオになったりメモリーカードリーダーになったりと、いろいろ面白そうだ。ただ筆者個人としては、カメラモジュールにはあまり期待していない。というのも、撮影モノはやはり光学的にかなりしっかりしていないとちゃんとした絵にはならないもので、それが拡張モジュール程度で実現できるとはあまり思えないからだ。 筆者が思うに、Cinema To Go唯一にして最大の欠点は、約9万円という価格だろう。地上波を中心とした日本人のテレビ観では、テレビとは「ただ見」のコンテンツである。それを見るだけのためにざっと10万円弱の出費をどう考えるか。ただのビューワーは何も生産するわけではないので、元を取るという考え方も成立しにくい。強いてあげれば「余暇を生産する」と言えなくもないが、そこに10万円弱の価値を見いだすことができるか、今の日本の経済状況では難しいところではないだろうか。 製品ではアナログビデオ入力モジュールのDVR100がセットになっているが、これで価格が1万円変わるならば、なくてもよかったかもしれない。だって単体で実時間かけてアナログ入力とかしないでしょ。 値段を度外視すればAV320はなかなかいいが、国産品のデビューもそのあとに控えている。World PC Expoではソニーや東芝のビデオプレーヤーがお目見えし、CEATECでは三洋のプレーヤー「HDDR-M1P」も登場した。これらがどのぐらいのタイミングで市場に投入されるのかまだわからないが、どうせなら国産品の出来とじっくり比べてみたいところだ。
□Archosのホームページ
(2003年11月5日)
[Reported by 小寺信良]
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