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第227回:iPod Hi-Fiがオーディオで目指すポジション
~ 原音再生をコンセプトに、新たなカテゴリを創出 ~



iPod Hi-Fi

 先日Appleから発表されたiPod用のアクティブスピーカー、iPod Hi-Fi。すでにデバイス・バイキングでも詳細なレビューがされているので、機能的、性能的にはとくに追加すべきことはないが、そのiPod Hi-Fi発表に合わせて製品のプロダクト・マネージャーが来日し、インタビューすることができた。

 そこで、このスピーカーがどのようにして開発されたのか、またそのコンセプトがどこにあるのかなどを聞いた。



■ ドライバまでハンドメイドの自社開発

 iPod Hi-Fiが発表された日の翌日、携帯にApple Japanの広報担当者から電話をもらった。「このスピーカーのプロダクト・マネージャーが今、来日しているので、ぜひインタビューしてみないか」というのだ。正確にはiPod Hi-Fiそのもののプロダクト・マネージャーではなく、同日発表されたMac Miniの担当だが、iPod Hi-Fiにも非常に詳しいから、ぜひにというのだ。

 実際にインタビューしたのは、ワールドワイド・プロダクト・マーケティングのシニア・プロダクト・マネージャー、Jani Chutani氏。Chutani氏は、まず質疑応答に入る前にiPod Hi-Fiについて、その狙いや、製品についてのプレゼンテーションしてくれた。その内容を簡単に紹介しよう。



AppleのJani Chutani氏

 これまで2、3年の間にAppleは、音楽の楽しみ方を大きく変えることができました。iPodを発売したことにより、ポケットに膨大な音楽ライブラリを入れて持ち歩くという、新しいスタイルの音楽の楽しみ方を提案することができました。そして今回はiPod Hi-Fiでホームステレオのあり方もそのものを、大きく変えようと製品を発表したのです。

 通常ホームステレオというと、コンポ型の機材が必要になります。アンプとスピーカー、レシーバーと、それぞれ別のユニットを買い揃えることによって、10万円程度のコストがかかってしまいます。もちろん、音の質にどのくらいこだわるかにもよりますが、それなりの音を求めればやはり10万円程度は必要でした。しかしiPod Hi-Fiの登場によって、10万円クラスのハイクオリティなサウンドを、より安価に楽しむことが可能になったのです。これまでのCDを聞くためのオーディオ環境をiPodとiPod Hi-Fiで大きく変えようとしています。

 このiPod Hi-Fiには大きく3つの特徴があります。それは、

    1.卓越した音のよさ
    2.iPodとのシームレスな連携
    3.小さくてエレガントなデザインで、どんな部屋にもぴったり合うとともに、外にも持ち出すことができる

 という3つです。まずは卓越した音のよさがどのように実現されているかを紹介しましょう。スピーカーで音のよさを実現するためには、第1にドライバ・ユニットがよくなくてはなりません。今回iPod Hi-Fiに採用したドライバは、市販されているものを買ってきて組み込んだというわけではありません。

中央がウーファユニット、左右がワイドレンジユニット

 Appleが独自に開発、設計したハンドクラフトのドライバなのです。ご覧いただくとわかるとおり、80mmのワイドレンジのドライバを2つ、中央には130mmのサブウーファーを1つ搭載しています。そして、このサブウーファー、ここには2つのボイスコイルを搭載しており、2つの磁石でサブウーファーを押しているような形になっています。

 実際スピーカーユニットとして作り上げるためには、これらのドライバをいかに筐体に密閉していくのかということが重要になります。そこでわれわれはそれぞれのドライバを機密性を持てるように独自の設計をし、収めることに成功しました。機密性をもって収めたことにより、80mmドライバ同士の干渉を抑えることができただけでなくサブウーファーとの干渉も抑えることができました。

 また、外部から振動が入り込んだり、反対に音・振動が外へ漏れないよう、プラスチックの2重の壁で遮蔽しています。またiPodとiPod Hi-Fiで1つのシステムとして、全体でのトーンコントロールも行なっています。パワーサプライも内蔵しているので外部のACアダプタも必要ありません。コンセントに差し込むだけでどこでも使えるのは大きな特徴です。さらに単1電池6本で駆動するのも大きなポイントです。これを使うことで、iPodを充電できるのも便利な機能です。

 また、iPod nanoもしくは第5世代のiPodをiPod Hi-Fiに接続すると、これまで見られなかったスピーカーというメニューが現れ、トーンの調整ができるようになっています。ベースとトレブルの2つのパラメーターで気に入った音に仕立てることができます。このトーンコントロールiPodとiPod Hi-Fiのそれぞれで同期をとっているのでどちらか片方で調整しても、全体を変えることができるようになっています。


メインメニューに[スピーカー]の項目が追加され、音色コントロールなどが可能となる

 では、これから実際に音楽を聞いてみてください。音の良さを実感できるはずです。そのためには4つのポイントに注目してください。それはまず大きな音量が出せること。これによってパフォーマーが目の前にいるような感覚で聴くことができます。

 2つ目は、奏でている楽器が、それぞれ単体で聴き取れ、音がハッキリと分かれること。サウンドステージでそれぞれの演奏者がどこにいるかが分かるはずです。3つ目は低域から中域、そして高域に至るまで連続してクリアなサウンドで再生できること。これが美しい音のベースともなります。そして4つ目はボリュームを大きく上げても音に歪がでないことです。これから大音量で鳴らしてみますので、実際に聴いてみてください。


 プレゼンテーションを受けたあとで、実際に4、5曲をiPodから再生し、試聴させてくれた。


■ 社内の「職人」と「ミュージシャン」がモニタ的な音を実現

藤本:なるほど、なかなかいい音だと思いますが、これを聴いて正直なところ、すごいクオリティのものが出たと驚くようなものには感じられませんでした(笑)。

Chutani:確かに価格帯的にいって、20万円、30万円もかければ、もっといいものがあるのは事実です。しかし、これだけハイエンドなオーディオを手軽な価格帯で出したというのが大きな意味を持っています。ローエンド、ミッドエンドのお客様への新しいカテゴリの製品として出したということをご理解ください。実際にこれだけのクオリティで、このプライスポイントで出したものはなかったと思います。デザインのすばらしさ、iPodとの連携など、新規のカテゴリ製品として出したのです。

藤本:このiPod Hi-Fi、開発はいつごろから始めていたのですか?

Chutani:1年以上をかけています。いい製品はやはり時間をかけて開発する必要があります。アーキテクチャやデザインなどを練って開発を進めますから。

藤本:Appleは、この数年でiPodをリリースし、iTunes Music Storeをスタートさせるなど、確かに世界に大きな影響を与える製品・サービスを展開されてきました。そしてこれらは音楽関連製品・サービスだったわけですが、同じ音楽関連でもスピーカーとはまただいぶ違うカテゴリだと思います。これを開発する上では、やはり、いろいろな企業からヘッドハントするなどして人を集めてきたのですか?

Chutani:Apple社内には多種・多様な人材がおり、さまざまなエンジニアリングチームが存在しています。iPodやiTMSなどもそうしたエンジニアリングチームで開発されており、その実力は存分に発揮されてきたと思います。今回のiPod Hi-Fiにおいても社内の精鋭メンバーが力を集結し、これだけの高いクオリティの製品を開発できたと思っています。

藤本:ドライバも作ったととのことですが。

Chutani:そのとおりです。しかもそのドライバ制作はハンドメイドで行なっています。見てお分かりのとおり、iPod Hi-Fiに搭載されているのは紙のドライバですが、実際紙のパルプを起こすところから行なっています。ちょうどワッフルのメーカーのような感じで紙作りを行ないました。そして出来上がった紙をカットして、ドライバにするところまですべて内部で行なっています。

藤本:そのドライバをiPod Hi-Fiという製品にくみ上げるところも社内で行なった、と?

Chutani:はい。できあがったドライバをエンジニアリングのところで、機密性の高い構造へと、完全に統合させてオーディオの製品へと仕立て上げました。

藤本:すごいとは思いますが、スピーカー作り、とくにドライバ作りとなると、いわゆるエンジニアリングというよりも、職人のワザだと思います。コンピュータでいう開発とは、大きく違うと思うのですが、そうしたことができる熟練工が社内にいるということですか?

Chutani:そうです。社内には職人ワザを持った人たちがいろいろいるんです。もともとMacの開発メンバーにはミュージシャンが多く、Apple社内には音にこだわりを持った人たちが多いんです。音楽の感性や才能を持った人が多いんですね。多様な人材が集まっている企業ならではのことですね。テクノロジーとアートをクロスオーバーして作れる人材ですね。

藤本:このようなシングルモジュールのスピーカーは、DSPを内蔵しバーチャルサラウンドなどを実現したものが多い中、これはストレートに音を出すものですよね。ダイレクトにアナログで出しているコンセプトはなんですか?

Chutani:やはり忠実に豊かな音を再現するということが一番の狙いでした。社内にいる音楽のプロたちがこういった音を欲していて、それを実現させたわけです。

藤本:なるほど、DSPで変な加工をして原音を損なうよりは、こうしたストレートの音のほうがモニタスピーカー的でミュージシャンには好まれそうですよね。ちなみに、このiPodとiPod Hi-FiとのDockコネクタのオーディオ接続は、アナログなんでしょうか? それともデジタルですか?

Chutani:これはラインアウト経由となっているのでアナログです。



■ ローエンド、ミッドエンドでの地位を狙う

藤本:実際にiPod Hi-Fiでのデモを聴いてみて、とくに強く感じたのはステレオ感がないこと。中にいくら2つのドライバがあるとはいえ、1つの小さなモジュールであり、それぞれのドライバが正面を向いているので、当然といえば当然ですが、これはちょっと辛いと思います。また、この大きさのスピーカーの割りには、かなりの大音量が出ると思いますが、低音はちょっと変わった味付けになっているような気がしました。

Chutani:貴重なご意見ありがとうございます。ただ、この低音については、トーンコントロールでいろいろと変えられますから、いじってみるといいかもしれませんね。また必要があればEQも触ってみてもいいでしょう。

藤本:もう一つ気になっているのが、機能面。確かにこれはiPodと非常に親和性の高い製品であり、iPodとの連携性のよさは実感できます。でもMacとの連動性が薄いように思いますが、この辺はいかがでしょうか?

背面に音声入力を装備

Chutani:そんなことはないですよ。アナログおよびデジタルの入力を装備していますから、Mac miniでもどんなMacでも連動させることはできます。また、AirTunesをはじめとするMacの周辺機器とは、どれとでも接続できますからね。ただ、実際の使われ方を考えると、やはりスタンドアロンのiPodとの利用が一番多いと思います。

藤本:もう一点。iPodは、これまでオーディオメーカーとも協調的にやっていったように感じていますが、今回の売り方というのは、やはりオーディオメーカーに正面から対抗する、ということなのでしょうか?

Chutani:このiPod Hi-Fiはハイエンドのオーディオをメインストリームに提供する製品です。しかし、そうしたコンセプトの製品はこれまで存在しませんでした。つまり、iPod Hi-Fiは、これまで存在していなかったカテゴリの製品を新しいマーケットに向けて出したという位置づけをしています。新しいベンチマークとしてローエンド、ミッドエンドでの地位を獲得できればと思っています。またiPodのオーディオアクセサリのメーカーはもちろんパートナーとして重要なので、これからも協力してやっていきます。

藤本:最後の質問です。Appleでは、これまでiPod、iTMS、スピーカーとリリースしてきましたが、次は何を出してくるのでしょうか?

Chutani:すみません、それはノーコメントです。ぜひ楽しみに待っていてください。


□アップルのホームページ
http://www.apple.com/jp/
□ニュースリリース
http://www.apple.com/jp/news/2006/mar/01ipodhifi.html
□製品情報
http://www.apple.com/jp/ipodhifi/
□関連記事
【3月3日】【デバ】アップル初の“ホームオーディオ”
iPodステレオが改革するものとは?
アップルコンピュータ「iPod Hi-Fi」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060303/dev145.htm
【3月1日】アップル、iPod用スピーカー「iPod Hi-Fi」
-リモコン付属し、乾電池駆動に対応。42,800円
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060301/apple1.htm

(2006年3月13日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


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