米国ロサンゼルスでは、10日から世界最大規模のゲーム関連のトレードショウ「Electronic Entertainment Expo 2006(E3)」が開催中だ。 「プレイステーション 2」(PS2)発売以前、AVとゲームは「無関係なお隣さん」という間柄だった。しかし、PS2以後は関係が深まり、いまや切っても切り離せない。「PLAYSTATION 3」(PS3)と「Xbox 360」により、「次世代光ディスクの第二戦場」といってもいい。
そこで2回に分けて、E3で各社に取材した内容を「AVな切り口」でレポートしたい。第一回目の今回は、やはり最大の注目が集まるSCEの「PS3」を取り上げる。 PS3のプラットフォーム開発を指揮する、同社ソフトウェア・プラットフォーム開発本部の川西泉本部長へのインタビューのほか、プレスカンファレンスやブースでの取材から浮かび上がる、「AV機器としてのPS3」に迫った。 ■ PS3の値段は「エンターテインメントシステムの価格」?
PS3の最大の「衝撃」は、5月8日(現地時間)に発表された価格。 62,790円(20GBモデル)は、ゲーム機としては、限りなく「重量オーバー」に近い。現地でも、プレスや流通など、ほどんどの関係者から「高すぎるのでは」という声が上がっていた。ハードのコストを考えるとこれでもバーゲンだろう、という予想は付くが、消費者側の心理として、「期待するバリューに比べ一回り高い」と感じられてしまうのは間違いない。 そのあたりを、SCE側はどう考えているのだろうか? 川西氏はこう語る。 「こういう言い方がいいのかわからないんですが、PS3は“PS3価格”なんです。他に比較しうるプレイステーションが、PS1、PS2、PSPとあって、その上で、という位置づけになります。CPUにCELL、グラフィックエンジンにRSXを使ったエンターテインメントシステムの価格として、あれが適正かと考えます」 PC Watchで後藤氏が指摘するように、PS3の価格を押し上げているのは、「HDDを標準搭載する」という決定にある。HDDは半導体部品に比べ、量産しても価格が下がりにくい。それでも、開発陣は「標準搭載」にこだわった。 「PS3は“エンターテインメントコンピュータ”。コンピュータであるなら、ネットとHDDはなければいけない。どちらかでもない、というのはナンセンスだと思うんです。とするなら、標準的なスペックを決める時、HDDは無いといけない、ということになったんです」。
その一方、省かれたものもある。PS3には、20GBのHDDを搭載した廉価モデルと、60GBのHDDを搭載した上位モデルの2つが用意される62,790円なのは前者であり、後者はオープンプライス。しかも前者からは、HDMIと無線LAN、そしてメモリースティック/CF/SDカードのリーダーが省かれている。 「PCを買うときに、HDDの容量などの仕様を選びながら買いますよね? それと同じ感覚です。CELLとRSXを中核に、入出力系でバリエーションをつけた、ということです」。 実際、無線LANとメモリーカード・リーダーは、後日増設が可能な構造となっている。PCのBTOのように、「安くしたいから外した」という感覚なのだろう。
■ HDMIがなくても「ハイビジョン再生」OK
だが、それだけで割り切れない「削除」もある。低価格モデルでのHDMIのオミットだ。低価格モデルの映像出力は、PS2と同じAVマルチ端子で、ここの出力側がD端子となる。すなわち、アナログ出力となる。これまで、ことあるごとに「HDMIと1080pによるフルハイビジョンの世界」をアピールしてきたことから見ると、大きな後退とも思える。 この点について川西氏は、「低コスト化のための方策だが、今の時点で見れば、アナログ入力しか持たないハイビジョンテレビも多いので、こういうコンフィグ(構成)もアリかな、と思っている」と語る。 一部誤解もあるようなので、ここでBlu-ray Disc(BD)とHDMI、そしてアナログ出力の関係を整理しておこう。 BDのウリは、もちろん最大1,920×1,080ドットのハイビジョン出力。その高画質がゆえに、アナログ出力の映像をダビングされると、「高画質な海賊版ソース」を作られる元となる。 そこで著作権者側は、「次世代光ディスクからハイビジョン映像を出力する場合、厳格な著作権保護ができる、暗号化機能付きのデジタル出力に限定せよ」という要求を、メーカー側に突きつけていた。一時は、次世代光ディスク向け著作権保護技術「AACS」のライセンス条項に、アナログ出力制限を加え、アナログ出力ではSD解像度に制限する、という流れがあった。 だが、結果的に、この制限は「当面」見送られ、以下のようなルールとすることで、決着を見た。
結局のところ、「2010年末まではアナログでも出力できる」わけで、20GB版のPS3でも、BDのハイビジョンは十分楽しめる。現状では、2011年以降もICTを利用するコンテンツホルダは少ないと見られており、多くのタイトルは2011年以降も問題なくアナログ出力で楽しめることになりそうだ。 もちろん、これらの規制は映像ソフトに関するもので、ゲームには影響しない。アナログ出力でも、1080p(D5)出力に対応する。 すなわち、現在売られているテレビに接続した場合の「映像のハイビジョン出力」に関していうなら、HDMIとアナログ出力には大きな差が出ない。 PS3発売延期の一因は、AACSの策定が1年近く伸びたことにある。その延期の理由には、このアナログ出力問題があった。延期されたからこそ、廉価版はアナログに、という判断が成立したのであろう。 なお、SCE久夛良木健社長は、PS3に搭載するHDMI端子について、「単なるHDMIではなく、より深い色深度を再現できる、次世代HDMIを使う」とコメントしている。アナログ出力に差が出にくいからこそ、テレビでの採用よりも先に、差別化ができる次世代HDMIを採用したい、とこだわったのではないだろうか。なにしろ、彼は根っからのAVマニアなのだから。 さて、話をPS3のHDMIに戻そう。 HDMI搭載のメリットは、DVDビデオなどをアップコンバートし、ディスプレイに表示することという機能も挙げられる。テレビ側でのアップコンバートよりも、画質向上を期待しやすいため、多くのHDMI搭載DVDレコーダなどでも搭載されている機能だ。 「PS3でも、プログレッシブ化やアップコンバートは、なんらかの形でいれようと思っています」と川西氏は明かす。 PS3では、映像のデコードをCELLによるソフトウエアデコードで行なう。DVDも同様であるが、より処理の軽いDVDビデオ再生の場合、デコード時に高度な演算をかけ、「クオリティの高いアップコンバート」を狙うことも不可能ではない。現時点では、そこまで高度な機能を実装する、とのコメントはなかったが、「演算力」がウリのPS3だけに、そのくらいのことは期待したい。 なお、出力端子に関しては、未来永劫「アナログモデルとHDMIモデル」というわけではないようだ。 「どこかの段階でHDMIだけにすることもあるでしょう。単に選択の問題です。それどころか、2つにすることだってあり得る」。 実は、去年のE3で、PS3の仕様が初公開された時には、HDMI端子の数は2つだった。「パソコンでマルチディスプレイが便利なんだから、ゲームでもできると面白いと考えた」(SCE 茶谷公之CTO)という理由からだ。 現時点ではオーバースペックということか、一つに抑えられたが、コスト的に余裕があれば増やしていきたいということらしい。さらに、「別に2つが限界、というわけではなくて、もっと増やせる余力はあるんですけど」とまでいう。それに意味があるかは不明だが……。 以前川西氏に取材した時の話では、「PS3での出力は、1080pに留まらず4K/2K(4,000×2,000ドット)を狙う」とのことだったので、使いこなした時の余力は、確かにかなりありそうだ。 なお、スペックの点でもう一つ気になるのが、CELLおよびRSXのクロック周波数だ。以前は公開されていたのだが、今回発表されたカタログからは、数値が消えている。 「正式な数字は後日発表します」と、正確な値に関するコメントを避けたため、なんらかの変更があった可能性が高い。ただ、その直後に「CELLは3.2GHz」と言及したので、変更があったとすれば、RSX側であると予想される。 ■ 「BDフォーマットにある機能はすべてサポート」へ PS3は、BDプレーヤーとしてどのくらいのところを狙うのだろうか? 「決してプアマンズBDではない」(久夛良木健社長)との言もあるので、PS2におけるDVDプレーヤー機能のように、「専用機に比べ画質は低いが、とりあえず観れる」というレベルを狙っているわけではないようだ。 「BDのフォーマットで規定されている機能は、とりあえず全部載せるつもりです」と川西氏は言う。すなわち、BD-Javaを使ったインタラクティブ機能やマネージド・コピーといった、次世代光ディスクらしい部分も、PS3のCELLとHDDを生かして実装されていくことになるようだ。 さらにこう続ける。 「XMBの中に入れていけば、親和性も高いですし」 写真は、PS3でのXMB(クロスメディアバー)のデモだ。SCEの一般客向けブースではなく、VIP向けの個室でのみ公開されていたものである。
PSXやPSP、スゴ録でおなじみのものだが、機能的にもそれらと同様、ハイビジョン映像をBDのほか、HDDから呼びだしたり、AACやMP3の音楽データをジュークボックス的に再生したりする機能が備わっている。何に一番似ているか、と問われれば、PSXのXMBに一番近い。もちろん、動作にもたつきなどは一切ない。フルHDの映像を呼び出す時でも、瞬時に反応していた。 動画再生についても、PS2で見慣れた再生コントロール用のコマンドが、画面上にオーバーラップする構成になっている。 さらに、メニューをよく見ると利用するユーザーを切り換える「User」、インスタント・メッセンジャー機能である「Friends」などというアイコンまで登場しているのがわかる。PSP同様、ウェブブラウザも実装されている。 「映像や音楽のダウンロード、コミュニケーションなどまで、XMBにとりこんでいきたい」と川西氏は語る。 冒頭で「PS3はゲーム機としては高い」と書いた。では、ゲーム機+BDプレーヤーとしてはどうだろう? おそらく、PS2の「ゲーム機+DVDプレーヤー」のイメージがあるから、まだ高いと思われるかも知れない。 ではさらに、「ネットワークエンターテインメントシステム」が追加されたら? SCEが「脱ゲーム機」として狙うのは、ネットワークエンターテインメントシステムだ。 「本当に作りたいのは、ウェブとは違う世界。サーバー側で行なった膨大な演算を元に、バーチャルな世界を体験できるような、“新しいインターネットの構築”」と語るものの、「それは発売時からできるものではない」との現状認識もある。 そこで出てくるのが、XMBとBDとHDDとインターネット、という組み合わせである。 BDは、ネットとHDDを使うメディアであり、ゲーム機としてのPS3も、ネットとHDDを前提に作られている。そして、ネット側で用意された映像配信・音楽配信の受け皿として、PS3は十分な市場と機能を持ち合わせている。 XMBの上で、映像メディアとゲームメディアとネットメディアを混ぜ合わせて使えるようにするのが、PS3の狙いといえる。 実はこの構想は、PSXで一度試みられた道でもある。一般には「PS2とニコイチで作ったDVDレコーダ」という印象しかないPSXだが、SCE側でPSXに望んでいたのは、「家で使えるメディアを統合する箱」だった。その世界を、以前久夛良木社長は私に、「メディアが溶け合うような世界」と語っていた。 実際のところPSXは、「売れるDVDレコーダを急いで作らねばならない」というお家の事情と、前出の理想が空中衝突した結果、消費者にはイマイチよくわからない製品で終わってしまった。 どうも、PS3で再び「PSXで見た夢」を追いかけているように見えてしかたがない。 とはいえ、結局のところ、PS3が成功するかどうかは、SCEのいう「エンターテインメントコンピュータ」としての姿に、消費者が金を払ってくれるのか、というところに尽きる。今はまだ、彼らはその姿を消費者側に提示しておらず、価値の判断が不能である。だからこそ、「ゲーム機+BDプレーヤー」として、「高い」と判断されてしまうわけだが……。 エンターテインメントコンピュータはどんなものになるのか? その姿を予想する際に、注目したいタイトルが一つある。それは、SCEのロンドン・スタジオが開発中の「Singstar」というカラオケゲームだ。 マイクを使い、画面に表示される表示に従って歌うと採点される……という、カラオケボックスではおなじみのシステムを、よりゲーム的に洗練したものだが、重要なのはゲーム内容ではなく、「SingStore」と呼ばれるダウンロード販売機能の方だ。 まるで音楽配信のように、シングルのジャケットを選んで決済すると、ビデオクリップと楽曲、そしてカラオケ用の歌詞・音程データなどがダウンロードされる。
これまでも、ゲーム内にブラウザを組み込めば実現できたことではあるが、データ容量の問題もあり、「本人の歌う、本人の出演する本物の楽曲」をダウンロードすることは難しかった。PS3版で実現される姿は、まさに、ゲームと音楽ビジネスがつながった姿、とはいえないだろうか。こういったミックスをどれだけ用意できるか、そして説得力のある形で消費者に見せられるかが、SCEに課せられたテーマといえそうだ。 ちなみにSCEブースでも、8日の会見場でも、表に出てくるのはモックアップと開発機材だったが、実は、SCEブースのVIPルームでは、PS3実機も置かれていた。ACにつながり、AVマルチ端子からの出力で、おそらくはD端子を使い、ディスプレイにつながった形で展示されていた。
数は少なく、試遊用のタイトルは開発機材で動作していたようだが、展示されていたPS3実機も「ハード的には製品版と同じ仕様」(川西氏)というものであった。 会場は周囲がうるさく、動作音などは確認できなかったが、PS2と同じ程度であるとのこと。なお、冷却方法は「普通の空冷。表面積の大きなヒートシンクへ、ヒートパイプで熱を逃がし、大きめのファンで風を当てる構成。以前のモックアップに比べ穴が増えたのは、空気を流すため」(川西氏)だという。 放熱を問題視する声もあったが、最終的には普通の解決策で済む程度で収まったようである。 □SCEIのホームページ (2006年5月11日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部av-watch@impress.co.jp
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