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西田宗千佳の
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松下プラズマ生みの親が語る「今」と「これから」
「最適解はプラズマ」。液晶との競争が進化を促す


プラズマを全面にアピールするPanasonicブース

 「プラズマ」を最重要事業に掲げる松下電器産業。2007 International CESのプレスイベントでは、42型フルHD プラズマテレビの参考展示といったトピックはあったものの、ほとんどの時間をプラズマの基本的な説明に割いた。

 例年にも増してプラズマ重視の姿勢を見せた、ともいえるが、主な説明の内容は“定期的にガスを再注入せねばならない”など、「プラズマに対する5つの誤解を否定する」、というごく基本的な事柄。あえて、プレスカンファレンスの場で、そうした説明を行なったことが、北米市場のプラズマテレビの現状の危機感の現れと感じられたのも事実だ。

 2006年の年末商戦では、液晶テレビの大型化が、大画面/高付加価値領域を得意とするプラズマと競合し始めている。また、北米大手量販店でPanasonicプラズマテレビの超低価格販売が行なわれたことなどから、プラズマの先行きを不安視する報道も行なわれてきた。

 しかし、10日に兵庫県尼崎市にプラズマパネルの新たな生産工場を建設することを発表するなど、プラズマ重視の事業方針に揺らぎはない。HDTV最大の市場である北米で、まずは「プラズマへの理解」を深めることがプラズマに経営資源を集中する同社にとって、重要課題であったわけだ。

 松下電器では今後プラズマにどう取り組んでいくのだろうか? 松下電器産業の米国子会社「Plasmaco」の創業者で、現SID(Society of Information Display) Presidentのラリー・ウィーバー博士(Dr. Larry Weber)に、現在の「プラズマ市場」と、プラズマが持つ今後の可能性について聞いた。

 Plasmacoは、米国にてプラズマテレビを作るための技術を生み出した企業で、'96年に松下が買収、R&D子会社となった。ウィーバー博士は、松下プラズマの生みの親ともいえる人物だ。


■ フルHDはマーケティングの問題。最適解はPDP

-今の薄型テレビ市場をどう見ていますか?

Plasmacoラリー・ウィーバー社長

ウィーバー:北米市場で重要なことは、プラズマの価格が大きく下がっている、ということです。これは、顧客に強い魅力となります。

 プラズマは、プライムタイムの放送を見るものとしては、もっとも良いテレビ技術だと考えています。さほど明るくない環境光の下では、いまだもっとも高いコントラスト比を実現しています。黒がはっきりと黒く映る。

 液晶はバックライト技術を使っています。コントラスト比は1,500対1といっていますが、これはトリックによるものです。広く、白い部分がある映像では、数百対1に落ちてしまいます。

-プラズマは、確かに映画などには向いたデバイスだと思います。液晶を手がけるメーカーは、光源にLEDを用いて、色域を広げるなどの研究を進めています。この点をどう考えていますか? プラズマで色域をさらに広げるのは難しいと思うのですが。

ウィーバー:現在のプラズマと、CCFL(冷陰極管)を使った液晶を比較した場合には、プラズマの方が良い。確かに、LEDバックライトを使った液晶ディスプレイは、非常に良い色再現性を持っています。それには敬意を表したい。しかし、プラズマも蛍光体の改良などを通し、色再現性を高める努力をしていますので、両者は拮抗しているといえるでしょう。重要なのは、すでに松下のプラズマの場合、NTSCの99%の範囲をカバーできている、ということです。

 NTSCの色域を超えると、確かに色は鮮やかになります。しかし、重要なのはカメラです。映るのは、すべてカメラで撮影したもの。カメラはNTSCを基準にしているのですから、NTSCを100%忠実に再現できることが大切だと考えます。広い色域をもっていても、NTSCの色域を完全に再現できないのでは、問題があるのではないでしょうか。

 結論から言えば、プラズマで色域をNTSC以上に広げること、そもそも「色域を広げる」という策について、短期的な答えはでません。

 ただ、大きな問題は、LEDバックライトは非常にコストが高い、ということです。現在、価格下落が非常に激しいです。LEDバックライトが正確にどのくらいのコストなのか、私はコメントできないのですが、これだけ激しい価格下落の中では、LEDバックライトのコストは大きな負担となるのではないでしょうか。

-高精細化についてはどうですか? フルHDはすでに実現されていますが、価格を下げていくことを考えると、まだ少々負担が大きいように思いますが。

ウィーバー:あくまで一般論としてお答えしますが、プラズマ製造にかかるコストは、液晶のそれよりも低いのです。同じサイズならば、液晶よりプラズマの方が価格が低いことでおわかりでしょう。

 ただ、40インチから42インチに関しては、液晶はすでにフルHDの製品がありますが、プラズマは、今回ようやくサンプルを出展できたところです。当面は比較的高価な製品となるでしょう。ですから、この点については同意します。しかし、42型フルHDというのは、実用的な技術とは言い難い。なぜなら、フルHDでないパネルとの差がわかりづらいからです。

CESに参考出展された42型フルHD PDP

 一般的に、アメリカでは、テレビまでの距離は3メートル。日本だと、部屋が少し狭いので2メートルというところでしょうか? 42インチ程度の大きさでは、2メートルの距離では、フルHDでと、そうでない製品を見分けるのが困難なのです。ピクセル1つの大きさを視認するのは非常に難しい。これが1メートルならば、おそらく可能でしょうが。フルHDを生かすなら、50インチもしくはそれ以上のパネルが必要となります。42インチには、一般的なHDパネルがベストなのです。

 しかし、42型にフルHDがない、ということが、プラズマの弱みになってしまうのも事実。ですから、今回の発表には意味があります。フルHDを楽しむなら、56インチくらいが最適。プラズマには、すでにこのサイズがあります。しかし、これだけ大きなディスプレイとなると、すべての人が買える大きさ、というわけではありませんね(笑)。

 私にいわせれば、「フルHD」という言葉は、マーケティング先行の色合いが強すぎます。コンシューマにとって、実用的な問題とはいいかねます。少々混乱を招いているようです。遅かれ早かれ、価格の問題は解決するでしょうが。


■ 「液晶とは別々のルールで育ってきた」

-ハイデフィニション対応のプラズマディスプレイを開発する上で、ブレイクスルーになったことはありますか?

ウィーバー:なにがブレイクスルーだったか、といわれても、私にはあまりピンときません。言えることは、液晶とプラズマは、元々まったく別のルールで育ってきた技術、ということです。液晶は当初、時計や電卓といった、小さなデバイス向けに作られていました。その後、コンピュータのモニターに使われることになったわけですが、コンピュータ用モニターは、あくまで数フィートの距離で使うものです。ですから、非常に小さなピクセルを表現することが必要だった。そのため基本的な特質として、液晶ディスプレイは「小さなピクセルを表示するディスプレイ」として作られてきたのです。ですから、同じピクセルサイズで画面の大きさを大きくしていくのは、比較的容易だったわけです。

 しかし、プラズマは違う。小さなディスプレイをまったく想定していませんでした。プラズマの腕時計や電卓なんてありません。初期は別にして、コンピュータのモニター用としてもあまり使われてはきませんでした。当然、バッテリーで動かすことなど考えてもみなかった。'90年代初頭に登場した時から、「大画面テレビ用」として開発が続けられてきたものです。まだCRTや液晶が大画面を作れない頃から、42、50インチといったサイズを実現してきました。

 我々は、プラズマのピクセルサイズを、視覚的な限界にマッチするよう設計しました。ですから、必ずしも「フルHD」である必要はなかったわけです。

 液晶がフルHDを実現したのは、高精細なコンピュータ用ディスプレイの延長で開発できたからです。必ずしも、ユーザーニーズから産まれたものではありません。視認できないピクセルサイズが、そんなに重要でしょうか?

-では、技術的に注目しているところは?

ウィーバー:発光効率です。現在、単位面積あたりの消費エネルギーは、液晶でもプラズマでもあまり変わりません。これは、発光効率があまりよくないためです。

 そもそもプラズマディスプレイとはなにか? 何百万もの蛍光灯の集まりです。天井にある蛍光灯と比較すると、発光効率は40分の1も違います。40分の1ですよ? プラズマの発光効率は、もっともっと改善できるはずなのです。

 なぜ、大きい蛍光灯と小さい蛍光灯、すなわちプラズマとでは、そんなに発光効率が違うのでしょう? 長く研究を行なってきましたが、科学的な原則に基づくならば、小さいセルで発光効率を上げられない理由はないんですよ。

 日本のAPDCの研究では、1ワットあたり5ルーメンという、非常に発光効率の高い技術ができあがっています。これは、現在主流の製品に比べ、2.5倍もの効率になります。

APDCの会見で公開された高発光効率PDP

 インタビュー翌日に行なわれたAPDCの会見では、ウェバー氏が説明したものよりさらに発光効率の高い技術が公開された。効率は、実に現行製品の4倍となる1ワットあたり10ルーメン。これは、おおよそ白熱電灯並の効率である。

ウィーバー:もっと効率があがると、様々なことが可能になります。さらに明るくすることもできますし、寿命を延ばすことも可能になりますし、もちろん、消費電力を減らすこともできます。可能性としては蛍光灯並み、すなわち、今の40倍まで向上させられます。

 仮に現在の10倍になったと仮定するだけでも、いまあなたが使っているモバイルPC用のディスプレイを、プラズマで置き換えることが可能になるんですよ。信じられますか? 液晶よりも、ずっと電力を消費しないディスプレイデバイスができあがります。これは、大きな飛躍です。私は、それが可能だと信じています。

 実現がいつになるか? 残念ながら、正確にお答えすることはできません。私は小さな研究所を自宅近くに持っていまして、そこでいくつかの学究的な実験を行なっているところです。いつの日か、この問題が解決されると信じているのですが。まだまだ多くの改善が必要なようです。

 もちろん、液晶もどんどん改良されていくことでしょう。すばらしい競争です。中には、「液晶はすばらしい。プラズマを完全に凌駕する」という人もいますが、それは違う。市場では、液晶も伸び、プラズマも伸びている。可能性は、市場が示してくれています。

 CES会期中にはAPDCによる「動画解像度」の説明会も行なわれた。プラズマ陣営が液晶に対するアドバンテージとして訴求しているこの動画ボケの少なさだが、「プラズマの優位性を示すことも重要だが、大切なのは、まだ新しい“フラットパネル”の世界で、客観的に動画性能を計測する指針を示すこと(APDC画質評価プロジェクト委員川原功氏)」と業界標準の指針となるよう訴えかけた。

 もちろん、液晶との競争優位点として、「動画解像度」というスペックを持ち出すことで、マーケティング上の優位を保とうとする動きともいえるが、市場競争を促す新しい要素の提案ともいえる。


■ 大画面ではプラズマ優位。液晶の「競争」時代が続く

-有機ELやSEDのような新しいディスプレイ技術が登場したとして、その時にもプラズマの優位は揺るがないと考えていらっしゃいますか?

ウィーバー:SEDについては、多くの人が「もっとも美しいディスプレイ」と呼んでいます。確かにそうだと思います。新技術は既存の技術を超えていくものです。

 しかし現在、市場には非常に強力なディスプレイ技術がすでにあります。プラズマと液晶です。SEDは、いつ出てくるのでしょうね? 私は正確なところを知りませんが……。プラズマと液晶はすでにある。しかも、価格も非常に安い。生産性を考えると、新技術がこれらの2つを超えるのは、容易ではありません。すばらしいディスプレイが出ても、2倍の価格では購入する人は限られると思います。

 もう1点、東芝とキヤノンが抱える問題は、技術公開です。たくさんの企業がSED技術に興味を持っているにもかかわらず、彼らはパテントを2社で抱え、秘密にしています。多くの人々が投資を、技術者の派遣を考えているにもかかわらず、それが叶わないのでは、技術開発に制限が産まれます。

 液晶とプラズマでは、多くの企業が手がけ、切磋琢磨を繰り返しているために、技術が急速に進歩していきます。1週間で25%も価格が下がるような状況についていけるのは、そのためです。ですから、私は液晶とプラズマの時代は、非常に長く続くのではないかと考えています。技術開発には際限がなく、新たな地平に向かって、様々な努力が行なわれていくことでしょう。

-現在、液晶とプラズマを比較する際に、数字上のスペックだけが比較されがちであることをどう思いますか?

ウィーバー:確かにそのとおり。特に混乱を招いているのが「視野角」です。液晶では、どこから見るかによってコントラストが大きく異なります。しかし、プラズマではコントラストはどこからみても同じ。コントラストひとつとっても、「どの状態でのコントラストか」がはっきりせず、わかりにくいのは間違いありません。

 プラズマといえば、液晶ディスプレイメーカーは必ず「焼き付き」を話題にします。しかし、実は液晶ディスプレイも焼き付きがあるんですよ。ご存じの方は少ないのですが。

 いくつかのメーカーの、初期のプラズマディスプレイでは、非常にひどい焼き付き現象が見られたのは事実です。しかし、現在の製品ではほとんどそのような現象はみられません。こういった不正確な情報に基づき、顧客はプラズマを選ぶか液晶を選ぶかを決めています。はっきり言って、市場は混乱しています。

 とはいえ、遅かれ早かれ事実ははっきりしてきます。プラズマを買った友人などから、焼き付きなどに関する正しい評判が伝わるでしょうから。数年もたてば、正しい情報が行き渡るのではないでしょうか。

-ということは、プラズマの未来は明るい、と?

ウィーバー:大画面ディスプレイにおいては、プラズマは価格の面で液晶より優位にある。それは、製造工場を作るためのコストが、液晶のそれよりプラズマの方が大幅に安いからです。

 液晶ディスプレイ工場は、ほとんど半導体工場といっていいものですが、プラズマディスプレイ工場は、どちらかといえばCRT工場に近い。半導体工場に必要な設備投資は、CRT工場のそれよりも、はるかに大きいのです。

 価格競争力を維持した上で、発光効率などの技術革新を積み重ねていけば、より競争力の高いディスプレイとなるでしょう。

 結局、すべては「競争」です。

 現在、液晶との間ですばらしい競争が行なわれています。率直にいって、どちらもよくやっている、というところではないでしょうか。液晶の売り上げがあがり、プラズマの売り上げもあがり……。敗者はリアプロジェクションとCRT、というところでしょう。プラズマと液晶の競争が、顧客を引きつけているのです。


□松下電器産業のホームページ
http://www.panasonic.co.jp/
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(2007年1月18日)


= 西田宗千佳 =  1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、「ウルトラONE」(宝島社)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]



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