Windows Vistaの登場に伴い、各社はパソコンの新製品を投入している。春商戦に突入し、各社が力を入れるのも当然だが、今回の新製品は、例年の「春商戦モデル」以上の意味がある。過去5年程度かけて熟成されてきた「日本のテレビパソコン」が、Vistaの影響から大きく変化しているからだ。 今回は、Vista世代のテレビパソコンがどうなったのか、分析してみたい。 ■ ついに日本で「メディアセンター」がメインに、統合は各社独自 Vista世代のテレビパソコン最大の変化は、テレビ機能実現のために、Home Premium以上で採用されている「Windows Media Center」(WMC)を使っている機種が増えていることだ。 WMCは、2003年にリビング向けPCを実現するための「XP Media Center Edition」して登場したが、こと日本国内については、「テレビ機能」としての採用例はきわめて少なかった。 理由は、当時すでに各メーカーは、独自にテレビ機能を実現していたためだ。しかも、WMCで可能だったのはシンプルな録画と再生が中心で、DVD作成や編集機能など、日本向けの「ビデオレコーダー」に要求される機能を備えていなかった。 操作性という点で見れば、WMCは決して悪い存在ではなかった。だが、機能面でメリットが薄い上に、OSのライセンス価格は、通常使われているXP Home Editionよりも高い。そのため、日本国内では「テレビ機能向け」としては、ほとんど使われてこなかった。
だが、今春モデルに関しては、状況が一変している。NEC、日立、ソニーなどがテレビ機能としてWMCを採用したのだ。 これらのメーカーは、PC用の独自10フィートUIを開発、やはり独自開発であるテレビ機能と組み合わせることで、メーカーとしての独自性を生み出してきた。例えばソニーは、2005年春以降「Do VAIO」を使ってきたし、NECは「MediaGarage」を使ってきた。 しかし今春モデルでは、WMC採用にあわせ、独自10フィートUIは姿を消してしまった。これは、メーカー各社にとってかなり大きな決断であった。 ■ WMC移行は「ネットコンテンツ」と「UI統一」が目的 これらのメーカーが、独自路線からWMCに切り替えた理由は3つある。 1つは「ネットコンテンツ」。WMCは、インテルが推進するホームPCブランド「Viiv」の基盤として、必須条件に位置づけられている。インテルとマイクロソフトは、Viiv+WMCの環境に対し、映像配信を中心とした、ネットコンテンツの開拓に力を入れている。Viiv向けのネットコンテンツを利用するために、WMCを採用するわけだ。また、Viiv採用PCのマーケティングについては、インテルと様々な共同マーケティング関係を築けるため、マーケティング費が削減できる、という側面もある。パソコンは、ただでさえ利益率の低い製品だ。インテルからのマーケティング支援はかなり魅力的な条件である。
この傾向は、今春モデルではじまったことではない。NECと日立の2006年春モデルでは、すでにネットコンテンツ再生を目的として、WMCが採用されていた。ただしこの時には、テレビ機能はあくまで独自アプリケーションで実現されていて、WMCとは一切連携していなかった。この点が、今春モデルとは大きく異なる。 2つめは、WMCが「OSの標準機能」になったためだ。VistaのWMCは、もっとも多くのパソコンで採用される「Home Premium」版に、標準的な機能として組みこまれている。そのため、XP時代のように「特別なもの」という扱いではなくなった。多くのパソコンに組みこまれているのだから、それを生かさないのはもったいない、ということなのである。 そして3つ目は、Vistaで画面描画の仕組みが大きく変わったことである。 XP以前のWindowsでは、テレビソフトの多くで「ビデオオーバーレイ」技術が使われている。CPUやGPUにさほど負荷がかからないこともあり、古くから使われてきた手法であるのだが、Vista Home Premium以上で採用された「Windows Aero」ベースの画面描画システムでは、基本的にビデオオーバーレイが廃止されている。 Aero環境では、ビデオオーバーレイを使ったソフトのすべてが動作するわけではないし、動作する場合であっても、Aeroが一時的に無効化され、「Basic環境」と呼ばれる、Windows XPに近い状態に戻される。再生はできたとしても、切り替えには数十秒の時間がかかるため、操作感がかなり悪くなるのが欠点だ。 Windows Aero環境では、ビデオ再生に「DXVA」という技術が使われる。WMCは、XP時代からDXVAを使っているため、オーバーレイで起こるような問題は起きない。 ほとんどのPCに標準で備わっており、Vistaとの技術的親和性は、従来のソフトよりも良い。しかも、マーケティング上の利点も多い。どうせVista向けに作り替えねばならないなら、メディア関連機能をWMCベースにしよう、となるのも納得である。
もちろん、あえてWMCを重視しないメーカーもある。富士通は、Vista Home Premiumを採用しているにもかかわらず、テレビ機能でもネットコンテンツでもWMCを使わない。機能を削除しているわけではないので呼び出せば使えるのだが、「富士通のパソコンの利点」としてアピールすることはない。 テレビ録画については、従来地デジと地アナで別々であったソフトを一本化することで操作性改善を行ない、ネットコンテンツに関しては、自社独自の「マイメディア」で対応する。薄型テレビに接続して使うことを想定した新シリーズ「FMV TEO」でも、WMCは使わず、あくまでマイメディアでの操作を基本としている。 ■ WMCを使いながらも作り込みで差別化 WMCを採用するということは、マイクロソフトの提供する画一的な機能に乗っかる、ということでもある。日本のテレビパソコンの歴史は、「いかに他社PC、サードパーティーのテレビチューナーカードと差別化するか」の歴史。WMCの採用が進まなかったのは、差別化ができなかったからでもある。 今回、NEC、日立、ソニーの製品は、すべてWMC採用といいつつも、素のWMCをそのまま使っているわけではない。むしろ、WMCという枠組みの中に、これまで培ってきた「独自のテレビ機能」を持ち込むことで、差別化を実現している。 差別化の方法は2つある。 一つは「録画はWMCだが見せ方を変える」方法。ソニーが採ったのはこの策である。
VAIO今春モデルでの地上アナログ放送録画は、完全にWMCの機能に依存している。そのため、録画データも、WMC標準形式であるdvr-msとなった。WMCの番組表で録画予約し、WMCで番組再生を行なう限りにおいては、特にVAIOならではの点は見あたらない。 しかし、独自再生ソフトである「Emotional Player」を使うと、WMCとはまるで違う姿が見えてくる。VAIO春モデルで地上アナログ放送を録画する時、録画映像は自動的に、「本編」と「CM」に分けられる。さらに、「本編」と「CM」も、ソフト側が様々な分析を行ない、細かな分類が行なわれるのだ。 例えばニュース番組を観るとしよう。ニュース番組では、ニュースの見出しなどがテロップとして画面端に表示されている。Emotional Playerでは、動画中の、ある一定時間動かないところを「テロップ」と判断、番組のインデックス情報として「テロップ一覧」を自動作成する。テロップ表示から気になるニュースをピックアップし、必要な部分だけを見る、という作業が簡単に行なえるわけだ。これは「映像解析」により、映像内にタグを打っていく作業に他ならない。
CMも、単純に「本編と本編の間を切り取る」わけではない。ネット経由でCM内容やスポンサー情報を取得、タグ情報として映像内に埋め込むことで、CMを1本づつ、ジャンル毎にまとめてくれるのだ。例えば、映画のCMだけをまとめてやれば、オリジナルの「映画予告編集」ができあがる。ゲームが好きな人なら、予告編の代わりに「ゲームCM集」を作りたくなるかも知れない。 CMだけをまとめる、という感覚は、非常に新鮮でおもしろい。メニューを開くだけで、どんなCMが何本放送されているか、が簡単に把握できるからだ。
Emotional PlayerはWMCとは独立したソフトであり、別の言い方をするなら、無くなったはずの「独自10フィートUI」だ。WMCから呼び出すことができるものの、通常のテレビ関連メニューとは別に用意されているメニューから、単にアプリケーションを呼び出しているだけである。 すなわち、ソニーは画像・音楽・映像をまとめる10フィートUIや録画機能としてはWMCを採用したものの、映像再生の体験を差別化する手段としての10フィートUIと独自ソフトを別途開発した、ということなのだ。 これに対し、まったく別のアプローチを採ったのがNECだ。NEC春モデルのWMC内には、WMC標準のテレビ機能である「テレビ・録画」というメニューがない。その代わりにあるのが、「テレビ(SmartVision)」というオリジナルの項目だ。SmartVisionは、同社が一貫して使っているテレビ録画系ソリューション。このメニューを選ぶと、SmartVisionはまるでWMC内に組みこまれたかのような状況で動き出す。録画形式も、WMC標準dvr-msではなく、SmartVision形式(および素のMPEG-2)だ。
すでに述べたように、NECは昨春から、WMCと自社独自機能を併用していた。だがその結果、ユーザーは「ネットコンテンツはWMC、テレビやDVDはMediaGarage」と、2つのUIを使い分けねばならなかった。そこで今回は、MediaGarageを捨てて10フィートUIをWMCにし、操作系をWMCに一本化した上で、WMCから標準のテレビ機能を取り去り、SmartVisionをWMCに組みこんだ。 さらにMediaGarageにあったホームネットワーク機能も、DigiOn開発の「DiXIM for Media Center」を採用することで、WMCに組みこんでいる。 機能の概要は違うものの、日立のプリウスシリーズも、NECと似た解決方法を採っている。WMCのテレビ機能を利用せず、WMC内に自社の2フィートUI用テレビソリューション「Prius Navistation」の機能を利用するプラグインを組みこんで、10フィートUIをWMCに統一している。
■ 簡単だが「地デジ対応」に難ありのソニー ソニー型とNEC型には、それぞれ利点と欠点が存在する。 ソニー型は開発が比較的容易で、付加価値を打ち出しやすい一方、画質面では素のWMCを使った製品との差異が打ち出しづらい。ソニーはPC上での動画高画質化に「Motion Reality」という技術を使っていたが、「WMC上では利用できておらず、XPの製品に比べ、若干再生画質では劣っている」(同社担当者)という。 もっとも大きな問題は「地デジ対応」だ。WMCではいまだ、地デジを初めとする日本のデジタル放送に対応出来ていない。そのため、VAIO春製品の地デジモデルでは、XPモデルで使われていた「Station TV Digital」を併用する。元々ピクセラが開発したチューナカードやソフトウェアであるため、Emotional Playerのような「タグによる分類、映像の自動分析」といった差別化は行なえていない。 そもそも、本来WMCで10フィートUIを統一するはずであったのに、VAIO春モデルの場合には、「WMC」「Emotional Player」「VAIO Media」(DLNAクライアント)「Station TV Digital」と、様々なソフトを使い分けねばならず、不便である。 他方、NECや日立のソリューションは違う。独自機能とWMCの連携は開発上の難易度が高いが、地アナはもちろん地デジまで、WMCから機能が利用できる。ただ、既存のテレビソリューションのUIを流用している部分も多いため、「操作感の統一」という意味では今ひとつな印象も受ける。WMC内で動いている機能なのに、WMCとは全く異なる操作系で動かす部分が多いからだ。 現状では、「地デジまで視野に入れるならNEC式」、「新しい差別化重視ならソニー式」が良い、ということになるだろうか。
□マイクロソフトのホームページ (2007年1月26日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部av-watch@impress.co.jp
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