次世代光ディスクのソフトは次第に数は揃い始めているが、残念ながら、まだぽっかりと抜けているジャンルがある。それは「アニメ」だ。BDとHD DVDともにアニメ作品は少ない。「日本発」の作品が多いジャンルとしては、少々寂しい状態だ。 そんな中、マイクロソフト、メモリーテック、バンダイビジュアルの3社は、昨年11月以来、アニメ作品のHD DVD化で協力し、開発を続けてきた。 彼らのノウハウとはどんなものなのだろうか? そして、「次世代光ディスクらしいクオリティのアニメ」とは? 今回は、バンダイビジュアルが発売を予定している「FREEDOM」や「パトレイバー」のオーサリング開発を通し、その実情を探った。
■ まるで「ソースそのまま」のクオリティ? まず我々が目にしたのは、VC-1を使い、メモリーテックがエンコードを行なった「FREEDOM」のオープニング・シーケンスだ。
見たことのある方ならおわかりいただけるのだが、FREEDOMのオープニングは、漫画のトーン処理に似た独特の細かなテクスチャーを施した、きわめてディテールの細かなアニメーションとなっている。実写映像との合成や、トーンの大きく変化するシーンも多く、画像圧縮技術にとっては非常に厳しい映像といえる。 だが、そんなシーンであっても、ソース映像との差異は感じられなかった。長時間ソース映像との比較を繰り返したわけではないが、試写室の大画面スクリーンでの鑑賞に堪える、まさに「次世代」という言葉にふさわしい画質と感じた。特にFREEDOMのようなデジタルアニメーションの場合には、ともすればノイズともなるフィルムグレインが存在しないため、映像はとにかくクリアーで、クリエイター側が作り込んだディテールが、どこまでも見えていきそうな印象を受けた。 エンコード技術の開発を行なった、メモリーテック 執行役員 開発センター長の大塚正人氏は、「とにかくソースに忠実なエンコーディングを目指した」と説明する。 だが、映像の平均ビットレートは「16Mbps程度」と案外低い。「H.264やVC-1のように、コーデックに十分な実力がある場合、全体のビットレートをとにかく高くしてもさほど効果はないようです。むしろ画質を向上させるために重要なのは、アベレージを低くして、難しいシーンに、エンコーダがピークのビットレートを十分な帯域で割り当てられるようにした方が、画質が向上する。今回も、平均ビットレートは低いものの、ピークレートには24Mbpsくらい割り当てています」と大塚氏は説明する。 FREEDOMのプロデューサーである、株式会社エモーションの杉田敦氏も、今回の画質には非常に満足している、と話す。「FREEDOMのオープニングは、画像圧縮にとってある意味『いやがらせ』のような映像。でも、この映像でここまでの画質が実現できたことで、非常に安心しています。これ以上に難しいものはないわけですから」 これだけ高画質ならば、さぞエンコードには時間がかかっていることだろう……と思われるのだが、そうでもないという。大塚氏によれば、今回のデモ映像のエンコード時間は、実時間の3倍から4倍程度。「まずは1回目のサイクルで、全体の90%程度が満足できるクオリティのところまで持って行き、残りの難しいところを、再度パラメータ調整を加えながらエンコードしていく、という感じです。近いうちに、DVDオーサリングの場合と比較しても、時間にして5割増し程度の作業で終了するところまでもっていけると思います」と語る。
■ 解像度だけでなく「色調」も違う
とはいえ、単純にエンコードを行なっても、今回のような画質が得られるわけではない。重要なのは、エンコーダが賢くビットレートを調節し、最適な画質を得るためのパラメータ設定を見つけることだ。メモリーテックとマイクロソフト、東芝は、3社で4年間にわたり、コーデックの調整を続けており、それが今回の結果につながっている。 では、アニメーション向けのチューニングの正体とはなんだろうか? 大塚氏は「コントラストや色調だ」と語る。 「実は、赤や肌色の質感などを、ソース通りに再現するのは大変なこと。DVDの時には、そもそもそこまでの能力がないため、あきらめていた部分がありましたが、HD DVDではそうではありません。どこまで忠実に再現できるか、追い込みに我々も苦労しました」 また、ソースに忠実な再現を行なうため、オーサリング環境も変化した。DVDの時代には、主にブラウン管のマスターモニターを使ってチューニングを行なっていたが、もうそれでは十分ではないという。松下のフルHD対応プロジェクターと、Stewartのスクリーンを準備、オーディオも真空管を組みこんだデジタルアンプも用意して、「ソースに忠実なオーサリング」を狙った。
「また、アニメーションは各フレームが人工的に生成されています。動画圧縮は、キーフレーム間の差分をとって行ないますから、アニメーションの場合、自然画にはあり得ない、厳しい動き検知を強いられる場合があります。かといって、下手にキーフレーム設定を行なうと、容量が膨大なものになります。その辺の勘所を見つけるのが大変でした」と、アニメならではの厳しさがあったことも説明する。 杉田氏も、次世代ディスク向けオーサリングの難しさを次のように語る。「とにかく、『こんなところまで見えてしまうのか!』というのが率直な感想。チェックに参加した監督をはじめとするスタッフ陣が、HD DVDの映像を見てリテイクをはじめようとしてしまうくらいです」 そこで重要となるのが、ソース映像のクオリティだ。今回の取材では特別に、HD DVDで発売が予定されている劇場版「パトレイバー」第一作のオープニング・シーケンスを見せていただいた。あくまでテストのため、初期段階のエンコードテスト用のもので、「出来立てほやほや。外部に見せるのははじめて」という代物だ。この作品は、FREEDOMとは対照的に、手書きによる「アナログアニメ」の代表作。ソース映像は当然、フィルムからのHDテレシネである。 テスト映像を見て、私は二つの意味で驚いた。 描き込みの極致、ともいえる作品であるため、さぞディテール豊かなことだろう……、とは考えていたが、実際の映像は、想像以上のものだった。この作品のオープニングは、夕闇の東京湾岸と深夜の森林という、ディテールが細かい上にコントラストのはっきりしない「エンコーダいじめその2」(杉田氏)ともいえるシーン。しかし、映像では色調・ディテールともにしっかり表現されていて、DVDのそれとは全く違った印象をうけた。 だが他方で、高解像度の暴力、とでもいうべきものが見えてしまったのも事実だ。セルアニメにつきものの埃やセル傷、セルの浮き上がりによる不自然な影が、そこかしこに見つかってしまうのである。杉田氏の言う「ここまで見えてしまうのか! 」という発言は、このような状況を指してのものだ。 「DVDの時、あれだけゴミを消したと思ったのに、これだけ出てきてしまうんです。ソースの作り方そのものを変えねばならないということかも知れません」と杉田氏は言う。しかし、これはうれしい悲鳴でもあるようだ。 「DVDのスタートタイトルとして『パトレイバー』のオーサリングに取り組んだ時は、(クオリティが低く)ひっくりかえってしまったんですよ。もちろん製品では満足できるクオリティを出せましたが、“最初のトライアル”の時はがっかりしました。それに比べれば、すばらしいの一言」 メモリーテックではエンコーディングだけでなく、こうしたテレシネの段階での高画質化にも取り組み、ノウハウを蓄積していくという。 HD DVD向けにソースを作り直す、という発想は、なにもフィルムソースのアニメだけに限らない。HD DVDの映像を検討した結果、FREEDOMの製作現場でも、第三巻以降では、セルシェーディングによるキャラクターの描線描写などを、HD DVDの精細な画面でより美しく見えるように変更しているのだという。
■ 絵コンテ連動や「映像ブックマーク」も 3社が開発を続けているのはエンコーディングだけではない。HD DVDで使われるインタラクティブ機能「HDi」のオーサリングに関しても、開発が行なわれている。 今回の取材でデモされたのは、CESで公開するために作られたものであり、市販予定のHD DVD版FREEDOMに実装されるものと同一とは限らない。HDiで考えられる、様々な機能を可能な限り取り入れたものである。今回はネットワークに関する機能のデモは見られなかったが、実装は行なわれているという。
「HDiでどこまでできるか、究極のところを見極めるのが、マイクロソフトとバンダイビジュアルから与えられた、我々への宿題。まだまだ究極とは言い難いのですが、現在も開発を続けています」と大塚氏は説明する。 中でも注目は、絵コンテなどの映像特典と本編を連動させる仕組みだ。DVDの場合には、本編とは独立した映像として見るしかなかったが、HD DVDの場合、本編の隣にオーバーラップした形で絵コンテを表示し、本編の進行にあわせて自動的に切り替わる形となっている。 もう一つの独自機能は、「映像ブックマーク」である。再生中に、自分が残しておきたい映像の部分でボタンを押すことで、その部分のタイムコードを記録、自分だけのチャプターリストを作れる機能だ。HD DVDプレーヤーにはフラッシュメモリーが内蔵されており、ディスク毎の情報を記録しておける。映像ブックマークのデータも、そこに保存され、ディスクを入れれば、プレーヤー側が自動的に情報を呼び出されるようになっている。
これらの機能の一部は、既発売のHD DVDタイトルで実現しているものもある。しかし、3社連合が技術開発を続けている理由は、今後のタイトル開発で活用できる「テンプレート」を作り上げるためだ。 「HDiでもDVDのメニューでも、必要なビジュアル素材を用意するところまでは変わりません。ただ、HDiはDVDのメニュー構造に比べ複雑化していますから、基本的な構造を作りあげるまでに時間がかかります。ここでそれを作りあげておけば、今後同様のタイトルを作成する場合に、時間を大幅に短縮できる」(大塚氏)という。 このような技術開発の結果、オーサリング時間は、「'96年、'97年の、DVDの初期と大差ないレベル」だという。機能が複雑化したことを思えばかなり短い。現在のDVDは、オーサリングノウハウの構築により、タイトルによっては2日程度ですべての作業が完了するというが、さすがにまだそのレベルにはない。しかし、この調子でノウハウを蓄積していけば、「1年もすれば、かなり近いところまでいけるのでは」と大塚氏は見ている。 では、ライバルであるBDのBD-Javaに比べてはどうか? 「HDiの場合、構造はウェブサイト構築に似ているので、素材を用意すれば、修正していくのは簡単でしょう。規格通りに作れば、どのプレーヤーでも同じようにかかります。BD-Javaの場合、問題なのは『言語』だということです。メーカー、機器ごとに実装が異なるので、まったく同じ動作状況になるようチェックするのは、より大変ははずです」と見通しを語る。 ただし、単純にポップアップメニューを出す程度であれば、話は別だ。すでにソニック・ソルーションズなどから出ているオーサリングツールを使うことで、かなり簡便に行なえるようになっているという。 ■ ノウハウ共有でHDコンテンツ全体のクオリティ引き上げへ
3社の協力体制は、どのようにできあがったものなのだろうか。マイクロソフト デジタルエンターテインメントパートナー統括本部担当執行役常務である堺和夫氏は、「ことはCEATECから始まったもの」と話す。 メモリーテックとマイクロソフトが、アニメーション向けオーサリング技術の開発で協力することをが10月のCEATECで発表した際、その場に居合わせた、バンダイビジュアルの前田明雄常務取締役も協力を表明。3社での協力を検討する流れとなった。 メモリーテックの川崎代治社長も、「技術開発をするにも、良いソースがないとどうしようもない。今回は、バンダイビジュアルさんにご協力いただいて、非常にスムーズに検証が進んだ」と協力体制の成果を強調する。 実際、FREEDOMのテストオーサリングは、提携が決まった昨年の11月から始まったものだ。当初はノウハウがまだ未熟であったが、作業開始からたった40日後のCESではそれまでの成果を公開、さらにその後1カ月程度で、より高いレベルでのチューニングが行なわれたという。 今回のテストから、メモリーテックはアニメーションのオーサリングに関するテストパターンを完成することとなる。大塚氏は、「実写向けも含め、3つから4つの基本パターンを構築することになるでしょう。まずそこで、映像全体の90%が満足できるクオリティになるよう調整し、残りを個別に調整することとなります」と今後の方針を説明する。 これらのノウハウのうち、特にVC-1でのエンコードパラメータ調整に関する情報は、すべてマイクロソフト側にフィードバックされ、マイクロソフトを通じ、各ライセンス先へと還元されることになる。そのため、チューニング作業の際には、メモリーテックのエンジニアとマイクロソフトのエンジニアが相互に情報交換を行なってきた。 「元々、我々だけでノウハウを独占しよう、という意図はないんです。広く還元し、全体でクオリティの底上げができれば」と堺氏は語る。 そうなると、次に気になるのは、バンダイビジュアルからいつ、「次世代クオリティ」のHD DVDタイトルが、どんな仕様で発売されるのか、ということだ。 バンダイビジュアル・前田氏は、「残念ながら、FREEDOMも含め、発売時期などはまだ公表できない」と話す。今回公開されたデモも、HD DVD版FREEDOMの製品仕様に沿ったものではなく、あくまで技術開発用にオーサリングしたものだ。 とはいえ、今回公開したクオリティと機能を、できる限り搭載して発売したい、という強い意志があるのは間違いないようだ。 「すでに、『パトレイバー』や『オネアミスの翼』をHD DVDで発売する、と発表させていただいているが、これらの作品は、メディアが変わるたびにお買い上げいただくお客様のいる、大切な作品。頭が下がる思いだ。こういった方々に、買って良かった、価値があった、と思っていただけるものを出さないと意味がない。最初から究極、チャンピオン・クオリティを狙いますよ」と力強く語る。 次世代光ディスクに関しては、規格が分裂したこともあり、どうしても各社の政治的な思惑や、製品の売れ行きが先行して語られがちだ。 しかし本当に大切なのは、「いままでと違う、ハイクオリティの製品を、消費者がどれだけ手にできるか」ということのはずだ。「日本発」の作品を世に送り出す人々が、これだけクオリティに関し妥協を許さぬ体制で臨んでいることは、すべての映像ファンにとって、喜ばしいニュースだろう。
□バンダイビジュアルのホームページ (2007年2月15日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部av-watch@impress.co.jp
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