■ 火が付くか、コンパクトハイエンド 一昨年から昨年にかけて、顕著にオーディオ復権の兆しが見えてきた。高級ヘッドフォンの人気が高まってきているのは、すでにご承知の通りだが、実際に量販店の売り場を見ても、オーディオ製品の売り場面積が半年ごとに拡大してきている。また、今の秋葉原にハイエンドオーディオのショップが新たにオープンするなど、長い無風状態の中からようやく風が出てきたのを感じる。 さらに最近は、ピュアオーディオクラスのハイエンドモデルだけでなく、国産メーカーも地道にいいものを作り上げてきている。従来のいわゆるミニコンポとは違う、小型ながらハイエンドを意識したオーディオ製品がいくつか出てきているのである。 昔のハイエンドオーディオでは、デカくて重いものほどいいという定説があったのだが、デジタル世代の技術を使えば、またその常識も変わるはずだ。そう感じさせてくれる製品が、先日発表されたソニーの「System501」である。 全体で見ればミニコンポぐらいのサイズになるが、実際にはアンプ、プレーヤー、スピーカーの単品コンポの集合体だ。発表時の試聴会で音も聴いたのだが、若干部屋の音響特性が悪く、中低域の暴れが気になった。そこで改めて試作機をお借りして、じっくり音を聴いてみることにした。今回お借りしたのは量産前の試作モデルではあるが、音質的には製品と同じであるという。 「大人のコンポ」として、実際のSystem 501はどのようなものだろうか。今回は開発者インタビューを交えながら、その魅力を探ってみよう。
■ 小さいが本格的 System 501はあくまでもシリーズ名であって、この3ピースのセット名ではない。まずデジタルプリメインの「TA-F501」(以下F501)は、これまでハイエンドモデルにしか搭載されてこなかった「S-Master PRO」を採用。価格は93,450円。
外観はシンプルで、フロントパネルのつまみ類はBASS・TREBLEのトーンコントロール、入力セレクタ、ボリュームがある程度。天板、側面にアルミを使用し、かなり堅牢な作りになっている。サイズは280×286×111mm(幅×奥行き×高さ)。多くの棚というのは奥行きがだいたい30cmなんだそうで、そういう場所にも置けるように設計されたという。
入力はかなり充実しており、アナログ入力はPHONO、TUNER、SA-CD/CD、TAPEの4つ。TAPEは出力も装備している。デジタル入力は同軸が3系統、光が1系統。光デジタルは録音機器用の出力もある。 また内部にはドルビーデジタル、DTS、MPEG-2 AACのデコーダを搭載しており、5.1ch入力を2chにダウンミックスして出力する機能も備えている。DVDやテレビの音を、オーディオ的に楽しむこともできるわけだ。
「SCD-X501」(以下X501)は、アンプと全く同サイズのSACD/CDプレーヤーで、価格は70,350円。ボディの天板と側板は同じく、アルミ押し出し材を使用している。サイズが同じだとつい上に重ねて置きたくなるが、重ねて置くことは推奨されていない。もし重ね置きするのであれば、X501を下にして欲しいとのことであった。
アナログ2chと5.1chをそれぞれ1系統。5.1chはSACDのサラウンドタイトル用である。またデジタル出力は、同軸と光が1系統ずつだ。SACDのストリームは2chでもデジタル端子からは出力されず、アナログ出力のみとなる。 スピーカーの「SS-K10ED」は、12cmウーファーを搭載する2ウェイブックシェルフ型で、2本セットで70,350円。幅194mm、高さ348mm、奥行き282mmで、一般的なブックシェルフよりは、少し背が高いかもしれない。
ツイーターはカーボングラファイトコンポジットで、70kHzまでの再生が可能となっている。エンクロージャは曲げ木加工によるラウンドフォルムになっており、この形状が内部の定在波を押さえるという。表面はピアノフィニッシュで、非常に光沢感の強い黒だ。
■ 楽器のように鳴る豊かな響き では実際に音を聴いてみよう。試聴はソニー社内にあるリスニングルームと、自分の仕事部屋の2カ所で行なった。リスニングルームでは、スピーカーを壁から離して耳の高さまでのスタンドに乗せた理想的な配置、一方で仕事部屋では机の上に設置したので、一辺が約1.5mの三角形で聴くという、かなりニアフィールドである。 大まかな印象は、どちらの部屋でも音の傾向は変わらない。ただリスニングルームの方は、空間の容積があるぶん音像が広く、音の響きに余韻が感じられる。このセットの特徴は、この残響表現の豊かさだろう。 音の傾向をいくら文章で綴ってもなかなかニュアンスが伝わらないのを承知で書くならば、例えばXTCの「Skylarking」では、実際のスピーカー面から約1m奥に音像が広がるという、特殊な定位処理がよく表現できている。残響ということでは、ブライアン・ウィルソンの「Imagination」は非常に複雑な楽曲であるとともに声質も抜けが悪いのだが、このごちゃごちゃした曲を、定位の良さと高音域のひずみの少なさで、すっきり綺麗に整理して聴かせてくれる。このCDを綺麗に聴かせてくれるオーディオは、あまりない。 高級モデルなので、SACDやリマスターCDのような高品質ソースが望ましいのだろうが、実際にはなかなかそうはいかない。昔聴いた思い入れのあるアルバムなどは、CDでさえ今は廃盤というようなものも少なくないはずだ。だが音質がそれほど良くないソースでも、気持ちよく聴かせてくれるバランスに仕上がっている。むしろこのシステムの真骨頂は、そこにあると言える。 アンプのF501は、一見するとトーンコントロールぐらいしかいじるところがないように見えるが、リモコンを使うと細かいチューニングも可能だ。「D. RANGE COMP.」は、深夜に映画などを見るときにダイナミックレンジを圧縮する機能。ドルビーデジタル音声のみに働くもので、OFF、STD、MAXの3つから選択する。AVアンプでも同様の機能を持つものが多い。 「DC PHASE Linearizer」は、低域の位相特性をアナログアンプの特性をシミュレーションする機能だ。Aタイプ、Bタイプの2種類があり、それぞれLOW、MID、HIGHの3段階で、補正帯域が広がる。BタイプはAタイプに比べて、より低音感が豊かな特性になるという。
さらにF501は、AVアンプなどで採用例が多い自動音場補正機能を備えている。測定用のステレオマイクをアンプに接続し、測定を行なうことでその部屋に合った特性に調整してくれる機能だ。キャリブレーションのタイプとしては、ソニーの開発環境に合わせた「ENGINEER」、フラットな特性にする「FULL FLAT」がある。それとは別に、音質補正のうちイコライジング部分だけをON/OFFできる「EQ CURVE EFFECT」を備えている。 この補正機能によるイコライジングはかなり強力で、「EQ CURVE EFFECT」をOFFにすると、中域に厚みのある音になる。スピーカー的にはこれが元々の特性というわけだろう。これはこれで個性的だが、補正したほうがボーカルのぬけが良く、優等生的な音になるようだ。 一方音楽CDの再生では、デジタル接続とアナログ接続の2つが選択できることになる。双方を比較してみたところ、デジタルでは細かいディテールまできっちり表現できるが、そのぶんやや線が細い感じだ。一方アナログで聴くと、デジタル特有の聴き疲れする感じがなくなり、猫の毛を順方向になでつけたような、ディテール部分は残しながらも逆立った部分がなめらかになる印象がある。 どちらに優劣があるわけではなく、再生する音楽や、モニタ的に聴きたいかリラックスして聴きたいかによって使い分けると、楽しいだろう。
■ 小さくても本物を目指した音作り さて、ソニー社内のリスニングルームでSystem 501を試聴しながら、担当者にこの製品の生まれた背景などについて伺ってきた。お話しいただいたのは、商品を企画したオーディオ事業本部シニアプロダクトマネージャーの川口 統靖氏、設計者の同事業本部エレクトリカルエンジニア 松谷 和弘氏である。 小寺:先日の発表会では、「大人のコンポ」という言葉が印象に残ったんですが、やはりこのグレードのオーディオ製品だと、「大人」というキーワードは外せない感じですか?
川口:まずはわかりやすさということで、「大人のコンポ」という提案をさせていただきました。本当に音楽が好きな人に、いい音で聴いていただきたいという切り口をどう表現するのかというときに、一番わかりやすいかと考えました。 小寺:ターゲットを団塊の世代に据えた点も、非常に興味深いのですが。 川口:弊社内でも「最近音楽聴いてないね」という、団塊の世代の社員も多くいます。そういった層から、こういう小さいのが欲しいという声がわき出てきたんです。我々のような40代でも、今買いたいなと思って店頭に見に行ったときに、もっと若い世代向けの商品は沢山ありますが、それ以上はもう大型の単品コンポになってしまいます。この商品は単品コンポよりも取っつきやすいもので、基本的な打ち出し方は、単に「CDがかかる」というシンプルなものです。 小寺:上は単品コンポ、下はミニコンポがある中で、このサイズでやるというのは? 川口:すべての方がリスニングルームを持っていないということ、ご家庭の中で趣味嗜好商品が置けるスペースを見つけるのが難しいというのは、いろいろ話を聞いている中でありました。
松谷:設計者からすると、小さなオーディオを作ろうという感じはなくて、どちらかというと本格的なものをどこまで小さくできるかのチャレンジだという位置づけで、設計して来ました。単に小さいものを作るということだったら、この製品みたいな音のバランスというのは難しいと思います。 小寺:価格的にはどうでしょう。全部で20万円ぐらいという金額になるわけですが。 川口:マーケティングの定石では、だいたい平均価格の5倍が最上限度というのがあります。今一番売れているのは3万円前後のセットステレオですので、その3倍で15万円。そこの15万という選択肢もあるんでしょうけど、もう一段階きちんとしたものを作りたい。11年前にソニーのオーディオで5000番シリーズというのがあったんですが、それが全部で40万円だったんです。そこを今の技術で超えられないかと。値段ありきで作れば、それなりの商品しかできません。結果として20万3,000円なんですけど、20万円台の商品を目指したわけではないんです。 小寺:ハードウェアのお話を少し伺いたいんですが。音を聴かせていただいて、このスピーカーサイズからは予想できないような低域の充実を感じました。でもカタログ値では、下は45Hzからとなってますよね。 松谷:オーディオは数値にこだわっても、ホントに意味がないですね。海外ではスペックがいまいちのものも沢山あるんですけど、聴いてみると魅力的なものがあります。ある程度は目安にはしていただいていいと思うんですけど、結局は聴いてみてのものですから。 小寺:今回こんなに低音が充実しているのは、どういう仕掛けなんでしょう。 松谷:簡単に言うと、欲張んなかったというところですね。本当の超低音を狙ってない。超低音を狙うと、どっかバランスが崩れるんです。そこはまあ小型だからあきらめて、全体的なバランスを大切に作ってきた。そこがうまくいってるのかなと考えています。 小寺:CD再生に関しては、デジタルとアナログを聞き比べると、僕はアナログのほうが好きでした。 松谷:それは、私共にとっては最高のほめ言葉です。オーディオ技術者としては、DAしてADするほうが、腕の見せ所なんですね。フルデジタルのアンプですが、アナログでほかの機材と接続したときに、なんじゃこれはと言われないように、自分のアナログ技術の蓄積を全部入れ込んで作っています。 小寺:今回の製品では、自動音場補正機能が入っていますよね。これはどういうチューニングをするんでしょうか。 松谷:タイムアライメント、左右のバランス、周波数特性、この3つを見ています。基本的にはちゃんと置けば、それだけでいい音がしますので、あとはケーブルを変えたり置き場所を工夫したりと、自分でいろいろいじって楽しんでいただきたいんです。ただ、もうここにしか置けないという場合がありますよね。そういう人のために、ちょっとこれで助けてあげようと考えました。 小寺:最近は高級ヘッドフォンが好調ですが、それにつられてヘッドフォンアンプも関心が高まっているように思います。それは一般のアンプのヘッドフォン端子が、あまりいい音がしないという現われかとも思うんですが。 松谷:アナログだと、出力などを抵抗で落とさなきゃいけないんで、その抵抗によって、音がガラガラ変わっちゃう。一方このアンプでは、S-Master PROの出力をそのまま使っています。そういう意味では、デジタルの恩恵で、素直な音になっていると思います。
■ 総論 高級オーディオの思想と技術を盛り込んで作ったコンパクトオーディオというのは、これまでもビクターやオンキヨー、デノンといったメーカーが取り組んできている。ここに動きが目立つソニーが参戦することで、この市場もより多くの人に注目されることだろう。 100万超えなきゃ音じゃないと言われるピュアオーディオ製品に真っ向から対抗するようなものではないが、定年してこれからはゆっくり本と写真、そして音楽を楽しみたいという、マニアではない人たちが「いい音」を探したときに、ミニコンポやiPodスピーカーしかないというのではやりきれない。こういう製品群が存在して、選ぶ余地があるということは、いいことだろうと思う。 もちろん、定年しなければ買っちゃいけないわけではない。ただ現役のサラリーマン、しかも所帯持ちにはなかなかオーディオで20万はキツいことだろう。もしこの中で一つだけお勧めを選ぶならば、まずはアンプだろうと思う。 再生ソースは今持っていないわけではないと思うし、スピーカーもブックシェルフであれば、国産・輸入物合わせてびっくりするほどの種類が売られている。それほど高いものでなくても、今はかなりレベルが高いので、好みで選び放題だ。だがS-Master PROのクリアな出力と、自動音場補正機能も含めた独自のプロセッシングは、他にはない特徴である。 自宅にこのシステムが来てからというもの、これまで棚に並んでいるだけだった音楽CDライブラリからとっかえひっかえ、懐かしく聴くようになった。こういう心の変化こそが、このシステムがもたらす最大の豊かさなのではないだろうか。
(2007年2月28日)
[Reported by 小寺信良]
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