■ 注目高まるデジカメ動画 デジカメで動画を撮る、という行為が考えていくと、どうも二派に分かれていくような気がする。一つは、普段は写真で十分なんだけど、何か動きが大事なものを記録するときにちょっと動画で撮れるといいよね、といった補助ユース派。これはケータイユーザーも入るだろう。 もう一つは、デジカメの論理でビデオカメラを作ったら斬新なのができるんじゃないか、という動画探求派。三洋電機の「Xacti」なんかは、最初はやはり動画も撮れるデジカメのあたりから始まったわけだが、気がつけばユーザーのほとんどがビデオカメラのつもりで使っているという、マーケットがジャンルを作っていった流れである。
今月発売予定のキヤノン「PowerShot TX1」(以下TX1)は、そのビデオカメラ然としたルックスから、後者の期待が高まっている商品である。VGAサイズの動画が撮れるデジカメは多いが、1,280×720ドットというハイビジョンサイズで撮れるところに注目が集まっている。店頭価格で5万円前後と、実売ではXactiのHDモデルよりも安くなりそうだ。 いくら動画が撮れるとは言っても、「PowerShot」はデジカメのブランドである。本来ならば写真機能を中心に取り上げるべきなのだろうが、若干無謀とは思いつつも今回はいつものパターンに載せて、ムービーカメラとして扱ってみた。 TX1はムービーカメラの新しい潮流を作れるのだろうか。早速テストしてみよう。
■ シンプルに徹したデザイン まずいつものようにデザインから見ていこう。このカメラの場合、まずは形からして「写真を撮るためのデジカメが欲しい」というユーザーは手を出さないであろう。撮影スタイルが、縦型ビデオカメラと同じなのである。ただし寸法が今どきのデジカメ並みに小さく、ソリッドかつシンプルなラインで構成されることもあって、ガジェット好きのするルックスに仕上がっている。
前面にはレンズカバーがあり、電源を入れるとズームレンズがせり出してくるスタイル。シャッターボタンが上部、ビデオ録画ボタンとズームレバーは背面にある。従って人差し指と中指をかなり大きく開いて、間にレンズを挟むような持ち方になる。 ホールドしたまましばらく放置すると省電力機能でレンズが引っ込むのだが、そのとき指が触れていると、引き込まれるような感じがしてびっくりする。形状がシンプルなだけに、ホールド感はかなり各人の手の大きさに左右される感じだ。 レンズは光学10倍ズームで、ビデオ用ではなく静止画用に設計されたもののようだ。ビデオカメラで10倍ズームは最低限のスペックだが、デジカメ側の理屈に振られずここまでの倍率を確保した点は評価できる。ただしF値は3.5~5.6と、結構暗い。 画角は35mm換算で39~390mmとなっているが、これは4:3での数値だろう。高解像度で動画を撮る場合は16:9になるが、画角としてはこのまま上下が切れるだけである。また本機にはデジタルテレコンという機能がある。デジタルズームの倍率を固定して、均等に拡大するモードで、1.5倍と1.9倍がある。ただしこれは、4:3画角でないと使用できない。
手ぶれ補正は光学式で、静止画ではカメラの上下方向だけを補正する「流し撮り」モードも備える。走る被写体を撮るときのための機能だ。ただし動画撮影時は、自動的に「常時入」モードに変更される。 撮像素子は1/2.5型740万画素CCDで、有効画素数は710万画素。静止画の最大解像度である3,072×2,304ドットとほぼ一致する。動画の最大解像度は1,280×720ドットだが、フレームレートは30Pである。放送規格として規定されている720Pは60Pなので、フレームレートとしては半分である。ただ、コマーシャルなどは30コマのフィルム撮影を行なうのが普通で、コマの感じとしては違和感はないはずだ。 液晶モニタは1.8型TFTで、画素数は約11.5万画素。デジカメのモニタとしてはこれぐらいのサイズはあり得るが、ビデオカメラとしてはかなり小さい部類に入る。
モニタ側の側面には電源ボタンがあるが、あまり出っ張っていないので押しにくい。またスイッチもかなりクリック感のある堅いものなので、爪を立ててしっかり押し込む必要がある。またビューファインダはないのに、液晶を閉じても電源がOFFにもスタンバイにもならず、さらには液晶バックライトがOFFにもならないというのは、電力の無駄であろう。 操作ボタン類は背面に集まっている。基本設定は「MENU」ボタン内部、細かく切り替える機能はジョイスティックのセンター押しで出現する「FUNC.」メニューに集められている点は、昨今のキヤノン製ビデオカメラの構成に近い。上部のダイレクトプリントボタンは、撮影時にはよく使う機能を割り付けることができる。
FUNC.メニューはレイアウトが良くできており、撮影時に表示されるアイコンの位置で、そのままにメニューが広がるよう合わせ込まれている。これならマニュアル撮影でも、各設定が把握しやすい。
ズームレバーは背面の出っ張った部分にある。スピードはバリアブルではなく、定速2段階となっている。モードダイヤルもこの部分に合わせてある。ダイヤル表示が完全に側面を向いているので、設定変更は横を覗き込まなければならないが、モードはそう多くないので、使っているうちに覚えるだろう。
本機は本体充電ではなく、別途バッテリチャージャが付属している。本機をAC駆動する場合は、別途ACアダプタキットを購入する必要がある。このときはバッテリと併用はできず、バッテリ収納部にAC駆動用ユニットを入れることになる。またACケーブルが底面にささることになるため、別途三脚を使用しないと自立できなくなる点は注意が必要だ。
■ ちゃんと撮るには手間がかかる動画 では早速動画撮影を行なってみよう。動画の撮影は画素数で3段階あり、それぞれに対してノーマルとLPモードがあるという区分けになる。ただFUNC.メニュー上の見え方としては、画角が16:9か4:3かで分けられている点が、多少ややこしい。
記録フォーマットとしてMotion JPEGを使用している点は、MPEGが主流の昨今では珍しい。Motion JPEGは、以前アナログキャプチャのノンリニア編集システムなどでよく使われていたコーデックだが、DVカメラ台頭以降は、デジタル転送したコーデックのままでネイティブ編集するのが一般的となり、あまり使われなくなった。 フレーム間圧縮を行なわないため、編集時にはメリットが大きいが、ファイルサイズが大きくなるのが難点だ。しかもTX1の場合は音声もWAVで記録されるため、最高画質では4GBのSDHCカードを使用しても、13分半ぐらいしか記録できない。 撮影サンプルをご覧になれば、いろんな点に気付くことだろう。TX1は最近コンパクトデジカメで流行りの、フェイスキャッチテクノロジーを装備している。そのため、動画の撮影中でも顔を検出してフォーカスや露出を追いかけていく。 もちろん今回のように手前に近づいてくる場合は、フォーカスのフォローが間に合っていないケースも出てくる。ただマニュアルのフォーカスリングもないような機種で、このような動きフォローが上手く撮れるものはほとんどない。アルゴリズムをもう少し練り込めば、動画ユースとしても期待できる技術だ。 もう一つ動画カメラとして気になるのは、細かくフォーカスを追いすぎるという点だろうか。三脚で安定した絵を撮っているつもりでも、フォーカスロックしないと絵がふらふらする。ハンディで気楽に撮る分には気にならないかもしれないが、落ち着いた絵をちゃんと撮るのが難しい。
画質としては、増感しない程度の光量がある場合はなかなか良好だが、暗くなってくるとS/Nが悪くなる。ISO感度を変えて撮影してみたが、どうも動画撮影時には自動的にオートになってしまうようだ。 これらはデジカメの発想が動画としてジャマしている一面だが、一方でデジカメの感覚を取り入れた良い面もある。例えばカラーモードでは、くっきりカラーやすっきりカラーはビデオのほうにもあるが、白色肌や褐色肌、ポジフィルムカラーといったカラーモードは、面白い試みだ。これらのモードは、動画でも撮影できる。
また非常に強力なマクロモードを備えているのも、これまでのビデオカメラにはない強みだろう。レンズ前0cmから撮れるスーパーマクロを使えば、これまで見たこともない動画が撮れる。 さらにボケ味の表現では、ビデオカメラ特有の菱形絞りではないため、動画でも綺麗な形のボケが表現できている。これはビデオカメラの弱点として再三指摘してきた部分だが、デジカメから発想すれば、こういった形でクリアできるわけである。ビデオカメラ開発側としても、この点は刮目すべきだろう。
■ 動画と同時に静止画も撮れるが…… 本機は元々デジカメなので、静止画を撮る分にはまず問題らしい問題はない。撮影スタイルがビデオカメラライクではあるが、シャッターボタンだけは上にあるという変則的なスタイルに馴染めるかどうかがポイントになるだろう。 このスタイルの恩恵は、無理なくバリアングル液晶が使えるということである。バリアングル液晶はコストの問題か、コンパクトデジカメに採用されなくなって久しいが、その点ではバリアングルを突き詰めていったら行き着いたデザイン、という考え方もできるだろう。 動画と静止画のモード切替がない点は、デジカメの動画対応としてはアピールポイントの一つである。動画を撮影中に高解像度の静止画も撮影可能だが、動画の方はその間、絵と音が途切れる。絵が途切れるのはある程度しかたがないが、音はそのまま撮って欲しかった。
また動画撮影中であっても、静止画のシャッターボタンを半押しするともう一度フォーカスを取り直すため、映像がふらふらする。これもまあ動作として正直といえば正直なのだが、もう少し動画の立場を考えて欲しかった。 またビデオスタイルでの静止画撮影の難点は、縦構図が撮りにくいということである。Xactiはそのままでも縦構図が撮れるモードを備えたが、なんかそういう問題でもないような気がする。やはり最近のケータイのように、液晶が縦にも横にもなるとか、縦構図で押しやすい位置にシャッターボタンがあるといった「構造の工夫」で、なんとか面白くできないだろうか。
■ かなり考えられた再生機能 続いて再生環境を見てみよう。Motion JPEGはWindowsではAVIファイルとしてOS標準の「Windows Media Player」で再生可能な上に、ビデオ編集ソフトでもまず対応済みなので、PC上での扱いには困ることはないだろう。一方本体での再生機能はどうだろうか。 本機では、動画も静止画も区別無く一元的に扱われる。ズームレバーをワイド方向に倒すと、サムネイルで全体が見渡せるようになる。ジョイスティックで見たいカットを選択して、センターボタンで決定……はできない。選択した状態でズームレバーをテレ方向に戻すことで、そのカットが全画面表示となる。
確かにロジックとしては正しいのだが、せっかくジョイスティックで選択までしているのだから、センターボタンで決定、そのまま再生、という操作でも良かっただろう。動画の再生は全画面表示にしたあと、ジョイスティックのセンターで操作画面を出し、そこで初めて再生となる。
動画も静止画も、各カットはジョイスティックの左右で移動することもできる。動画は連続して再生せず、そのカットで再生が終わるスタイルとなっている。 本体には、動画の編集機能もある。クリップの前半カット、後半カットポイントを指定して、その間が使う範囲、というやり方だ。1カットずつ決め打ちで撮っていく場合には、なかなか使いやすい。また1ショットの中からいくつかのカットを抜き出す場合も、指定範囲の新規保存が可能なので、問題ないだろう。
動画を連続で見るには、スライドショー機能を使う。内部的には各クリップをフォルダやカテゴリで分けることができるほか、動画だけ、静止画だけという選択も可能。「カスタム」では、選択したクリップ順に再生されるため、プレイリスト的な使い方もできる。 またスライドショーであるから、動画であっても各ファイル間のつなぎ目でエフェクトをかけることもできる。変わり目は止まった絵になってしまうが、それでも効果的ではある。 本体からは、D3出力とコンポジット出力、アナログ音声出力が可能だ。動画では元々720/30Pの解像度を持ちながら、D3の1080iに変換されて出力することになり、画質的には劣化することになる。静止画の出力に合わせて解像度の高いD3に合わせたのか、D4対応テレビの少なさを懸念したのかもしれないが、せっかくここまでできてD4出力ができないというのは、実に惜しい。
■ 総論 ビデオカメラは、ハイビジョン世代になって飛躍的な進歩を遂げた。その一方でデジカメ派生型のムービーカメラは、三洋のXacti、松下電器産業の「D-Snap」あたりで行き詰まってしまった感がある。 今回TX1を試用してみて、デジカメの動画と静止画の機能バランスをどう取るべきかを、いろいろ考えさせられる結果となった。写真は瞬間的につじつまが合ってればいいが、動画はあまりすぐに反応しないほうが映像のショックが少ない。動画と静止画をモードレスにした場合、フォーカスや露出の取り方をどのように条件付けて作り分けていくかが、ポイントとなるようだ。 一方で静止画の論理を動画に持ち込むことで、新しい表現の動画が生まれてくる可能性は、TX1で示すことができたのではないだろうか。テレビに出すことを絶対条件にしなければ30Pというフレーム数はアリだし、複数羽根絞りをちゃんと使えば、高級機顔負けのボケ足の綺麗な映像になる。またレンズ前0cmのスーパーマクロは、デジカメ的な発想がなければ実現しなかった世界だろう。 ただ、動画フォーマットがMotion JPEGであるメリットは、今回の画質からはあまり感じられなかった。もっともそれで製品コストが下げられるのだ、と言われれば、それで納得するしかない。容量の問題は時間が解決するかもしれないが、今度はバッテリの持ちが問題となるだろう。今回は約1時間かけてテスト撮影を行なったが、バッテリはかなりギリギリだった。 今デジカメ業界は一眼レフ盛況の影で、コンパクトデジカメの生き残り策が急務となっている。単にユニークさを狙ってビデオカメラ的デザインになっただけならばいただけないが、今後も真剣に動画をやろうという動きの最初の一歩であれば、ムービーカメラとして今後、注目すべきラインナップとなるだろう。
(2007年3月7日)
[Reported by 小寺信良]
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