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超薄型液晶「AQUOS X」に込められたシャープの戦略


AVシステム事業本部 液晶デジタルシステム第1事業部 出野忠男副事業部長(右)、同事業本部 デザインセンター 大井博副参事(左)

 3月1日より、シャープの液晶テレビの新モデル「AQUOS Xシリーズ」が発売された。最薄部で3.44cmという、現行商品としては業界最薄であることが、なによりの特徴だ。

 この商品はいかにして生まれたのか? 同社で液晶テレビの商品企画を統括する、AVシステム事業本部・液晶デジタルシステム第1事業部の出野忠男副事業部長と、デザインを統括したAVシステム事業本部・デザインセンターの大井博副参事に話を聞いた。



■ 薄型化は一日にしてならず

 シャープがAQUOS Xシリーズを発表したのは、今年1月末のことだ。しかし、その布石となる出来事は、2007年から始まっていた。

 2007年8月22日、シャープは「未来の液晶テレビ」を公開した。52型フルHDで最薄部2cm、という圧倒的なスペックを誇るものであり、後日CEATECで一般公開された際にも、来場者の注目を集めていた。だが、公開された試作品はあくまで「試作」レベル。製品に投入するには、まだまだ改善が必要だ。

 そんな中、薄型競争に「商品」として名乗りをあげたメーカーがあった。日立の「Wooo UTシリーズ」である。10月中旬発表され、12月中旬に発売されたUTシリーズは最薄部3.5cmを実現、日立の技術力を見せつける商品となった。


2007年8月に披露した「未来のテレビ」 日立のWooo UTUT32-HV700」

 多くの人が予想する通り、AQUOS Xシリーズは、Wooo UTシリーズへの対抗を意識した製品である。

 出野氏は、「競争ですから。“なら我々はこれ(AQUOS X)を”と考えた。そういうことです」と背景を説明する。

AQUOS X「LC-42XJ1-B」 最薄部3.5cmがAQUOS Xの最大の特徴

 しかし、急遽作る、と路線変更されたわけではない。

 「準備していないと出せないものですから。出す出さないはその時の判断ですが、開発はずっと続けていました」と出野氏は話す。

 実はデザインも、商品化が決定してから作ったものではない。AQUOS Xのデザインは、シャープのデザインセンターと、工業デザイナーの喜多俊之氏のコラボレーションによるもの。AQUOSブランドスタート以来のコンビだが、彼らも、独自に「本格的薄型化」に向けた検討を続けてきた。デザイン担当の大井氏は次のように語る。

 「例えばラックのデザイン。正直あのデザインは喜多先生からご提案いただいたものなのですが、我々の方でも、薄いモノ、いままでと違うモノを、ということで“浮いたイメージ”を作りたい、という発想がありました」

AQUOS Xとフローティングスタンド「AN-46BR1」の組み合わせ

 AQUOS Xは、純正オプションとして用意されているラックのデザインが非常に奇抜なものになっている。なにしろ、基本的にはアルミのパイプ。それがAQUOS X本体を空中でホールドするような感じで保持し、その下部が大胆に空けられ、従来の「AVラック」とは一線を画する印象を受ける。

 実はこのラック、AQUOS Xや「未来の液晶テレビ」よりも前に完成し、一般に公開されていた。2007年4月、イタリア・ミラノで開かれた国際家具見本市「ミラノ・サローネ」にて、10数台を並べて展示し、現地で非常に好評であったという。

 AQUOS Xは、4月のミラノ・サローネ、8月の「未来の液晶テレビ」発表という布石を打ち、ライバルの登場を待って、満を持して投入された、ということになるわけだ。ほんの少しではあるが、ライバルのWooo UTシリーズよりも薄くし、「業界最薄」の座は奪還した。



■ 「狙うは「薄型2回目」の顧客
  インテリアへのこだわりは「背面」「分離」に

 では、シャープがそれだけ「慎重な準備」を経てAQUOS Xを市場に投入した理由はなんなのだろうか?

 「市場のニーズが広がったからです」。そう、出野氏は説明する。出野氏は、AQUOSシリーズ立ち上げ以降、一貫して製品に関わり続けている。それだけに、顧客側の変化にも敏感だ。

 「我々が最初に液晶の薄型テレビを手がけた時、“薄いだけでそんなに売れるものか”と言われました。しかし、実際には高くご評価いただいた。いわば、“こんなことができるようになったのか”という、驚きのマーケットだったといえるでしょう」

 しかし、薄型テレビ市場の成熟とともに、消費者のニーズも変化してきたという。

2008年度は薄型テレビの“買い替え需要”の拡大が見込まれる

「日本の家庭に薄型テレビが普及し始めたのは、2004年頃のことです。現在は半分の家庭に普及、37型以上の大型製品の比率も10%を超えています。先行してお買いになられたお客様は、買い換え需要の領域に入っています。そういったお客様は“2度目の買い物”ですし、薄型の使い勝手の良さ、画質などの知識、体験が蓄積されていますから、大変目が肥えていらっしゃる。とすれば、普通のものではおもしろくないですよね」

 とはいうものの、単純に「すごいもの」を狙ったわけでもない。むしろ考えたのは「製品のセグメント分け」だという。「液晶テレビにも、車でいえば4WDとファミリーカー、というような広がりが必要だと考えています。その一つが“薄さ”です」(出野氏)。

 AQUOS Xは、マーケティングメッセージとして「一枚の絵画のように」というコンセプトが打ち出されている。薄型になって重量も42型で18kgくらいとなり、「一昔前のエアコン室内機くらい」になったことで、壁掛けへの敷居も下がった。自由度が上がることで、家庭内の様々な場所へと設置しやすくなる。

 「いまは、壁掛けをしたい、と考える方は7%くらいと見積もっています。しかし、敷居が下がることで、これが20から25%くらいには伸びてくれるのではないか、と期待しているのですが」と出野氏は説明する。

インテリア性を重視したプレミアム製品として訴求する

 では、そこで狙う「顧客層」とはなにか? それは、「自室を自分の思い通りにしたい、インテリアにこだわりのある人々」だ。

 「デジタル家電は多様性が求められます。iPodの多様性なんて、とんでもないじゃないですか。オーソドックスな液晶テレビである、Rシリーズ、Dシリーズ、Eシリーズも評判はいいのですが、デザインに凝ったものが必要なのです。これまでの液晶テレビは、技術に明るい方がリードして売れてきました。しかしこれからは、別の価値観を持つ方に“いいな”と思わせるものが必要なんです」(出野氏)。

 Xシリーズは、一般的な液晶テレビと違い、チューナ部とパネル部が分かれた「分離式」だ。2000年に薄型テレビ市場が立ち上がり始めた時、多くのテレビは分離式だったが、市場では「スペースをとらない」ことから一体型モデルが人気となった。だがXシリーズは、あえて分離式に戻っている。そうしないと薄型化できない、という事情もあるが、それだけが理由ではない。

 「元々液晶テレビを製品化する際には、分離型にすることで、自由なレイアウトで使っていただきたい、と思っていたんです。しかし当時は、液晶テレビにつながるもの、といってもアンテナくらいでしたから、分離型のメリットをあまり感じていただけなかった。ですが今は、アンテナはもちろん、Blu-rayにインターネットにゲーム機と、つながるものが非常に多くなっています。壁掛けでそれだけのものをつないだら、ケーブルだらけで大変なことになるでしょう? 分離型にすればそれらの問題が解決できます。パネルの配置場所も、より自由になりますし」

AQUOS Xのチューナ部 分離型の特徴を生かした設置方法を提案

背面のデザインにもこだわり

 それを象徴するのが「背面」だ。大井氏は次のように語る。「これまでの液晶テレビは、壁にかけたり、くっつけたりして飾ることが多かったのですが、これだけ薄いとなると、使われ方も多様化し、部屋の中央に引き出して使うこともあるのではないか、と考えたのです。これまでは、テレビの裏は見せるものではないので、デザインする側も、前が主役、後ろは黒子といった気持ちがありました。しかし、Xシリーズではそういうわけにはいかない。ということで、きれいな背面を心がけました。喜多先生も、“いい材料をいただきました”と積極的に手がけていただきました」



■ 技術の制約を「デザイン」に昇華。薄型化への懸案は「積み重ね」で解決

 AQUOS Xは背面にアルミ板がはめ込まれ、独特な姿をしている。デザインチームが目指した通り、「後ろから見ても格好いいテレビ」といった印象だ。

 だが実はこのアルミ板、デザインのためだけに用意された機構ではない。「デザイン・放熱・剛性という、3つの要素を満たすために必要なものだったんですよ」と出野氏は明かす。

 AQUOS Xは薄型化を実現するため、バックライトなどの冷却にファンを使わない「ファンレス構造」を採用している。また、薄型化すると全体の堅牢性が落ちるため、構造的な補強も不可欠だ。両者を実現するため、技術側から提示された条件が、「アルミ板を入れること」であった。

 だがデザインチームは、その制約をデザインへと変えた。

AQUOS Xに採用した薄型化技術

 「これだけ薄いものですから、技術的な制約は非常にたくさんありました。しかし、それが苦しかった、ということはありません。その制約を生かし切らないとデザインの意味はありません。ここまで来ると、薄型であることが最大の魅力ですから、それを生かし切るものにしたかったのです」と大井氏は話す。

 もちろん、技術陣にとっても、薄型化は大きなチャレンジだった。「液晶モジュールを、従来の半分の厚さに抑えねばなりませんから、ガラスから導光板など、様々な部分で薄型化を実現する必要がありました。なにか一つでできる、というものではないですね」(出野氏)

 中でも特に大変だったのが、薄型化することで、光源と液晶の距離が縮まったことだったという。液晶テレビでは、光源からの光を平行光源として液晶に通すことで映像を作る。しかし、平行な光を作るには、光源から液晶までの距離が長い方が有利である。距離が短くなると、同じ光量では液晶を通る光の量が減ってしまい、映像が暗くなりやすい。そこでXシリーズでは、導光板を新規開発、バックライトの光量も増やすことで、薄型化のデメリットを解決している。

AQUOS Xシリーズ用に新開発されたスピーカー

 意外なところでも、「薄型化の難しさ」が隠れていた。それはスピーカーだ。スピーカーは「音を響かせる」という性質上、小さく薄いものでは音が悪くなりやすい。だからといって「毎日ニュースやドラマを見ていて、テレビとして、不快な音ではいけない」(出野氏)。そこで、片側だけで4つのスピーカーをつけ、ウーファ、ミッドレンジ、ツイーターを備えた3ウェイスピーカーとした。デザイン的にも目立たないよう、前面の細いスリットの中に仕込まれている。



■ 画質は最上級シリーズにも負けない
  「どれも同じ色味」でトータルブランド構築

 液晶がこれだけ薄くなると気になるのが「画質」だ。シャープは、機能・画質面での最上位機種「プレミアムタイプ」として「Rシリーズ」と位置づけ、Xシリーズは同じプレミアムタイプでも、「機能よりデザインを優先する」モデルとしている。

 だが、出野氏は「コントラスト比は違いますが、画質面で大きな差はない。むしろ、去年の製品より良くなっているはずですよ」と笑う。

 スペックで見ると、Xシリーズはパネルが10bit、回路面では12bitで階調処理を行なっており、フラッグシップシップ機のRシリーズと比較しても、コントラスト以外は同等だ。実際に製品でチェックしてみても、画質は確かに良好である。

 これに限ったことではないが、シャープの液晶テレビは、製品毎の「色味の差」が少ないことで知られている。メーカーによっては、同じシリーズの製品でも、パネルサイズによって調達先が異なる、などの理由から、色味が大きく異なるものがある。だがシャープの場合には、「非常に多くのチェック項目を設け、パネル製造時に色調整を加えることで、同じイメージなるようにしている」(パネル技術担当者)のだという。

 「高い製品も安い製品も同じような色が出る、ということは、売る上では非常に厳しい。差が出にくいわけですから。しかし、“薄型になったから画質が落ちた”では許していただけないわけですよ。同じ画質が実現できないなら、出しません」(出野氏)

AQUOS X開発陣

 画質を落とさずに薄型化すること、そして、出荷するテレビすべてで「同じイメージの色味」を実現することは、非常に難しい課題である。シャープにそれができているのは、パネルからセットまでを自社で担当しているからに他ならない。

 「パネル技術者に“こんだけ薄いの作ってや”と言っても、最初は“厳しいからいやや”と言われてしまいます。でも、彼らにも技術への夢があって、“ならやってやろうか”ということになります。そういう土壌があるからできるんです」。出野氏はそういって笑う。

 シャープは2月26日、第10世代液晶パネルの製造に関し、ソニーと共同であたることを発表した。会見では、「ソニーのブランド力の強さに、シャープのテレビが飲まれてしまうのではないか」との質問が相次いだ。確かに、パネルのクオリティが同じになるなら、ソニーのブランド力・技術力は、シャープにとってあきらかな脅威となる。

 だが、もしシャープが、Xシリーズで見せたような「一体で望むからできる強み」を維持し、「ブランド全体でのクオリティ維持」を強めていけるなら、話は変わってくる。

 ソニーとの合弁による製品は、おそらく2010年以降に登場することになるだろう。シャープが今のシェアを維持し続けられるかどうかは、Xシリーズのような製品を続けて出し、「消費者に強みを理解させる」ことができるか否か、にかかっているといえそうだ。


□シャープのホームページ
http://www.sharp.co.jp/
□ニュースリリース
http://www.sharp.co.jp/corporate/news/080124-c.html
□製品情報
http://www.sharp.co.jp/aquos/x_sp/index.html
□関連記事
【1月24日】シャープ、業界最薄3.44cmの液晶テレビ「AQUOS X」
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(2008年3月7日)


= 西田宗千佳 =  1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]



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AV Watch編集部

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