■ メタファの革命 ビデオ編集というのは、なかなか革命が起こりにくい分野である。特に映像ファイルをフィルムに見立てて、「長さ=時間」というメタファを完成させて以降、ほとんどのソフトウェアがそれに準じている。 もっとも、編集の原点であるフィルム編集がその行為そのものだったわけだから、先祖返りしたようなものである。逆にビデオ時代に確立した編集スタイル、タイムラインのリストをベースに繋いでいくEDL(Edit Decision List)型は、一時期コンシューマでもソフトウェアが登場したことがあったが、経験者でなければ何が起こっているのかわかりにくいということもあり、一般化しなかった。 編集ソフトは、GUIの面で革新的だったものはいくつかある。古いところでeyeon Softwareの「Digital Fusion」は、水道管ゲームのようにタブレットを線で繋いでいくという斬新なインターフェイスであった。だがこちらは合成がメインだったので、編集ソフトとは厳密には違うだろう。最近のバージョンを見ると、フローチャート型になっているようだ。 記憶に新しいところではAppleの「iMovie '08」は面白かった。従来のメタファから離れすぎず、かつ編集という作業に深くコミットした点で、評価できる。 今回取り上げる「Super LoiLoScope」(スーパー・ロイロ・スコープ)も、ユニークなGUIを持ったビデオ編集ソフトだ。以前からフリー版として「LoiLoScope」が公開されていたが、Super~のほうはハイビジョン編集を含めフル機能を搭載した、有償版である。通常は8,800円だが、今年12月まではキャンペーン価格で5,900円。 ビデオ編集の新しいスタイルを提案するこのソフト、いったいどんな世界を見せてくれるのだろうか。早速試してみよう。
■ ウインドウレス、モードレス、ボーダレス
Super LoiLoScopeは、画面内のビデオクリップをあちこち移動させることで、整理・分類するということに注力しているようだ。従来の素材BINなどのように囲まれたエリアというものが存在せず、現実世界と同じように任意の場所に素材を置くことができる。このUIは「Scoping UI」と名付けられている。 対応フォーマットは、QuickTimeで提供されているコーデック(H.246含む)各種と、DivX、WMV、DVなど。ハイビジョン編集にも対応しているが、現在はAVCHDの.mtsや.m2tsファイルはサポートしていない。これらは12月に対応予定である。
手持ちの動画でそのまま読めるものはないか探してみたところ、三洋 Xacti「DMX-HD1010」の.MP4は読み込めるようだ。以降のサンプルは、「DMX-HD1010」で撮影したものである。
編集したいカットを読み込ませると、Super LoiLoScopeの基本デスクトップ画面にサムネイルとして読み込まれる。一つデータが破損したファイルがあったのだが、これを読み込ませると異常終了する。破損したデータというのはもちろん無い方がいいわけだが現実には存在するわけだし、何かソフトウェアに読み込ませてみないと壊れているかどうかがわからない。エラーしたファイルをはじく機能は、もう少し強化した方がいいだろう。
サムネイル数は結構多いと思うが、スムーズにズームするほか、サムネイルをクリックするとそれだけで再生に入る。ハイビジョン映像は多少再生がひっかかるが、ネイティブのH.264を再生するわけだから、それなりのマシンが必要というわけだろう。
ただパフォーマンスモニタを見る限り、CPUは平均で65%程度しか使用していない。かなりの部分はGPUで回しているのだと思うが、うまくCPUのパフォーマンスを使うことができれば、もう少しスムーズに再生できるのかもしれない。一方SD相当の動画に関しては、コマ落ちもなくスムーズに再生できる。
だいたいの仕分けができたら、メニューから「マグネット」を取り出す。これは棒磁石のようなもので、これを掴んでクリップに近づけると、クリップがくっついていく。掃除機で吸うような感覚が、妙に整頓心をくすぐる。 マグネットは自由な色を付けることができる。自分なりのルールを作って仕分けするということである。できればマグネットのところにいくつかのタグが付けられるとよかっただろう。また整理するという意味では、空のサムネイルに文字が入力できるような、付箋紙というかポストイットのようなものが使えると、さらに良かった。 というのも、そもそもこのようなカード型の整理方法は「KJ法」(Wikipedia)といい、文化人類学のフィールドワークを整理する方法として考案された。撮影カットの分類手法としてこのKJ法をアレンジしたものが、プロの編集マンの間ではよく利用されている。この「マグネット」をいかに発展させていくかが、今後のポイントになるだろう。 なお、先ほども少し触れたが、アプリの処理もGPU側で行なう「GPGPU」(General Purpose GPU)に対応した「PixelShader 2.0」を使うこと、でCPUにあまり負荷をかけずにエフェクトや動画編集処理などをスムーズに行なえるようになっている。対応GPUはNVIDIAのGeForce 6000シリーズ以降、ATIのRadeon 9600シリーズ以降に加え、Intelの945G Express以降のビデオ機能内蔵チップセットにも対応している。こうした技術を利用することで実現したUIとも言えるだろう。
■ 編集作業そのものは無難
画面の右下にあるダルマみたいなマークは、サムネイルの複製ボタンだ。というのも、クリップをタイムラインにドロップすると、元のサムネイルは無くなってしまう。だから1つのクリップから複数ポイントを切り出す場合は、あらかじめ複製して置く必要があるのだ。 このあたりの仕様は、正直悩ましいところである。整理するという意味では、すでにタイムラインで使用済みのサムネイルが消えるというのは意味がある。しかし多くの家庭で撮影されるカットは、ほとんどが撮りっぱなしの長回しであることから、複数箇所の切りだしを行なう可能性は高い。 そうなったときに、事前に計画的にクリップを複製できる人はいいのだが、そうでない人は一度タイムラインの中に入れたクリップをもう一度取り出して複製し、またタイムラインに戻すという作業をしなければならない。そういった「行為の補修」が、ユーザーにはわかりにくいのではないか。一度使用したクリップはグレーアウトするとか、使用済みマークが付くとか、使用済みマグネットに移動するとかしたほうがいいのかもしれない。
もう一点サムネイルの扱いで気になるのが、複数をまとめて選択するという概念がないことである。ある程度まとめてマグネットで引っ張ればいいというのはわかるにしても、ある程度ブロックで集まっている部分をまとめて移動ということはある。そういう「まとめて移動」という考え方は、欲しいところだ。
普通タイムラインには、トラックという概念があるものだが、Super LoiLoScopeはクリップをどこに置いても構わない。一応スタート時間らしきものはあるので、そこを先頭にするというぐらいの決まりはある。だが時間軸はマイナス方向にもあるので、あくまでも目安でしかない。プロジェクト全体の範囲をIN・OUTで決めればいいので、あまり時間軸に縛られる必要がない。
カットで繋ぐ場合は、カットの帯を前のカットと同じ高さでぴったりくっつければいい。ぴったりくっつくと、帯が黄色に変わるので、すきまがないかどうかがわかる。時間軸を重ねるように配置した場合は、ディゾルブになる。一応上の段においた方がレイヤーとして上になるという法則はあるが、これはキーイングの時しか関係がない。
タイムライン全体の先頭と最後は、自動的にフェードイン、フェードアウトするように作られている。このあたり、ざっくりとしたルールだけが決まっていて、あとはユーザーが自分で工夫してやっていくだけという作りは、非常にいい考え方だ。
■ 入出力の対応が待たれる
このクリップ内でテキストのデザインを行ない、タイムラインに追加する。テキストや影といった部分は比較的ノーマルというか、あまりいじりようがないが、背景のテンプレートはかなり楽しげなものが揃っている。 タイムラインへの配置は、乗せたい画像の上に配置することで、オーバーレイされる。前後に連続したクリップが繋がっていない場合、自動的にフェードイン、フェードアウトがかかるのは、このソフトの基本ルールである。 タイムライン上では、クリップを選択することで、プレビュー画面上でサイズや場所、ローテーションなどの変更が可能だが、キーフレームが打てないので、場所の移動といったアクションはできない。個人的には、あまり派手な動きエフェクトは数年後に見て恥ずかしくなるだけなので、シンプルな方がいいと思っている。
エフェクトとしてはフィルタ系のものが少しあるだけで、動きはシンプルにカットとディゾルブだけにまとめたあたりは、非常に好感が持てる。
映像出力は、ファイルへの出力とYouTubeへのダイレクトアップロードが可能だ。ファイル出力はAVI、WMV、QuickTimeの3つで、解像度はタイムラインで選択したものとなる。 一方YouTubeへのダイレクトアップロードは、アカウント情報を入力したあと、自動的にレンダリングされ、アップロードまで行なわれる。ただ元ソースが16:9の場合は、強制的に両脇がカットされた4:3になってしまう。このあたりは、レターボックスも選べるようになっていると良かっただろう。
またSuper LoiLoScopeでは、一つのプロジェクト内にいくつものタイムラインが持てる。同じ素材で複数の編集が可能になるわけだ。ただそれをサポートするなら、タイムライン自身の複製機能があった方がよかっただろう。普通に考えたら、同じ素材群から全く違ったものを作るケースはあまりなく、少し手直ししたバージョン違いを作ることのほうが多い。それなら一つのタイムラインを下敷きにして手直しした方が早いからである。
■ 総論 ビデオ編集というのは結局のところ、時間軸という長手方向の一本道を作っていくという、比較的選択肢の少ないコンテンツ制作手法である。WEBコンテンツと違って途中で分岐するという構造がなく、前に戻るということも想定しない。成功すれば大変な説得力を持つが、失敗すれば丸ごと見られないという宿命を持っている。 映像を編集する前に素材を分類してまとめるという作業は、素材全体を把握し、それからどんなストーリーが、どれぐらいの水準でできるのかを事前に理解するという点で、重要なステップだ。しかし現在多くの編集ソフトはそれら素材整理を行なう機能が弱く、せいぜい順番を並び替えたり、タグで色分けしたりといった機能を提供するにとどまっている。 そして多くの人は、それらを積極的に利用せず、いきなりタイムラインに向かって素材を並べ始め、そこで適当に順番を並び替えたりして、なんとなくいじくっていくうちにそれらしくなるといった編集方法をとっている。しかしそれでは、テーマ性の俯瞰やストーリー性の確保といった部分が希薄になり、内容として散漫になりがちだ。 Super LoiLoScopeは筆者の記憶する限り、素材の整理・分類に重きを置いた、初めての編集ソフトである。映像ファイルの日付やファイル名などを全く関知せず、内容だけでストイックに分類できる。ちょっとFinal Cut Proがいじれるぐらいで編集ができる気になっている小僧どもを一喝するのに丁度いいソフトだが、残念ながらプロフェッショナルユースではないようだ。 今回はハイビジョン素材を中心に扱ったが、タイムラインの再生動作に不安定な部分も見られた。もっとも本格的なハイビジョン対応は12月のバージョンからだろうから、今から扱うのは少し無理があったかもしれない。 若干気になるのは、素材整理に関して、複数をまとめて移動といった方法をほとんど提供していない点である。例えば素材クリップを複数選択して放り投げるとか、マグネットごとタイムラインに入れられるといった方法があると、さらに効率的だろう。 また素材整理の前衛性に比べて、タイムラインの作りは若干コンサバティブで、かつプリミティブすぎる気がする。もう少し「ブロックをまとめる」とか、ベタベタくっつくというアクションがうまく使える余地がある。 しかしトータルで見れば、編集プロセスのなかでこれまで軽視されてきたところに注目した、面白いソフトウェアである。「チャプタがあれば編集などいらない」が一般化する前に一定の地位を築いて欲しいし、今後も応援していきたい。
□LoiLoのホームページ (2008年10月22日)
[Reported by 小寺信良]
AV Watch編集部av-watch@impress.co.jp Copyright (c)2008 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved. |
|