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“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第383回:ヘッドフォンに次ぐ大発明? Nikon「UP」
〜 ウェアラブルディスプレイが変える人間の能力 〜



■ ヘッドフォンの映像版?

 音楽をどこでも聴けるようにしたのは、ウォークマンの功績である。ウォークマンが画期的だったのは、ほかの人には聴かれずに自分だけの音楽が屋外で楽しめるという、「パーソナル性」がポイントだったのだろう。単に持ち出すだけなら、他人の迷惑顧みずラジカセを持ってガンガン鳴らしながら歩けば済む話だったのである。

 一方映像をどこでも見られるようにした功績というのは、今のところはっきりしない。古くはポータブルテレビに始まって、ノートパソコンがそれだったのか、あるいはiPodか、いろいろな節目があるとは思うが、それは体にくっつけて一緒に移動できるというものでもない。見るためにはどこかに置いたり、手に持ったりする必要がある。

 CEATECなどの展示会で技術動向を観察するに、ここ2〜3年の間でウェアラブルディスプレイは急速に実用レベルに近づいてきているように思える。頑張っているのは、主にカメラを主体とした光学メーカーだ。オリンパスの「Eye-Trek」はもう10年前だが、最近の研究ではついに常時装着レベルまで来ているようだ。

 コニカミノルタオプトでは、コミュニケーションを主体としたディスプレイを参考出展した。どちらも情報ディスプレイという目的の方へシフトしており、コンシューマというよりも業務ユースのほうに注力しているように思える。

 一方Nikonがこの12月に発売する「UP(ユーピー) 300」と「UP 300x」は、エンタテイメントに主眼を置いた新感覚のディスプレイとして登場する。一見すると高級ヘッドフォンだが、小型の片眼ディスプレイを装備し、SD解像度ながら51型サイズ相当の映像を見ることができるという。

 すでに体験イベントなども始まっており、Nikonの並々ならぬ気合いが感じられるわけだが、今回は「UP 300x」(以下UP)のβ版の機体をお借りすることが出来た。新ディスプレイは我々にどんな世界を提供してくれるのだろうか。早速試してみよう。



■ 上質かつ重厚なデザイン

 ウェアラブルディスプレイは、なんらかの方法でディスプレイを体に固定する必要がある。一般的なのは「Eye-Trek」のように、眼鏡型にして固定するわけだが、これはすでに眼鏡をかけている人では使いにくいという弱点がある。

ヘッドフォンからディスプレイが生えている独自スタイル
 UPはこの固定方法を、ヘッドフォンを併用することで解決した。形状的にはヘッドフォンの耳の部分からアームを出し、ディスプレイを目の前に固定する。Skype用などとして売られているヘッドセットマイク、あれのマイク部分をディスプレイに変えたようなデザインである。この方法をとることで、眼鏡使用者でも利用できるというのがポイントだ。

 見た目はかなり高級感があり、かつ重厚だ。重量は電池含め385gで、ヘッドフォンとしてはやや重めである。アーム部分はかなり太めで、頭部のクッションもかなり厚めのものが付いている。

 エンクロージャ部は比較的薄く作られており、アーム部の厚ぼったい印象とは対照的だ。スピーカーユニットに関しては資料が少ないが、おそらく4cm程度の径だろう。周波数特性は3Hz〜25kHzとなっており、かなり低域のほうが伸びている。

エンクロージャは十分な大きさだが、奥行きが浅い 頭部のクッションは厚手

 イヤーパッドの径はかなり大きめで、耳全体が楽に入る。装着感は非常にかっちりしていて、ブレが少ない。ただエンクロージャに奥行きがあまりないので、耳たぶが少しユニットに当たるのが、やや不快だ。

左右どちらでも使えるよう、設定変更スイッチがある
 UPは単眼ディスプレイだが、左右どちらでも使えるよう、シンメトリックな作りとなっている。アーム部の付け根にあるLRスライドスイッチで、どちら向きで見るかを設定できる。このスイッチでオーディオは左右が変わり、ディスプレイは上下が変わるわけだ。

 アーム側の底部には集合コネクタがあり、PCにUSB接続できるほか、上位モデルの300xではここからアナログの外部AV入力もできる。だが基本的には、内部メモリに映像や音楽を転送して使うか、あるいは無線LANでサーバに接続し、ストリーミングでコンテンツを楽しむというのがメインである。

 反対側のアーム部には、上下左右のコントロールキーと、ジョグダイヤルがある。ダイヤルは押し込んで決定という機能はなく、ただ回るだけというタイプだ。こちら側の底部にボリュームとミュートがある。電池はアーム部の内側から単三電池2本をセットするようになっている。

反対側には操作用の十字キーなど 電源はコントローラの裏側に単三電池2本をセット

 さて注目のディスプレイ部だが、伸縮するアームの先端に取り付けられており、そこそこ厚みがある。視度調節もあり、カメラのビューファインダによく似ている。

視度調節の付いたディスプレイ 接眼部。作りとしてはビューファインダに近い

 対応動画フォーマットはMPEG-1、MPEG-2、WMV9で、DRM10対応となっている。音声はMP3、WMA9(DRM10対応)、AACで、WMA以外は著作権保護されたファイルは再生できない。



■ 固定が難しいディスプレイ部

 たぶん誰もが気になっている点、一体どう見えるのかというところから試してみよう。まず最初の難関は、ディスプレイを正常に固定することである。四隅まできちんとフォーカスが合う範囲が狭く、かなり微調整が必要だ。

電源を入れると最初に警告画面が表示される

 ディスプレイ部を持って角度を調整すること自体はそれほど難しくないが、難しいのは手を離すと若干下に下がることである。このような「遊び」があることは重力が存在する地球上に暮らす以上仕方のないことではあるが、この下がり具合を見越して位置調整しなければならないので、装着してすぐに見られるというわけではない。

 視度調節は、通常のビューファインダと同様だ。本機の場合は両眼のディスプレイと違って、片眼から入ってくる現実の風景とミックスすることになる。どのようなところで使うかによって、どの距離に映像を結像させるか決めるというのも、一つの考え方だろう。

 サンプル映像がいくつか入っていたので、それを視聴してみた。音質に関しては良好で、特性どおり低域の出は満足ゆくものだ。かといってもこもこした感じもなく、高域のキレの良さもちゃんとある。

サンプル映像再生中をデジカメで接写。実際はこれ+反対側の目からの映像がミックスされる

 映像は、解像度こそVGAだが、このような視聴体系では十分な表現力を持っている。一方映像のコントラストは、どのような環境下で視聴するかに大きく左右される。明るい場所で白っぽい壁に向かっていれば、その映像が反対の目から入ってくるので、暗部が浮き上がって見える。明るい背景の前にオーバーレイされるような格好になるので、これは仕方のない現象だろう。

 一方暗い部屋で試聴すると、映像を邪魔するものがないので、視認性が格段に上がる。ただ暗部の黒浮き感はそれほど改善されない。このあたりはテレビメーカーのほうが液晶モニタのドライブが上手い。

 ディスプレイの位置は、2通りの考え方がある。一つは真正面に固定して、映像の視聴を中心にする方法。片側の視界が完全にUPに取られるので、視界全体としては、常時リアルの風景と半々にミックスされた状態になる。

 もう一つはやや下にセットして、正面を見たときは視界を遮らないようにするアシストビュー・ポジション。このときは、チラ見しながらの視聴になる。

 何か作業をしながらの場合は、アシストビューとして使うのが便利だ。紙のカタログには掃除をしながら使うというシーンが掲載されていたので、同じようにやってみたが、通常ポジションではゴミまでの距離感が掴めないので、うまく掃除できない。こういう場合は、アシストビューがいいということだろう。

 多少ミテクレは大仰だが、確かに家事をしながらこれが使えると、普通に映像を楽しみながら作業ができる。たぶん女性よりも、一人暮らしの男性の方が、辛い家事を楽しく乗り切る方法として受けるのではないかという気がする。



■ ソースは豊富だが…

 UPは、多彩なソースからコンテンツを引っ張ってくることができる。無線LANを搭載しているので、USB接続しなくても、専用ソフトを使ってPCから映像転送が可能だ。またUPから直接Web上の専用動画配信サービスにアクセスして、コンテンツをストリーミングで視聴することができる予定である。

 ただ現状手元にあるβバージョンは、専用の転送ソフトがなく、Webも専用サーバがまだ稼働していないので、コンテンツをUP本体に入れ込む機能が一切使えない。元々本体に入っているコンテンツでしか評価できないのが辛いところである。

 メニュー構造としては、トップメニューからメディアのソースを選ぶようになっている。300xの場合、Movie、Music、Photo、AV-in、UP Stream、UP download、Podcast、UP webの8項目だ。メニューのスクロールは、ジョグダイヤルで行なう。十字キーの下ボタンは設定画面に行くショートカットとなっているので、慣れないと別メディアに行くつもりで設定画面を出してしまう。

Movieほか8つのソースから選択する ジョグ操作を忘れると、すぐ設定画面に行きがち

 

メニューは右に行くに従って掘り下げていくスタイル

 各メニューは、右に移動することでツリーをたどっていくというスタイルだ。ただその場合、十字キーは画面に対して横方向に90度ずれているので、どちらが画面上の右なのか、という問題に突き当たる。

 一応法則があって、もし十字キーが画面に対して正対していたらどっちか、というルールになっているようだ。しかし装着している側からすれば、90度横向きで操作するため、左右の区別が前と後ろという区別に変換される。

 これで困るのは、左右を反対に付けたときに、右と左の操作が逆になったように感じてしまうことだ。このあたり、視覚的に見えないボタン、しかも体よりも外側に90度直角に付いている十字キーの方向性をどのように認識させるのがもっとも自然なのか、難しいところである。

 ビデオカメラの場合も同じ問題に遭遇したが、結局各メーカーとも横向きに十字キーを付けるのはやめて、本体の後ろや液晶の横に付けるといった工夫をしている。

 一応オプション品としては、手元で操作するためのリモコンも用意されている。慣れない人はこれを併用するしかないだろう。

 上位モデルの300xには、モーションセンサーが内蔵されている。これによって、首を振ることでメニュー操作の代用ができる。これは首の上下左右の方向が画面と一致するので、操作感覚としてはわかりやすいだろう。ただ、生活上必要な動きで反応しないよう、閾値が設けてある。モーションセンサーを動作させるには、ある程度素早く首を動かす必要があるようだ。

 一度コツを掴んでしまうとそれほど操作は難しくないのだが、客観的に見るとなにか痙攣を起こしているように見えてしまうのが難点である。またそんなに激しく首をプルプルしていると、当然ディスプレイの位置がだんだんずれてくるので、結局手を動かしてディスプレイ位置を修正しなくてはならない。

 何のために何をやっているのか、よくわからなくなるというのは、未来指向型デバイスにはありがちな現象だが、懲りずに次のステップまで研究を続けてほしい。



■ 総論

 かつてウェアラブルディスプレイは、両眼遮蔽型から始まったが、それだとまるっきりその世界にどっぷり埋没してしまわなければならなくなる。ヘッドフォンのように、それを装着したままある程度目の前の作業、例えば歩くとか掃除するとか、そういうことが平行して出来ないのだ。これでは身につけようと身につけまいと、動けないことには変わりがないわけである。

 そこで次第に、ウェアラブルディスプレイは透過型へと変化しつつある。実際の視界に+αしてオーバーレイする形で、相手の戦闘能力いくつといった情報を載っけることが、その役割なのではないかというわけだ。実際にオリンパスやコニカミノルタオプトの研究は、そちらへ向かっているようである。

 一方NikonのUPは、その透過型という課題を、ディスプレイを片眼にすることで解決したもの、と言えるかもしれない。表示データの種類は映像コンテンツがメインで、情報ツールというよりもエンタテイメントツールという方向性が強い。ただ昨今の映像コンテンツは、じっくり注視するというよりも、チラ見で十分というようなものも増えてきた。鑑賞目的ではなく、情報の摂取を目的とする場合、違うツールが登場してもいいわけである。

 ただこれまで人間は、右目と左目で全然違う情報を摂取するという行為をしてこなかったので、それに慣れることが出来るのかというのが、この製品が問いかける課題であろうと思う。使う人間側も、ある程度の「進化」が求められるわけである。

 ネット上からどのようなコンテンツが提供できるのか、その部分から自社で構えなければならないというのが、現状辛いところであるが、もしこのようなディスプレイが市民権を得るようであれば、既存のコンテンツ配信ビジネスや新しい配信ビジネスを活性化することができるだろう。

 映像はなんでもかんでもテレビに映ればいいというものではない。モバイル視聴はそろそろ市民権を得てきたが、それよりももっと軽いウェアラブル視聴という考え方も、コンテンツ消費にかける可処分時間を増加させる意味で、研究しなければならない課題だろう。


□ニコンのホームページ
http://www.nikon.co.jp/
□ニュースリリース
http://www.nikon.co.jp/main/jpn/whatsnew/2008/1007_up_01.htm
□製品情報
http://www.upxup.jp/
□販売サイト
http://www.upstore.jp/
□関連記事
【10月7日】ニコン、ヘッドフォン一体型ディスプレイ「UP」を発売
−動画/音楽再生機能、無線LAN内蔵。配信サービスも
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20081007/nikon.htm

(2008年10月29日)


= 小寺信良 =  テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]



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