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“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”
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第394回:アグレッシブに変わり続ける米国の放送サービス
~ レベルが違うモバイル、そしてホームネットワーク ~
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■ MediaFLOはワンセグではない
昨年から大幅広告収入減として、放送局が危機にさらされている。また若年層を中心にテレビ離れが進行しており、これまでの広告モデルだけでやっていけるのか、やっていけないとしたら収入源をどこに求めるか、ということがテーマになっている。一昨年あたりから急速に受信機が増えているワンセグは、その中でも比較的明るい材料ではある。しかしながら、それを収入源にすることができていないというのもまた現実だ。
日本のワンセグのスタート地点は、あくまでも放送事業者が考えた補助的な視聴としてのモバイルであり、主体は本放送であるというところから設計が始まった。当初は携帯で見るというよりも、小型液晶テレビのような専用端末か、車載を想定していたわけである。
米国には、日本で言うところのワンセグ放送に相当するものはない。その代わり、米Qualcommが推進する「MediaFLO」がある。日本から見ると、MediaFLOのサービスは「第二のワンセグ」という理解だが、これは間違いである。ワンセグとMediaFLOは、電波を使うというところぐらいが似ているだけで、出自が違っている。すでに日本でもMediaFLOの存在は報道されてはいるが、今ひとつ何なのかよくわからなかった。今回はQualcomm社のブースにて改めてMediaFLO、サービス名「FLO TV」に関する取材を行なった。
■ ワンセグと比べてみると……
Qualcommは元々電話機用通信チップの設計・製造メーカーだが、単に通話するだけではなく、次世代の携帯電話に何が求められていくかというところの過程の一つとして、テレビが見られたらいいんじゃないか、ということになった。FLO TVは放送局主導ではなく、通信会社で最初から携帯電話でテレビを見るために設計されたソリューションである。
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電波利用効率
まず電波利用の観点から、ワンセグとFLO TVを比較してみよう。ワンセグは各放送局に割り当てられた6MHzの周波数帯域を均等に13分割し、その1/13の固定帯域を使って、CBRで放送を行なっている。画像は176×144ピクセルで、15fps。ワンセグを受信してみた人は多いと思うが、確かに移動には強いものの、画質として十分とは言えない。
FLO TVは放送局から独立したサービスであり、専用の周波数帯6MHzをQualcommがオークションで購入、独自に確保している。画像は320×240ピクセルで、30fps。最初からテレビを普通に見るには30fpsが必要、という前提からスタートしているからである。またチャンネル切り替えは2秒以内となっている。
米国では電波利用に関して放送と通信を区別しておらず、FLO TVの番組送信は、従来のテレビ用電波塔をそのまま利用する。その6MHz内に複数のチャンネルを流すわけだが、それぞれのチャンネルはVBRであるため、ビットレートが1秒ごとに可変する。つまりお互いのチャンネルがビットレートを譲り合いながら帯域を十分に使い切るため、効率的である。このあたりの考え方が、放送マターか通信マターかの違いである。
実際にCESの会場で受信中の映像を見てみたが、画質ではワンセグはまったく勝負にならない。ワンセグが映りの悪いテレビだとすると、まるであらかじめエンコードしたファイルを再生しているかのようなクオリティである。現在のサービスは6MHz内に12チャンネルが流れているが、最大で20チャンネルぐらいまでは行けるようだ。
- 端末
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十字キーの左側に専用ボタンがある |
ワンセグの視聴には、もちろん対応ケータイが必要である。現在非対応の携帯を所有しているユーザーが、次の機種変のトップにあげられているのが、ワンセグ対応であるという。既に日本の携帯は、カメラ機能とともにワンセグ内蔵は標準機能となりつつある。しかしながら、対応端末であってもワンセグを視聴していないユーザー数は、過半数を超えるという調査も出ている。
米国でFLO TVのサービスを行なっているキャリアは、全米No.1のAT&TとNo.2のVerizonである。端末は両キャリア合わせて9モデルがリリースされており、各モデルとも専用のTVボタンが付けられている。日本ではワンセグ視聴時に画面を横にしてみるタイプが人気だが、米国では横幅のある縦型機が人気のようだ。
- ビジネスモデル
日本のワンセグは、基本的にテレビを受信するだけなので、端末さえ買えば料金はかからない。しかし、携帯電話でのワンセグ視聴は有料だと勘違いして、視聴していない人が16%いるという調査もある。
FLO TVも電波を受信することには変わりないが、視聴は有料サービスである。これは携帯の購入時に契約するのではなく、対応携帯購入後に、ケータイサイトでサブスクリプション型サービスに加入する要領で契約を行なう。この後初めて、テレビ番組が視聴できるようになる。
料金プランとしては、月額15ドル程度。またWEBアクセス、E-mail使い放題とFLO TVがセットになった、日本で言うところのパケホに相当するプランが月額25ドルとなっている。
受信されても放送局には一銭も入ってこないワンセグに比べ、FLO TVのサービス加入時に、まず放送局に受信料が支払われる。その中から契約によって、FLO TV側に一定の金額がバックされるというビジネスモデルになっている。
- 番組編成
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FLO TVのEPG。右上に現在の番組が表示される |
日本のワンセグは、各放送局がそれぞれ管理しており、番組編成はほぼ地上波のサイマル放送である。独自放送も解禁されたが、現実には放送局にワンセグ専用の番組を制作するような体力がなく、地上波と同じものを流すしかないというのが現状である。またEPGは各放送局を受信してからでなければ参照できないので、裏番組が何をやっているかは、チャンネルを変えてみるまでわからないという不便さがある。
FLO TVの放送を管理しているのは、MediaFLO USAというQualcommの100%子会社で、ここが放送局の役割を果たしている。誤解を恐れずに言うならば、日本におけるケーブルテレビ局のような業務形態だ。つまり各放送チャンネルをまとめて、FLO TV用に変換して再送信するわけである。
番組編成は基本的にテレビ放送と同じだが、テレビ視聴とモバイル視聴では、プライムタイムが違う事がわかってきた。FLO TVのプライムタイムであるお昼休み時には、前夜のプライムタイムの番組の再放送を行なっており、一種の見逃し対策にもなっている。またCMなども独自のものを差し込むことが可能。
さらに放送チャンネルが若干余っているので、テレビ放送にはない独自放送を行なうこともある。男女14人を24時間監視カメラ付きの一つの家に住まわせ、毎週1度「出て行って欲しい人」を2名選出するというリアリティショー「Big Brother 8 House」という番組があるが、テレビは当然24時間放送できない。しかしFLO TV側で特別チャンネルを開設し、24時間その模様を放送した。またハリケーン情報などの特別チャンネルを開設するなど、緊急報道の任にも堪えられる。このあたりも、ケーブルテレビ的だ。
EPGのデータもMediaFLO USAが一括して配信するので、現在視聴中の番組を見ながら、番組表を参照することができる。日本でもそのような機能を搭載したテレビがあるが、それがそのまま携帯の中に入ったイメージだ。
- 蓄積型放送
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車載タイプのFLO TVセットもこの夏に登場 |
現在ワンセグには、蓄積型放送というのはない。番組録画は可能だが、一回こっきりの放送時間に、電波が入るところに携帯がなければ話にならない。
一方FLO TVは、「クリップキャスト」という蓄積型放送を計画している。これは専用チャンネルで特定のコンテンツを何度も放送しておき、携帯側では録画できるエリアにいるときに自動受信、CAS(Conditional Access System)をかけて録画しておく。そして視聴者がコンテンツを買った段階でCASを外し、視聴するというタイプのサービスだ。例えば語学学習といった、時間があるときに必ず見たいという番組などで活用できるだろう。
FLO TVは、放送と通信の複合サービスなどという言い方をすると、ものすごく複雑で難しいもののように見える。しかしやってることを整理すると、大量にデータを投下する下りは放送と同じ電波を使い、番組購入などの手続きによる上りには電話回線を使うという、それだけのことである。
米国のアナログ地上波の停波が、いよいよ2月17日に迫った。次期大統領のオバマ氏は、デジタル放送受信の準備はまだできていないとして停波延期も視野に入れているようだが、従来のアナログ波の帯域が空けば、FLO TVは全米2億人をダイレクトにカバーする巨大放送網となる。
■ 変わるEPG、Macrovisonの戦略
一方家庭用テレビを中心としたホームネットワークの世界でも、革命が起こり始めている。今回は市内のホテルでプライベートショーを展開しているMacrovisonに取材して、米国でのホームネットワーク事情を知ることができた。
Macrovisonといえば、これまではアナログ映像のコピープロテクション技術で知られた会社だが、昨年1月にDLNA関係の会社「Mediabolic」を買収、さらに音楽メタデータ企業「AMG」、番組情報サービスでGガイドなどでお馴染みの「Gemstar」を買収し、伝送、DRM、メタデータとホームネットワークに必要なすべての要素を手に入れた。
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新EPGはコードネーム「Neon」 |
EPGをベースにこれらホームネットワークの要素をすべて盛り込み、家庭内でのシームレスなコンテンツ視聴を実現していく体制を整えている。今年第二四半期にリリースされる新しいEPG「Neon」では、EPGの中にDLNAによるホームネットワークへのアクセス機能が盛り込まれている。
今のホームネットワークを考えてみよう。すでに一部のテレビには、DLNAによるホームネットワーク機能が搭載されている。しかしそれはEPGとは内部的に別のシステムとなっており、番組表を閉じてリンク機能を立ち上げ直す必要がある。
Neonでは、番組表からコンテンツを探すのと同じ感覚で、レコーダ、PC、NAS、ケーブルテレビのSTB、フォトフレームなどに格納されたコンテンツにアクセスすることができる。例えば録画機能付きCATVのSTBで番組を途中まで見たのち、続きは寝室のテレビで見るとしよう。寝室のテレビでEPGを起動して、さっきまで見ていた番組を選ぶと、続きから再生される。
また各部屋のテレビでどんな番組が再生されているかも、EPG画面上で状況がわかる。勉強時間に子供部屋でアニメが再生されていたら、ええかげんにせいよとドツキに行けるわけである。
また将来のバージョンでは、CBSとの提携により、CBSが提供する専用サイトからデータを引っ張ってくることで、番組予告を動画で見ることができるようになる予定だという。この提携がうまく行けば、他の局もサービスインしてくる可能性もあるだろう。
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別の部屋に移動して続きを視聴 |
CBSと新たに提携し、新サービスを展開予定 |
米国のテレビ視聴は、ほとんどがCATVである。したがって視聴操作は、CATVのSTBへのアクセスが中心となる。米国のCATVは、「tru2way」という共通のプラットフォーム上で動いており、ソフトウェアはJavaとオープンAPIで書かれているため、サービス提供側がどんどん機能を入れてアップグレードできる。日本におけるケーブルテレビのSTBは、端末を変えない限りいつまでも同じ機能だが、米国ではどんなサービスをEPG画面に盛り込んでいくかで、差別化しているわけである。
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手元でEPGにアクセスできる市販リモコン |
リモコンも面白い製品が出ている。液晶モニタが付いており、EPGのデータが手元で見られるのである。リモコンそのものにWiFi機能を搭載し、リモコンが直接ネットにEPGデータを取りに行く。手元だけ見て操作すれば、テレビからコンテンツがどんどん出てくるのである。
日本におけるホームネットワークは、ある意味HDMI CEC止まりで、その部屋内にあるテレビブロック一群がコントロールできるに留まっているが、本来ホームネットワークとは、家中のAV機器がシームレスに繋がることが目的だったはずだ。
DLNAのビジョンは元々それだったはずだが、家族にそれぞれの部屋があり、それぞれが自分専用のテレビとPCがあり、それぞれがレコーダを持っているという状況は、日本では考えづらい。むしろコンテンツが一カ所にしかなく、そこに家族が集まるから会話があっていいよね的な、古き良き日本の風景に逆戻りしつつある。
それはそれで否定はしないが、見たい番組が見られなくてお父さんが一人ベランダでケータイのワンセグ見てるという風景は、幸せなのだろうか。アメリカ流が何でも正しいとは思えないが、少なくともメタデータのやりとりはもっと行なわれてしかるべきであろう。
世界で一番ハイビジョン放送が普及している日本だが、こと番組へのアクセスビリティに関しては、利用者の利便性を無視したためにアナログ放送よりも退化した。ケータイは世界標準から外れて「ガラパゴス携帯」などと言われているようだが、テレビも十分世界標準から外れてきている。
放送通信融合というよりも、まずは放送のオープン化を進めないと、今年こそいよいよ笑えない状況になるかもしれない。
□関連記事
【2007年3月15日】マクロヴィジョン、DLNAホームネットワークを推進へ
-Mediabolicを家電メーカーに。「FairPlayは問題あり」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070315/macro.htm
【2007年12月10日】MacrovisonがEPG技術のGemstarを総額28億ドルで買収
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20071210/macro.htm
□International CESのホームページ(英文)
http://www.cesweb.org/
□関連記事
【2009 International CESレポートリンク集】
http://av.watch.impress.co.jp/docs/link/2009ces.htm
(2009年1月12日)
= 小寺信良 = |
テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。 |
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[Reported by 小寺信良]
AV Watch編集部av-watch@impress.co.jp
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