西田宗千佳の
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開発責任者に聞く「PlayStation Vita/Suite」の正体

~SCE 松本吉生 SVP兼第2事業部長 インタビュー~


ソニー・コンピュータエンタテインメント SVP 兼 第2事業部長の松本吉生氏。同社のポータブルハードウエア開発の責任者でもある

 PlayStaion Vitaの詳細が発表された。発売日や3G通信のデータプランの詳細など、気になる部分の情報公開は行なわれてきたが、Vitaとそれに伴う新しい施策には、まだまだよくわからない点も多い。

 それら、まだまだわからない「Vita」について、ソニー・コンピュータエンタテインメント SVP 兼 第2事業部長の松本吉生氏に、短時間ではあるがインタビューを行なった。松本氏は、SCEでのポータブルゲーム機開発の総責任者であり、東京ゲームショウ開催に合わせて開かれた、TGSフォーラム基調講演では、同社のワールドワイドスタジオ プレジデントの吉田修平氏とともに、Vitaの特徴について解説した。SCEがVitaで狙うこと、そして、数々のVitaの「仕様」の理由を確かめてみた。

 なお、本体の仕様や14日の会見基調講演の内容については、別途本誌記事や、僚誌GAME Watchの記事をご参照いただきたい。

PlayStation Vita実機。少々大柄だが、高級感のあるデザイン。裏面のタッチパッドは、ツルツルの仕上げになった。E3の時は別の解説をしたが、最終的にはこちらが正しいとのことVitaの箱。非常にコンパクトだが、ちょっと安っぽい印象も。3G版にはドコモのロゴがつく

■ Vitaは「マルチタスク」が基本、でもゲームには影響を与えない

 Vitaの特徴は、まず第一に非常に高性能なゲーム機であることだ。

 ポータブル機としてはとても機能が高く、据え置き型に近いほどの性能を持っている、ということも重要なのだが、それ以上に興味深いのは、ゲームと同時に色々な通信サービスが動作し、それぞれが協調しながら価値を生み出す、ということである。

 例えば、ゲームをしながら裏でWebブラウザを動かし、攻略情報などを検索しつつ楽しむとか、TwitterなどのSNSアプリを起動し、ゲーム中の「つぶやき」を送る、といったことができる。パソコンでは当たり前のことだが、ゲーム機で「ゲームを終了せずに」多彩なことができる製品は、まだ多くない。現世代では、据え置き型ですらまだ限定的にしか動作せず、ポータブル型では、本当に一部の機能がゲームと同時に動くだけだった。だが、Vitaではこれが大きく変わる。

松本氏(以下敬称略):もちろん、動作させるリソースの問題はありますので、いくつもスタックできるわけではありません。しかし、今回は特にネットワーク系の機能を多く取り入れていますので、同時動作が大事。以前のようなシステムアーキテクチャではなく、マルチタスク動作することを前提に開発しています。

 ゲームの動作の領域と、一般のアプリケーションの動作の領域とは分かれています。さすがにゲームを2つ、というのは想定していませんが、一般アプリケーション側は、容量がある限り、基本的には並行動作するはずです。例えば「Near」やTwitterなどのSNSクライアント、Webブラウザは一般アプリケーション側で動作しています。

 Vitaはメインメモリを512MB搭載している。これはモバイル機器としてはもはや多い量ではないが、量産されコストが厳しいゲーム機としてはかなり多いもの。マルチタスク動作には重要なポイントである。松本氏も「そういえば、ネットで議論になりましたね」と苦笑する。

 ここで気になるのは、マルチタスク動作がゲームに影響を与えないか、という点だ。だが、松本氏は「大丈夫」と断言する。

松本:絶対にゲームは(一般アプリに)負けてはいけないので、影響を与えないようになっています。Vitaはゲーム機ですし、ゲームの動作に関しては、優先度を高く設定している、ということです。

 このあたりは、完全な汎用機であるスマートフォン系とは大きく異なる点だろう。ちなみに、SNS系アプリについては、本体に最初からクライアントが組み込まれているのではなく、PlayStation Storeから別途、自分が使いたいSNSのクライアントをダウンロードして利用することになるという。この点はスマートフォン的だ。

 他方、スマートフォンと異なると感じたのが「なめらかさ」だ。Vitaにはタッチセンサーが表裏にある上に、3軸のモーションセンサーも内蔵されている。すでにどちらもスマートフォンでおなじみのもので、内容としては珍しくない。だが、操作した時の追従性や反応が良く、より快適に楽しめると感じる。

松本:我々はゲーム機ですし、それだけのテストをします。また、PlayStation Moveをやった経験がありますので、そこから得られた経験も生きています。

 汎用の携帯電話にセンサーを積んだのとは違い、我々は大量のテストを行なってノウハウをいろんなところに埋め込んでいます。センサーデバイスもゲーム専用のものを選択しています。

 なにより大きいのは、OSがゲーム専用である、ということでしょう。チューニングも深いところまでできますし、SDKで提供される内容にも反映されています。それがコンテンツの反応の良さにつながっているのでしょう。


■ Webブラウザは「Webkitベース」、有機EL製造元は未公開

14日のSCE会見で公開された、VitaのWebブラウザ。タッチ操作はもちろん、ソフトウエアキーボードも「スマートフォン的」なものになる。ブラウザーのベース技術は「Webkit」という

 動作のなめらかさという点では、内蔵のWebブラウザの出来が気になる人も多いのではないだろうか。残念ながら実機での動作はまだ確認できていないので、出来そのものを云々することはできない。しかし、SCEもWebブラウザの動作は重視しているようだ。

松本:PSPの時代というのはリソースも小さかったのであれがいっぱいいっぱいでした。ですがポータブル機においてはWebブラウザが大切ですので、PSPのままでは厳しい。ブラウザは、Webkitベースで開発しています。ですから、かなりモダンなウェブブラウズ体験ができます。今はもうWebkitが主流ですから、その点を考えて採用しました。あとは、その上でどれだけ良く出来るか、というのがポイントかと思います。

 ブラウザに関してもう一つ気になるのは「Flashへの対応」だが、この点については「本日の段階ではノーコメントとさせてください」(松本氏)と答えるにとどまった。できれば搭載をお願いしたいところだが、詳細は続報を待ちたい。

「高性能を生かしたアプリケーション」として、特にTGSフォーラム基調講演で公開されたのが、Vitaのカメラとモーションセンサーを使った「AR(Augmented Reality)」技術だ。ARのマーカーが画面外に外れても追尾を続けて自然な映像を実現したり、物体を認識して、マーカーを使わずARを実現したり、といった高度なデモが行なわれた。

 そこで気になるのは、これがゲームに使われた場合、どのくらいの能力を必要とするのか、すなわち、ゲーム側にどのくらいの余力が残されるのか、ということだ。この点については、まだ課題が残っているようだ。

TGSフォーラム基調講演で公開された、VitaでのAR技術の例。複数のARマーカーを同時に使い、より自然で多様なAR表現を実現するこちらもAR技術の例。マーカーを使わない「マーカーレスAR」。雑誌を認識し、その上にキャラクターを重ねる。遠近感などの表現も、画像と位置の認識をベースに行なう

松本:正直にいって、まだパフォーマンスとリソースがどこまで商用ベースで規定できるかは、見えていないです。今後開発を行なって、パフォーマンスとリソースがどこまで余るか、という話にはなります。ARを使う場合のゲームというのは、ARのリソースがこのくらいで、ゲームに使えるのがこのくらい、という形でデベロッパーさんに条件を提示して利用することにはなると思います。

 なお、Vitaの大きな特徴に「美しい有機ELディスプレイ」があるのはご存じの通り。当然、「ディスプレイパネルはどこのメーカーから供給を受けているのか」は気になるところだ。

 だが残念ながら、SCE側の答えは「未公表」。生産メーカーも生産国も公表されない。

 ただし、クオリティの面は折り紙付きだ。ゲームにはもちろん、映像表示にもプラスなのはいうまでもない。SCEブースでは、今後公開予定の「PS3とのリモートプレイによる、torneからの映像再生」のデモが展示されていた。そこでの表示は、PSPのものに比べぐっと美しく、非常に見やすい。文字などの細かい部分もつぶれておらず、配信ビットレートもかなり上がっているようだ。基調講演ではゲームによるデモが行なわれたが、ほとんど遅延なくプレイできているように見えた点にも注目したい。

 TGSフォーラム基調講演ではtorneのアップデートが「12月」と予告されたが、その時期のアップデートとの組み合わせで実現されると考えてよさそうである。

PS3の地デジチューナ「torne」とVitaの連携も発表。Vitaが発売になる12月には、torneのアップデートも行なわれるSCEブースに展示されていた「PS3+torne+Vita」でのリモートプレイ。色再現性、圧縮ノイズの少なさ、解像感ともに、PSPのものとは別物に進化している。SCE関係者の話によれば「操作遅延もほとんどないレベルになった」とのこと

■ 3G+GPSで「即時性」を重視、3時間の「高速モード」は自由に利用可能

 Vitaの特徴として挙げられるのが「Near」と呼ばれるサービスだ。これは、Vitaでプレイしたゲームのタイトルや進捗状況などが、位置情報・時間情報とともにネットに記録されていくことで、自分の周囲でどのようなゲームがヒットしているのか、同じゲームがどのような場所でプレイされているのか、といった「周辺情報」としてまとめられる、というものである。

松本:Nearでは、ゲームそのものだけでなく、ゲームから発展するものの楽しみ方の広がりというか、そういうとこを狙っています。

 他方で、位置情報を使うというと、プライバシー面も気になるところだ。だが、SCE側でも色々と配慮はしているようだ。

松本:もちろん、機能のオン・オフを選べます。それだけでなく、自分のアクティビティに関する公開範囲(フレンドまで、フレンドのフレンドまで、全員に、など)も設定できます。また、位置情報などをアップロードする際、「このコンテンツを遊んでいることは知られたくない」という場合、アップロードしない、といったこともできます。アップロードのタイミングで、内容を確認してからアップロードすることもできます。全自動でアップロードする設定もありますが。

 Nearの利用には位置情報が必須だ。位置情報というとGPSがつきものだが、GPSについては、3G機能搭載版にのみ内蔵されており、Wi-Fi版にはない。実際には、Wi-Fiアクセスポイントの位置を元に、自分の位置を測定する機能が搭載されているので、Wi-Fi版で位置がわからない、というわけではない。しかし、3G版とWi-Fi版には、もう少し深い意味もあるようだ。

松本:3G版にしかGPSが搭載されていないのは、パーツの事情という点もあります。しかしそれ以上に、3GとGPSは非常に親和性が高い、ということもあります。即時性のある情報のやりとりに向いていて、そのためには両者があった方がいいと考えました。

 そうなると気になるのは、「3G版の通信費」のことだ。詳しくは14日の会見の情報を見ていただきたいが、Vitaでは基本的に128Kbpsの通信速度が利用されることになる。高速通信ができる3Gで、この通信速度を選んだ理由はなんなのだろう?

松本:やはり料金プランを考える時、通信が高速ですと、どうしても値段が安くできません。できるだけ絞ったプランを考えたい、ということになりました。そこで我々も色々試してみたのですが、その中で、128kというのが落としどころとしてありそうだ、ということになったため採用しました。

 他方、103時間分/4,980円というプランの場合、実際には「3時間分」だけ、下り最大14Mbps/上り最大5.7Mbpsの「高速通信」がついてくる。これはどういう扱いなのだろうか? 最初だけ速く、あとからスピードが落ちるということだろうか? どうやらちょっと違うようだ。

松本:「高速」の部分は、ウェブを中心に利用していただくためのものですね。

 128Kですべてのインターネット体験が快適にできる、とはいえません。価格を抑えた制約のあるサービスですので、そういう意味で、100時間の方には3h分高速通信を用意しました。

 デフォルトでは128Kなのですが、ユーザーが自分で設定を変更すると使えるようになります。3時間分を使い切る前に128kに戻す、ということもできますから、「今だけ速く使いたい」という時に切り替えていただく、という形になります。

 今回の施策は、箱を開けてすぐつながるのがメリットです。まずは3Gがゲーム機でどう使えるのか、を試していただきたい、という思いがあります。そしてゆくゆくは高速な定額サービスも使っていただきたい、というところでしょうか。

 確かに、複雑な契約を廃してプリペイド式を導入したのは、大きな一歩といえるだろう。だが他方、利用しないで長期間放置して失効した場合、毎回2,100円の事務手数料が必要になるのは厳しい。また決済方法が、クレジットカードかNTTドコモの携帯電話料金と重畳して支払う「ドコモケータイ払い」のみという点も、手頃とは言えない。料金プランの面については、これからまだまだ色々な改善が必要と感じる。

 なお、3GモデルのSIMロックについては、「発売当初はSIMロックあり。今後の対応については様々な可能性を検討中(SCE広報)」としている。


■ 「専用メモリーカード」採用の理由は「セキュリティ」

 Vitaで採用された、もう一つの「気になる仕様」が、メモリーカード周りである。Vitaではゲームの販売に、UMDに代わり、専用のメモリーカードが使われる。またその他、汎用のストレージとして、やはりオリジナルの「Vita専用メモリーカード」を使う。Vitaには汎用のストレージが内蔵されていないので、ダウンロード版のゲームを買う時や、音楽・映像などを楽しむ場合には、この専用メモリーカードが必要となる。なお、ゲームのセーブデータは、ゲームカードの中に保存領域が用意されているタイトルならば、専用メモリーカードは必須とはならない。

Vitaのパッケージ型ゲーム。店頭ではメモリーカードの形で売られる。この中に、ゲームのセーブデータ用領域も用意される。同じタイトルは「基本的にダウンロード販売される予定」(SCE)だが、サードパーティータイトルの中には事情が許さないものも考えられ、そういったものはパッケージのみになる可能性もあるというVita専用メモリーカード。microSDカードをより四角くしたような形状で、サイズも似ている。セキュリティ面を強化した、独自のメディアになっているという

 ここで残念なのが、「なぜ専用メモリーカードなのか」ということ。PSP同様、汎用でもいいのでは、と感じるのは筆者だけではないはずだ。この点については、SCE広報からコメントがあった。

SCE広報:色々検討を進めてはいました。汎用のものを利用することもできましたが、一番最適なものを考えると、セキュリティの面も含め、我々の独自のものを作った方がいいのではないか、ということになりました。

松本:その辺は議論はあるのですけれど、将来のことまで考えると、自分達のコントロールができるメディアにしておこう、という結論になった、ということです。

 すなわち、それほど「セキュリティ」が問題になっていた、ということなのだろう。どのようなセキュリティ保護が施されているかは、現時点ではわからない。しかし、相応に強固なものになっているであろうことは想像に難くない。

 もう一点、「保存」についてVitaで変化する点がある。

 PSPの時代、PS3やパソコンとつないでデータ転送をする時には、転送の操作は「PS3やパソコン側」で行なった。PSPは単なるストレージでしかないのだから当然ではある。だがこれは、パソコンなどの事情に明るくない人にはわかりにくいことだった。使いたいのは「ポータブル機器」なのだから、ポータブル機器側で操作出来た方が便利なはずだ。

 Vitaではここが変わる。Vitaにデータ転送用アプリが内蔵され、ファイルのコピーや転送といった作業は、Vita側で操作することになるのだ。

VitaとPS3、PCとの連携は、操作方法が大きく変わる。転送操作はVita側からできるようになり、「母艦」側を操作する必要はなくなる。

松本:商品のコンセプトとしては、Vita上でPCなどへのコピーもできます、という形ですすめています。PC側でなく、Vita上でまずコントロールする、ということを主眼に置いています。こっち(Vita)が使いたいのだから、こっち側から操作しましょう、という形です。

 ではその時どうするのか、という詳細はまだ明かされていない。PS3では新しいシステムソフトウエアが、パソコン側でもなんらかのソフトが必要になると思われる。


■ Androidとプレステに「汎用アプリ環境」を提供する「PlayStation Suite」

 TGSフォーラム基調講演にて、筆者にとって最も興味深かったのが「PlayStation Suite」(PSS)に関する発表だ。

 PSSは、1月にVitaがお披露目されるのに合わせて発表された、SCE/ソニーの「Androidプラットフォーム」に対する対応策である。Android端末およびVita内に「PSS」という仮想的なプラットフォームを作り、それぞれで同じゲームを動かす、という発想だが、現状では、日本での発売が発表された「Xperia PLAY」と、今週末に発売を控えている「ソニータブレット」で採用されている。現状では、初代プレイステーション用のタイトルの他、PSSオリジナルのゲームも動作しているが、まだPSSとして完成しているわけではない。

PlayStation Suiteは、Android端末とVitaの両方で動作するプラットフォームを目指す。デモでは、Xperia PLAYとVitaで同じゲームを動作させる様が公開された

 Androidの上で横断的に使える、とはいうものの、その内容はまだ一般に公開されてこなかった。今回Vitaの発表に合わせ、SCEはPSSの概要を正式に発表し、SDKの公開も行なうこととなった。この一連の発表を担当したのは松本氏である。

 発表の中でも技術的に驚きだったのは、PSS向けソフトの開発に「C#」が使われるということだ。C#はマイクロソフトが開発した言語で、仕様的にはソフト開発に広く使われる「C++」に近い。ただしC++が機器に強く依存するバイナリーコードを生成する言語であるのに対し、C#はJavaと同じように、機種に依存しづらい「マネージドコード」を生成する。一つの機器に依存せず、複数の機器で動かすPSSのような存在には適した言語といえる。

PSSは、今秋よりSDKの公開が始まり、ビジネスの実質的な開始は来春になる。C#を使い、3Dグラフィクスを使ったゲームはもちろん、スマートフォンやタブレットで使う一般的な「アプリ」も開発対象となる

松本:これにも、JavaなのかC#なのか、という議論はありました。開発者の方々にも、好き嫌いはあるようですね。その議論の中で、C++ベースの開発者の方が多く、我々にとっては(C++に近いC#の方が)可能性が高いだろう、と考えて選択しました。

 しかし、それ以外の言語に対して否定しているわけではないです。まずここからはじめてみました、ということです。将来状況が変われば、さらに違う形も考えていかないといけないです。お客様からのフィードバックがあれば、どんどん変えていかなくてはいけません。GREEさんのビジネスに近いところがあると思っていますので。我々もフレキシブルに対応すべきだ、と考えています。

 松本氏がこのように話すのには理由がある。PSSは、Vitaのスタート時にはまだ「すべての機能」が動作するわけではない。PSS向けのPlayStation Storeのオープンは来春を予定しており、SDKの配布も「一部のデベロッパー」(松本氏)に限られる。Xperia PLAYやソニータブレット向けも「一部のゲームを提供する」段階であり、元々PSSが目指している方向性には届いていないのである。

 ではその方向性とはなにか? どうやらそれは「PlayStationをベースにしたオープンな環境」の提供であるようだ。

 Android向けにゲームやアプリを作るだけなら、なにもPSSを使う必然性はない。Androidのプラットフォームそのものでアプリを作ればいいからだ。では、PSSを介する利点はなんなのか?

 それを松本氏に問いかけた時、PSSの本当の狙いが見えてきた。

松本:PSSの利点とは、我々の「PlayStation」というマシンを使っていただける、ということだと思います。いままでPlayStationのコンテンツを作っていただいたデベロッパーさんだけでなく、「ゲーム機は難しい」と考えていたデベロッパーさんにも参加していただけるのです。

 そうすると……、例えばこれは将来の話ですけれど、同じものがPlayStation 3でも、PlayStation Vitaでも動くことになります。そしてもちろん、Androidでも。

 PSSを使ってAndroid用のコンテンツを作っていただくことで、それがPS3やVitaでも連携させることができるようになります。今は、AndroidのコンテンツをPlayStationと連携することは許していませんので。だから、新しいデベロッパーの方がPlayStationに参入できて、しかもAndroidと連携させることができる、ということが、利点になるのです。

 すなわち、AndroidでもPS Vitaでも、将来的にはPS3でも動く「同じアプリ」を提供できる場を作ることが、PSSの狙いなのだ。

 ここで言う「アプリ」とは、なにもゲームだけを指すわけではない。PSSのSDKには、ゲーム以外の一般的なアプリを作るためのツールも含まれるからだ。

PSSのSDKには、一般的な「アプリ」のユーザーインターフェース構築を行うためのツールも含まれる。デモでは、写真に合わせて世界時計を出す簡単なアプリを、Vitaとソニータブレットの両方で動作させていた

松本:ゲームだけではないですね。一般的なアプリ、例えば乗換案内のようなもの、ニュースアプリのようなものを、Android上でも構築できますし、同じものがVitaにも出せる、ということになります。

 Vitaはスマートフォンのようだ、と言われることが多い。実際には、OSがゲーム専用であるし、スマートフォン用のアプリがそのまま動くわけではない。だが、PSSを使うことで結果的に同じことを可能にしたい、というのがSCEの考え方である。

 これは一見、非常に持って回った考え方に見える。そもそもAndroidで作ればPSSなど不要だからだ。しかし、SCEは「ゲーム機」にこだわった。Vitaの即応性や機能は、ゲーム機の開発手法だからできるものでもある。その上で「求められるスマートフォン的なもの」を作り、スマートフォンにも「PlayStation的なもの」を提供するために作られたのがPSS、ということになるのだろう。

 松本氏のコメントにあるように、SCEはPSSにおいて、これまで家庭用ゲームの市場に参入していなかったような人々の参加を期待しているという。

松本:ソフトウエアの販売モデルや、ライセンシングモデルも変化することになります。その中では、個人レベルのデベロッパーの方や、無料アプリを作りたい方も視野にいれています。ただし、まだ議論が確定しているわけではありません。

 春のPSS向けPS Storeスタートに向け、議論をすすめていきたいと考えています。まず、限定したデベロッパーの方にだけSDKを供給するのも、そういった方々からのフィードバックを受け、来春に正式ローンチする時に、どれだけのデベロッパーの方々に広げるのか、どんなコンテンツを中心とするかを決めたいからです。フィードバックからいろんなものが生まれてくると思います。

 我々としてもはじめての試みです。PSSは、これまでの経験とか、我々の考え方だけでやるものではないと思っているのです。昨今のAndroid、アップルさんもそうですが、一見フリーなやり方で成功されている方々が多くいます。そこにPlayStationとして、どのようなやり方ができるのか、お客様が楽しんでいただけるのかに興味があります。

 すなわち、議論の結果如何によっては、SDKが広く公開され、個人レベルでも「プレステとAndroidで動くソフト」を作り、SCEのストアを経由して販売することができるようになる、ということなのだ。

 その正否はともかく、考え方としては非常に面白い。

 マイクロソフトはXbox Liveにて、個人デベロッパー向けのプログラムを開始している。そしてWindows 8(仮称)では、Windows 8の「Metro環境」で動作するアプリのストアもオープンする。iOSのAppStoreや、AndroidのAndroid Marketの存在は言うまでもない。

 「アプリを作って販売」をより簡単にするという、様々なプラットフォームで進行している流れの中に、PSSも存在する、ということになるだろう。家庭用ゲーム機も、もはや「高い塀の中」にはいられない、ということの証でもある。

 ただちょっと気になる点もある。

 Vitaでは、Vita専用ソフトの他、PSP用のダウンロード販売タイトル、そして初代PlayStation(PS1)タイトルが動作する。そのうちPS1タイトルについては、PSSで動作するもの、と思われてきたところがある。だがこれは「誤解である」と松本氏は言う。

松本:それは別です。Vita上では、別途PS1のエミュレータが動きます。PSSとPlayStation Storeで現在販売されているPS1タイトルについては、現在、別のものとして扱われます。

 ビジネス的に将来、PSSで買ったお客様にはPS1のタイトルがそのまま使える、ということがあるかもしれませんが、今は別々になっていて、同じコンテンツを使いたい場合には、申し訳ありませんがもう一度お買い上げいただく、ということになってしまいます。

 これもちょっと残念な話である。クラウド的に考えれば、当然両者ではコンテンツ共有ができて良さそうなものだ。同じコンテンツを何度も買い直すのはもうたくさん、という人も少なくないはず。PSS普及のためにも、販売ルールを現実的なものに修正していただけるとありがたい。

(2011年 9月 16日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

[Reported by 西田宗千佳]