ノイズリダクションの記事の中で何度か登場した「Samplitude」。今まで紹介したように、非常に強力なノイズリダクション機能があるが、ノイズリダクション単機能のソフトというわけではない。プロユースのオーディオレコーディング・編集・マスタリングソフトなのだ。
今回はこのソフトがいったいどんなものなのか、オーディオマニアにとっても使えるソフトなのか紹介していく。
■ 24bit/96kHz以上のサウンドを堪能できる高性能ソフト
SamplitudeはドイツのMAGIXが開発し、国内においてはフックアップが販売しているオーディオレコーディング・編集ソフト。現在のバージョンは5.9となっているが、前の5.5というバージョンまでは同じドイツのSEK'Dという会社が開発していた。5.9の登場に伴い、見た目も機能も大幅にアップグレードし、使い勝手のいいソフトにしあがっている。
では、このSamplitudeとはいったいどんなソフトなのか、概要を簡単に説明しよう。
読者の方は、オーディオのレコーディングや編集という作業をすることがあるだろうか? CDからデータのリッピングをする程度で、あまりそうした作業をしないという方も多いかもしれない。Samplitudeは、まさにそうした作業をPCで行なうための専用ソフトである。Windowsにもアクセサリの中にサウンドレコーダーというオモチャソフトが入っているが、Samplitudeはそのサウンドレコーダーの超高性能版といってもいいかもしれない。
スペックから見ると、より実感できると思うが、Samplitudeで扱えるオーディオデータは最高で32bit(フロート)/192kHzというもの。いま話題のDVD-Audioだって現状のものは24bit/96kHzだというのに、Samplitudeではその上のオーディオの世界を堪能できるのだ。
もっとも現状のオーディオカードで192kHzが扱えるものは見たことがない。だから、そのものズバリの音ではないが、現在でも広く普及してきた24bit/96kHzのオーディオカードを利用すれば、PCを高級オーディオ機器として扱うことが可能になる(もちろん、それなりの音にするためには、ケーブルを含めた周辺機器を充実させる必要はある)。
しかし、Samplitudeのすごさは単に24bit/96kHzの音が出せるというだけではない。このフォーマットで取り込んだサウンドを自由に編集することが可能なところだ。単純な話、データ上で音量を変化させるのも、1つの編集作業といえる。実はSamplitudeでは内部的に32bit浮動小数点処理を行なっているため、音量変化ひとつをとっても非常に高音質で作業できる。実際、多くのプロユーザーがSamplitudeのサウンドを非常に高音質であるといっているし、実際に聞いてもいい音である。
もちろん、音量変化を含め何も作業しないで音を出すのであれば、その音質はハードウェアだけに依存することになるが、ちょっとでも触るとソフトの違いが出てくる。
■ トラック数や編集機能によって3種類が存在する
ひとことでSamplitudeといっても、現在の5.9のバージョンには、以下の3種類がある。
この価格を見る限り、上から順のグレードになっているようにも思うが、機能の差は下表の通り。これ見ると2496が最上位であることは確かだが、機能によってStudioに装備されていてMasterにないもの、逆にMasterに装備されていてStudioにないものがあることがわかるだろう。
2496 | Studio | Master | |
---|---|---|---|
最大トラック数 | 999 | 999 | 2 |
MIDI録音・再生・編集 | ○ | ○ | - |
5.1chサラウンドミックス | ○ | - | - |
マルチバンドダイナミックス | ○ | - | ○ |
リアルタイムエフェクト | ○ | - | ○ |
MIDIリモート | ○ | ○ | - |
スペクトラム解析 | ○ | ○ | - |
Track Speed Technology | ○ | ○ | - |
こうした機能の違いについて少し説明しておくと、まずトラック数は、最大でいくつのソースを同時に再生させるかというもの。1つのトラックでステレオのデータを扱えるため、Masterでも4chまで扱えるということになる。また、MIDI関連の機能はMasterには搭載されていない。「MIDIリモート」というのは、外部にMIDIで接続したフェーダーなどでコントロールするというものだ。
2496にしか用意されていないのが「5.1chサラウンドミックス」。5.1chの編集ともなると、もちろん3トラック以上が必要になるわけだが、それらのソースを立体的にミックスすることができる。
一方MasterにあってStudioにない機能が「マルチバンドダイナミックス」や「リアルタイムエフェクト」。たとえば以前紹介したノイズリダクション機能などもこのリアルタイムエフェクトのひとつ。
もちろん、使い方はユーザーによってそれぞれだろうが、この機能を見る限りほとんどのユーザーはSamplitude Masterで十分だろうし、逆にSamplitude StudioよりもSamplitude Masterのほうがいいのではないだろうか?
こうしたマルチトラックのレコーディングソフトは何もSamplitudeばかりではない。音楽制作のためのMIDIシーケンスソフトから発展してきた「CubaseVST」、「LogicAudio」、「Digital Performer」、「Cakewalk SONAR」などなどがある。が、Samplitudeはこうしたソフトとは若干趣が異なる。
何よりもオーディオ専用として生まれ進化してきたことが、その背景にある。筆者自身はMIDIシーケンスソフトを十数年使ってきたので、そうしたソフトにも慣れているが、オーディオだけを扱いたいユーザーがMIDIシーケンスソフトベースのものを扱おうとしたとき煩雑に見えることは確かだろう。
もちろんSamplitudeも、初心者がすぐに全体像をつかめるほどわかりやすいソフトとはいえないが、MIDIが不要なユーザーにとっては馴染みやすいことは確実だろう。
■ 3つのモードと非破壊編集の便利さ
では、実際にSamplitudeの編集機能について見てみることにしよう。最初、ちょっとわかりにくいのが「HDP」、「RAP」、「VIPという3つのモードがあること。モードというより、データの扱い方ともいうべきもので、HDPウィンドウ、VIPウィンドウというように、データによってウィンドウが異なり、それぞれをプロジェクトと呼んでいる。
HDPウィンドウ | VIPウィンドウ |
---|
簡単に説明すると、まずHDPはHDDに波形データを書き込んだもの。WAVファイルと1対1の関係になっており、SamplitudeからはHDPを介してWAVにアクセスしている。これを扱う限りは、波形エディタとして使え、ここでエフェクトをかけるなど編集すると、その結果はWAVファイルを書き換える形になる。
RAPはHDPとほぼ同じものだが、HDDに書き込まず、メモリ上に書き込むというもの。小さなデータならHDDを消費することなく、また高速に処理することができる。
そしてVIPはSamplitudeの中心となるプロジェクトでマルチトラックでデータの編集ができるというもの。ここにはHDPやRAPから必要な部分を貼り付けて編集できるのだが、ここでのエディットは非破壊編集となる。つまり、どんなエフェクトをかけようと、どのようにボリュームレベルをいじったり、イコライザをかけたとしても、すぐに元の状態に戻せるのだ。
また、エディットした履歴は無制限に記録されていくので、単にUNDOが実行できるだけでなく、5回前の状態へ戻すといったこともできてしまうし、今の状態と3回前の状態を聞き比べるといったことも簡単にできる。
音を編集する場合、どうしてもトライ&エラーを何度繰り返して作り込んでいくことが多いため、非破壊編集というのは非常に強力。元のデータが保持されている安心感があればこそ、自由に音作りができるというものだろう。
■ ノイズリダクションはもちろんのこと、強力なエフェクト機能満載
編集における大きな要素となるエフェクトにはどんなものがあるのだろうか?
以前紹介したNoiseReduction、Dehissingのほかにもいろいろな機能が用意されている。たとえばイコライザは最もベーシックなエフェクトといえるもので、5バンドで自由に音作りができる。Echo/Delay/Reverbは、空間エフェクトの代表ともいえるもので、いろいろな残響音を作り出してくれる。
イコライザ | Echo/Delay/Reverb |
---|
また最終的なマスタリングをするためのエフェクトとして強力なのが、「Multiband Dynamics」。これは音を最大で4つの周波数帯域に分割し、それぞれに対して独立したダイナミクス設定を行なうことができるというもの。例えば低音の音圧感だけを増したり、あるいは声の録音時によく見られる、“サ行”の発音の際の鋭い音を他の発音に影響を与えることなく和らげることができる。
さらにFFT Filter/Analyzerも便利な機能。強調したい周波数帯域や、極端にカットしたい帯域をマウスを使って線を引くようにブースト/カットすることができる。また読み込ませた解析結果を保存することもでき、ダイレクトモード、サークルモードでモーフィングフィルター/スイープ効果など多彩なフィルターの設定も行なえる。
そのほか、面白いところではResampling/Time Stretching/Pitch Shiftingというものがある。音楽制作系のソフトでは数年前から一般的になっているものだが、これを使うことによって音程を変えずに長さを変化させたり、逆に時間を変えずに微妙にピッチを変えるといったことが可能になる。
Multiband Dynamics | FFT Filter/Analyzer | Resampling/Time Stretching/Pitch Shifting |
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■ クロスフェード設定や曲間調整などを自由に行ってCD作成
このようにして作ったサウンドは、ミキサー上でミックスされる。フェーダーを動かせば当然ボリュームが変化するわけだが、データを再生中にフェーダーを動かした結果を記録させることも可能。もちろん、ここにあるイコライザやパンをいじっても、先ほどのエフェクトとは別にリアルタイムに反映される。
ミキサー | 再生中にフェーダーを動かした結果を記録させることも可能 |
---|
さて、データが完成したら、やはりCD-Rドライブを用いてCDにしたくなる。多くの音楽制作ソフトの場合、完成したデータをWAVファイルとして出力し、それを一般のCD-Rライティングソフトで焼くという手順になるが、Samplitudeは直接CD-Rに焼けるというのが大きな特長となっている。
しかも、このCD-Rに焼くというのは、単に1曲づつ焼くというのとは大きく違う。VIPウィンドウ上に各曲を並べ、その情報通りに焼くことができる。つまり、曲と曲の間の時間を自由に調整できたり、繋げてしまうこともできる。さらには、曲と曲を重ね合わせ、片方をフェードアウト、片方をフェードインさせるクロスフェードも可能。そして、その途中でトラック番号を切り替えることもできるというのが、Samplitudeが持っていて他のソフトにない機能だ。
VIPウィンドウ上に各曲を並べる | クロスフェードも簡単に設定できる |
トラック番号の切り替えポイントのことをPQ点とかPQポイントという言い方をするが、SamplitudeではこのPQポイントを自由自在に打つことができる。場合によっては1つの曲の中でいくつも打つことができる。この機能をうまく使えば、コンサートのサウンドをレコーディングしたものをCDに焼く際、それぞれの曲の頭でトラックが切り替わるようにしたり、メドレーの曲の変わり目でトラックが変わるようにすることが可能になる。
このCDライティング機能は、いちばん安いSamplitude Masterにも備わっているから、これだけのために購入しても損はない。
今後も、Digital Audio LaboratoryにおいてSamplitudeがときどき登場すると思うが、PCでオーディオを扱いたいというなら、とりあえず名前だけでも覚えておくべきソフトの1つだろう。
□フックアップのホームページ
http://www.hookup.co.jp/
□製品情報
http://www.hookup.co.jp/software/samplitude/samplitude.html
(2001年8月6日)
[Text by 藤本健]
= 藤本健 = | ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase VST for Windows」、「サウンドブラスターLive!音楽的活用マニュアル」(いずれもリットーミュージック)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。 |
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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp