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“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第50回:フリーソフトの超高画質エンコーダ「TMPGEnc」
~伝説の開発者の姿が、今明らかになる~


■ VideoCDブームを引き起こした「TMPGEnc」

 Electric Zooma! では、先週と今週2週にわたり、MPEGエンコーダ特集をお送りしている。

 そもそもパソコンにおける初期のMPEGエンコーダは、一部のキャプチャカードやビデオ編集ソフトのいちムービー保存フォーマットとして提供されていた程度に過ぎなかった。映像が小さく圧縮できるので何かに使えば? というスタンスであり、特定の目的を持たなかった。従って映像品質も「圧縮するんだから汚くて当たり前」が通用した時代だったのだ。

 MPEGエンコーダの規格や仕組みが意識され、その映像品質が吟味され始めたのは、少なくとも国内ではCD-Rの普及に伴い、個人ベースでのVideoCD作成が活性化した時点からだろう。汎用ではなく、MPEGが一定のターゲットを持った時点で「こだわり」が発生したのだ、ともいえる。

 そのこだわりに応えてくれたのが、無償で提供されたMPEGコーダ「TMPGEnc」であった。そもそもVideoCD規格自体は'93年に制定された古いもので、今となっては非常に窮屈である。可変ビットレート(VBR)を許していないだけでなく、ビットレートもCDの読み出し速度が等倍であることが前提となっているため、上限が1,152kbpsに制限されている。いやキロでいうと数字がでかくなって聞こえがいいが、メガに直せば1Mbpsちょいである。

 そんな狭苦しい規格の中でも、エンコーダが良ければ綺麗な絵が出せるんだということを実証して見せたのが、TMPGEncであったのだ。このエンコーダなしにVideoCDブームはなかったと言っても過言ではないだろう。


■ 17歳からTMPGEncを開発

TMPGEnc開発者である、堀 浩行さん

 あまりの品質の良さに、TMPGEncの開発者である堀 浩行さんの素性はいろいろと噂された。さる大手メーカーの名のあるエンジニアがこっそり別名で公開しているのでは、というまことしやかな噂が流れたりもした。

 おそらく本物の堀さんが公の場に姿を現わすのは、これが初めてであろう。若干緊張の面持ちで、編集部にて到着を待つ。ちなみに筆者の担当はやっぱりこの日も遅刻している。

 その日、株式会社ペガシスの代表取締役 河村 保之さんとともにインプレスに現われた「あの堀 浩行」さんは、まだ少年の面影を残した青年であった。名刺の肩書きには、取締役 TMPGEnc開発、と記されている。事実上、株式会社ペガシスのNo.2の地位にあるという。

 ではお話を伺ってみることにしよう。なお今回のインタビューは、堀さんが難聴であるという事情に配慮して、編集部内のLANを使ってチャット形式で行なうことにした。(以下敬称略)

―今日はどうもありがとうございます。さっそくですが、ずいぶんお若いですよね。今おいくつですか?

堀:21歳です。

―ということは、はじめてTMPGEncをお作りになったのは何歳?

堀:大体4年ぐらい前から作り始めたので、17歳ぐらいだと思います。

―すると、高校生のころということになりますか?

堀:いや、中学で登校拒否になって、そのころは学校行っていなかったです。

―すげえ、ある意味サクセスストーリーですな(笑)。そのころ、なんでまたMPEGエンコーダを作ろうと?

堀:やっぱり圧縮に興味があったからですね。まずLHAみたいなバイナリデータ圧縮ソフト、そしてMAGみたいな静止画圧縮ソフト、最後に動画圧縮に入った感じです。

―ということはそれ以前から、フリーソフトみたいな形でプログラムを作っていたと?

堀:そうですね。TMPGEncを作る前はDelphiのコンポーネントを作ってフリーでニフティ(旧Nifty Serve)に公開したりしていました。

―個人でMPEGの開発資料を集めるのって、大変じゃありませんでしたか?

堀:MPEGの圧縮原理とかはMPEG解説本とかを読んで学びましたね。MPEGのヘッダなどの詳細な仕様はリファレンスコードを調べたりしました。

―開発を始めてから公開できるぐらいのめどがたつまで、どのぐらいかかりましたか?

堀:超初期のころから自分のサイトの日記で開発途中バージョンとして公開したりしていました。いまのような形になったのは、それから1年ぐらいたってからです。

―最初はMPEG-1だけでしたよね? やはり最初からVideoCD用途という感じですか?

堀:最初はVideoCDというようなことは考えていなかったです。VideoCDは映像と音声を1つのファイルにするマルチプレクサに難があって、VideoCDに完全対応できたのは2年ぐらい前です。

―ある意味CD-Rがブレイクして、脚光を浴びたという感じですよね。それから忙しくなりましたか?(笑)

編集部内で、静かなインタビューが続く

堀:TMPGEncを作っているのは全然苦じゃなかったので、忙しくなったとかそういうことは思いませんでしたね。ただ掲示板でのユーザーサポートが大変でしたが(笑)

―そうそう、「堀ほぅむぺぇじ」(堀さんの初期WEBサイト)時代から、ずいぶん親切にサポートしてましたよね。やはりユーザーの反応はうれしい?

堀:うれしいです。幸い掲示板が荒れたことはほとんどなかったので、それも良かったですね。

―ユーザーからの意見を採り入れたりすることもありますか?

堀:今のTMPGEncは、ユーザーの意見なくして作ることは出来なかったと思います。

 そういえば筆者も久しく忘れていたが、確かに初期のTMPGEncはVideoCDには仮対応という形であった時期が長かった。しかしそれでもユーザーはほかのツールと組み合わせながら、どうにか工夫してVideoCDを作っていたものである。それだけエンコードクオリティには高い評価を得ていたのだ。

―SVCDへの対応も非常に早かったわけですが、これなんかはユーザーからの要望でしょうか?

堀:これは現社長である河村からの要望です。

―SVCDからMPEG-2ですよね。MPEG-1との差で難しかった点はありますか?

堀:特になかったです。TMPGEncはMPEG-2インターレースでもフレーム単位でエンコードしているので、動き検索ルーチンをインターレース用にも作ったぐらいでしたね。

―そういえばMPEG-2ライセンス問題で一時MPEG-2エンコード機能が停止したときは、衝撃でした(笑)。MPEG-2にお金がいるなんて、みんな知らなかったんじゃないですかね?

堀:そのころMP3でもライセンス料問題があったので、わかっている人もいたでしょう。

 フリーソフトとして公開していたTMPGEncだが、やがてSuperVideoCDやDVD対応としてMPEG-2エンコード機能も試験的に搭載した。しかし公開からしばらくのち、正式にMPEG-2エンコーダを配布あるいは販売するにはライセンス料が発生することがわかった。当然フリーソフトのTMPGEncでは、そのライセンス料を支払うことができない。2000年12月、一時的にTMPGEncからMPEG-2エンコード機能が削除されることとなり、ユーザーに衝撃が走った。

 現在MPEG-2エンコード機能は製品版のTMPGEnc Plusに搭載され、フリー版のMPEG-2エンコード機能は1カ月期間限定の体験版という形で復活している。

―そのときシェアウエアに移行しなかったのは、やはりフリーにこだわりがあると?

堀:そうですね。ユーザーを大事にしたかったです。

―確かにユーザーの立場では、うれしかったです。今は会社になっているわけですが、開発はそこで?

堀:開発は今までどおり、在宅で行なっています。

―フリー版のほうではDownloadの際にアンケートをとっていましたけど、ユーザー層なんかはどんなかんじでしょう?

河村:それは私からお答えします。ユーザーの国内外比では、国内が28%、海外72%でした。ユーザーの環境は、平均がPentium III 800MHz。主な用途はVideoCDとSuperVideoCD制作という結果でした。調査は2001年度ですので、DVD-Rユーザーはほとんどいませんでした。一番希望される機能は画質の向上、次がスピードの向上でした。

―なるほど。意外にも海外ユーザーが圧倒的ですね。

河村:TMPGEncは日本 28%、アメリカ 30%、ヨーロッパ 25%、その他 17%となっていますので世界的に人気のあるソフトだと思います。

 SuperVideoCDへの対応はアジア圏で対応プレイヤーが販売されており、高画質なVCDとして興味があり対応を進めました。最初に対応した時と比較して現在のTMPGEncPLUSの2PassVBRで作成したSVCDは非常にクオリティーが上がっていますので低コストでのDVDの代用品として十分使えると思います。

―サポートも堀さんがされているんですか?

堀:私は英語わからないので、個人的にはノータッチです。英語圏はBBSがありますので、ユーザーに任せています。Plusはもちろん会社のほうでサポートしています。


■ 機能強化されたTMPGEnc Ver2.5xシリーズ

 製品版となったTMPGEnc Plusだが、フリー版のTMPGEncとの最大の差は、2パス以上のマルチパスVBRが実装されたところだ。さらに最新のVer.2.53.35.130では、待望のHTMLヘルプ形式のオンラインマニュアルが付いた。今までTMPGEncにはマニュアルがなく、ユーザーもある意味手探りで設定していたのだが、堀さん自身の解説により、各パラメータの詳細が明らかになった。またエンコードパラメータは、ウィザード形式で設定していくことができるようになったため、初心者でも使いやすくなっている。(ウィザードはVer.2.5よりPlusにもフリー版にも搭載されている。)

TMPGEnc Plus起動時のウィザード メディア容量に対する最適な圧縮レートがグラフでわかる 新バージョンで搭載された、待望のオンラインマニュアル

―ウィザードが付いて、ずいぶんわかりやすくなりましたね。それによって、ユーザー層は変化しましたか?

堀:現状はあまり変わっていないと思います。あのウィザードは、今後DVD-Rなどで初心者が気軽に高画質のDVDを制作出来るようにつけたという意味合いですね。今TMPGEncを使っているユーザーはある程度使い方を習得しているので、ウイザードは使っていないようです。

―ウィザードにフィールド自動判定機能がつきましたよね? やはりニーズが多かった?

堀:これはフィールドオーダーの設定を間違えてエンコードする人が多かったので付けました。何時間もかけてエンコードしたのに、フィールドオーダー間違っていたら悲しすぎますし。DVキャプチャは下位フィールド優先固定なんですが、最近はMPEGキャプチャユーザーが増えてきたので、上位フィールド優先のソースも増えてきました。

 DVキャプチャ製品は、ほとんどすべてと言っていいほどITU-R601という勧告に準拠している。これはもともとスタジオ品質のデジタルテレビジョン符号化パラメータを規定したもので、民生機には当てはまらないが、ほかに拠り所とする仕様がないのでこれに準じているわけだ。このITU-R601では、フィールドオーダーは下位フィールドから、と定義されている。

 ところが近年台頭したTVキャプチャ製品は、MPEG-2を吐く。このMPEG-2の仕様をDVD-Video準拠とすると、そちらではフィールドオーダーは上位フィールドから、と定義しているので、話がややこしくなるのである。

―ほかのエンコーダで、気になるものというのはありますか?

堀:カスタムテクノロジーのCinemaCraft Encoder(前回を参照のこと)は気になってますね。

―それはどういう点で?

堀:スピードが速い割に、動き検索精度がなかなかいい点です。

―速度という意味では、デュアルCPUやSSE2へのカスタマイズは、効果がありましたか?

堀:デュアルCPUは効果あります。TMPGEncのすべてのマルチスレッド機能をONにすると、エンコード速度が2倍になります。フィルタ機能をフルに使っていると2倍は達成できませんが。SSE2に最適化したら、平均で20%ぐらいは速くなりました。

 前回と同じ素材を使って、堀さん自らの手で最高の画質となるようエンコードしていただいた。各ビットレートに対してどのようなパラメータ設定がなされているのか興味がある方は、バッチリストも掲載しておくので、TMPGEncに読み込ませて研究してみるのもいいだろう。なお映像サンプルは、エンコードして頂いたファイルから代表的なもののみ掲載する。

エンコード方式平均ビットレート設定範囲パス数量子化行列サンプル動画
Multipass VBR2Mbps0Mbps~8Mbps2デフォルト
【MPEG-2形式】
vbr2000.mpg
720×480ドット
(約16.8MB)
Multipass VBR4Mbps0Mbps~8Mbps2デフォルト
【MPEG-2形式】
vbr4000.mpg
720×480ドット
(約30.1MB)
Multipass VBR5Mbps0Mbps~8Mbps2デフォルト
【MPEG-2形式】
vbr5000.mpg
720×480ドット
(約37.2MB)

エンコード方式ビットレート量子化行列サンプル動画
CBR4Mbpsデフォルト
【MPEG-2形式】
cbr4000.mpg
720×480ドット
(約30.5MB)
CBR5Mbpsデフォルト
【MPEG-2形式】
cbr5000.mpg
720×480ドット
(約37.7MB)
CBR6Mbpsデフォルト
【MPEG-2形式】
cbr6000.mpg
720×480ドット
(約45.0MB)

【バッチリスト】
batchlst.tbe (約116KB)

MPEG-2の再生環境はビデオカードや、ドライバ、OS、再生ソフトによって異なるため、掲載したMPEG-2画像の再生の保証はいたしかねます。また、編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

 TMPGEncはそのユーザー層を考慮に入れて、低ビットレートでの画質向上に重心を置いているという。DVD-Videoよりもむしろ、VideoCDやSuperVideoCDといったCD-Rメディアに対してチューニングされているということだ。そういった面で、前回のCinemaCraft Encoderとは同じエンコーダでありながら、明確な性格の違いが現われている。

―最後に、TMPGEncの目標というのはどういうところになりますか?

堀:最高画質のMPEGファイルをさくっと作れるエンコーダです。編集機能も充実させたいですね。TMPGEncバージョン3でUIを全面的に改めるので、2.5xシリーズをさらに極めるため次のステップに進むのが当面の目標です。

―なるほど、楽しみにしています。今日はお忙しいところ、ありがとうございました。

 現状のTMPGEnc2.5xシリーズのエンジン部分は、基本設計が3年前である。当時のマシン事情から、メモリを節約するような設計となっており、そのためエンコード速度が上がらないという事情もあるようだ。次のバージョン3ではUIだけでなく、メモリが豊富な環境を視野に入れて、エンジン部分を新たに書き直しているという。

 堀さんは弱冠21歳でありながら、たった1人で開発したエンコーダで世界的に注目されるソフトウェアエンジニアとなった。しかしその実際の人物像は、奢りもなく終始にこやかで、物静かな青年であったのが印象的であった。


■ 総論

 現在世界的視野で見ても、日本のソフトウェアMPEGエンコード技術というのは非常に高いレベルにある。初期の頃は組み込みエンジンとしてLIGOSをはじめとする米国製エンコーダが台頭したが、クオリティや速度面で改善が見られず、今やかなり見劣りのするものになっているのが実情だ。TMPGEncにはSDKも存在するので、将来的にはこれら米国製エンコーダに替わり、何らかのアプリケーションにエンジンとして搭載されることもあり得るだろう。

 さて2週にわたり、筆者が特に気になるエンコーダ2種の開発者にお話を伺った。そこで感じたのは、やはりエンコーダの開発は、圧縮に対する情熱がなければできない仕事だということである。入力されるソースはまちまちだが、結果とし要求されるのは入力と遜色ない圧縮結果なのだ。常識的に考えれば、データを捨ててるんだから同じであるわけがない。しかし「同じに見える」ことを要求される。こんな理不尽な命題に取り組んで高いクオリティを得るためには、ユーザーからのエラーフィードバックに対して、謙虚にカスタマイズを続けていかなければならない。どこかの大企業のごとく、「そりゃうちのせいじゃありませんな、ぐわっはっは。」とやっていたら、全然いいものはできないのである。

 このような根気のいる作業は、情熱なくしては不可能だ。今回お会いした方々は皆それぞれに内に秘めた情熱があり、自分の製品に対して絶対の自信もある。それはやはり知識だけでなく、実際に映像圧縮の経験を積んで、それをまじめに製品に反映させてきたという過程から生まれてくるものなのであろう。

 まさに技術立国ニッポンの、新たな側面を垣間見た思いである。

□ペガシスのホームページ
http://www.pegasys-inc.com/j_main.html
□関連記事
【2001年12月27日】ベガシス、TMPGEncの製品版「TMPGEncPLUS」をダウンロード販売
―MPEG-2正式対応、新アルゴリズムのマルチパスVBR搭載
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20011227/pegasys.htm

(2002年3月6日)


= 小寺信良 =  テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]


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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp

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