プレス・マスターCDというものをご存知だろうか? 基本的には、その名の通り、CDをプレスする時に用意する最終的なマスターとなるCD-Rのこと。しかし、単に最終バージョンという意味ではない。
プレス・マスターCD = 「PMCD」という規格があり、それに則って作成したCD-Rを指している。今回は、このプレス・マスターCDとは何者であり、どのような規格になっているのかなどを紹介する。
■ スタジオで多用される「CDW-900E」
このDigital Audio Laboratoryの連載を始めて以来、読者の方々からいろいろなメールをいただく。中でもCD-Rに関する情報などが多いのだが、よく出てくる話題にSONYの「CDW-900E」がある。「CDW-900Eは最高のドライブであり、音質でかなうものはない」といった内容だ。
CDW-900Eは業務用として販売されたもので、このドライブを導入しているスタジオも多い。また、一般に売られたCD-Rドライブとしては、もっとも古いもので、筆者も10年近く前、会社の仕事の関係上、部署で購入したことがある。正確な価格は覚えていないが、確か120万円以上した記憶がある。最近では、マニアの間で異常な人気となっているようで、オークションなどでも10万円以上の価格で売買されている。
では、なぜCDW-900Eがスタジオに入っているのか。それは、何もこれがイイ音質だと判断したからだけではない。そこにはCDW-900Eでなくてはならない大きな理由が存在する。それが、今回のテーマであるPMCDを書けるということだ。
■ PMCDを取り巻く周辺事情
PMCDは、マスター用のCDの規格であり、プレス工場に出す際には、PMCD準拠のCD-Rでないといけないことになっている。まあ、実際にプレスに出したことがある方ならご存知の通り、最近ではPMCDでないとダメいう工場は少ない。ただ、現在でもPMCDしか受け付けないところがあることも確かで、特に音楽専門のプレス工場などでは、その傾向が高い。
もっとも、国内のレコード会社でCD-Rをマスターとして、プレス工場に渡すことはまだ少ない、という実情もある。一般的には、昔ながらのU-maticの3/4インチのテープを使っているのがほとんど。スタジオなどでも、やはりCD-RをマスターにするよりU-maticを使ったほうが音がいいとか、安定していて事故を起こさないといった声が大きいのだ。
とはいえ、海外ではCD-Rをマスターにするスタジオが多くなっており、世の中は少しずつCD-Rへ移行している状況にある。さらに、U-matic自体、製造元のソニーが機材の販売やサポートを打ち切る方針を打ち出しているため、CD-Rへ移行するのは時間の問題ともいわれている。
さて、ここで改めてPMCDについて考えてみよう。これは、完全に業務用の規格なのだが、国内においては社団法人日本レコード協会が'94年6月2日に「CD用CD-Rマスタ運用基準」として定めている。 「各システム間の互換性の確保、ISRC(International Standard Recording Codeの略称で、国際標準レコーディングコードのこと)コーディングの徹底、各CD工場とレコード会社間での語有無の円滑化」を目的に作られている。
PMCDの規格の詳細については、後ほど紹介するが、PMCDを作成するためにはPMCDに対応したハードウェアとソフトウェアが必要。現在一般に市販されているCD-RドライブのほとんどはPMCDには対応していないが、前出のSONYのCDW-900Eがサポートしている。
そのほかにも、CDW-900Eの後継であるSONYの「CDU-924S」や「CDU-928S」といったものが、PMCD対応ドライブとして存在するが、いずれも非常に古いドライブで、現在SONYでも扱っていない(もちろん、保守・サポートは継続している)。そんな中、最近Plextorの「PlexMaster」というドライブがPMCD対応として登場して話題になっている。しかし、これも一般には市販されておらず、完全に業務用として販売されている。
一方ソフトはというと、これも業務用のものしか存在しない。音楽用としては業界標準として使われているSonic Solutionsの「SonicStudio」というソフトというよりも、システムがあるくらいだ。
■ PMCDだから、いい音のCDというわけではない
このSonic Studioと、CDW-900EなどのPMCD対応CD-RドライブををSCSIで接続して、はじめてPMCDが焼ける。また、前出のPlexMasterも最近、SonicStudioがサポートしたようである。つまり、CDW-900E単体を持っていたからといってPMCDが焼けるわけではない。また、PMCDだから、いい音のCDであるというわけでもない。
では、そもそもPMCDとはいったいどんなもので、普通に焼いたCD-Rと何が違うのだろうか。簡単にいってしまうと、普通にディスクアットワンスで焼いたCD-Rに、マスタ情報を加えたもの。では、どこに加えるかというと、通常は使うことのないリードアウト終了後の領域である。
正確にいえば、このマスタ情報領域はリードアウト開始ポイントから1分36秒後のポイントで始まり、最長2分0秒のポイントまでということになっている。つまり、リードアウト後にデータを書けるか書けないかがPMCD対応であるかどうかの違いともいえるわけだ。また、PMCD対応のソフトでは、リードアウトを書き込むのに続けて、マスタ情報を書き込んでいる。
次に気になるのは、そのマスタ情報とは、どんなものであるかだ。ここで【表1】をご覧いただきたい。これがマスタ情報になる。乱暴な言い方をすれば、CUE SHEET+α。実際、工場にこのPMCDを納品する場合は、CUE SHEETなどを紙として添付することも義務付けられている。なお、当然といえば当然であるが、PMCDの品質において、C1/C2エラーによる訂正不能なエラーが生じたものは、無効である。
【表1】マスタ情報の種類 | |
ディスク情報 | サブコード情報 |
(1)発売会社名またはその略号 | (1)Pチャネル情報 |
(2)レコード商品番号 | (2)Qチャネル情報 |
(3)マスタディスク番号 | (3)POSコード情報(必要な場合) |
(4)マスタディスク作成年月日 | (4)ISRC情報 |
(5)その他 |
せっかくなので、もう少しマスタ情報のフォーマットを詳しく見てみよう。表1の左側にあるディスク情報をバイト単位で表したものが【表2】だ。このことからもわかるように、データとしてはたった256バイトであり、それほど大きなものではない。
【表2】ディスク情報シートフォーマット | ||
バイトNo. | 内容 | |
0~31 | 基本情報 (必須) Basic Information |
発売会社名またはその略号(32バイト) |
32~63 | レコード商品番号(32バイト) | |
64~95 | マスタディスク番号(32バイト) | |
96~103 | マスタディスク作成年月日(8バイト) | |
104~255 | 拡張情報 (任意) Extended Information |
メモリエリア(152バイト) |
また、サブコード情報のフォーマットは、それぞれ別のものが順に入っているが、たとえばPチャネル情報については、【表3】のようなものとなっている。
【表3】 Pチャネル情報サブシートフォーマット(トラック数=n) | ||||||||
バイト No. | スタートフラグ先頭部分時間 | スタートフラグ末尾部時間 | ||||||
ゼロ(00) | 分 | 秒 | フレーム | ゼロ(00) | 分 | 秒 | フレーム | |
バイト0 | バイト1 | バイト2 | バイト3 | バイト0 | バイト1 | バイト2 | バイト3 | |
0 | 第1トラック スタートフラグ | |||||||
8 | 第2トラック スタートフラグ | |||||||
: : |
: : |
|||||||
(n-1)×8 | 第nトラック スタートフラグ | |||||||
n×8 | リードアウトトラック スタートフラグ | |||||||
(n+1)×8 | 2Hz ON/OFF スタート時間 | 00h | 00h | 00h | 00h |
Qチャネルについては、内容がやや複雑なので、ここでは省略するが、内容としては以下の計8バイトで記述される情報が、順に書き込まれている。
以上が、PMCDのフォーマットだが、だいたいおわかりいただけただろうか? 一般にはまったく関係のないものだが、今後U-maticの消滅にともない、業務用としては、さらに広まっていく可能性をもっている。
ただし、PMCDは、普通のCD-RにCUE SHEET+αの情報を書き込んでいるのみで、音質に影響を与える要素はもっていない。PMCDが書き込めても、あまりにも古いドライブの場合、レーザーが弱っていて、音質が落ちる可能性も十分にある。性能のいい(音質のいい)ドライブ探しは、こうした状況を踏まえた上で行ないたい。
□関連記事
【2001年10月16日】【DAL】第29回:迷信だらけのデジタルオーディオ[特別編]
~ 音楽CDのプレスメーカーに聞く、CD制作現場の音質管理 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20011016/dal29.htm
(2002年6月3日)
[Text by 藤本健]
= 藤本健 = | ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase VST for Windows」、「サウンドブラスターLive!音楽的活用マニュアル」(いずれもリットーミュージック)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。 |
00 | ||
00 | AV Watchホームページ | 00 |
00 |
ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp