■ ジャケット見ただけで骨抜きです 「大きな月をバックに飛ぶ自転車」、「指先と指先を合わせたイラスト」。古今東西、星の数ほど映画はあるが、これほどまでに印象的で象徴的なシーンを持った作品は少ないだろう。 「E.T.」と聞けば誰もがあのシーンを思い出し、同時に「チャーラーチャララララーラー」とジョン・ウイリアムスのテーマソングが頭の中に流れてくる。かくいう筆者も店頭でDVDのジャケットを手に、テーマソングを鼻歌で歌いながらレジへと向かってしまった。 オリジナル版の日本公開は、'82年の12月。配給収入96億円という大ヒットを記録した。この数字は外国映画として、'97年に破られるまで15年間も守られたという。アカデミー賞4部門、さらにゴールデン・グローブ賞では作品賞を含む2部門を受賞している。しかし、そうした数字的な記録よりも、人々の記憶に残っている名作であることに間違いない。 今回DVDで発売したのは、劇場公開20周年を記念して制作された「20周年アニバーサリー特別版」。最新のCG技術でE.T. をよりリアルにリニューアルしたほか、未公開シーンなども追加している。映像や音響全体もリニューアルされており、AVファンにも見逃せないタイトルだ。 今頃になって、この映画のストーリーを説明するのも無意味だが、内容を簡単に紹介しよう。宇宙の彼方から地球へやって来た地球外生物「E.T.」。彼らは地球の植物の調査や収集を行なっていたのだが、トラブルが発生し、E.T. の1人(匹?)が地球に取り残されてしまう。 とある家の物置小屋に逃げ込んだ彼は、そこで人間の少年エリオットと出会い、互いに強い友情で結ばれる。そして、エリオットは兄妹や友人達と共に、E.T. を救うために奔走するという物語だ。 既に公開から20年も経過していたことに驚いたが、今回あらためてDVDを観賞し、まったく色褪せていない映画としての完成度の高さにも驚かされた。映像は決して陳腐に感じることはなく、ストーリーも文句なしに面白い。子供の頃に見た記憶のまま、もう一度素直に感動できた。
■ これはSFではない。ヒューマンドラマだ そうした視点で見てみると、登場人物の心理が実に細やかに描かれていることに気付く。主人公の家族は現在母子家庭。別居中の父親は、女性と一緒にメキシコに行ってしまった。その結果、母親は辛い胸の内を隠すために行動が幼児化している。また、子供達も気付かぬフリをしながら、そんな母親を気遣っている。壮大な宇宙ドラマの横で、なんともいえない空気が漂う家庭環境を描くあたり、実に懐が深い映画である。 そんな状況の中に、突然登場するE.T. 。彼は宇宙から来た謎の生物であると同時に、傷付いた子供達の心を癒し、笑顔や友情を取り戻す役割を担ったキャラクターだ。20年前には無かった言葉だろうが、E.T.は今で言うところの「癒し系」である。だからこそ、殺伐とした現代に再びE.T. が戻ってくる事に意義があると思えるのだ。
■ 新しいE.T. は意外と気持ち悪かった 特別版を見始めてすぐに感じたのは、E.T. の細かな動きの滑らかさである。オリジナル版のE.T. は口や目の動きがぎこちなく、たどたどしい。反面、特別版は筋肉の動きを感じさせるほどリアルで滑らかに動く。まるで海外アニメーションのそれを見るようである。E.T. の喋りが上手くなったような印象すら受けた。 しかし、E.T. ならではのヨタヨタした歩き方や、不恰好なフォルムをすべて修正したわけではない。やろうと思えば、今のCG技術を駆使して、体全体が恐ろしくリアルに、スムーズに動くE.T. に作り変えられるだろう。しかし、ウネウネ動くE.T. は、もはやE.T. ではなくなる。原作の良さを崩さない範囲での修正。そうした意味で、感情表現などの必要な部分に必要最低限手を入れたという印象である。特典ディスクの中でスピルバーグ監督は「リメイクの誘惑に勝った作品だ」と説明している。 よって「大きく変わっている」という期待も、「大きく変わってしまった」という不安も抱かない方が良いだろう。大多数の人は違和感なく観ることができるだろうし、変化を感じた人も大多数は好意的に受け取れるはずだ。 しかし、筆者の場合、映像面でのリニューアルの結果をあまり好意的に受け取ることはできなかった。個人的には、ヨタヨタした歩き方には、モゴモゴした口の動きが似合っていると思うのだ。確かにリアルになったのは良くわかるが、代わりにE.T. の愛らしさが減ってしまったような印象を受けた。我ながら「無いものねだり」だとは思うのだが……。 また、コーラの缶から泡が吹きこぼれるシーンでは、CGキャラクター特有の実在感の薄さを感じてしまった。これはCGキャラクターと人間が共演する映画に顕著だが、現在のCG技術は「キャラクターが確かにそこに存在している」という実感を感じるレベルにはあと一歩及んでいないと思う。着ぐるみのE.T. がCGに勝っているというわけではないのだが、この作品に関してだけは、アナログの匂いのする宇宙人に愛着を感じるのだ。 ファンタジーは少し汚れていて、古い書斎のホコリの匂いがする方が好きだ。もし、全編に渡ってE.T. をフルCGで描いていたら、ファンタジーに石鹸をつけてゴシゴシ洗ってしまうことになっただろう。しかし、この作品はそこまで野暮なことはしていない。実にきわどいバランスの上に成り立っている。
■ オーケストラのライブ録音が凄い!! 音声は、ジャケット裏に3トラックと記載されているが、音声特典の「ワールドプレミア上映でのオーケストラ演奏」を4トラック目に収録している。これは、特別版のプレミア上映の際に、作曲者のジョン・ウイリアムスが自らオーケストラを指揮し、ライブでBGMを演奏したというものだ。 通常の音声は、英語をDTS-ESとドルビーデジタルEXの2種類で収録。日本語はドルビーデジタルEXのみ。オーケストラ演奏のトラックは、ドルビーデジタル5.1chで収録している。 ドルビーデジタルEX、DTS-ES共に細かい音まで良く録音されており、広がりも充分感じられる。全体的に上品なサラウンドだが、低音も思いのほか豊かに収録している。特に自転車で空を飛び、テーマソングが雄大に流れるあのシーンでは、思わずサブウーファの音量を上げてしまうほど、ホームシアターならではの気持ち良さを味わうことができる。
また、特典の一部でもある「ワールドプレミア上映でのオーケストラ演奏」が素晴らしい。特典ディスクには、このライブ演奏の舞台裏を紹介するドキュメンタリーも収録しているが、映画のスクリーンと完璧にタイミングを合わせた生演奏に関心してしまった。BGMとしても、通常の音声より音のきめが細かく、しなやかな印象だ。 さらに、ライブ録音は思わぬ副産物を生んでいる。それは「劇場内の音」も収録していることだ。映画の台詞にはわずかにエコーが入り、子供の高い声などは気持ちよく部屋に広がる。また、オーケストラが映画の最初から最後までライヴでBGMを演奏しているため、BGMが無い場面や、音量が小さい場面では、周囲の人々の咳払い、笑い声、拍手、お菓子の袋を開ける音(?)までマイクが捕らえている。 こうした音は俗に言う「騒音」だが、サラウンドで再生すると、空間を広く感じさせる効果を生んでいるようだ。また、お客さんの笑い声につられて自分も笑ってしまったり、エンドロールで周囲の人々と同じように拍手をしたり、本物の映画館で観賞しているような気分になれた。DVDの新しい楽しみ方を感じられ、個人的にこの特典は非常に気に入った。ぜひとも他のタイトルにも「映画館の音声」というトラックを追加してほしいものである。 特典ディスクには多数の映像特典が収録されている。中でも監督のスティーブン・スピルバーグが語る「E.T. の誕生秘話」は見応えたっぷりの内容であり、オリジナル版と特別版の比較映像もこのコンテンツ内で見ることができる。また、すっかり大人になってしまった出演者も登場している点も見逃せない。ほかにも、プレミア上映の模様を収めたコンテンツや、E.T. が太陽系の惑星の説明をするというユニークなものまで収録している。 また、特典ディスクには最近多いDVD-ROMコンテンツも収録している。ゲームが主となっており、教室で蛙を助けるものや、E.T. の着せ替えゲーム、壁紙のダウンロードなどが楽しめる。 価格は3,980円と現在の相場としては安くないが、特典は充実しており、本編の音質や画質も良い。映画への思い入れも関係してくると思うが、ジャケットを見て「グッ」とくるものがある人は、購入して損のないタイトルだと思う。
■ 「かつて子供だった大人へ」は陳腐だ そう考えると、「特別版の制作」という手段は現代に再びE.T. を見るための口実に過ぎないのかもしれない。きっとこの映画は今から20年後でも、色褪せずに楽しめるだろうし、いつの時代の子供達もE.T. との別れのシーンに涙するだろう。 いつか再び自分が見返すためでも、未来の子供に見せるためでもいい。とりあえず、ライブラリの片隅には置いておきたいDVDだと思うのだが、いかがだろうか。
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