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“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第97回:噂のNHKアーカイブスへ潜入
~ テレビ放送50年の歴史とこれから ~


■ 2月1日、番組公開ライブラリがオープン

 おそらく去年か一昨年のことだろうが、仕事の関係者からNHKの映像ライブラリが川口(埼玉県川口市)に移転する、という話を聞いた。渋谷の放送センターとはデジタル回線でやりとりすることになるらしい。

 筆者が'80年代後半に、NHKで編集マンとして仕事をしていたころ、ライブラリの引き出しというのはまことにもって面倒な仕事であった。まずはずらりと並んだ専用端末の前に座って、思いつくキーワードを適当に入力する。番組と簡単な説明が文章で出てくるのだが、これが果たして目的の映像なのかさっぱりわからない。放送日や放送枠などを睨みながら想像を働かせて、これかなぁ、いや念のためにこれも、といった具合にアタリを付け、検索結果を伝票に書くのである。

 ニュース素材ならすぐに使えるようにしてあるので、棚から自分で探してくることができるが、番組ライブラリともなるとじゃあこの伝票を持って西館に行なってネ、などと言われる。てくてくと歩いていって(結構遠い)受付のおじさんに出すと、「あーじゃあ明日の昼頃来て。出しとくから」と言われる。しかし大抵それじゃ間に合わないので、放送センター近隣にある保管所までこれまたてくてくと自分で歩いてテープを取りに行く羽目になるのである。

 テープを出すだけでこれだけ手間なのだが、実際に内容を見るにはさらにエラいことだ。まず「コピーリソース」ってのを予約して、OAの1インチテープからベータカムなりVHSなりにダビングしないといけない。

 いやなんでこんなことを思い出したかというと、2月1日に川口市のNHKアーカイブスってところで番組公開ライブラリがオープンしたというニュースを読んだからだ。あーそうか、以前聞いていたライブラリの移転が完了したんだ、とピンと来たわけである。

 そうとわかればちょっと中を覗いてみたいというのが人情というもの。あるルートから取材をお願いしてみたところ、特別に見せていただけることになった。


■ まさに映像図書館

 NHKアーカイブスは、埼玉県川口市にあったNHKラジオ放送局の跡地に建造中の、「SKIPシティ」の一角を成す建物である。この跡地というのがまた広大な面積で、全部で15ヘクタールあるという。15ヘクタールと言われても畑でもやってない限りピンとこないと思うが、メートル法に直せば15万平方メートル、坪にすれば45,375坪である。

 SKIPシティとは、埼玉県とNHKそして民間企業が一体となって、映像産業の拠点となるべく開発中のエリア。NHKアーカイブスをはじめ、「彩の国ビジュアルプラザ」、「株式会社クロスウェイブ コミュニケーションズ」のビルが建ち並ぶが、それでもまだ跡地全体の3分の1しか使っていないという。これからまだまだ「川口市科学館」などがオープンする予定だ。

この建物がNHKアーカイブス 番組公開ライブラリの入り口

 NHKアーカイブスの番組公開ライブラリの入り口は、ちょっとわかりにくい。建物としてはNHKアーカイブスと彩の国ビジュアルプラザ、クロスウェイブ コミュニケーションズビルが全体で1つの建物に見えるように、真ん中のセンターサークルでつながっているのだが、番組公開ライブラリの入り口はこのセンターサークルに面している。しかしこのセンターサークルへは、ビルとビルの間の狭い通路を通って入ることになる。

 では最初に、誰でも無料で視聴できるという番組公開ライブラリを体験してみよう。まず受付けで、何人用のブースかを選ぶ。1人用、2人用、3人用とがあり、全部で80ブースある。各ブースのモニタはパソコン用のもので、3人用のみプラズマディスプレイが装備されている。

番組公開ライブラリの受付け ブースは図書館のような雰囲気 3人用ブースにはプラズマディスプレイもある

 ブースを選ぶと番号札が渡され、混んでいれば順番待ちをすることになる。どのぐらいの混み具合かは、受付け後ろのディスプレイに表示される。自分の番が来たら、再び受付けでブース番号が書かれたプレートが渡されるので、そのブースで見る、という段取りだ。

 このライブラリには、NHKの番組のほかに埼玉県が制作した映像を見ることができる。現在公開されているのは約2,000本。番組はキーワードを使って検索することもできる。見たい番組を選ぶと、全画面表示になって映像が再生されるというわけだ。試しにNHKスペシャルを視聴してみたが、HDTVの番組もかなり高い解像度で表示される。また字幕放送されたものは、同じように字幕をON/OFFして見ることもできる。

モニタはタッチパネルでも操作できる 映像は専用リモコンで操作


■ いよいよ内部へ

NHKアーカイブスの見取り図

 さてここまでは普通の人でも体験できるわけだが、いよいよここから先は関係者以外立ち入り禁止エリアである。元々NHKアーカイブスという建物は、番組を一般公開するために存在するわけではなく、東京のNHKにある映像ライブラリを一元的に管理するための施設だ。こちらの本業のほうは、すでに今年1月から稼働している。

 NHKアーカイブス建設事務局副部長の小納谷(こなや) 雅明氏の案内で、まずは4Fにある映像保管庫へ移動する。この保管庫は3Fと4Fにあり、将来5Fの半分にビデオサーバーを設置するという。

 基本的にこのNHKアーカイブスは、東京で管理している分の映像資料を保管するための施設。地方は地方で、独自にライブラリを管理しているという。東京の管理分だけで73万本のテープがあり、アーカイブスにはこのうち59万本がある。残りはすぐに使う映像ということで、渋谷のNHK放送センターにある。

巨大なロッカーが延々と並ぶ 棚の中はテープがみっちり

 映像保管庫内には写真のような棚が3、4F合わせて9,000本立っており、現在のペースでは年間4万本テープが増えていく計算で、棚が全部埋まるまであと17年、さらに5Fも利用すればあと30年は大丈夫、と小納谷氏は言う。

 ここで保管されているテープは、NHKが番組送出に使っているD3およびD5のラージテープ(60分)。ニュースなどの短いものは1日150本も放送されているが、これらは60分テープにプリントして保存する。D3などというとテレビの入力端子かと思われるかもしれないが、これはPanasonic製デジタルVTRのフォーマットである。D3とD5が混在しているのは、以前からD3を保存メディアとして使用してきたが、新しいものからD5に切り替えているからだ。

 保存媒体はテープだが、これらの内容はすべてデータベース化されている。ではどうやってライブラリ映像を利用するのかを見てみよう。


■ 合理的に管理された映像

 渋谷の放送センターとここアーカイブスの間は、4Gbpsの光ファイバ回線で接続されている。まず放送センターのパソコンからこの回線を使ってアーカイブスのデータベースにアクセス、キーワードで検索する。見つかった番組の内容は、Webブラウザ上で任意の場所から再生できるようになっており、必要な映像であるかがその場でわかるようになっている。そのほか番組内で使われた映像のうち、どの部分が外部調達なのか、使用された写真の著作権者は誰か、といった権利情報も参照することができる。これなら無駄にたくさんのテープを引っ張り出す必要もなければ、番組のうち必要なのはこの部分だけ、ここは使えない、といった判断も事前にできる。

ライブラリの検索はWebブラウザで行なう その場で内容を確認できる

 必要な部分を選んでリクエストすると、その情報がアーカイブス8Fにあるシステム管理室の総合データベースに送信される。ちょうどWebショッピングカートみたいなシステムだ。リクエストを受けたアーカイブスでは、その情報をデータベースと照らし合わせて、その映像がどのフロアのどのブロックのどの棚の何段目にある何という番号のテープの中にあるか、ということがわかる。このデータはハンディターミナルへ送信される。

 このハンディターミナルを持ってそのブロックに行くと、こっちですよーとブロックにランプが点き、棚の入り口が自動的にオープンする。その入り口に行くと、今度は棚の上にあるランプが点いているので、ああここか、とわかるというわけだ。あとはハンディターミナルに何段目と書いてあるので、そこを見てテープを探す。テープにはすべて二次元バーコードが付いているので、それをハンディターミナルでスキャンすると取り出し完了となる。

ブロックにランプが点いて自動オープン 棚の上のランプが点いてさらに誘導してくれる テープに付いている二次元バーコードをスキャンして取り出し

 しかし見つかったテープは川口にあるわけで、これを渋谷の放送センターに伝送しなければならない。今度はそのテープを5Fにあるデジタル伝送室からIP回線で映像を送るわけだ。これにはビデオカート(自動送出装置)が利用されている。ここにテープをセットすると、自動的に映像の必要部分が頭出しされ、渋谷へ向けてデジタル伝送が始まる。渋谷にも同じようなカートがあって、伝送された映像をテープにコピーする。

ビデオカートにセットすれば自動的に伝送される SD4回線、HD4回線が同時転送可能

 回線としては、通常のSDが4回線、HDが4回線がある。ただし現状では保存されている映像は圧倒的にSDが多いので、再生VTRはSDが6台、HDが2台という割合になっている。HDの2回線分は、SDからリアルタイムにアップコンバートしながら、HDの映像として渋谷へ伝送するのだ。つまり方式変換までアーカイブス側でやってしまおうというわけである。

 なるほど、以前のように伝票片手にあっちこっちウロウロする方法に比べれば、夢のような便利さだ。


■ 総論

 いつもならここで筆者がまとめるところだが、今回は小納谷さんのお話で結んでみよう。

 「こちらに保管されている映像で一番古いものは、1866年に自転車が発明されてN.Y.で大流行している、なんていうものがあります。ほかにもライト兄弟の飛行やエジソンの実験などですね。しかし残念ながらこれらの映像は、一般の方が番組公開ライブラリでご覧いただくことはできません。」

 「NHKには、再放送のリクエストが年間で80万件も寄せられています。番組公開ライブラリではその中から、時代をリードしてきたもの、時代を象徴するものを選んで、さらに権利関係がクリアできたものだけを公開しています。この権利処理は、年間1,000本ずつぐらいしか進みません。したがって最終的に公開予定している5,000本に到達するまで、あと3年ほどかかるわけです。」

 「将来テレビ放送した映像がオンデマンドで配信されるということは、技術的には可能ですが、やはり一番難しいのは権利なんです。ここ番組公開ライブラリにある映像は、NHKの施設でNHKの職員が立ち会いのもと展示するという条件で、この権利をクリアしています。ビデオ配信となると、これはまた別の権利関係をクリアしなければならないでしょうね。現在渋谷の放送センターにも番組公開ライブラリがあり、これから地方局へもライブラリを広く展開していきますが、その配信元はすべてここNHKアーカイブスになります。これも権利の関係から、ほかのサーバーへ分散して置くことができないのです」

期間限定で公開されている「ひょっこりひょうたん島」の人形

 NHKアーカイブスは、埼玉県川口市上青木3丁目にある。電車とバスを乗り継いで行くこともできるが、近郊の人は車で行くのがお勧めだ。敷地の地下がほとんど駐車場になっており、駐車スペースにはかなりの余裕がある。

 まだ新しい施設なので地図などには載っていないかもしれないが、目印としては上青木小学校を目指すといいだろう。小学校前の通りに「SKIPシティ」と道路標識が出ている。

 開館時間は9:30から17:30までで、毎週月曜日が休館日。今なら「ひょっこりひょうたん島」で使用された本物の人形を見ることができる。

□MHKアーカイブスのホームページ
http://www.nhk.or.jp/nhk-archives/
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http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2003/0203/nhk.htm

(2003年2月19日)


= 小寺信良 =  テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]



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