■ デラックスか、スタンダードか、それが問題だ
ご存知のとおり、弊誌では「DVD発売日一覧」というコーナーで日々、新作のDVDタイトルを登録している。そこで毎日、新規登録タイトルをチェックしていると、邦画タイトルが結構多いことに気づく。 邦画が冬の時代といわれて久しく、「千と千尋の神隠し」などのアニメ作品で小春日和は感じるものの、本当の春は程遠い。そういった状況にある邦画業界にもかかわらず、邦画が作り続けられていることに驚くのだ。 DVD発売で改めて気づくということは、自分自身で意識はしてないのだが、劇場へ邦画を観に足を運んでいないということになる。しかし劇場で観なくなったとはいえ、これだけDVD化がすばやく行なわれるようになると、購入しているDVDの中では、邦画が占める割合は結構高い。その証拠(?)に「買っとけDVD!!」でも、いくつか邦画を紹介している。 そして、今回紹介するのも邦画。2002年8月劇場公開された「リターナー」だ。メインキャストは金城武、鈴木杏、岸谷五郎、そこに樹木希林、高橋昌也といったベテランが脇を固めるという、“豪華”というよりは、クセのあるキャスティングとなっている。 興収は約13億円程度で、一応、邦画としてはヒット作といえるだろうか。3月7日に発売されたDVDも、弊誌の売り上げランキングでは初登場でデラックス・エディションが3位、スタンダード・エディションが11位と好調な滑り出しを見せている。 「リターナー」という作品自体は劇場では観なかったものの、DVDが出たら購入しようと考えていた。しかし、「デラックス・エディション」と、「スタンダード・エディション」の2種類あり、どちらを購入するか迷った。価格はそれぞれ5,800円、4,800円で、その差は1,000円。 以前紹介した少林サッカーと違って、リターナーのデラックス・エディションと、スタンダード・エディションの本編DISCは、内容がまったく同じ(ピクチャディスクの図柄は異なっている)。デラックス・エディションには、特典ディスクがセットになっていて、特製コレクタブルボックス入りで、「豪華封入ファイル」というものが付属するのが相違点となっている。 本編DISCにも映像特典が収録されているとはいえ、トレーラーが数種類(劇場版特報、予告、TVスポット)と、キャスト紹介が入っているだけで、ちょっと寂しい。1,000円しか差がないのであれば、といことで結局デラックス・エディションを購入した。もしかすると、まんまと販売戦略に乗せられているのかもしれないが……。
■ タイムリミットは3日間
闇取引の現場に潜入しブラックマネーを奪還。その全額を依頼者に引き渡す、“リターナー”ミヤモト。ミヤモトは、孤児だったころに親友を殺され復讐を誓った。親友を殺した仇を、リターナーを続けながら探し続けていた。 ある日の闇取引の現場にその男、溝口を見つける。しかし、あと一歩のところで、取り逃がしてしまう。その原因となったのが、なぜかその現場にいたミリという少女。ミリはミヤモトに、「未来から“重大な任務”を遂げるためにやってきた。手伝ってほしい」と告げる。そのミッションのタイムリミットは3日間。2人は、人類の未来を救うことができるのか……。 あらすじからも読み取れるように、ジャンル的には「SFアクション」と分類されている。監督は、2000年に公開された「ジュブナイル」で監督デビューした、山崎貴。リターナーでは、監督に加えVFXと、脚本(平田研也と連名)も担当している。山崎監督はVFX畑出身なので、ジュブナイルもそうなのだが、作品からはVFX、CGをカッコよく見せるためにストーリーを構築しているような印象も受ける。 リターナーを観た人のほとんどが、ハリウッド映画の影響を受けている……、というよりもどこかで見た事のあるシーンを数多く見つけるだろう。ただ全体を通してみると、「パクッている」とか、「物まね」とも違い、また「オマージュ」や「パロディ」とも違っていると感じる。 今回のDVDに入っている映像特典や、オーディオコメンタリの中で山崎監督は、色々な映画から影響を受けているとは語っているが、特定の映画に似せているとはいわない。「作っているとよりオリジナルなものをやりたくなるけど、似ていることを恐れて、お客さんがついてこないのが一番困る」ともコメントしている。 邦画でSFという時点で観客は引いてしまう。そこで、記号として、あるいは基本的な文法として、あえてわかりやすい、ありがちがシーンにすることで観客をつかむ。そうすることで、説明する時間を省き、テンポが上げられると考えているようだ。 ミヤモト役を演じるのは、最近はゲーム業界での方が活躍が目立つ金城武。個人的には、金城武の日本語でのセリフ回しは滑舌が悪く鼻にかかったような感じで、この作品に限らず耳について結構気になる。今回も喋っているシーンでは、映像に集中できなくなりちょっと辛い。 しかしアクションシーンでは、手足が長いスタイルを生かしカッコよく決めている。アクションがカッコ良く見えるためには、動いている最中ではなく、動きの中で止まった時が重要だ。歌舞伎でいえば「見得」にあたる部分が、金城武はうまいのだ。他の日本人の役者ではこうはいかないだろう。その意味で、この映画への起用は成功している。 もう1人の主人公ミリを演じるのは鈴木杏。鈴木杏は、出演当時14歳の中学生だが、表現力は凄いの一言。「ヒマラヤ杉に降る雪」で、日本人初の米国「ヤング・スター・アワード」を受賞しただけのことはある。堀部プロデューサーにも、「恐るべき中学生」と言わしめている。 そして敵役溝口は、「ジュブナイル」で鈴木杏の父親役だった、岸谷五朗。初めての悪役ということで、自ら金髪に染め、体も絞り込んで出演。力の入った演技を見せている。また、脇も樹木希林、高橋昌也と豪華な布陣だ。 リターナーでVFXを使用したカットは約260で、前作ジュブナイルより少ないが、使用されている時間は長いという。CGも含めVFXは非常に高度で、現在の邦画の中では郡を抜いている。確かに不自然なシーンもあるが、ほとんどのシーンは解説を見るまで、CGやVFXを使った合成とわからなかった。 「邦画でここまでできるんだ!」とういのが、正直な感想だ。この種のアクション大作というと「制作費百数十億円」とかいう売り文句がついたりするが、リターナーでは特に宣伝でもそういった文句は使われていないし、手元の資料にも記載がない。どうも映像特典や、コメンタリを聞いている限り、結構低予算で、スタッフの努力で解決しているようだ。そういった意味では、ハリウッド映画とはまったく違う作られ方をしている。 音楽は、レニー・クラビッツがアルバムのリード・トラックである「DIG IN」を提供。映画主題歌は初という。もちろん英語の歌詞だが、監督曰く、「歌詞がストーリーにマッチしている」とのこと。
■ DVDとしての画質と音質 映像はビスタサイズをスクイーズ収録。音声はドルビーデジタル5.1ch、ドルビーデジタル2ch、DTSの3種類に加え、オーディオコメンタリ(ドルビーデジタル2ch)と種類が多い。テレビのスピーカーなど2chの再生環境でも制作者の意図どおりの音を聞かせたいという配慮だろうが、ドルビーデジタル2chにディスクの容量が割かれているのは、正直もったいないなと思ってしまう。 DVD Bit Rate Viewer Ver.1.4で見た平均ビットレートは7.96Mbpsと、実写タイトルとしては高ビットレート。映像はフィルムの段階で、現像手法の1つである銀残し(ネガからポジに現像する時に、フィルムから排出される銀を意図的にフィルムに残す技法)が行なわれているため、コントラストが強く、黒がしまる反面、彩度が落ち、ザラつき感がでている。 そのため、DVDでも粒状感があり、彩度が低く、ビデオ的な鮮やかな高画質とは一線を画するが、MPEG-2のエンコードとしては完成度は高く、高画質に分類されるだろう。暗いシーンがかなりの割合を占めいるのだが、破綻しているところはない。銀残しの効果もよく現れており、ザラザラした映像であるものの、質感は高い。 なお、銀残しを行なうにあたり、「CG映像に施した例がなく、スクリーン上では狙った効果が出ていなかったりして、CGと実写を馴染ませるためにVFXスタッフが苦労した」という。
音声のビットレートは、ドルビーデジタル5.1chが448kbps、ドルビーデジタル2chが192kbps、DTSはいわゆるハーフレートの768kbps。DTSがハーフレート収録のため、ドルビーデジタル5.1chと大きな差ではないが、確実に差は感じた。 DTSの方が鮮鋭度が高く、薬莢が床にぶつかり転がる高い音が、よく響き抜けていく。アクション映画ということもあり、音響は全体的に派手で、爆破シーン、銃撃シーンもふんだんに用意されている。さらに、ヘリコプターや飛行機、宇宙船と、飛行物もたくさんあるので、サラウンド感も楽しめる。ただし、爆発音も多いの近所迷惑を考えて、ボリュームの位置には注意したい。 字幕は公開時字幕と、日本語字幕、英語字幕の3種類を収録。なぜ、邦画なのに公開時字幕があるかというと、劇中に北京語や、英語なども登場するためだ。一方、DVD化にあたって追加されている日本語字幕は、「剥がれる音」や、「ダグラの嘆き」といった、声以外の音も表現されており、音声をまったく聞かなくても内容がわかるようになっている。より多くの人に楽しんでもらう娯楽作品としては、必要な配慮だろう。
■ 盛りだくさんの特典 特典ディスクは、企画誕生から劇場公開まで2年間に渡る軌跡を時系列に収録。トータル156分と、非常に盛りだくさんな内容だ。DVD特典映像は、「ただありものの素材を入れました」というものも珍しくないが、このDVDではすべてのコンテンツがしっかりと編集され、特典ディスクだけでも作品として成立させていて、内容も面白く好感が持てた。 そんな盛りだくさんな内容の特典ディスクの中で、メインコンテンツは「リターナー現場日記」。54分にも渡って、リターナーの撮影現場を追っている。ライブ音声に加え、山崎監督と、鈴木杏のオーディオコメンタリも選択できる。 オーディオコメンタリでは、撮影からしばらく経過していることもあって、リラックスした雰囲気で展開される。監督が、鈴木杏に撮影の仕方を教えているところもあり、勉強にもなる。また、漢方薬店の謝(樹木希林)のファーストシーンで食べているのが、樹木希林が自分で持ち込んだイカ墨ごはんであるということがわかる。 そのほかにも、鈴木杏が撮影中に本当に寝てしまい、その間に3シーン撮影していたことや、ロケで使った関西電力は11階吹き抜けで窓がいっぱいあって、全部で2kmぐらいの暗幕で全ての窓をふさいだ、などといった裏話が明かされる。 また、劇中に登場する周囲が20倍遅くなる「ソニックムーバー」を使用するシーンでは、ハイスピードカメラで5倍速で撮影した上で、さらにCGでコマを補間して1/20スローを実現していることがわかる。個人的にリターナー現場日記で印象に残ったのが、金城武がクランクアップした時に、「これで、ゲーム三昧だ」といっていたこと。あまり冗談に聞こえなかったのだが…。 特典ディスクのそれ以外の見所としては、やはりVFXの合成過程を見せる「VFXの解説」と「BEFORE > AFTER」だろう。特に凄いのが、追跡車両の爆破シーン。実際の撮影では停止した車を爆破し、その映像を切り抜いて、縮小→拡大させて、走りながら爆破しているように見せ、さらにCGで車の中に2人乗せている。本編を見ていて、まったく気づかなかった。監督自身も、「発注よりも、凄いものが出来上がった」と話していた。 その他にも、特典としては定番の「ディレイテッドカット集」(演出的な意図で編集段階でカットしたもの)も、数は多くはないが収録している。監督は最後の謝の店内のシーンを残したかったと語っていて、「流れとして落としたが正解だった。でも、このシーンの希林さんの演技がすばらしく、みんなに見てほしかった、DVDに入れられてよかった」と喜んでいた。 また、面白い試みとして、「Flash Frames」集も入っている。通常カットがかかっても、しばらくはフィルムは回り続けている、その最後の断片をFlash Framesと呼ぶ。リラックスした、瞬間の役者の素顔が音楽に乗せて映し出され、楽しめた。 特典ディスクばかりでなく、本編ディスクにも山崎監督、堀部プロデューサーと、進行役の笠井アナウンサー(フジテレビ)のオーディオコメンタリーが収録されている。ただ、あまりに特典ディスクの内容が充実しているので、オーディオコメンタリーでしか聞けない内容は多くはない。 その中で、もっとも興味深かったのが宇宙人の設定だった。宇宙人の設定については、元々説明するシーンがあったとのことだが、編集でバッサリ切られている。そのため、本編だけ観ていてこの設定がわかった人は、ほとんどいないと思う。その点について、解説が加えられている。 映像ではない物としては、付属の「豪華封入ファイル」に、アートコレクションカード8枚と、監督の手書きのコンテ集縮刷版「VFX Shooting Storyboard」が入っている。監督自身はVFXが必要なシーン以外は、基本的に絵コンテを描かないとという。 なお、特典ディスクには、隠しコンテンツというほどではないが、すこしわかりにくい位置に、ボーナスムービーが2本用意されている。アナザーエンディングと、Two mercenaries(傭兵)による本編の矛盾点に対する解答を見ることができる。必見の内容だ。
■ 邦画とSFを応援していきたい! 「リターナー」という映画自体は、期待よりも楽しめた。ストーリーには矛盾点がかなりあり、ハリウッド的ご都合主義で押し切っているところも多い。タイムパラドックスは、ほとんど無視されている。 その意味では、娯楽作品として難しいことは排除するように徹底されている。娯楽作品だからこそ、「だれにでもわかる」ことを重要視し、5年後、10年後に名作と呼ばれることを目指してはいないだろう。 DVDとしては特典ディスクの内容も充実していて、個人的には購入したことを損したとは思わない。ただ、やはりハリウッドの大作が2,500円や、3,800円で発売されていることを考えると、5,800円というのは、割高感が拭えないことも確かだ。できれば、もう少し安くなって、多くの人に見てほしい。日本のVFXは、ハリウッドに勝っているとまではいわないが、それほど劣ってはいないことを、是非とも知ってほしい。 監督とプロデューサーは、何度も「邦画でSFは一般受けしない」という趣旨のことをいっている。そのため、できる限りわかりやすいように作ったという。製作発表会で岸谷五郎は監督を、「偉大なる子供」と表現しているが、作品からも楽しく作っているのが伝わってくる。 できれば、山崎監督の「わかる人にだけわかればいいや」というスタンスで作った作品を、見て見たい。面白ければ映画なんて、どこの国で作られてもかまわないという意見もあるだろうが、日本で映画を作る人がいなくなったら寂しい。ぜひとも応援したい。
□アミューズピクチャーズのホームページ (2003年3月25日) [AV Watch編集部/furukawa@impress.co.jp]
|
|