■ 信頼のブランド、シャマラン監督
今回の「サイン」も劇場公開前から話題となり、結果として全米で興行収入2億ドル、日本でも40億円の大ヒットとなった。公開する作品がことごとくヒットするという意味で「シャマランブランド」が確立された映画といえるかもしれない。 「シックス・センス」と「アンブレイカブル」を見て、シャマラン監督の映画に共通する印象として私が思い浮かべるのは「丁寧な作りの映画」、「観客の予想を裏切るストーリー」、「生と死にこだわったテーマ」といったところ。 それ故、DVDで初めて同作品を観る私は「裏を読んでやるぞ」、「騙されないぞ」、「どんでん返しがくる心の準備をしなくちゃ」などと、若干ひねくれた気持ちで観賞を始めた。だが、そんな心の余裕は、体を包み込む怒涛の恐怖で、あっという間に消し飛ぶことになる。 主人公のグラハムは人々から信頼される牧師だったが、妻の死をきっかけに信仰心を失い、今は弟と2人の子供たちと農業を営みながら暮らしている。だが、静かな農場に突如巨大なミステリーサークルが出現。初めは誰かの悪戯だと考えていたのだが、やがてミステリーサークルは各地に現れ、世界はパニックに陥る。そして、グラハムの家でも怪奇現象が多発し、恐ろしい“何か”が忍び寄って来た。
ストーリーを紹介すると、ホラー映画かミステリー映画のように思える。また、SF映画的な要素も感じられる。だが、実際はそれらの要素を巧みに組み合わせ、人間の心を描き出したヒューマンドラマだ。
■ 怖くてトイレに行けません ホラー、ミステリー映画の評価基準は「怖いかどうか」に尽きるが、この作品は間違いなく「怖い」部類に入るだろう。映画の根幹はヒューマンドラマだが、ストーリーそのものは期待通りの心臓に悪い作品に仕上がっている。 最も注目すべき点は、現代のハリウッド映画的な“怖さ”とは、恐怖の質がまったく異なるということだ。恐ろしいモンスターが次から次へと現れたり、目をそむけたくなような陰惨なシーンを期待すると肩透かしを食うだろう。なぜなら、この映画の恐怖は、観る人の想像力に訴えかけてくるからだ。 例えば、主人公のグラハムと弟が、トウモロコシ農場から聞こえる物音に気付き、姿の見えない何者かを捕まえようとするシーン。夜ということもあり画面には何の姿も写っていないのだが、足音や物音、揺れるトウモロコシの群れなど、間接的な描写が「何がいたかはわからないが、確かに何かがいた」という恐怖を感じさせてくれる。 物陰から何かが飛び出して来るような突発的な恐怖ではない。物音や影など、細かい状況が積み重なってジワジワと浸透する怪談的な恐怖が展開される。「い、今の何!?」、「今の音、何!?」、「うわっ、今ちらっと見えたの何!?」と、観ている側はまさに「何々??」づくめだ。小さな恐怖は蓄積され、観客の想像力を喚起させ、鼓動を早めてゆく。 ブランコが風にきしむ音、外で犬が狂ったように吠える音、風で畑がザアザアと揺れる音、その中に、人間のものではない“何か”のうめき声が微かに混じっている。忍び寄る恐怖の演出を支えるているのは“音”だ。この映画の魅力は音にあると言い切って間違いない。 映画全体としてはBGMが少なく、登場人物も基本的に無口。「静寂の映画」という印象を受けた。だからこそ、かすかな足音や物音に心臓をギュッと掴まれる。知らず知らずのうちに、耳をそばだてている自分に気付く。まさにシャマラン監督ならではの繊細な描写の独壇場だ。 そして、クライマックスシーンでは音による恐怖の演出が最高潮に達する。主人公達が“何か”の襲来に備え、ドアや窓をすべて目張りし、家の中で身を寄せ合っていると、家の周りを“何か”が、侵入口を探して回っている。その音が臨場感と恐怖を呼び起こすのだ。 ドアが激しく叩かれ、次は窓、屋根裏、と物音は移動していく。前かと思えば後ろ、後ろと思えば横といった具合に、360度、姿の見えない音が家の周囲を回わる。サラウンド環境で再生しているので、あたかも自分の家のドアや窓が叩かれているような気分になってくる。はっきりいって恐ろしい。マルチチャンネルサラウンドの特徴を活かした見事な演出であり、シアターシステムの醍醐味が味わえる映画と言っていいだろう。だが、夜中に物音が気になる人は眠れなくなること必至だ。 このシーンを鑑賞しながら、子供の頃、深夜に聞いたホラーのラジオドラマを思い出した。足音やドアの開閉音、女性の悲鳴といった音だけで表現される恐怖はすさまじいものがある。この映画は多くを描かないことで、想像力を多いに刺激してくる。「殺人犯がナイフを手に迫ってくる今の映画より、昔の映画の方が共感できる」とシャマラン監督は言う。想像力を使わない現代のホラー映画に飽きた人にはたまらない内容だろう。「何かが起こりそうな恐怖」を存分に体験させてくれた。 また、音だけでなく、映像にも独自のこだわりが感じられる。それは、映画の舞台がとても“狭い”ことだ。カメラはほとんど主人公の家と、トウモロコシ畑しか映さない。登場人物も主人公の家族以外には、たった2人しか登場しない。観客は神のようなすべてを俯瞰する視点ではなく、あくまで恐怖に震える家族の一員として、家族が目にした情報しか得ることはできない。 この姿勢は終始一貫しており、例えば「ミステリーサークルと謎の光が世界各地に現れ、人々がパニックに陥る」という状況が発生しても、カメラはあくまで主人公の家族から離れない。観客は彼らが見ているテレビのニュースで「ああ、こんな大事件が起こっているのか」と認識するだけだ。 もし、私が映画監督なら、日本でパニックに陥る人々、次は韓国、次はアメリカ、次は……と、各地の様子を挿入し、世界規模のパニックであることを強調するだろう。だが、現実にそういった事態が起こった場合、世界の大半の人々はテレビを見る以外に情報を得る術はない。ましてや、広大な農地にぽつんと立つ一軒家では、派手なパニックや暴動は起こらないし、悲鳴も怒声も聞こえない。恐怖を増幅させるBGMすら、現実の世界では聞こえないとばかりに控えめだ。だが、それがある種のリアリズムを生んでいる。映画の視点をあくまで個人に固定することで、登場人物の感じている恐怖がダイレクトに観ている側に伝わってくるのだ。 こうした、想像力に訴える演出は、効果的であると同時にリスクも抱えている。なぜなら、映画を楽しむために、観客に映画の世界への感情移入、没入を要求するからだ。劇場公開時に「凄く怖い」、「まったく怖くない」と評価が綺麗に分かれた理由もこのあたりにあるのだろう。観賞前は想像力を豊かに、斜に構えず、素直にハラハラドキドキした方が楽しめる。
■ AVルームの遮音性がカギ!? 映像は夜のシーンが多いため、若干ザラつきが感じられる。だが、薄暗い印象はなく、物悲しさや静寂を感じる絵作りになっている。なお、色乗りは良く、人物のアップ時の肌の質感も良く出ている。 DVD Bit Rate Viewer Ver.1.4で見た平均ビットレートは6.66Mbps。数値としては平均的だが、3種類の音声を収録することを考えれば及第点だろう。ちなみに、ドルビーデジタル5.1chのビットレートは英語が448kbps、日本語が384kbpsとなっている。 先ほど「静寂の映画」と書いたが、BGMや効果音は少なく、母親を無くした子供達からは、無邪気に笑う声も聞こえない。父親は沈んだ気持ちを無理に隠し、いつもどおりに振る舞おうと努力している。食事中でもテレビ音は無く、食器の音しかしない。暗く沈んだ家庭がサウンドでも良く表現されている。 そういった意味で、観賞中は音質や画質と同時に、観賞している部屋の遮音性が気になる。静寂を楽しむうえでも、できれば防音設備の整ったAVルームで観賞したいものだ。 また、風の音や鳥の声など、自然の描写も秀逸だ。特にトウモロコシ畑をかきわけて進むシーンでは、音が後方へと流れる感覚が気持ち良い。私のシアター環境は5.1chなのでDTS ESのポテンシャルを最大限に発揮できないが、サウンドステージの広大さはしっかりと感じられた。なお、ほかの編集スタッフによると、6.1ch環境ではさらにトウモロコシ畑の臨場感が向上するという。
特典は、約1時間のメイキングを中心に、未公開シーンと、シャマラン監督が少年時代に制作した短編映画で構成されている。 中でも注目は、シャマラン監督自身が映画について語るメイキング。監督はヒッチコックの大ファンとしても有名だが、ホラーの手本として名作「鳥」を参考にしたと語っている。 また、この作品にはヒッチコック監督と同じように、シャマラン監督自身も俳優として登場している。しかも、冒頭でチラッと写るのではなく、かなり重要な役で登場しており、演技の上手さにも驚いた。なお、監督は「シックス・センス」ではドクター・ヒル役、「アンブレイカブル」ではドラッグの売人役で出演している。 短編映画は約1分の短いもので、映画というよりも、シーンといった方がいい。ストーリーは、シャマラン少年がクリーチャーに襲われるというもの。さしずめ、今回の映画の原型となった作品……と言うと格好が良いのだが、良い意味で手作り感あふれる、なかなか笑える作品に仕上がっている
■ あなたは奇跡を信じますか? ネタバレになってしまうので説明するのが難しいのだが“サイン”を「ミステリーサークル」、「宇宙人からのメッセージ」くらいに考えていると、まだまだ考えが浅い。“サイン”というタイトルが持つ、もう1つの意味は、神様が与えてくれる兆候、啓示としての“サイン”だ。神を捨てた元牧師が、再びサインを信じることができるだろうか? 映画のメインテーマはそこにある。 それ故、信仰や宗教といったものに疎い日本人には、若干理解しにくい心理を描いているといえるだろう。この映画の弱点を挙げるとするならばそこだ。しかし、ミステリーサークルという魅力的な題材や、前述したような想像力をかきたてる演出により、エンターテイメントとしての高いレベルにあることに間違いはない。 それよりも個人的に残念だった点は、家族を襲う“何か”の正体。想像の中にしかなかった恐怖の対象が、物語の最後に現実として明確化されてしまう。様々な意見があるとは思うが、すべてを明らかにするより、最後まで「良くわからなかったけど、あれはいったい何なんだ」と思わせて欲しかった気がする。もっとも、それはそれで後味の悪い映画になってしまうのかもしれないが……。 以上のように、秀逸なサラウンド演出を堪能するだけでも、購入の価値があるタイトルだ。ベテランのAVファンはもちろんのこと、マルチチャンネルの醍醐味を味わいたいシアタービギナーにもお勧めしたい。 最後に、可愛い演技を見せてくれた子役の2人、ローリー・カルキンとアビゲイル・ブレスリンの今後にも期待したい。ローリー・カルキンはマコーレー・カルキンの弟、アビゲイル・ブレスリンは映画「キッド」の子役スペンサー・ブレスリンの妹だが、どちらも兄、姉に負けない魅力を感じさせてくれた。
□ブエナビスタホームエンターテイメントのホームページ (2003年4月1日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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