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第102回:「SonicStage Mastering Studio」誕生のキッカケとは?
~ コンセプトは「DATの次のデジタルレコーダ」 ~


左から、ITC企画部宮崎氏、マーケティング担当の吉野氏、DITC企画部の府中氏
 当コラムの第100回でも紹介したとおり、ソニーの新型バイオ全モデルに「SonicStage Mastering Studio」というソフトがバンドルされるている。

 このソフト、SonicStageという名前が頭についているが、Net MDなどと連携をするATRAC3ユーティリティの「SonicStage」とはなんら関係のないもの。その中身は、プロのレコーディング現場やマスタリングスタジオで使われているプラグイン「WAVES」や、「SONY Oxford」のプラグインを複数本まとめたとんでもないソフトなのだ。

 個別にそろえれば20万円程度になるこのソフト。考えようによっては、マスタリング用ソフトを買ったら、おまけにバイオがついてくるといっても過言ではない。

 なぜソニーは、このソフトをバイオ全機種にバンドルしたのか、その狙いは何なのか? ITC企画部の府中克樹氏と同宮崎琢磨氏、またマーケティング担当のソニーマーケティング株式会社VAIOマーケティング部プロダクツMK1課の吉野賢治氏(以下敬称略)に聞いた。



■ 音実重視、本気の音楽PCソフト

藤本:先日は発売前のバイオノートGR「PCG-GRT77/B」をお貸しいただいて、バイオとしての機能は全然チェックせず、ひたすらSonicStage Mastering Studioだけを触らせていただきました(笑)。それにしても、ずいぶん思い切ったソフトですね。

宮崎:ええ、そうなんです。だから今日は、ぜひ我々のこのソフトに対する思いを聞いていただきたいと思っていました。

藤本:では、ぜひ存分に語ってください。といっても、一気に語られても困るので、まずはこのソフトを開発することになったキッカケから教えてもらえますか?

宮崎:話は長くなりますが、もともとは最近ハイエンドオーディオのマーケットが小さくなってきたことに疑問を感じた、というところに遡ります。つまり、本来はもっとハイエンド製品が売れてもいいのではないかと思っているのです。そして、世の中の論調として「若い人たちの耳が悪くなっているので、彼らにハイエンドのオーディオ機器の良さがわからない」というものがあります。しかし、我々はこれも違うのではないかと思っています。

 CDが出て20年も経つので、若い世代はみんなCDを聞いて育ってきた。だからアナログの音を知らないし、CD以上の音を聴いたことがないだけではないのか、と考えました。こうした疑問に対する答えをPCというものを使って出せるのではないか、というのがそもそものキッカケです。

藤本:また、ずいぶん壮大なキッカケですが、アプリケーションとしては、アナログ素材を取り込んでCDなどデジタルにするというものですね?

宮崎:そうですね。我々としては、DATの次の世代をいくデジタルレコーダーをバイオ上で実現したいと考えました。

藤本:アナログ素材をCD化するというアプリケーションは、これまでも各社から出していましたよね。それらとはどうコンセプトが違うんですか?

宮崎:PCで音楽というと、CDリッピングやMP3などのエンコード、よくてCDライティング。あくまでも手軽なオーディオというだけで、音質的に重視しているものはコンシューマ用にはありませんでした。でも、本来PCの力はこんなものじゃないって、悔しく思っていたんですよ。それを証明するために、とにかく圧倒的に音質のいいものを作りたかったのです。現在のPCの有り余るパワーを使い、PCならではのきれいな音楽の世界を実現できないか、と考えました。

藤本:でも、本気で音質をよくするとしたら、普通はオーディオインターフェイスに高級なものを採用したり、いかにいいスピーカーを使うかという方向に行くのではないですか?

宮崎:その通りです。本当は、そうしたこともやりたいのですが、まずは世論を盛り上げるための仕掛けとしてソフトからアプローチしたのです。つまり、機材による音質の向上とは別に、PCだからこそできる音の補正によって音質向上が実現できることをアピールしたかったのです。

藤本:でも、DTMユーザーなどにそうした指向の人はいると思いますが、コンシューマ全体の場合、本当にニーズはあるのでしょうか?

宮崎:はい、実際にニーズはありますね。ユーザーから上がってくる問い合わせとして、「アナログレコードを録音したいのだけど、どうしたらいいか」といったものがかなり来ています。こうしたニーズに応えられるものとして開発したわけです。

藤本:なるほど、確かに音楽好きの人口は大きいですからね。とくにバイオの場合、AV機器メーカーのソニーであることに期待をもっている人も多いでしょうから。でも、WAVESやSONY Oxford EQを入れたこんなアプリケーションを、みんな理解して使えるのでしょうか?

府中:結構使ってもらえるのでは、と思っています。本当にやりたいことがあれば、初めての方でも習得してもらえると考えています。

宮崎:ユーザーの学習能力を甘くみず、本物を剥き出しにしておいたほうがいいんじゃないか、と思ってこのような形にしました。

府中:でも、基本は3ステップで誰でも簡単に使えるようになっています。ただ、触っていけばより深いところまでいじることができるというのが、SonicStage Mastering Studioの大きな特徴です。DATなどのオーディオ機器と同様、とりあえずすぐに使えるけど、マニュアルを読むと細かな音のチューニング法などがすこしずつわかってくるというイメージですね。パッと見、コンシューマ用のソフトに見えるし、誰でも使えるけど、わかる人にはわかるというソフトです。

最終的な出力時に使うディザー、SBM(Super Bit Mapping)。24bitから16bitに変換する際に生じるノイズをなくし、スムーズなサウンドに仕上げる機能。とくに設定はなく、オンかオフにするだけ
藤本:それがプラグインやSBMだというわけですね。ただせっかくなら、ノイズリダクション機能ももう少しプロレベルのものを入れてもらいたかったですね。

吉野:そこは社内でも議論したところです。ただ、第1弾のソフトでは、前工程よりも後工程を重視しようということで、ここは軽い機能のみを搭載しました。すでにMP3ファイルなどデジタル化されたデータを持っている人も多いだろうから、これをソースにしたら、ノイズリダクションは不要ですからね。こうすることによって間口は広がると考えました。

藤本:間口を広げるのが目的なら、バイオにバンドルするだけでなく、単体売りも検討されてはいかがでしょうか?

府中:既存のバイオユーザで使いたいという人には、なんらかのアップグレードパスが用意できないものか検討しております。しかし、単体での発売は今のところ予定はありません。

藤本:プラグインについておうかがいします。WAVESのプラグインとしてL1、S1、Renaissance Bassという3つが入っていますが、これらを選んだ理由はどんなところですか?

Waves L1 Ultramaximizer for VAIO。WAVESの代表的なエフェクトで、コンプレッサ&リミッターに位置付けられるもの。プロの現場でもよく使われており、音圧を上げるのがとても簡単なのが特徴。ThresholdとOut Celinggを中心にパラメータをいじるのだが、不思議なほど簡単に大きな効果が得られる。また音割れもしにくく、アナログから取り込んだ素材を元気にするのにも最適 Waves Renaissance Bass for VAIO。Renaissance(ルネッサンス)シリーズの代表的なもので、低音を持ち上げるためのエフェクト。上のパラメータで持ち上げる周波数帯を決め、IntensityとGainで調整していく。パラEQのような使い方だが、低音部が自然な形で強くだされ、迫力をつけるのにも適している Waves S1 Stereo Imager for VAIO。モノラルのサウンドをステレオ化したり、広がりのないサウンドに広がりを持たせることができるエフェクト。各パラメータを動かして、中央にある三角形を調整することで、奥行きを出したり、広がりがでる。よくある3Dエフェクトと違い、音の定位はしっかりしながらも広がりができ、気持ち悪い音にはならない

府中:やはり簡単で、大きな効果が得られるというところですね。使っていただけたらすぐに分かると思いますが、本当に簡単でありながらもすごい効果ですから。

藤本:知り合いの中には「C1も欲しかった」という人が何人かいましたが……。

府中:C1についても検討はしました。しかしC1などのコンプレッサはマスタリング用というよりも各トラックの音圧を上げるために用いるものでしょう。このソフトはマルチトラックレコーダではないので、あまり向かないと思いましたし、コンプレッサだと初心者には操作もしにくくなると考えました。

藤本:まあ、L1もコンプレッサとして使えるものですしね。RenaissanceシリーズのなかからBassを持ってきたのは?

府中:これも低音を持ち上げるのが簡単で、かつ迫力を出すのに向いているからです。EQで持ち上げるのとはちょっと違った効果で、使いやすいと思いますよ。S1は音の広がりを作り出すのにわかりやすいエフェクトとして採用しました。


■ Oxford EQはPro Tools用と同等!

SONY Oxford EQUALISER for VAIO。LO、MID、HIにそれぞれFREQ、dB、Qの3つのパラメータがあり、LOはそれ以下をすべて持ち上げるローシェルフ、HIはそれ以上をすべて持ち上げるハイシェルフが搭載されている

藤本:一方のSONY Oxford EQですが、市販のものが5バンドのパラEQになっているのに対して、こちらは3バンドですよね。このようにした理由はどこにあるんですか?

府中:5バンドでもよかったのですが、パラメトリック・イコライザの場合、あまりバンド数が多いと操作が難しくなってしまいます。3バンドでも十分に使え、大きな効果を得ることができます。ただ、それでもやはり5バンドがいいという方もいると思うので、現在アップグレードを可能にするための準備を進めています。

藤本:実際に使ってみて3バンドとはいってもハイシェルビングもローシェルビングもありますから、かなり使えますよね。またEQも非常に効きがよく、面白い使い方がいろいろとできます。その5バンドへのアップグレードについても気になりますが、いつごろいくらくらいで行なう予定ですか?

7月以降アップグレード可能になる5バンド版の「SONY Oxford EQUALISER for VAIO」。現在市販されているものとまったく同機能であるが、利用できるのはSonicStage Mastering Studio上のみという制限がある

府中:7月発売の予定で、ネット経由でのダウンロード販売となります。右上にあるAdvancedというボタンをクリックするとヘルプが開き、そこからSONY Oxfordのサイトにいくのでそこでアップデートできるようになります。提供されるのはVST形式のプラグインとなるので、現行の3バンドのEQと共存する形となり、かなり安い価格を予定しています。

藤本:VSTプラグインということは、ほかのアプリケーションでも利用できるのですか?

府中:いいえ、このソフトでしか使えないようにプロテクトをかけています。そのためにお求め安い価格を検討しております。

藤本:ん~、ほかのアプリケーションで使えないのは残念ですが、値段次第で十分買う価値はありますね。これもCPUベースのものという理解でいいのですよね? でも5バンドで現在発売されているPro Tools用やPowerCore用などDSPベースのものと比較して機能的な差はないのですか?

府中:そうですね。デザインはそれぞれ多少違うのですが、機能は変わりませんね。

藤本:それってすごいですよね。PowerCoreとSONY Oxford EQをセットで買ったらバイオの価格を上回ってしまいますから、これだけでも買う価値がありそうですね(笑)。ところで、このSONY Oxfordという会社は日本のソニーとどういう関係にあるんですか?

府中:当社の1部門と考えていただいて結構です。正確にはヨーロッパのソニーの研究開発を行う部門として独立している企業で、今後反響があれば、SONY Oxfordの製品を展開することはありえますね。

藤本:その辺はぜひ期待したいところですね。ソニーのものとしては、もう1つSBMが搭載されていますよね。私自身はこれまで触ったことはありませんでしたが、これはPC用のアプリケーションに組み込まれたりしたことはなかったんですか?

府中:そうです。これまで業務用機の中にのみ組み込まれていたものですが、初めてソフトウェアとして切り出しました。SBMはもともと20bitを16bitにする際に利用するディザーとして開発されましたが、その後24bit対応となり、現在に至っています。もちろん、今回組み込んだのも24bit対応のもので、アルゴリズム的には完全に業務用で使われているものと同じです。

藤本:その話を聞いただけでもワクワクする人がいるように思いますが、現在ソフトウェアで使えるディザーとしてはApogeeのものやPOW-rなどありますが、どんな違いがあるんでしょう?

府中:どちらがいいという議論はしにくいですが、やはりそれぞれで音の特質は違ってきますね。ディザーとしてはほかにもIDRとかLavry EngineeringのdB3000Sとかがありますが、みんな微妙に違いますね。ぜひ、今度その違いを比較する記事でもやってくださいよ。

藤本:ん~、面白そうだけど、難しそうな企画ですね。数値で比較することができず、耳で比べるしかなさそうですからね……。


■ 波形で曲名を取得する「MoodLogic」を7月に追加

7月以降搭載されるMoodLogic機能だが、MoodLogicのサイトにいくと5日間だけ使える試用版のダウンロードができる。手元にあるMP3ファイルなどを分析し、その曲の名前やアーティスト名などID3-Tagを自動的に変更したり、ファイル名を書き換えることが可能

藤本そういえば、もうひとつアップグレードする機能があると聞きましたが……。

宮崎:MoodLogicの件ですね。7月末ごろのアップグレードを予定しているのですが、これはまた面白い機能です。これは録音されている音を元に曲名やアルバム名、アーティスト名などを割り出す機能です。CDDBと近い感覚のものですが、CDDBはCDのTOC情報を元に曲名を見つけるのに対し、MoodLogicは曲そのものから見つけ出すのです。

藤本:どういう仕組みになっているんですか?

宮崎:曲の波形解析して判断しているのです。したがって、CDからリッピングしたデータなどはもちろん、アナログで録音した曲でも判別できるのが大きな特徴です。CDDBなどと同様、データベースに登録されていない曲についてはユーザーが登録することができるようになっており、MoodLogicのデータベースにはすでに数多くのデータが溜まっています。実際、かなりの確率でヒットします。

藤本:でも、なぜ最初から組み込まず、7月にアップグレードという形になったのですか?

宮崎:実装上、少しまだ問題が残っていまして、それが解消され次第使用可能になる予定です。

藤本:ちなみに、このMoodLogicの機能はすべて無料で使えるのですか?

府中:まだ確定していませんが、基本的には有料です。ただ最初の何曲というしばりにするか、最初の数日といった形で無料で使えるようになる予定です。

藤本:ともかく、いろいろな機能満載ですごいソフトですよね。こうした1つのバンドルソフトがどこまで反響を呼ぶのか、楽しみですね。

府中:そうですね。我々としても、ぜひこれが反響を呼び、PCでもっとオーディオを楽しみたいという声が大きくなるのを狙っているところです。市場の声さえあれば、我々もハードやソフトなどさまざまな製品を出していく準備はあります。

□ソニーのホームページ
http://www.sony.co.jp/
□バイオのホームページ
http://www.vaio.sony.co.jp/
□製品情報(SonicStage Mastering Studio Ver.1.0) http://www.vaio.sony.co.jp/Products/Software_03q2/SonicStageMasteringStudio/
□関連記事
【4月14日】【DAL】VAIOに、WAVES、Oxford、あのSBMまで!!
~プロも驚くバンドルソフト「SonicStage Mastering Studio」~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20030519/dal100.htm

(2003年6月2日)


= 藤本健 = ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL」(リットーミュージック)、「MASTER OF REASON」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


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