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“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第116回:真空管パワーアンプ「TU-870」を作ってみた
~オトナの夏休みはコレで決まり!!~


■ 工作してみよう!

 「夏休みの宿題」と聞くだけで、みんな今ではいい大人になっているにも関わらずゲンナリしてしまう。きっと子供の頃のトラウマがDNA奥深くに刻み込まれ、子から孫へと伝えられていくに違いなく、まだ学校に上がる前の子供を捕まえて「夏休みの宿題」と問いかけてゲンナリするかどうか実験してみたい衝動に駆られる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。梅雨時は鬱陶しいですな。

 夏休みの宿題は十分鬱陶しいが、これが「夏休みの工作」となるとびみょーに力の入れ具合が違ってくる。運良く適当な材料なんかを手に入れた日には宿題そっちのけで工作にいそしんだりしたものだ。まあ大抵そういうのは男の子だが。

 筆者も割と工作は好きな方で、小学校の頃から父親と一緒にハンダゴテ握ってた口だが、以前から気になるキットがあった。それが今回ご紹介するエレキットの自作真空管ステレオパワーアンプ「TU-870」である。

 このキット、皆さん雑誌の通販なんかでご覧になったことはないだろうか。手元に資料がなく記憶だけで失礼するが、確か飛行機の座席に突っ込んであるカタログ雑誌とか、あるいはロードサービスでおなじみのJAFの会員に送られてくるJAF Mateとかそういう通販ページで見たような気がするんだなぁ。

 いや実際にアキバのラジオ会館内でも見かけており、このElectric Zooma! を始める前の企画段階では、ああいう製品とか試してみたいネって話を担当としていたのである。そういった意味では今回の記事は「初志貫徹」なのである。

 真空管のオーディオアンプといえば、今ではマニア専用の超高級機といったイメージだが、TU-870は通販で19,800円で買えるお手頃価格。オトナの夏休みの工作としても手頃な値段でもあり、いったいどんな音がするのか興味津々である。さっそく試してみよう。


■ ハンダ付けの経験があれば難しくない

ユーゴスラビア製真空管「6BM8」を2本使用
 組み立てる前にとりあえずざっくりスペックを当たってみよう。使用する真空管は、電力と電圧増幅両方に使える「6BM8」というもの。本体と箱には「YUGOSLAVIA」の文字が。それはそれは遠路はるばるご苦労様である。余談だがユーゴスラビアって、今年2月に「セルビア・モンテネグロ」って国になったそうである。

 2ライン入力、1スピーカー出力を持ち、あとコントロールといったらボリュームしかない、シンプルなアンプだ。定格出力は2W×2chと大したことないが、ブックシェルフサイズ程度のスピーカーなら大丈夫だろう。周波数特性は30Hz~60kHzと、アナログの魅力たっぷりである。

 だいたい真空管のリアルタイム世代ってのはどのへんなんだろう。筆者は今年で40のオッサンになろうとするわけだが、幼稚園ぐらいの頃まではまだ現役であったと思う。とにかくうちにあるAV機器(笑)は、すべて父親の自作であった。ラジオ、ステレオ、テレビなど、すべて真空管である。まあうちは父親からしてそういう自作マニアな家庭だったんで、異様に真空管モノが残っていたのかもしれない。

 テレビの自作と聞くと、今ではとんでもないように聞こえる。筆者だって自分ではテレビは作れない。が、'53年のテレビ放送開始以降から10年間ぐらいは、受像器の普及を進めるために、廉価な自作キットが販売されていたのである。今の感覚でいけば、おそらくパソコンの自作といった感じになるのだろうか。

 話を戻して、TU-870のキットを開封する。仕様がシンプルなだけあって、部品点数は思ったよりも多くない。基板は2枚が1つに繋がっており、ベリッと折って2つに分ける。まず最初はこの基板の作成からだ。

TU-870の電気部品一覧 TU-870のシャーシ類一覧(右下のヒートカバーはオプション)

 組み立て説明書に従って基板上に部品を配置していき、ハンダ付けする。説明書は非常に丁寧で、どこをどうやってハンダ付けするのか丁寧に書かれている。また、間違えやすい箇所や取り付け向きなども細かく指摘してあり、説明書としてはかなりこなれている印象だ。

 また説明書とは別に、上手にハンダ付けするための「はんだ付トラの巻」という小冊子も付属する。電子工作の基本的なことも書かれているのでタメにはなるが、「ハンダゴテ初めて買います」みたいな人をターゲットにしているわけではない。

まずは抵抗の取り付けから コンデンサが乗るとだいぶアンプっぽくなってくる

 ハンダゴテを握りながら思い出すのは、筆者が学生の頃である。当時夏休みに某マニア向けオーディオメーカーでアルバイトしており、真空管式ではないがプリアンプの製造をしていたことがある。基板にパーツ名などがプリントしてあるわけではないので、回路図と基板を照らし合わせながらパーツをハンダ付けしていくのだ。それに比べればこのキットは楽なもので、回路図など読む必要はなく、プラモデル感覚で作っていける。



■ 配線は注意しながら

 基板の作成が終わったら、次はトランス類の実装だ。といってもただねじ止めするだけである。電源トランス部のみ、金属のカバーで覆うことになる。このキット全体にねじ止め箇所が多いので、電動ドライバーがあると製作が楽になるだろう。

 トランスからの引き出し線は、あらかじめ指定の長さに切っとかないと行けないのだが、恥ずかしながらここで筆者は切る線を間違えた。

トランスを実装する トランスの線の切断を指示する箇所

 この図の右側だが、赤15cm、青23cmに切るとある。トランスもこの図のように、上から赤・赤・青・青とケーブルが生えていれば間違わなかったのだが、実際には赤・青・赤・青という順番に生えていた。そこで筆者は、上の赤・青のセットで15cm、下の赤・青のセットで23cmに切ってしまったのである。

 長い方は切れば問題ないが、短いものはしょうがないので途中で切り取った線を繋ぎ直した。今まで説明書がかなり実際に即して書いてあったので、図の状況を鵜呑みにしてしまったのがまずかったようだ。

 まあそんなこんなを乗り越えながら、なんとか内部配線を完成させた。回路的には、これで電源を入れれば音が鳴るところまではできたことになる。

内部配線を完成させる
 ここでいったん真空管を挿し、動作チェックを行なう。説明書には、配線ミスや部品取り付けの方向が間違っていると破裂するおそれがあるので、電源を入れるときは顔を近づけるなと注意があるので、ちょっとビビる。

 一応念のためにスピーカーは壊れてもいいようなヤツを繋いで恐る恐る電源を入れてみると、おお! 問題なく鳴るではありませんか。オレってスバラシイ。てかバイトとは言え製品作ってたんだからそれぐらいでビビんなって気がするが、自分で組み立てたものが実働する喜びというのは、どんな時でも新鮮なものだ。

 うまく動作したのでいったん真空管を取り外し、足を付けた底板を取り付けて完成となった。筆者も本格的にハンダゴテを握るのは10年ぶりぐらいになるが、ここまでの作業でだいたい5~6時間といったところだろうか。大のオトナが一日かけて楽しむには、ちょうどいい作業量だ。忙しい人が毎日うちに帰ってからちょっとずつ作っていっても、1週間ぐらいでできあがるだろう。

 完成品はコンパクトにまとまっていて、横13cm、高さ14cm、奥行き26cmぐらいである。今アンプ持ってないという人は少ないだろうが、既存のオーディオセットのちょっとしたスペースに置けるので、邪魔にならない。

5~6時間かかってついに完成 背面には2ライン入力、スピーカー出力が1組みある



■ 個性的な音にノックアウト

火を入れた真空管には懐かしい趣がある
 ではさっそく試聴である。ただし焦ってはいけない。真空管モノの通例儀式として、電源を入れて30分以上は置いておくのだ。ほんのりオレンジに光る真空管から、電子が飛ぶ様を確認するのである(嘘)。

 昔のオーディオってのは、いろんな儀式があったものだ。レコード針を掃除して、レコード面を掃除してと、もうとにかく掃除ばっかりしていたような気がする。音が出るまでにそうやって緊張感を高めていったから、音楽を聴くときも黙って集中して聞いたものだ。

 そう考えると、ボタン1つですぐ音が出るデジタル機器は便利ではあるが、音楽に対する尊厳や、音楽家に対する尊敬の気持ちみたいなものが薄れていくのも仕方のないことかもしれない。

 なーんてことを考えているうちに30分ぐらい経ったので、音を出してみよう。ソースはアナログレコードと行きたいところだが、TU-870にはフォノ入力がないので、CDプレーヤーで我慢することにした。プレーヤーはCECの「PDA-655」というポータブル機。こいつはヘッドフォン出力は全然ダメだがライン出力はいいということで、そこそこ評価されている。

 スピーカーは、今となってはほとんど知っている人はいないと思われるが、今は亡き英Rogersの LS3/5Aを繋いでみた。ロヂャースって言っても埼玉県にいっぱいあるディスカウントショップではない。昔はBBCの公式モニタだった製品で、以前筆者がスタジオに勤めている時にモニタとして使っており、気に入ったので自分でも買ったものだ。

プレーヤーはCECのPDA-655 スピーカーはRogersの LS3/5A

 このセットでいろいろなCDを聴いてみたが、一聴してわかるのが、やはり高音部の抜けの良さだ。アコースティック楽器のような倍音成分の多いものは、綺麗に響く。一方でデジタルシンセのような高音は、倍音にちょっと無理があるのか、クセのある音で鳴ってしまうケースがある。だが万事が万事デジタルシンセがダメかというとそうでもなくて、録音された年代とか録音技術とかの差、ひいては音楽性の差で全然OKなものもあるのは興味深い。

 それから定位感がバツグンにいい。LS3/5Aというスピーカーは元々定位がしっかりしているのが特徴なのだが、それと相まって定位感に曖昧さがなく、各楽器の位置がビシッと綺麗に決まっている。そうなんだよなぁ、このスピーカー、ホントはこういう音なんだよなぁ。

 もう1つこのアンプのクセとして、エコーの深いものは綺麗に響くが、テクノやハウスのようなドライでデジタルっぽい音楽では、ちょっと音の輪郭がユルくなる。立ち上がりはまあまあなのだが、音を後ろに引っ張りがちといった感じなのだ。もっとも真空管アンプでそういう音楽を聴くというベクトルはあんまりないかと思うが。


■ 総論

 一般的に真空管アンプは、ウォームなサウンドと評されることが多い。それからイメージするのは、中音域が強めで高音が出ないといった感じの音だ。だが実際のTU-870の音は、そういったイメージとは全く違っている。低域は若干おとなしめだが、中音域から高音域にかけて綺麗に伸びていき、このナチュラルな特性が独特の艶を醸し出している。

 また得意不得意がはっきりして個性があり、いろいろな音楽をかけて表現の差を楽しむことができるという点では、実に面白い。今まで筆者の試聴環境はサラウンドのテストなどをやるために某社のAVアンプがメインとなっており、音楽もこれで聴いていたのだが、ああ、オーディオ用のアンプってのは本来こういうもんなんだよなぁと再確認および反省した。

 かつてはオーディオに凝った人も、今は便利ということで割と気軽にMP3とか聴いていたりするんじゃないだろうか。そうやって利便性を重視するあまり、それがいつの間にか普通になって、ともすればいい音というのを忘れがちになる。

 そういった意味でもTU-870は、オーディオを考え直すいい材料となるだろう。「ハンダ付け」と聞いて懐かしいなぁと思えるような方には、ちょうどいいレベルの工作だ。これをベースにしていろいろいじっていくのも楽しいだろう。真空管を代えたり電解コンデンサをオーディオ用に代えたり、配線のケーブルや、コネクタをいいものにしたりと、回路にまで手を入れなくても、改良の余地は残されている。なによりも、実働するモノを自分で作るというのは、男なら大抵持っている「自作魂」を満足させてくれるのである。

 エレキットではかつて「TU-876CD」という真空管を使ったCDプレーヤーがあったが、この8月にもモデルチェンジして再発されるようだ。折を見てこれも作ってみたい。そのほかスピーカーの自作キットなども面白いものがあり、これもぜひ試してみたいところである。

 オトナのホビーとして、こういうものを気長にコツコツと作っていくというのも、なかなか楽しい世界である。

□イーケイジャパンのホームページ
http://www.elekit.co.jp/
□製品情報(TU-870)
http://www.elekit.co.jp/material/japanese_product_html/TU-870.php

(2003年7月9日)


= 小寺信良 =  テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]



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