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第95回:高知生まれの人が特に身悶える恋愛物語
夏の帰省の必需品!? 「海がきこえる」

怒涛のように発売されつづけるDVDタイトル。本当に購入価値のあるDVDはどれなのか? 「週刊 買っとけDVD!!」では、編集スタッフ各自が実際に購入したDVDタイトルを、思い入れたっぷりに紹介します。ご購入の参考にされるも良し、無駄遣いの反面教師とするも良し。「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。


■ この作品、覚えてますか?

海がきこえる

価格:4,700円
発売日:2003年8月8日
品番:VWDZ-8026
仕様:片面2層2枚 2枚組
収録時間:
 本編ディスク 約72分
 特典ディスク 約162分
画面サイズ:ビスタサイズ(スクイーズ)
音声:日本語(ドルビーデジタル2ch)
発売元:ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント

 過去に5回もスタジオジブリのアニメーション作品を取り上げて来た「買っとけ! DVD」。作品選択の基準は、私の極めて個人的な趣向が90%を占めるが、「社会的認知度の高いジブリアニメは購入者も多いし、幅広い人の参考になるだろう」という考えも10%は含まれている。

 しかし、今回紹介する「海がきこえる」は、ジブリアニメの中では比較的知名度の低い作品だ。

 現に、周囲の人に「海がきこえる」というタイトルを挙げても、「どこかで聞いた覚えがあるよ」とか、「そんなアニメもあったね」とか、「氷室冴子の小説でしょ」などと反応はイマイチ。アニメ好きの人に聞いても「昔テレビで見たけど……、もう内容あんまり覚えてないよ」という答えが大半だ。

 知名度が低い原因は、劇場用アニメではなく、スタジオジブリ初のテレビスペシャル用に作られた作品だからだろう。また、宮崎駿、高畑勲といったお馴染みの名前がまったく登場していないことも、ジブリ作品の中で異質なイメージを与える要因だ。

 放送されたのは、今から10年前の'93年5月5日。クレジットを見ると、制作は「スタジオジブリ若手制作集団」と記載されている。以前このコーナーで「耳をすませば」、「猫の恩返し」を、ジブリの若手の作品と紹介したが、「海がきこえる」は若手作品の第1弾だ。現在、第一線で活躍中のスタッフがこぞって参加している。

 監督は、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などを手掛け、現在もアニメ界で活躍中の望月智充。作画はラピュタやトトロ、もののけ姫などで作画・原画を担当し、現在は「ハウルの動く城」に参加している近藤勝也がガッチリと固めている。

 若手といっても流石はジブリ。スタッフの層は厚く、作品のクオリティも高い。知名度が低いからと言って、見過ごしてしまうには惜しい作品だ。DVDのリリースで、10年ぶりに脚光を浴びる今だからこそ、あらためてその魅力を味わってみたい。


■ 夏休みに観ることに意味がある

 主人公は、高知から東京の大学へ進学した杜崎拓。うだるような暑い夏休みに、彼は、東京・吉祥寺の駅で、高校時代のクラスメート、武藤里伽子に良く似た女性を見かける。そのことを気にしながら、同窓会に出席するため、高知行きの飛行機に搭乗する。物語は、主人公が機内で回想する高校時代をメインに進んでいく。

 武藤里伽子は、両親が離婚したため、東京から拓が通う高知の高校に転校して来た。スポーツ万能、成績優秀、しかもすこぶる美人ときており、彼女は生徒達の注目を一身に集める。だが、他人に心を開こうとしない性格が原因で、里伽子はクラスの中で浮いた存在になっていく。

 拓にとって彼女は「変わった女の子」程度の印象しかなかったが、彼の親友・松野が、里伽子に好意を持ったことから状況が変わっていく。松野に悪いと思いながら、自分勝手な里伽子に振り回される拓。次第に明らかになる里伽子の心の闇。そして、微妙な三角関係は思わぬ方向へと進んでいく。

 「よくある青春恋愛物語」と言ってしまえばそれまでだし、実際この作品はそれ以上でも、それ以下でもない。それどころか、よくある物語に真正面から取り組み、まったく脇道にそれることなく、ストレートに青春の1ページをアニメーションにしている。

 東京から来た美少女に色めきたつ純朴な高校生、勢いにまかせての告白、なりゆきで彼女と同じ部屋に泊まることになるハプニング等々。あまりに直球ど真ん中なので、見ていると頭を掻きむしりたくなるほど恥ずかしい。もし、この作品が実写だったら観ていられなかったかもしれない。アニメのキャラクターが演じてくれるから、素直に受け入れられるストーリーもあるのではないかと考えてしまった。

 ストーリーはストレートだが、その裏で構成の良さが光っている。回想した高校時代を1つの恋愛物語として描くことで、作品全体が安易に完結せず、現在まで続く流れを持ったストーリーに昇華しているのだ。まるで後日談から物語を遡るような構成が、物語に深みを与えている。

 登場するキャラクターは、里伽子を除いて皆素直で、今を生きることに精一杯で好感が持てる。特に主人公の拓と、親友の松野の描写が素晴らしい。拓は松野のことを「友達はほかにもいるが、あいつと過ごす時間は特別だ」と表現し、面と向かって確認したことはないが「僕はあいつを親友だと感じていた」と回想する。

 そして、松野が里伽子に想いを寄せていることに気付いても「女なんかにお前の良さはわからん」などと、不機嫌になってみたり……。男性読者にはわかって頂けるかもしれないが、男同士の友情というか、親友に対する不思議な感情が見事に表現されている。ついつい、自分の高校時代と重ね合わせて感情移入してしまう。

 物語の舞台である高知の夏も魅力的に描かれている。木々の青さは目を細めたくなるほど鮮やかで、人々が交わす高知弁の響きも耳に心地良い。街並みや人物の描写も細かく、観ているだけで楽しい。なお、後述する特典ディスクに、舞台となった街並みが実写映像を交えて紹介されているので、その忠実な再現度合いが確認できる。

 「現実的」というのが、この作品の一番の特徴かもしれない。物語の舞台もそうだが、ジブリ作品の中で描かれる恋愛は、理想的だが現実離れした印象を受けることが多い。その反面、この作品は多くの人の人生にあったような瞬間を切り取り、瑞々しいタッチで描くことで、観客を作品の中に取り込むことに成功している。宮崎アニメと比較しても、決して引けをとらない傑作だ。特に、高知生まれの人にはたまらない作品だろう。



■ 本編より高画質な特典映像

 DVD Bit Rate Viewerで見た本編の平均ビットレートは6.9Mbps。平均的なDVDよりもやや高めのビットレートだが、72分という短い作品なので、もう少し高いレートを設定して欲しかった。場面によっては、圧縮ノイズが見受けられるシーンもいくつかあった。しかし、大きな破綻はなく、よほど画面に近づかない限り気にはならない。

 10年前の作品だけに、クッキリした輪郭線や、鮮やかな色抜けを期待するのは厳しい。しかし、鮮明過ぎず、懐かしさを感じる画質が、セルアニメ独特の味わいと上手く融合している。「ノスタルジックな作品にピッタリな画質」と言うのは、贔屓目に見すぎだろうか。

 なお、本編ディスクに収録された特典映像「あれから10年 ぼくらの青春」の平均ビットレートは9.2Mbpsと高く、収録時間も約50分と長い。思わず「本編と特典のビットレートを反対にして欲しかった」などと思ってしまった。

 音声はドルビーデジタル2ch(448kbps)のみ。欲を言えばDVD用に5.1chサラウンドモードも作って欲しかったが、ドルビーデジタル2chでも作品の魅力は十分に伝わってくる。なお、俳優を声優として起用することが多いジブリ作品において、飛田展男や関俊彦といった本職の声優を使っている点も、特徴の1つとして挙げておきたい。

DVD Bit Rate Viewerで見た本編の平均ビットレート

 「あれから10年 ぼくらの青春」では、監督の望月智充、美術監督の田中直哉、作画監督の近藤勝也、脚本の中村香、プロデューサーの高橋望が高知に集まり、当時の思い出などを語ってくれる。特に、本作のような「アニメにしづらい作品」に取り組んだ経緯や、その当時のスタジオジブリ上層部の反応などが興味深い。また、鈴木プロデューサーのインタビューも織り込まれており、「宮崎・高畑には絶対に作れない作品。彼らにしか描けないものが、ちゃんと描けている」と絶賛している。

 特典ディスクには、お馴染みの本編とリンクした絵コンテ映像を収録。ほかにも、「ジブリがいっぱいCOLLECTION」の紹介や、新作情報などが収められている。


■ 夏の帰省の必需品

 作品を観終わった後、何とも言えない懐かしさに包まれた。言葉で無理矢理説明すると、夏休みに自分の部屋を掃除していたら卒業アルバムを見つけて、何の気なしに眺めていたら夕方になってしまった……そんな気分に近い。

 もっとも、私は東京生まれの東京育ち、現在も東京で働いており、実家に帰省するという感覚に乏しい人間だ。だが、物語の中の高校時代も含め、「高知に帰省する」という気分を現実のように味わうことができた。故郷でもない場所に故郷を感じるというのも妙な話だが、精神的な要素が大きいのだろう。

 また、昔を懐かしむだけでなく、今の自分が立っている場所について、客観的に確認するキッカケを与えてくれる。精神の休息というか、すべてをリセットして「さて、明日からもがんばるか」という気持ちにさせてくれる作品だ。

 何かとストレスの多い現代だからこそ、帰省のお供にぜひ持って行って頂きたい。懐かしい空気の中で鑑賞すれば、きっと再び歩き出す元気をくれることだろう。

●このDVDについて
 購入済み
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 買う気はない

前回の「「呪怨 劇場版 デラックス版」アンケート結果
総投票数540票
購入済み
68票
12%
買いたくなった
230票
42%
買う気はない
242票
44%

□ブエナ・ビスタのホームページ
http://club.buenavista.jp/
□製品情報
http://club.buenavista.jp/ghibli/product/?cid=245
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-スタジオジブリの長編テレビアニメ、特典映像を加えた2枚組み
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20030515/buena.htm

(2003年8月12日)

[AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]



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