■ 巨匠ポランスキーがついに動いた
公開後にイラク戦争が始まり、さらに、戦争中に発表された第75回アカデミー賞の3部門(監督賞/主演男優賞/脚色賞)を受賞したことで、知名度を一気に高めた感のあるこの作品。「ピアノを弾く優男に突然襲いかかかる爆風」というインパクト大のテレビCMを見て、どんな映画か気になった方も多いだろう。 原作はポーランド生まれのユダヤ人、ウワディスワフ・シュピルマンの自伝。ピアニストでもある彼が体験したドイツ軍による強制収容の現実や、知人を頼っての逃避行を綴ったもの。 監督は、自身もワルシャワ・ゲットーに収容され、ユダヤ人狩りの標的として逃亡生活を送ったロマン・ポランスキー。ホロコースト映画は過去にもいくつかあったが、その体験をテーマにすることを拒み続けていた(ただし、短編なら1本ある)。スピルバーグから「シンドラーのリスト」を監督するよう要請されたときも、その態度を崩さなかったという。 そんな彼が満を持して撮ったのがこの作品。結果、カンヌ国際映画祭のパルムドール(最優秀賞)、アカデミー3部門受賞という、多大な賞賛を得ている。見事、期待に応えたといったところだ。 DVDは片面2層の1枚組み。ケースは一般的なトールサイズだが、最近の大作らしく紙製のアウターケースに入っている。添付物はチャプタリストに加え、原作本を解説したカラーのパンフレットも付属。年表や戦後のシュピルマンについて記したもので、作品をより深く見るために役立つ。最近、通常版DVDの封入物はチャプタリストだけのことが多く、作品への思い入れによっては少々寂しい思いをすることもある。そのため、今回の様にちょっぴり凝った製品を見るとうれしくなってしまう。
ただし、もう1つの封入物には面食らった。それは原作の発行元、春秋社が用意した「書籍ご購入はがき」だ。このはがきで注文すると送料が無料になるという。便乗商法っぽくって、何となく無粋に感じた。
■ 逃げ回るだけだから伝わる、個人ではどうしようもない非道 '39年、ポーランドに侵攻したナチスドイツは、40万人のユダヤ人を居住区・ゲットーに押し込めた。ピアニストのシュピルマン(エイドリアン・ブロディ)もその1人。貧困、病気、人間狩りが横行し、希望の見えないゲットー。やがて、何10万ものユダヤ人が収容所へ移送が始まり、彼はただ1人収容所行きを免れる。身を隠しながら町をさまよう彼は、ある晩、1人のドイツ人将校(トーマス・クレッチマン)に見つかってしまう。絶体絶命を覚悟したシュピルマンに将校が命じたのは、ピアノを弾くことだった。 ストーリーは、ゲットーを描いた前半と、隠れ家を転々と移る後半に分けられる。前半はあっさりとしながらもかなり衝撃的。ナチスドイツの残虐行為や、死体が転がるゲットーの惨状が、主人公の視点で淡々と綴られる。淡白な演出は原作に倣ったものだろう。 また、後半になると戦闘シーンがいくつか出てくるが、ほとんどすべてが隠れ家の窓から覗いたショット。これも主人公の視点を再現したものだろう。登場人物と一緒になって窓の外を覗いていると、妙な一体感を覚えるのが不思議。ヒッチコックの「裏窓」を思い出してしまった。 エンターテイメント映画では、観客は主人公の決断と行動力に惹かれるものだ。しかし、この作品の場合、主人公は逃げるだけで精一杯。このあたり、見る人を選ぶ作品かもしれないが、実際、一般市民にとっての戦争はこんなものなのだろう。まして、戦時下において何の役にも立たないピアニストなら、なおさらなのかもしれない。芸術家の無力さを知っているポランスキーだけに、この部分に何だか妙な説得力を感じた。 また、エイドリアン・ブロディの演技にも見入ってしまった。本当に2、3日食事してないかのようにヨロヨロしている。それだけに、ドイツ人将校の前でピアノを弾く彼の姿は神々しくて圧巻だ。長い間、身をやつしながら生きていた彼が、一瞬だけピアニストという自分に立ち返る。このシーケンスは撮影、編集、演奏曲のすべてが美しく感じられ、何度も見返してしまった。
■ ひきこもりの疑似体験? 部屋の外にいるドイツ兵の声が怖い 画質は中の上といったところ。隠遁生活を描いた作品なので必然的に室内シーンが多いものの、ノイズはそれなりに押さえられている。最近のDVDらしく階調性も悪くない。特に前半のゲットーの緻密感はすごい。十分に高画質といえる。 ただし、一部のシーンでノイズやシュートが気になる場面もあった。特に、エイドリアン・ブロディの高い鼻の周りが気になる。もっとも、こうしたシーンは全体のわずか一部に限られる。そのため、全編を通して何の問題もなく作品に没入できた。例のピアノ演奏シーンも最初はノイズが気になるが、演奏が始まってしまえば安定する。平均ビットレートは6.37Mbps。
音声はドルビーデジタル5.1chとDTS。さらに、ドルビーデジタル5.1chの日本語吹き替えトラックの計3つを選択できる。サウンドデザインはちょっと面白い。後半の主人公は隠れ家で息を潜めているため、観客も自然と隣室や廊下、戸外の音がとても気になる仕掛け。サラウンドを使った臨場感がすばらしく、主人公よろしく、ドキドキしながら耳をすませてしまった。 また、静かな場面から一転して大音量の銃撃戦に移るなど、DVDらしいダイナミックレンジの広さも体験できる。改めて、DTSでの収録をありがたく感じた。 肝心のピアノ演奏でも、DTSに分がある印象。ドルビーデジタルより、余韻や輪郭がしっかりしている。こうした演奏シーンも、もちろん5.1chで収録。多方向からの残響のせいか、演奏しているその場にいるような臨場感を楽しめる。ビットレートは、ドルビーデジタル5.1chが448kbps、DTSが768kbps、日本語吹き替えのドルビーデジタル5.1chが448kbps。 特典はインタビュー集、撮影風景、予告編集など。プロダクションノートなどの静止画コンテンツも含まれている。 インタビューはロマン・ポランスキー(監督)、ロナルド・ハーウッド(脚本)、エイドリアン・ブロディ(シュピルマン役)、トーマス・クレッチマン(ホーゼンフェルト役)の4人。クレッチマン以外の3人が、この作品でアカデミー賞を受賞しているので、考えてみると「まれにみる豪華なインタビュー」といえなくもない。 また、「シュピルマンをめぐる事件 1939-1945」と題したコンテンツもある。ワルシャワ陥落からシュピルマンの保護までを年表形式にしたもので、該当する本編チャプタへのリンクが付いている。ちょっとしたダイジェストとして利用できそうだ。
■ 淡々とした作風を理解できれば買って損なし 主張を声高に叫ぶ映画ではないので、その手の熱いストーリーを期待している人だと肩透かしを食うかもしれない。良く比較される「シンドラーのリスト」とは、はっきりとテイストが違う。 しかし、主人公の際限ない逃避行に付き合っていると、徐々にいいようのない無力感を覚えるのも確か。この無力感こそ、ポランスキーをはじめ当時のユダヤ人が受けた感覚なのかもしれない。そういう意味では、大規模なプロダクションデザインとあわせ、当時を再現しようとした監督の意図は十分成功していると思う。 アクション満載の戦争映画でもなく、万人が思わず涙してしまう感動作ではないが、作品としての魅力はさすが。私見だが、今後、ポランスキーがこうした大作を撮る可能性は薄い気がする。そういう意味でも個人的には思い入れを感じてしまった。画質、効果音も水準以上で、1枚組み3,800円という価格も標準的。気になっていた方は購入して損はないだろう。
□アミューズソフト販売のホームページ (2003年8月26日) [AV Watch編集部/orimoto@impress.co.jp]
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