■ 金髪の座頭市
今回取り上げるのは、もはや映画監督としても不動の地位を築いた、世界の北野武の最新作「座頭市」。「HANA-BI」でベネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞した北野監督が、この作品で再びグランプリに輝くか、日本中が注目したのも記憶に新しい。 結果的に銀獅子賞(監督賞)を受賞したのはご存知の通りだが、「時代劇なのに主人公が金髪」、「タップダンスのシーンがあるらしい」など、その斬新な設定で公開前から大きな話題を集めた。 どちらかというと「抽象的で難しい」というイメージのある北野作品の中で、アクションを前面に押し出した宣伝活動が成功したこともあり、興行収入も初日3日間で3億7,000万円を突破。これは「BROTHER」や「Dolls」の3倍にあたるハイペースで、結果的に北野作品として最高となる28億円を稼ぎ出した。「北野作品が幅広い層に支持されて大ヒットした」という点で、記念すべき作品と言えるだろう。 監督自身はこのヒットに関して、「新しい座頭市を作ることを第一に考えたのがよかった」という。「座頭市と言うと、勝新太郎さんのイメージがあまりにも大きいので、抵抗はあった。あれはどうやっても勝新太郎さんにしかできないもの。そこで、まったく新しい市を作る必要があった。ヒットの要因としてはそれ以外に、座頭市=勝新太郎というイメージの無い世代が、僕らが思うより多くなっているからだろう」と述べている。
北野監督が生み出した「新しい座頭市」とは、どんな男なのか。そして、タップダンスやコント的な演出など、既存の時代劇の枠に当てはまらない演出は成功しているのか? 期待を込めて観賞した。
■ 悪者はとにかくぶった切れ! 物語の舞台は、ヤクザの銀蔵一家が幅を利かせる宿場町。町民達は金を巻き上げられ、息の詰まる生活を送っている。そこへ、病弱な妻・おしのを連れた浪人の服部源之助がやってくる。妻の治療費を稼ぎたい源之助は用心棒の職を探しており、彼の剣の腕前に惚れた銀蔵一家に雇われる。 時を同じくして、両親の仇を探しながら、流しの芸者をしているおきぬとおせいの姉妹、そして盲目で居合い斬りの達人・市も町に辿り着く。言葉は少ないが、町民の味方となって刀を振るう市と、銀蔵に雇われた源之助との対決。そしておきぬとおせいに隠された過去と秘密。集まった剣豪達による、問答無用の殺陣劇が幕を開ける。 物語は単純と言うか、お約束といった感じだ。「病弱な妻を助けるために用心棒を続ける浪人」、「両親の仇をとるため旅を続ける芸者で殺し屋の姉妹」など、どれも時代劇では珍しくないモチーフ。すぐに展開が理解できるため、アクションシーンや、映像の美しさに集中することができる。反面、お約束な展開が続くと、先が読めてしまい、映画としては面白みに欠ける。 だが、それは「座頭市」には当てはまらない。悪の親玉は「くせものだ!! であえ!! であえ!!」と叫ぶ前に切り殺され、周囲を取り囲むだけで一向にかかってこない雑魚剣士も、市を取り囲む前に細切れにされる。まさに問答無用。金髪の座頭市は、群がる敵だけでなく、こうした時代劇的お約束もひっくるめて、片っ端からぶった切っていく。見ている側はそのスピードに呆然。同時に、凄まじい爽快感を得る。 画面では「バイオレンスの北野」ならではの表現として、血しぶきが舞い踊り、切られた手や足が宙を舞っている。冷静に考えると非常に残酷な映像なのだが、あまりにも早いスピードと、殺陣の美麗さ、無駄のない動き、彩度を落とした画面と真っ赤な血のコントラストなど、その美しさに圧倒され、眼が離せない。単純なストーリーへの不満はどこへやら、映画の中に引き込まれてしまう。お約束のストーリーを採用したのは、最大の魅力であるアクションシーンを引き立てるためだったのだ。 この殺陣のスピード感はいったいどこから来るのだろうか。市が刀を引き抜きざま、相手の急所を確実に狙う居合いの達人だからというのも一因だが、じっくり見ていると普通の時代劇との決定的な違いに気付く。それは「刀と刀がぶつからない」ことだ。 時代劇では、相手の刀を自分の刀で防いだり、文字通り刀を交えたまま“つばぜり合う”シーンが多く存在する。だが、座頭市にはそうしたシーンがほとんどない。相手が刀を抜く前に切り殺し、敵がこちらに来る前に刀を投げて心臓に突き刺す。力の駆け引きや殺陣の形など、映像的に面白いと思われる動作を徹底的に排除し、どうしたら合理的に相手を倒せるか、複数の敵を相手にできるかということに重きが置かれている。 その結果、殺陣のシーンには痛みすら感じるリアリティが生じ、一撃必殺、息もつけない緊張感が漂う。賛否両論あるとは思うが、個人的な感想としては、演出された殺陣に勝るとも劣らない魅力を感じた。 殺陣の魅力だけを紹介していると「殺伐とした映画なのか」と思われるかもしれないが、もちろんそれだけではない。殺陣シーンが鮮烈だからこそ、それ以外のシーンのテンポはゆったりとしており、人々の心情や触れ合いも忘れずに描かれている。こうした演出の強弱は絶妙の割合で、観ている人を飽きさせない。 天下無敵のヒーロー的な存在でありながら、情報が少なく、ミステリアスな市というキャラクターも魅力的だ。「目は口ほどにものを言う」という言葉があるが、常に眼を閉じている市は何を考えているのかわかりづらく、それが得体の知れない存在感を生んでいる。アンチ・ヒーローとしての魅力は満点だ。 また、随所に挿入されたギャグシーンは、北野武ではなく、ビートたけしの独壇場。市の真似をしようとして木の枝で頭をしこたま殴られる新吉(ガダルカナル・タカ)、侍に憧れ、ふんどし一丁に鎧を着て、大声をあげて村を走り回る村一番のバカ息子(無法松)など、映画がコントに早変わりする場面も多い。こうした笑いの要素が、殺伐としたシーンの印象を和らげ、映画全体の雰囲気を浮き上がらせる。
■ 独特の画質、北野ブルーは健在 平均ビットレートは7.59Mbps。グラフの振れは多いが、著しく落ち込むところはなく、画質は安定している。盲目の市は夜の戦いを得意としているため、暗いシーンが多いのだが、暗部の着物の柄もつぶれずに描写していた。高精細な絵作りとは言えず、ザラつきもかなり目につくのだが、「時代劇の味わい」とも言えるので、それほど気にはならないだろう。 また、月夜の町や市の藍色の着物など、「北野ブルー」と呼ばれる青の表現が叙情的で素晴らしい。この青を階調豊かに表示するためには相応の機器が必要となるが、チャレンジする価値のある映像だ。思えば金髪に藍色の着物、朱塗りの仕込み杖という、市のカラーセンスはなかなかだ。
音声はドルビーデジタル5.1chとドルビーサラウンドの2種類で収録。ドルビーデジタル5.1chのビットレートは448kbps。BGMやSEの音量は控えめで、余分な音がない。登場人物は芝居臭くなく、ボソボソと喋るので、ついボリュームを上げがちになるだろう。 しかし、突然切り替わる殺陣シーンでは、硬質な刀の効果音が鳴り響くので注意が必要。静かなシーンとの対比は強烈だ。音の立ち上がりも鋭く、映像のスピード感にマッチしている。 音作りはリアチャンネルを積極的に使っており、音像が様々な場所に定位して面白い。また、CMでお馴染みの土砂降りの中での決闘シーンでは、雨の包囲感がすばらしい。日本特有の、しめった重い雨粒の音が部屋を包み込み、その中に刀の金属音が響いて心地良かった。 もう1つの魅力は何と言っても音楽。BGMはメロディーよりもリズムを重視したものになっており、映像とも巧みにリンクしている。登場人物の足音や、農夫が畑を耕す音、大工が釘を打つ音、雨音が岩を叩く音までもリズムになり、音楽の中に溶け込んでいく。北野映画では久石譲氏の美しいメロディーが印象的だが、鈴木慶一氏の音楽はその正反対と言ってもいいだろう。 だが、こうしたリズムが時代劇と融合しているかどうかは微妙だ。冒頭、農夫がリズミカルに農作業をするシーンを見て違和感を感じると思うが、映画の全般にそうしたシーンが盛り込まれているので、徐々に違和感が薄らぎ、最後のタップダンスシーンへと繋がっていく。上手い手法だとは思うが、タップダンスシーンが想像以上に長いため、若干そこが浮いた印象を受けた。
■ サービス精神満載の特典ディスク 特典ディスクには、製作発表会から映画の完成までを追った見ごたえ十分のメイキングを収録する。内容は製作現場の様子と出演者のインタビューで構成されており、それほど斬新なものではないが、見せ方が特徴的だ。 完成までの大きな流れを紹介する中で、新たなスタッフが登場すると、そのつど「彼のインタビューを見るか否か」というサブメニューが表示される。個々のインタビューを飛ばせば映画作りの全体像を見ることができる。また、インタビューを選択すれば、より深く作品を知ることができるという仕組みだ。 メイキングの中で最も注目すべきは、やはり殺陣に関する部分。北野監督が刀の持ち方や振り方まで、自ら実践し、様々なアイデアを出し、新しい殺陣を考案していく様子は実に興味深い。殺陣の指導をしたスタッフも監督の練習量や上達ぶりを、インタビューの中で褒め称えている。 また、「裏メイキング」とも言える「不肖・伊従淳一マネージャーによる監督日誌」も必見。タイトル通り、北野監督のマネージャーがハンディカメラで撮影した撮影の裏側なのだが、たけし軍団の面々から見た撮影現場というコンセプトになっており、馴れない映画に四苦八苦する芸人軍団の奮闘振りが面白い。常にそばにいるマネージャーの視点ということもあり、北野監督が見せる素顔も印象的だった。
■ また見たくなるDVD 全てが計算され尽くしたような、完成度を誇るタイプの映画ではない。映像的な感性と、豊富なアイデアを盛り込んで、とりあえず映画という形にまとめたという印象を受ける。時代劇ならではの人情劇も見せてくれる勝新太郎の座頭市と比べると、キャラクター描写は少なく、悪く言えば「勢いとインパクトのみ」、お笑い的に言うなら「ノリ重視」といったところだろうか。 だが、観賞後にその見事な割り切りっぷりを気に入っている自分に気付く。「何度も観返して味わう」という映画ではないかもしれないが、きっと「あの殺陣のシーンがもう一度観たい」と無性に思う時が来るだろう。そういう意味で、手元に置いておきたい1枚だ。 残酷なシーンが多いため、万人にはお勧めできない。特に血の描写が苦手な人は避けたほうが良いだろう。また、R-15指定なので、中学生以下はNGだ。しかし、この爽快感は多くの人に味わってみて欲しい。ゴチャゴチャとしたストレスに押しつぶされそうになっている人は、爽快な一時を味わえることだろう。
□バンダイビジュアルのホームページ (2004年3月23日) [AV Watch編集部/orimoto@impress.co.jp]
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