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第146回:驚異のソフトウェアサンプラー「EmulatorX Studio」
~ 低価格ながら充実のエディット機能などを実装 ~



 先月、E-mu Systemsの高性能オーディオインターフェイス「EMU-1820m」を紹介したが、そのハードウェアにソフトサンプラーが搭載された「EmulatorX Studio」という製品が発売された。

 実際に使ってみると、そのソフトサンプラーは非常に強力で、現状あるソフトサンプラーの中で最強といってもいいデキだった。



■ EMU-1820m/1212mを利用するソフトサンプラー

 この連載で新製品を取り上げる場合、時には遊んでしまってさっぱり仕事にならないということがある。今回のEmulatorXソフトウェアは、まさにそうだった。非常によくできた面白いソフトだったので、結局丸一日を触って遊ぶのに費やしてしまった。

 ベースとなるハードウェアのEMU-1820mについては、24bit/192kHz対応、18in20outの端子を搭載した非常に強力なオーディオインターフェイスで、先月2回にわたって紹介した。ラインナップとしてEMU-1820m、EMU-1820、EMU-1212mの3種類があるのだが、このうちEMU-1820mにEmulatorXソフトウェアを追加した製品が「EmulatorX Studio」、EMU-1212mにEmulatroXソフトウェアを追加した製品が「EmulatorX」として発売された。

 オーディオインターフェイス単体で購入するのに比べて約1万円高い設定で、それぞれ実売価格が税込み73,000円前後、41,000円前後となっているのだが、これがまた非常に優れたソフトだったのだ。

EmulatorXソフトウェア

 E-mu Systemsがどんな会社であるかについては、以前も触れているので、ここでは割愛するが、とにかく古くからEmulatorというサンプラーを開発・発売していた老舗メーカー。

 これまでE-muはCreativeとともにSoundFontの展開をしていたので、今回もハードウェアに搭載されたDSPを用いてSoundFont対応サンプラーをリリースしたのかと思っていた。確かにSoundFontは非常に素晴らしい思想、設計のものであり、登場当初はこれでPCがサンプラーになると感激したものだった。しかし、強力なソフトサンプラーが各社から登場している今、SoundFontベースのサンプラーの魅力は薄れてしまっている。

 今回、E-muが出したのは従来のものとはまったく別の設計のサンプラーで、なんとソフトサンプラーだった。製品としてはEMU-1820mやEMU-1212mとセットになっているし、単体で購入する場合も、これらのオーディオインターフェイスが搭載されていることが前提となる。

 しかし、サンプラーとしては、入出力ポートとして以外、ハードウェアの力はまったく使っていない完全なソフトサンプラー。ハードウェアは、プロテクトのためのドングルとして利用しているといっても過言ではない。そのため、CPUはPentium 4の2.4GHz以上、メモリも1GB以上が推奨となっているなど、ハードウェア資源をそれなりに要求する。しかし、実際に使ってみて、そのすごさには正直驚いた。


■ GigaSampler/Studioキラーとしての「EmulatorX」

 以前、発売元のエンソニック・ジャパンに「このEmulatorXはGiga狙いだ」という話を聞いたが、使ってみて納得。このGiga狙いというのはTASCAMのGigaSampler、GigaStudioのことd。これらはPCで動作する高級ソフトサンプラーとして一世を風靡した。

 価格的には最高スペックのGigaStudio160が102,900円。それをエンソニックでは、ハードウェア込みで73,000円、ソフトだけの差額を考えればたった1万円で狙うというのだ。GigaSampler、GigaStudioの最大の特徴はHDDからのストリーミングで音を鳴らすため、メモリに収まりきれない大容量のデータも扱えるというものだが、EmulatorXソフトウェアも同様になっているほか、さまざまな機能、性能を備えている。

 EmulatorX StudioおよびEmulatorXには、ソフトサンプラー関連のCD-ROMが計5枚入っている。このうち1枚がソフトサンプラー本体で、残り4枚がライブラリ。その内容は、以下のとおり。

    Producer(CD-ROM1枚)
    • Proteus Composer (E-muのProteus2000に搭載されている1,024音色)
    • E-MU General MIDI(E-muオリジナルのGM音源)
    • Hip Hop Producer(ヒップポップ向けの100を越える音色)
    • Saint Thomas Strings(オーケストラ用ストリングス系音色)
    Studio Grand(CD-ROM2枚組)
    • StudioGrand(グランドピアノほかピアノ系27音色)
    Beat Shop One(CD-ROM1枚)
    • Acoustic Drum Kits(ロック系のドラムキット)
    • Loops and Grooves(ロープデータ集)

 これを知っただけでも、喜んでしまう人もいるのではないだろうか? あのE-mu製サウンドモジュール「Proteus2000」をそのままPCで再現できてしまう。それだけでも十分価値がある。E-mu自身がそのライブラリを公開しているのだから、そのデータはホンモノだ。実際に読み込んで鳴らしてみたが、確かにProteusの音がする。いろいろ音を鳴らし、リアルタイムにキーボードで弾いてみたが、それだけでもかなり楽しむことができた。

Proteusの音を出力できる StudioGrandは1音色に314サンプル、1.3GBが割り当てられている

 またGiga狙いということで、同梱していたStudio Grandが非常に気になっていたが、まさにGigaStudioバンドルのGigaPianoを意識したというものだった。GigaPianoというのは非常に高品位なピアノ音源データで、GigaStudio人気の大きな理由ともなっている。GigaPianoにはたった1つのピアノの音色に1GB分という膨大なサンプリングデータを収録している。具体的には、2~3音ごとにサンプリングし、しかもベロシティーを何段階にも分けて同じ音をサンプリングしたり、ペダルのオンとオフを別にしてサンプリングするなど、これほどまでに手間をかけているものはない、といえるほど充実したものになっている。

EmulatorX Converter

 それに対して、StudioGrandは2枚組みでデータ容量は1.4GB程度。ここにはピアノ系で27音色が詰め込まれているが、そのうちメインであるStuidoGrandという音色には314サンプル、約1.3GBが割り振られている。手法としては、GigaPianoと同様、2~3音ごとのサンプリングで、ベロシティー段階ごとに4つのサンプリングがなされている。また、またペダルのオン、オフでも切り分けているなど、非常に手が込んでいる。

 試しに、1つのサンプルを覗いてみたところ、たった1音を30秒以上もかけて余韻が消えるところまでサンプリングしている。したがって、当然ループしている部分もなく、ピアノの自然な音が表現できるわけだ。個人的にはGigaPianoの音のほうが好きであったが、これは完全に好みの問題。ピアノのリアルなサウンドを求めている人なら、StudioGrandも十分使ってみる価値はあるはずだ。

 しかし、もしGigaPianoのデータを持っているのであれば、それをそのままEmulatorXソフトウェアで使えてしまうというのも大きな魅力でもある。実際には直接読み込むのではなく、EmulatorX Converterというソフトを使って変換をしておくのだが、それを実際に試してみた。


VSTインストゥルメントとして動作する

 すると、まさにGigaStudioでのGigaPianoとまったく同じ音がする。フィルター類などを含め、まったく調整しなくても使える、かなり正確な変換ができているようだ。もちろん、変換可能なのはGigaSampler、GigaStudio用のデータに限らない。EOS、EIII、AKAI、HALion、EXS24そしてSoundFontと思いつくフォーマットは何でも変換できてしまう。

 このように、EmulatorXソフトウェアはプレイバックサンプラーとして即使える優秀なソフトだ。そしてこれはスタンドアロンで動作するほか、VSTインストゥルメントとしても動作するため、CubaseSXなどとの連携させるのにも非常に使いやすくなっている。



■ 驚愕のエディット機能を装備

 さらにすごいのがエディット機能だ。E-muが過去30年のサンプラー開発の集大成といっているが、まさにそれにふさわしい内容となっている。

Z-Planeなどのフィルタ機能も備えている

 まず考え方はBank、Preset、Sampleの3階層で成り立っており、Sampleデータを元にPreset音が作られ、それをまとめたのがBankという考え方。PresetではSampleを自由にアサインすることができ、もちろん1音に複数のSampleを組み合わせたマルチアサインも可能。また、Proteusなどでお馴染みのZ-Planeフィルタという非常に強力なフィルタ機能があるのも大きなポイントだ。

 これは単なるハイパスやローパスなどだけでなく、フェイザーやフォルマントフィルターなど計54種類ものフィルターを選択して使うことができる。さらに複数のフィルタ間をモーフィングによって繋ぎ合わせるなど、かなり特殊な使い方も可能。

 当然、エンベロープについては非常に細かく設定できたり、LFOもいろいろなモードで動作させられ、MIDIの各種パラメータをそれぞれ何に割り振るのかなど、本当にさまざまな設定ができるようになっている。

 普通はソフトサンプラーとして、これで十分過ぎるほどといえるのだが、EmulatorXソフトウェアはこの先がさらに面白い。プリセットの音色やライブラリ音色を読み込んでプレイバックサンプラーとして利用するだけでなく、自分で音をサンプリングして使うことができるのだ。

 もちろん、サンプラーというのは、そもそも自分でサンプリングした音を使うためのものだが、最近自分でサンプリングしているという人は少ないだろう。筆者自身も昔は自分で色々な音をサンプリングしては、使っていたこともあったが、最近は面倒でそんなことをすることもほとんどない。確かにサンプリング機能を持ったソフトサンプラーも存在しているが、サンプリングから設定まで非常に時間がかかるし、プリセット音やライブラリを使うほうが、よほど簡単でしかも高品質である。しかし、EmulatorXソフトウェアは、面倒な作業なく、サンプリングができ、サンプラー本来の楽しさを思い起こさせてくれる仕組みが用意されている。

 具体的な手順は、たとえば、手元にある楽器で、ド・ミ・ソ・ドと3秒ずつくらいで演奏し、それをマイクを通じてEmulatorXソフトウェアのAcquire Samplesという機能で録音する。すると、自動的に4つの音を切り出してくれ、それがどのキーなのかを割り出してくれる。必要あれば、不要な音を削除したり、名前を付けたりすることもできる。

Acquire Samples機能 自動的に4つの音を切り出して、キーを割り出す

 その後、To Samplerというボタンを押すと、その切り出した音を自動的に配置してくれるとともに、途中の音をどう補間するのかなどの設定ができる。また、サンプリングで面倒なのがループの設定なのだが、これについても自動的に行なう機能が用意されているのがミソ。波形の半分をループさせるのか、1/4なのか、1/8なのかを設定できたり、ループする際にクロスフェードをかけるか否かの設定ができるなど、その自由度も非常に高い。

 とりあえず、クロスフェードをかけておけば、きれいなデータが簡単に完成してしまう。もちろん、あとからループポイントの変更をしたり、細かく波形をいじることもできる。

To Samplerから、切り出す音を設定 後からループポイントの設定などが行なえる

 これまで、いろいろなサンプラー、ソフトサンプラーを見てきたが、ここまで簡単でしっかりしたデータが作れるものは初めてだ。これなら、誰でもオリジナルの音での演奏ができるようになるだろう。同様のことは、WAVファイルやAIFFを利用してもできるから、サンプリングデータ集などももっと手軽に利用できるはずだ。

 実際にEmulatorXソフトウェアを使ってみて、HALionなど他のソフトサンプラーと比較すると、ちょっと重いかなと感じたのは事実だが、Pentium 4 2.4GHzのマシンで、EMU-1820mのレイテンシーを5msecに設定した上でキーボードを使ってリアルタイムに弾く分にはなんら問題はなかった。GigaPianoのデータをコンバートしたデータで、20音くらい同時に鳴らしても、CPUパワーは20%程度、HDDのアクセス速度にも余裕があった。

 先日公開されたアップデータに問題があったという発表されているが、アップデートをかけずに使っている分には、システム的にも安定していて、途中でハングアップするようなトラブルも一切なかった。まだ、今後細かなアップデートなどはされていくと思うが、もう十分使えるソフトだと考えていいのではないだろうか?


□E-MU Systemsのホームページ(英文)
http://www.emu.com/
□エンソニック・ジャパンのホームページ
http://www.emu-ensoniq.co.jp/
□製品情報
http://www.emu-ensoniq.co.jp/products/sampler/emuxst/emuxst.html
□関連記事
【4月5日】【DAL】第140回:E-MUの高機能/低価格オーディオインターフェイス
~ 59,800円でマスタリンググレード。「EMU-1820m」を検証(1) ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20040405/dal140.htm

(2004年5月24日)


= 藤本健 = ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL」(リットーミュージック)、「MASTER OF REASON」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


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