■ またまたコリン・ファレルです
2000年に公開された「タイガーランド」でハリウッド・デビューを果たした後、「マイノリティ・リポート」でトップスターの仲間入りを果たしたコリン・ファレル。「デアデビル」、「フォーン・ブース」、「S.W.A.T.」とヒット作に立て続けに出演し、「飛ぶ鳥を落とす勢い」とはまさにこのこと。 今回取り上げる「リクルート」もそんな中の1本で、アル・パチーノとの共演が話題となったサスペンス映画。2004年の1月に公開され、それなりに評価が高かったと記憶しているが、彼が出演したほかの作品と比べると話題性や知名度がやや劣るイメージだ。正直なところ、DVDのリリースが決定した時点で「そういえば、こんな映画もあったな」という程度の認識だった。 しかしながら、「ファインディング・ニモ」以降、6月下旬から7月上旬は超話題作のリリースが少ないこともあってか、新宿の家電量販店では特設コーナーを設けて大々的に販売していた。設置されたテレビに映る予告編に足を止めて見入るお客さんの姿もあり、注目度はまずまず。 ジャケットでは、コリン・ファレルが名優アル・パチーノと肩を並べて写っている。当たれば一気に頂点へ駆け上がれる「まさにアメリカン・ドリームだなぁ」と、妙な感慨を抱きながらレジへと向かった。 価格は3,990円と、昨今の洋画DVDでは高価な部類に入るだろう。本編ディスクのみの1枚組みなので、知名度を考慮すると割高感はいなめない。また、タイトルの「リクルート」からは内容が想像しずらく、ジャケットのインパクトも弱いので、購入を躊躇している人も多そうだ。
■ 人間不信になる就職先
マサチューセッツ工科大学(MIT)のエリート学生であるジェイムズ・クレイトン(コリン・ファレル)は、身体能力も高く、大手PC系企業からも声がかっている……まさに将来有望な若者だ。だが、彼には長い間気になっていることがあった。それは、飛行機事故で死亡したとされる父親の存在。わからないことが多い父の死に関して、彼は常に情報を欲していた。 そんな折、「父親のことを知っている」という中年の男、ウォルター・バーク(アル・パチーノ)が現れる。CIAの採用担当者兼教官だというバークは、有能なクレイトンをCIAに勧誘する。彼に気に入られ、父親の情報を得るためにも、テストを受けることを決意するクレイトン。だが、候補生達と共に「ファーム」(農場)と呼ばれる特別訓練施設に入れられた彼は、そこで護身術や殺人術、さらに、人を騙し、嘘をつき、他人を操る術を叩き込まれ、一流のスパイへと育てられていく。 教官の教えは「世の中のすべてはうわべ通りではない。自分の五感すらも信じるな」。かくして、周囲の候補生仲間も信じられない、誰が誰の命令を受けているのか? 誰が嘘をついているのか? どこまでが採用テストなのか? 愛すら偽らなくてはならない過酷なマインド・ゲームが幕を開ける。 世の中には様々な職業があるが、潜入工作員や諜報員、俗に言うスパイという職種に憧れた場合、どういう就職活動をしたら良いのだろうか? 求人雑誌に「スパイ募集中」とは書いてないし、先輩のコネを頼ろうとも、そもそも彼らが「私はスパイです」とは言わない。彼らは身分を隠しながら、まったく別の職業についているはずだ。 そんな一般人の疑問に、この映画は詳細かつスリリングに答えてくれる。CIAは公式に認めていないが、スパイを育成する機関は確かに存在するという。アル・パチーノ演じるバーク教官は、独特の語り口で生徒に人の騙し方、操り方を教えていく。その技術は極めて巧妙で「人間が他人を信用する仕組み」がよくわかる。それと同時に、その仕組みを逆手に取ることの恐ろしさに身震いがするだろう。 基本は教官のウォルターと、彼に育てられるクレイトンというハリウッドの刑事ドラマで良く見る構図。ストーリー的にはサスペンス要素が強い。映画の舞台がスパイ訓練機関ということもあり、どこまでがテストで、どこまでが現実かがわからなくなることもしばしば。どんでん返しが爽快なサスペンス映画において、ファームほど適した題材はないだろう。参加者全員がスパイ候補生という訓練場にいたら極度の人間不信に陥りそうである。 また、9.11のテロ以降、彼らのような諜報員が国防や外交において、重要な存在になっていることは想像に難くない。しかし、国際テロを未然に防いだり、政府の決断を左右するほど重要な情報を集めたとしても、諜報員が大金を得たり、英雄になることはなく、一般人がその活躍を知る術すらない。笑顔で勲章をもらうシーンがテレビで放送されたら、世界の諜報機関のブラックリストに載り、スパイとしての人生はそこで終わってしまうからだ。世界一有名なスパイのジェームス・ボンドは、世界一仕事がしにくいスパイでもあるわけだ。 劇中ではこうした「評価されない仕事を遂行する辛さ」もじっくりと描かれる。観終わった後は「スパイになるのだけはやめよう」と思うかもしれない。ちなみに、特典ディスクには本物のスパイ教官も登場する。彼の言葉を借りると、スパイという職で得られるのは「崇高さ、誇り、使命感、達成感。そして、CIAに選ばれたこと、そこに尽くすことにで感じる栄誉だけ」だという。いやはや、カッコイイです。
■ 秀逸な音響、画質も及第点 DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレートは7.39Mbpsと高め。色調は季節が冬ということもあり、青を基調としたもの。登場人物や背景などの輪郭はキリッとシャープ。サスペンス映画らしい絵作りだが、肌色の赤味は鮮やかで好感が持てる。 ノイズは少なく、暗部の階調も豊か。ストーリー的に車中や暗闇のシーンが多いため、影になった俳優の表情がきっちりと読み取れるのは嬉しい。コントラストを調節すると驚くほどイメージが変わる場面が多いので、黒をしっかり表現できる表示デバイスで視聴したいものだ。 音響面では、とりわけ音楽が素晴らしい。倍音成分が多くて低音も豊富。音がグイグイと迫ってくため、つられて心拍数があがってしまう。フォーマットは英語、日本語ともにドルビーデジタル5.1chだが、音の薄さを感じることはなかった。ただ、サブウーファの出力は少し抑えたほうが映画にメリハリが出るだろう。ちなみに、ビットレートは英語が448kbps、日本語が384kbps。
特典はシンプルだが、見ごたえがある。メインとなるのは「CIA:スパイ養成の真実」と名付けられたメイキングで、スタッフが製作現場の舞台裏を話してくれる。中でも面白いのは25年間CIAに務め、スパイ訓練機関の教官も勤めたというチェイス・ブランドン氏の話だ。 彼によれば、CIAは映画のようなファームの存在を公式には認めていないという。しかし、「常識的に考えれば存在するだろう」とした上で、資料映像も交えて諜報員がどんな風に選ばれ、育てられるのかを大雑把に教えてくれる。映画の描写が実際の訓練にかなり近いものだということがわかるだろう。また、資料映像の中に登場するCIA本部が、映画のそれとあまりに似ていることにも驚いた。 オーディオコメンタリーには、ロジャー・ドナルドソン監督とコリン・ファレルが登場。かなりリラックスした雰囲気で収録された音声のようで、コリン・ファレルの暴走ぶりが必聴。撮影現場で尻を出しまくり、おならを連発した話を大喜びで語るのは微笑ましいのだが、ボルテージが上がると放送禁止用語も登場。ピー音を交えて楽しそうに語りつつ、「ここ(コメンタリー収録現場)は禁煙だっけ?」とか「マティーニが飲みたい」などの要望もエスカレート。「ちゃんとコメントしろよ」と突っ込みながら、かなり笑わせてもらった。素顔の彼はかなりヤンチャな性格のようだ。 また、本編だけでなく、特典の未公開シーンでも2人のコメンタリーが聴ける。未公開シーンは監督の指示でカットされたわけで、ここでは監督の言い訳が面白い。まるまる登場シーンを切られた役者の演技をコリン・ファレルが「素晴らしい演技だ、彼は端役だけど本当に味があって良い」と褒め、「なんで切っちゃったんだよ!」と監督を追及。「確かに素晴らしい演技だった。でも、映画のテンポをあげるために仕方なかったんだ」、「じゃあこのシーンはなんで!?」、「これもテンポを考慮して……」というやり取りが最高。もっとも、監督にとっては居心地の悪い時間だったかもしれないが……。
■ リアルに徹した良作 これから夏休みにかけては、DVDを視聴する機会も多くなるだろう。家族で楽しめる大作も良いが、大人が頭をフル回転させるサスペンスも、スパイスとして外せない分野だ。売り場に行った際は、ぜひ覚えておいて欲しい1本である。 また、普段知ることのできないスパイの裏側を知るという意味でも、リアリティのあるストーリーや設定は興味深い。鑑賞中は「主人公のような若者に、こんな重要な任務が与えられるのだろうか?」という疑問を感じたが、実際に、顔を知られることが致命傷になるスパイでは、若い諜報員ほど重要な任務を任されるという。 もちろん、大ベテランと若手の演技対決も見どころ。コリン・ファレルの豊かな表情の演技も印象的だが、アル・パチーノの歌うような、独特のリズムと抑揚のある声の演技が素晴らしい。ラストの独白は必見だ。特典映像の中で「身分を隠したスパイは最高の役者でなければならない」とチェイス・ブランドン氏は語っているが、それならば役者という職業は「観客を騙すスパイ」でもある。彼らの演技に思い切り騙されてみてほしい。
□ポニーキャニオンのホームページ
(2004年7月20日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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