【バックナンバーインデックス】



第166回:ヘイタクシー! 人殺しに行くから乗せてくれ
トム・クルーズの新境地?「コラテラル」

怒涛のように発売されつづけるDVDタイトル。本当に購入価値のあるDVDはどれなのか? 「週刊 買っとけDVD!!」では、編集スタッフ各自が実際に購入したDVDタイトルを、思い入れたっぷりに紹介します。ご購入の参考にされるも良し、無駄遣いの反面教師とするも良し。「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。


■ オスカーを取った人と取れない人

コラテラル
スペシャル・コレクターズ・エディション

TM&(C) 2004 DREAMWORKS LLC
AND PARAMOUNT PICTURES CORPORATION
価格:4,179円
発売日:2005年3月4日
品番:PPF-111351
仕様:片面2層1枚(本編)、片面1層1枚(特典)
収録時間:本編約120分
       特典約56分
画面サイズ:シネマスコープサイズ(スクイーズ)
音声:1.英語(ドルビーデジタル5.1ch)
    2.日本語(ドルビーデジタル5.1)
    3.音声解説(ドルビーステレオ)
字幕:英語、日本語、音声解説、吹き替え用
発売元:パラマウント
 ホーム エンタテインメント ジャパン株式会社

 今、ハリウッドで乗りに乗っている俳優と言えば、レオナルド・ディカプリオでも、トム・クルーズでもなく、ジェイミー・フォックスだ。先日発表された第77回アカデミー賞では、レイ・チャールズの伝記映画「Ray」で、見事に主演男優賞を獲得。受賞には至らなかったが、「コラテラル」で助演男優賞にもノミネートされた。

 もともとコメディアンとしてスタートしたそうだが、テレビドラマで俳優としての経験を積み、「エニイ・ギブン・サンデー」や「アリ」で映画にも出演。そして「コラテラル」と「Ray」の2作品で一気にスターダムに駆け上った。そのため、日本では「高評価されているが、その演技をじっくりと見たことがない俳優」という、ちょっと不思議な状態になっているようだ。

 第77回アカデミー賞では「タイタニック」や「ギャング・オブ・ニューヨーク」などの大作で絶大な人気を獲得しながらも、オスカーを逃し続けているディカプリオが、「アビエイター」で主演男優賞を獲得できるかどうかが大きな話題となり、「ディカプリオ VS ジェイミー・フォックス」という図式が各メディアを賑わせた。

 しかし、1人大事な人が忘れられている。それこそが、今回取り上げるDVD「コラテラル」で主演を努めたトム・クルーズだ。彼もレオ様同様、「人気はあるものの、オスカーを逃し続けている俳優」の1人。「トップガン」で一気に頂点に上り詰め、「レインマン」で作品賞。「7月4日に生まれて」で主演男優賞を狙うが、惜しくも逃し、以降ヒット作を連発するが、ノミネート止まりとなっている。

 それゆえ、コラテラルには、より一層力を入れていたようで、「トム・クルーズが主演男優賞にノミネートされるのは当然」という風潮もあったらしい。しかし、フタを開けてみると、トムはノミネートすらされなかった。俳優の良し悪しを、アカデミー賞を受賞したか否かで判断するのも愚かなことだが、現実とは厳しいものだ。

 作品の内容的には、トム・クルーズが初の悪役にチャレンジしたことが話題となった。今までの彼は、甘くて主人公然とした顔立ちを武器に、数々の映画で主演をこなしてきた。どちらかというと、車やバイクが大爆発する、軽い気持ちで見れるハリウッド大作の主人公というイメージが強い俳優だ。

 しかし、今回は頭を銀色に染め、無精ヒゲを生やし、鋭い顔つきの冷淡な殺し屋を演じているという。彼がどんな悪役に変身したのか、オスカー俳優、ジェイミー・フォックスの演技も含めて、非常に興味が湧くところだ。


■ 皆を助けないトム・クルーズ

 マックス(ジェイミー・フォックス)は、ロサンゼルスのタクシー運転手。12年間生真面目に働いてきた彼には、いつか高級車を購入して、リムジン・サービスの会社を立ち上げたいという夢がある。しかし、気弱な彼は、踏ん切りが付かずにいつもと変わらない毎日を送ってしまっている。だが、そんな日常はある夜、銀髪の男を乗せた途端に一変する。

 ヴィンセント(トム・クルーズ)と名乗るビジネスマンらしき乗客は、到着した建物の前で「待っていてくれ」と頼んで中に入っていく。しばしの後、駐車しているマックスの車の上に、男の死体が降ってくる。ヴィンセントの正体は、受けた依頼を100%遂行する、冷酷非情な殺し屋だったのだ。

 彼は1晩で5人の殺しを請け負っており、ターゲットの場所から場所へ移動する手段としてマックスのタクシーに目をつけたのだ。なんとかこの状況から逃げ出そうとするマックスだが、脅されたりハプニングが起こったりと、なかなかうまくいかない。だが、狭い車内で時間を過ごすうちに、2人の間に奇妙な意思の疎通が芽生え始め、その立場も微妙に変化していく。

 ヴィンセントというキャラクターは単純明快な悪役だ。悪役には正義の味方が対抗するはずだが、マックスという運転手はあくまで一般市民で、銃を撃ったこともなければ、運動神経に優れているわけでもない。さらに、最初からヴィンセントに生殺与奪の権を握られてしまっている。中心にあるのは、その状況をどのように逆転し、生き残るかというクライム・アクション的なストーリーだ。

 だが、アクションが派手なだけの映画ではない。狭い車内で時間を共有する2人は、会話やアクシデントを通じて、お互いの性格、生い立ち、人間性をわかり合っていく。許し合うわけではないが、なんとも形容しがたい関係性が生まれていく過程が面白い。赤の他人が突然個室で2人きりになる、「タクシー」という空間の特異性を上手く生かした作品と言えるだろう。密室で展開するヒューマンドラマと言えなくもない。

 特筆すべきはスピード感だ。なにせ1晩で5人も殺さなくてはならないため、かなり忙しい。目まぐるしく展開するストーリーの合間に、深い人間ドラマも盛り込まれるため、しっかり目を見開いて細かい演技も見逃さないようにしたい。特に冷酷な殺し屋であるヴィンセントの感情に、徐々に変化が現れ、殺人計画の歯車が狂っていく過程に注目だ。

 また、ジェイミー・フォックスの演技も確かに素晴らしい。特典映像などで見られる素顔の彼は陽気な男なのだが、スクリーンに登場するマックスは神経質そうな面白味のない男で、とても同一人物とは思えない。そんな彼が、「殺し屋の運搬」という常軌を逸した体験の中で、急激に変化していく様も見事に演じわけている。

 ただ、1点だけ気になったのはヴィンセントというキャラクターの設定だ。トムの演技は抜群だし、普段の彼からは想像もできないほど「危ない男」を生み出している。それは評価できるのだが、問題はヴィンセントの殺し屋としての「力量」だ。

 普通、冷酷非情な殺し屋というと無口で寡黙、綿密な計画を元に淡々と殺しを遂行していくイメージがあるが、ヴィンセントはいきなり死体を窓から落下させ、マックスに自分が殺し屋であるとバラしてしまう。「お前に知られずに殺すつもりだった」と素直に暴露するが、1人目から計画が狂う「凄腕」というのはどうかと思う。その後の殺害プランも行き当たりばったりなものが多い。また、ハプニングが起こるとキレて声を荒げるシーンもあり、「冷酷な殺し屋像」とのズレを多々感じた。「人間らしくてリアルで良い」と言えなくもないが、一般人との対比を明確にする映画の形としてはあまり美しくない。

 こうした脚本と、トム・クルーズの甘いマスクが合わさると、「本当にこいつは最強の殺し屋なのか? なんか弱そうに見えるんですけど……」という疑問を途中から感じてしまった。これまでと異なる役柄にチャレンジする姿勢は素晴らしいが、適材適所という言葉もある。ある意味、ジェイミー・フォックスとトム・クルーズの役を入れ替えたほうがスッキリしたんじゃないか、などと考えてしまった。


■ ロスの夜は美しい

 DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレートは7.28Mbps。120分という収録時間を考えるとまずまずの数値と言って良いだろう。ストーリー上、99%が夜のシーンなのだが、画質は驚くほど鮮明だ。暗部の階調も程よく出ており、黒がしまった映像が楽しめる。

 最も印象的なのは、全編を通じて描かれるロサンジェルスの夜景。高層ビルの明かりや、車のテールライト、誰もいない夜の街に広がる街頭の光など、驚くほど瑞々しく、美しい。特にオレンジと青系の発色は抜群だ。暗部の中に光るものが浮かび上がるようなシーンでもノイズはほとんどなく、クリアそのもの。まるで長時間露光をした夜景写真のような、清潔感のある美しさが独特の魅力を生んでいる。

 監督は特典ディスクの中で、ロサンジェルスの夜景について「湿度が高いロスでは、大都会の光が雲の底面に反射して、光が拡散され、丘や木々や不思議な光の魅惑的な光景が生まれるんだ」と説明している。そして、「夜間に人の目に見える風景を、フィルムでとらえることは難しい。だから、高感度のデジタルカメラを使って撮影した」という。

 実際、ほとんどのシーンでトムソン・グラス・ヴァレー・ヴァイパー・フィルム・ストリームという特殊な高感度カメラを改造したものが使われたとのこと。ノイズの少ない夜の風景は、デジタル撮影だからこそ実現したものだったのだ。

 音声は英語と日本語をドルビーデジタル5.1chで収録し、ビットレートはどちらも448kbps。タクシーがメインとなる映画だけあって、BGMの使い方もセンスが良い。音場的には、深夜の街の広々とした音場から、タクシーの車内という密閉空間に移動したときの音場の変化が印象的だ。また、夜の街に鳴り響く銃声が迫力満点。ちょっと誇張が効きすぎて大砲を撃っているように聞こえた瞬間もあるが、これはこれで良いのかもしれない。

DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレート

 特典ディスクにはメイキング、「スペシャル・デリバリー」、削除されたシーン、リハーサル風景、VFXの解説などを収録。メインとなるのはメイキングで、特に役作りに関するコンテンツが面白い。

 トム・クルーズは、「登場人物が行なっていることは、役を理解するうえで、俳優も体験してみるべきだ」という監督の言葉のもと、実弾を使った射撃訓練を体験。元特殊部隊のアドバイザーがつきっきりで、銃の扱い方や格闘術などをレクチャーする。トム・クルーズくらいの俳優になれば銃撃シーンなどお手の物だというイメージがあるが、「役者は実弾ではなく、空砲を撃つ」という決定的な違いがあるという。

 確かに、実弾と空砲では、発射時の衝撃や、銃の重さ、打つ前の心構えにも大きな違いがある。もちろん撮影中に撃つのは空砲だが、実弾を経験することでその感触が残り、空砲での演技にもリアリティが増すのだという。「実弾を撃ったよ、凄かった。……これがヴィンセントの仕事なんだ」というトムの言葉が印象的だった。ちなみに、ヴィンセントの愛用している銃はH&K社のUSPという銃。個人的に大好きな一丁なので、トムがカッコよくダブルタップを決めてくれるたびに嬉しくなってしまった。

 もちろん、相手役のジェイミー・フォックスにも、完璧な役作りが求められる。ジェイミーはインタビューの中で「タクシー運転手の役と聞いて、ハンドルを動かしながら“お客さん、どちらまで?”と、言っていれば良いだけかと思った」と笑う。だが、監督から出された指令は「レース場に行って、運転が無意識にできるようになるまで練習してこい」というハードなもの。ジェイミーは「おかげでマックスのDNAを手に入れたよ」と語っている。

 こうした、徹底した役作りを象徴するのが、「スペシャル・デリバリー」というコンテンツ。トムというスーパー・スターを、影の存在であるヴィンセントに変身させるため、トムに宅配便の配達員になってもらうという訓練を収めたコンテンツだ。簡単な変装をしたトムは、マーケットを回り、礼儀正しく店員に近づき、荷物を渡してサインをもらう。気付かれたらパニックになるだろうが、トムはちゃんと荷物の配達をこなし、しまいには誰かと世間話をしながらコーヒーまで一緒に飲み始める。まるでバラエティ番組の企画のような話だが、他人になりきる役者という職業の面白さがわかるコンテンツだ。


■ 価格が気にならないなら「買い」

 4,179円という価格は、洋画の新作としては高価な部類に入る。見方によって価格に対する満足度は変わってくるだろう。アクションに期待すると肩透かしを食らうかもしれない。どちらかというと「2人の男の心理」に重きが置かれているからだ。逆に、2人の演技を目当てに買った人はじっくり楽しめるだろう。

 映像的には非常に高画質で、一見の価値がある。遮光を念入りに行ない、大きなスクリーンに投写すれば、夜のロサンジェルスの美しさがたっぷりと味わえるだろう。「この独特の映像美を体験できただけでお釣りが来る」と思うAVファンも少なくないはずだ。

 ちなみに、DVDの中には、トム・クルーズの主演最新作「宇宙戦争」の劇場鑑賞チケットが当たる、キャンペーンチラシが入っている。普段と違う役にチャレンジするのも結構だが、彼にはやはり、人類や家族のために活躍するヒーローの方が似合っているようだ。

●このDVDについて
 購入済み
 買いたくなった
 買う気はない

前回の「ホネツギマン」のアンケート結果
総投票数199票
購入済み
4票
2%
買いたくなった
40票
20%
買う気はない
155票
77%

□パラマウント ホーム エンターテイメントのホームページ
http://www.paramount.jp/
□製品情報
http://www.paramount.jp/collateral/index.html
□映画の公式サイト
http://www.collateral.jp/

(2005年3月15日)

[AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]


00
00  AV Watchホームページ  00
00

Copyright (c) 2005 Impress Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.