■ 求められるワークフロー改革 昨年のNABは、ソニーが提唱したテーマ「Ride the HD Wave」が象徴していたように思う。業界人はみんなHDの大きな波を待っていたのだ。だが去年はXD CAMのHDはなし、P2もHDはなし、HDVはカメラがあるだけと、期待した割には乗るべき波が来なかったのではないかという印象を受けた。 もちろん既存のHDシステム、例えばHDCAMやDVCPROのようなものはそのまま存在したのだが、せっかく放送フォーマットまで巻き込んでHD化するのだから、単に「絵がデカくなって大変になっただけ」というだけではなく、なにか今までとは違うアプローチやワークフローの登場が望まれる。 今年のNABは、ようやくその波が来そうな手応えを感じることができた。おそらく今年から来年にかけて、リーズナブルなHD関連製品が出てくることだろう。今回のNABレポートは、大物ではないものの、HDコンテンツ制作に横たわる現実的な問題を解決するアイデア商品の数々をご紹介しよう。
■ 目から鱗のマルチフォーマットHDスイッチャー、EDIROL「V-400 HD」 EDIROLと言えば、元々は楽器メーカーRoloandのPC関連製品部門であったことから、PCユーザーにはモニタスピーカーやUSBオーディオインターフェースなどでお馴染みだろう。数年前から映像機器にも力を入れ始めたが、どちらかと言えばVJ用途のような音楽寄りの製品が多かったものである。 だが今年のEDIROLブースで発表した製品はすごい。V-400 HDは、HDソースもSDソースもPCのSXGA出力も混在して扱えるビデオスイッチャだ。これだけの信号が混在できる秘密は、なんとこのスイッチャー、アナログプロセッシングなのである。 アナログのSD入力4つ、HDまたはRGBに切換可能な入力が4つ、このすべてにフレームシンクロナイザーを搭載し、同期信号なしでも入力さえすればスイッチングできる。本体左側半分のA-BバスがSDで、右半分のC-DバスがHD。A-BバスでスイッチングされたSD信号は、HDにアップコンバートされて右の「A-B」クロスポイントに入力されるため、実質的に2ME仕様のスイッチャーと言えるだろう。 それぞれの列にPinPとルミナンスキーヤーを備えており、パネルセッティングを記憶できるスナップショットメモリが8つある。出力にはHD解像度のアナログRGBとアナログコンポーネントがあり、別途モニタ出力も備えている。
また面白いのは、このスイッチャーを2台リンクして、1つの映像を2画面に分けて出力することができるところだ。映像は拡大表示されるため解像度は下がるが、簡易的なビデオマルチモニタ展示が可能となる。このリンクもMIDIを使って行なうなど、同社の得意分野を良く生かした作りになっている。
またこの種の製品は、米国では教会からの引き合いが多いというのは面白い。実は最近のモダンな教会では、礼拝や司教の説教などを衛星中継したり、賛美歌もプロジェクタを使って映像を流しながら歌詞をスーパーインポーズしたりと、若い信者獲得のためのビジュアル化に努力している。これらの映像が簡単にHDに移行でき、またPCを使って聖書の一文や賛美歌の歌詞などがその場ですぐに出力できるのであれば、すぐにでも導入するだろう。 実際にNABでは、教会関係者専用の視察ツアーなども主催している。だいたい考えてみれば、米国では放送局の数よりも、教会の数のほうが断然多いのである。 大手メーカーもこのような業務分野でのスイッチャーは、マーケットとしては興味があることだろう。しかしこのようなアナログプロセスで全部解決しようというのは、絶対に出てこない発想だ。というのも、'80年代末からプロ用映像機器はデジタルプロセス一辺倒であり、アナログのエンジニアをことごとく放出してしまっているからである。 このV-400 HDは年内に発売予定で、予定価格は100万円前後となっている。8プライマリ入力、2MEのHD対応スイッチャーがこの値段というのは、常識的に考えれば従来の1/5~1/10の値段だ。
■ ワンポイントサラウンド収録を可能にする「Holophone Mini」 デジタル放送の特徴は、なにもHDだけではない。音声のサラウンド化への取り組みもまた、重要なテーマとなっている。しかし現状では、5.1chの同録は、マイクセッティングからマルチトラックレコーダの準備までかなり大がかりなものになってしまう。したがってどうしても2chで収録したのち、スタジオでいろんな音を足して、なんとか5.1chの体裁を整えるという作業となる。 だがそれができればまだ予算があるほうで、普通の番組レベルではなかなかサラウンドでの放送は行なわれていないのが実情だ。このような問題を解決するソリューション、ワンポイントでサラウンド収録ができるマイクロホン「Holophone H2-PRO」の小型版、「Holophone Mini」が、SRSのブースに展示してあった。まだモックアップだが、予価2,500ドルだという。 サラウンドマイク本体は直径15cmほどの卵形だが、ミソはその下にあるモジュールにある。この「Pocket PME」と呼ばれるモジュールは、プリアンプ、モニタ、SRSサークルサラウンドエンコーダの3機能を持っている。サークルサラウンドはすでにFM東京やFM横浜などで採用が進んでいるが、サラウンド音声を2chにエンコードして記録・放送し、再生時にデコーダを通すことでサラウンドのマルチチャンネルに戻す技術だ。この方式の特徴は、2chにエンコードした音声をそのまま聞いても、違和感のないステレオ放送になる、というところである。
収録後は普通に2ch音声の素材として編集し、MA作業の時にデコーダを通してサラウンドに戻し、整音を行なうといったこともできる。編集時にサラウンド環境を用意しなくても済むのは、画期的だ。 Holophoneは長らく日本に販売店がなく、並行輸入でしか買えなかったのだが、このたび「オーディオ・プロセッシング・テクノロジィ株式会社」がディストリビュータになった。
■ HDV収録のモニタリングをPCで行なうSerious Magic「DV Rack」 HDVカメラの登場以降、番組制作用途でも導入の動きが激しい。だがHDVでの本格的な撮影で問題になるのは、モニタリングをどうするかということだ。例えばガンマやブラックストレッチなどを変更するなら、ちゃんと波形モニタで信号の状態を確認する必要がある。 撮影現場でこれをやるには、撮影時にピクチャモニタを始め波形モニタ、ベクタースコープなどモニタリング装置一式をラックに入れて、持っていくしかない。しかし低予算でHD収録が可能だからこそHDVを使っているわけで、収録でそれだけの機材が必要になったら、全くコストダウンにならないのである。 ではそういうものなしで絵を作ろうと思ったら、今度はカメラ本体の液晶モニタだけを頼りに設定を行なうことになる。そうなればどこまでカメラ本体のモニタを信用して良いのかということにかかってくる。 Serious Magicの「DV Rack」と「HDV PowerPak for DV Rack」のセットは、この問題を解決するPC用ソフトウェアだ。HDVカメラからIEEE 1394ケーブルでノートPCと接続すれば、画面上にピクチャモニタ、波形モニタ、ベクタースコープ、オーディオ用スペクトラムアナライザなどが表示できる。また映像をHDDにレコーディングすることも可能だ。
一番メリットがあるのは、ロケ現場でちょっと凝った絵を作るときだ。もちろん本物の波形モニタと同等の精度は期待できないかもしれないが、バッテリで駆動できるノートPCだけである程度の指針が立てられるならば、いざというときに役に立つ便利なツールである。 DV用のソフトウェア「DV Rack」はすでに昨年から発売されており、日本ではLightwaveのディストリビュータとして知られるD-STORMが代理店となっている。これにHDVの機能を追加する「HDV PowerPak for DV Rack」は今年7月ごろの発売を予定しており、予価195ドルとなっている。
■ 地味ながら世界初、5秒でスタジオカメラに変身するソニー「DHLA-1500」 プロ用ビデオカメラというのは非常に値段が高い。だいたいレンズなしで1,000万円ぐらいなので、もう値段などはあってないようなものなのだが、いくら放送局でもそう何台もホイホイ買えるわけではない。 そこでスタジオで使用する大型カメラと、屋外の中継などで使うポータブルカメラを使い回そうという試みが以前から行なわれてきた。具体的には、スタジオカメラとしてのスペックを備えたレンズや運台などのガワの中に、ポータブルカメラをドッキングさせて使おうというわけである。 すでにこのような製品は各社から出ているが、結線やレンズマウント変更などが面倒で、非常に時間がかかるのが問題であった。今回ソニーではこれを約5秒で着脱完了するシステムを発表した。 マルチフォーマットカメラ「HDC-1500」と、大型レンズアダプタ「HDLA-1500」の組み合わせでは、カメラ底部にある接続端子を使ってレンズアダプタに接続するため、改めてケーブル類を接続し直す必要がないのがメリット。またレンズマウントも独自のリング機構により、ポータブル用レンズのバヨネットと、スタジオレンズ用のハンガーマウントが切り替わるようになっている。着脱は電源を切って、ロックレバー2本を下げるだけ。
またカラービューファインダはモノクロに比べて奥行きが長いため、どうしても後ろにでっぱってしまっていたのだが、ハンディカメラのハンドグリップが簡単に横に外れるようになっており、その分だけカラービューファインダを前に突っ込めるように工夫されている。 首都圏キー局では、スタジオワークとフィールドワークは機材も人も全く別なので、カメラのようなリソースを共有することはない。しかし地方局やCATV局など小規模の放送局では、スタジオカメラとフィールド用ハンディカメラを使い回すことができたら、撮影機材の大幅なコストダウンが見込めることになる。
■ 総論 今までフルHDでの番組制作を実現しようと思ったら、非圧縮ハイエンド機材を使うか、あとは生中継ぐらいしかなかった。しかし今回のNABでは、HDVを始めとするリーズナブルなHD番組制作を実現する方向の製品が数多く登場してきている。多くの製品が年内発売を目指しているものの、実際に製品がリリースされてその効果が市場に反映されるのは、おそらく来年初頭以降になるだろう。 その一方で難しくなってきているのが、番組制作の技術支援を行なうポストプロダクション業務だ。局、あるいは制作会社向けのリーズナブルな製品が台頭してくれば、従来ポストプロダクションが持っていたハイエンド機材が必要なくなってしまう可能性も出てきている。ひいてはポストプロダクションという業務そのものが必要とされなくなってくる事態も、また有り得るだろう。 昨今ではNHKの番組制作費横領問題、そしてライブドアとフジテレビの買収騒動以来、放送と金という部分がクローズアップされている。その中で番組制作のワークフローも、放送局、制作会社、ポストプロダクションの間で、一度リセットせざるを得ない状況になりつつあるのではないだろうか。 いいコンテンツを作るのは、所詮「人」なのである。才能ある人間が手軽に機材やフォーマットを扱えるようになったとき、初めて放送のデジタル化が意味ある革命として評価されることになるだろう。
□NAB 2005のホームページ (2004年4月27日)
[Reported by 小寺信良]
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