■ アカデミー賞を4部門を獲得
結局、主演男優賞は「Ray/レイ」のジェイミー・フォックスが獲得。レオナルド・ディカプリオは、またもオスカーを逃してしまった。この争いが、第77回アカデミー賞の話題を独占してしまう形になったが、主演男優賞以外の主要部門である、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞の4部門は、ミリオンダラー・ベイビーが独占した。作品としては、ミリオンダラー・ベイビーが最も高く評価されたといっていいだろう。 ミリオンダラー・ベイビーは、クリント・イーストウッドが監督、製作、主演し、音楽までも担当している。クリント・イーストウッド監督の映画では、「ミスティック・リバー」が、第76回アカデミー賞主演男優賞と助演男優賞を獲得しているが、この時は、イーストウッド自身はオスカーを手にできなかった。その無念を、ミリオンダラー・ベイビーで、自身2度目となる作品賞と監督賞を受賞して、晴らしている。 ちなみに、ミリオンダラー・ベイビーはアカデミー賞以外にも、ゴールデン・グローブ賞、NY映画批評家協会賞、シカゴ映画批評家協会賞、サンディエゴ映画批評家協会賞、シアトル映画批評家協会賞の監督賞など、全米で30を超える賞を受賞。興行的にも、全米興収1億ドルを超え、日本でもピカデリー1チェーンで興収20億を突破したという。 俳優と監督の両方でここまで成功している人は、ハリウッドでも稀有の存在。そんな、第77回アカデミー賞を沸かせた3作品は、すでに「Ray/レイ」と「アビエイター」はDVD化されているが、「ミリオンダラー・ベイビー」だけ、DVD化が他の2作品より遅れていた。
両製品とも本編ディスクは同じだが、3-Disc アワード・エディションには、オリジナル・サウンドトラックを収録した音楽CDと、ブックレットが付属。デジパック仕様で、外箱に収めたパッケージとなっている。また、特典映像についても、3-Disc アワード・エディションの方が約27分多く収録されている。
通常版との価格差は2,100円と小さくはないが、通常版とは映像特典も違うということもあって、差額はサントラCD代と思い、3-Disc アワード・エディションを購入した。
■ ボクシング映画だが、語りたいことはボクシングではない ミリオンダラー・ベイビーは、F・X・トゥールの短編集「Rope Burns」(文庫本「ミリオンダラー・ベイビー」、早川書房刊)に収録されている、同タイトルの短編小説が原作。イーストウッドは、「出版前にあらすじを読んで、なんとしても手に入れようと思い、改めて完成した本を読み、映画化しようと決めた」という。 試合中にボクサーが出血したときに、応急処置で止血して次のラウンドも戦い続けるようにする「カットマン」のフランキー(イーストウッド)。彼は、トレーナーとしてジムを経営し、有力なボクサーを育てているが、育てた若者は挑戦を求めて、消極的な彼の元を去っていく。 そんなジムに、ボクサー志望の女性、マギー(スワンク)が現れる。年齢は31歳。フランキーは、「女性にはつかない」と断る。しかし、トレーラー暮らしで育ち、現在も極貧生活を送るマギーは、ウエイトレスの仕事を掛け持ちしながらジムに通いつめ、仕事以外のすべての時間をボクシングのトレーニングに費やす。 そんな、ボクシングに打ち込むマギーを見て、フランキーも徐々にボクシングを教えるようになり、やがて、トレーニングを通して心を通わせていく。娘に縁を絶たれた男と、家族の愛に見放されてしまった女。不器用な2人が、互いに足りない部分を埋めるように歩み寄っていく。 フランキーのトレーニングを受けて、マギーはボクサーとしても頭角を現し試合で連破を重ね、遂に100万ドルをかけた世界タイトル戦に出場することになった。しかし、その試合で、思いもよらぬ悲劇が彼女を襲う……。 原作者のF・X・トゥールは'30年に生まれ、海軍を除隊後、メキシコで闘牛士やバーで働いたりした後、50歳近くになってからボクサーを志し、その後トレーナー、カットマンに転じた。しかし、'96年に心臓発作を起こし、三度の手術で一命を取り留めた。それをきっかけに、書きかけていた小説を書き上げ、2000年にRope Burnsを出版し、70歳で作家デビューを果たした。しかし、F・X・トゥールは、アカデミー賞受賞の報を聞く前に、2002年9月に手術後の合併症で死去している。 「どん底の生活から、ボクシングで這い上がる」というあらすじだと、「女性版ロッキー」のようだが、そう思って観ると完全に裏切られる。この映画で主題となるのは後半部分で、そこに向けての導入としてボクシングーを使っているだけともいえる。ロッキーの様な爽快感ではなく、考え込まされることは間違いない。 イーストウッド自身も「これはシンプルなラブストーリーだ」と言い切っている。といっても、「恋愛」の様な甘いものではなく、「親子愛」とも異なる、人間のもっと深いところにある“絆”が描かれている。ただ、主題の部分を書くとネタばれになってしまうのが、レビューとしてはもどかしいところ……。2004年末~2005年初頭にかけて、米国で政治問題にまで発展した激しい騒動とも、図らずもリンクしていることも、この映画の米国での評価に影響を与えているだろう。 導入部分としてはボクシングでなくてもいいわけだが、原作のF・X・トゥールの人生が投影されているという意味で、ボクシングである必然があり、他のスポーツではなくボクシングを媒介とすることで、フランキーと、マギーの絆が深まることに、より共感できるように思う。 その絆が強固であればあるほど、後半のマギーを襲う悪夢に、フランキーが苦しむ。全体のストーリーとしては、他のイーストウッド映画同様、独特の正義感が貫かれている。イーストウッド映画は原作があるものが多く、イーストウッドのオリジナルストーリーではないが、「社会や宗教には影響されず、自身で決断し実行する」という原作を選んでいるという点で、共通している。 また、背景は語らず、観客に想像させるのもイーストウッド流だ。フランキーが娘に縁を絶たれた理由も、ほとんど描かれない。DVDの映像特典の中で、イーストウッドは、「解釈は観客にゆだねた。『ミスティック・リバー』と同じように、この映画のラストも観客が自ら考えねばならない。フランキーはどこで、なにを思っているのか……」と話している。 フランキーが最後に下した決断自体は、観る人の死生観により賛否が分かれるだろう。ただ、イーストウッドとしては蛇足なのだろうが、個人的には、映画の中でもフランキーがその決断したことで背負う思いを、もう少し描いて欲しかったと思う。 ストーリーだけでなく、出演者もクリント・イーストウッドに加え、ヒラリー・スワンク、モーガン・フリーマンという実力派のハリウッドの大スターが抑えた演技で、作品の世界観を作り上げている。フリーマンは映像特典の中で、「演技は、芝居(acting)」と「反応(reacting)」の2種類しかない。芝居は大げさで好きじゃない。優れた俳優と共演するときは、相手に耳を傾け反応するだけでいい」と語っており、この映画で見事に体現して見せている。 また、スワンクは、撮影前の3カ月間のトレーニングで鍛え上げ、映画の中では世界チャンピオンに4度輝いた女子プロボクサーのルシア・ライカーらと、実際に戦っている。だから、ボクシングシーンはリアルだ。
■ 画質は良好
DVD Bit Rate Viewerで見た平均ビットレートは7.20Mbps。片面2層で本編は133分ということを考えると少々高めだ。今時のDVDとしては珍しく、本編ディスクには本当に映画の本編以外のコンテンツは、まったく収録されていない。音声も英語、日本語ともにドルビーデジタル5.1chのみで、DTSトラックや、オーディオコメンタリなどもない。 本編だけに徹していることもあって、画質は総じて良好。解像感は高く、暗部ノイズも目立たない。全体的に暗いシーンの多いが、人物にはしっかりライティングされ、背景とのコントラストが高い映画の雰囲気をうまく再現している。フィルム的な質感も残しながら、パッと見の解像感と彩度の高さをバランスさせてまとめている。DVDとしては、水準以上の画質だ。 音声のビットレートは英語、日本語ともに448kbps。なお、日本語吹き替えは、クリントン・イーストウッドは樋浦勉、ヒラリー・スワンクは本田貴子、モーガン・フリーマンは坂口芳貞が担当している。 映画の内容的に、サラウンドを活用して音がグルグル回ったり、サウブウーファがうなったりはしないが、ボクシングのシーンではLFEを活用して、痛みが伝わってくる音響を作っている。その意味では、5.1chの意味はあると言えるだろう。なお、チャプタ数は37で、133分の作品にしてはきめ細かく設定されている。
「ジェームズ・リプトン 3人と語る」では、イーストウッド、スワンク、フリーマンの3人をジェームズ・リプトンがインタビュー。冒頭に獲得したオスカーを机に並べているのが壮観だ。イーストウッドは「前年も授賞式に出席したが手ぶらで帰るのと、両手に荷物があるのでは大違いだ」と受賞の喜びを語っていた。 裏話として、脚本のハギスが出来上がった脚本の初稿をイーストウッドに渡して、「意見を聞かせてください、直します」というと、「その必要はない」と答えたことが明かされる。通常、映画の脚本は何十稿も改訂を重ねるので、ハリスも「そんな監督は他にはいない!」と驚いていた。実際に初稿で映画を作ったわけだが、イーストウッドは撮影現場で変更を加えることはあるという。このあたりの柔軟性は、俳優出身ならではなのかもしれない。 また、スワンクは、15歳で母娘でハリウッドに所持金75ドル出てきて、デニーズの朝食を分け合ったりしたと語り、マギーの境遇と重ねあわせているも、興味深い。 「製作者の15ラウンド」では、イーストウッドは「いい作品を作りたければ、リスクを恐れてはならない」とするが、「撮影は38日間で、そのうち5日間は半日のみ。時間外労働はゼロ。彼のような監督には会ったことがない」とも語られている。 3-Disc アワード・エディションのみの特典の中で、一番面白かったのが「撮影風景」。イーストウッドがボクシングの演技指導がしているところを見ることができる。このコンテンツ以外の映像特典では、実際の撮影風景がほとんど出てこないので、この映像は貴重だ。 ただそれ以外の3-Disc限定の映像特典は、「イーストウッド来日インタビュー」は画質がぼやけていてかなり悪く、「スワンク+フリーマン来日記者会見&ジャパンプレミア」も、白飛びしかけで画質がよくないのは残念なところ。内容的にも、余程のファンでないと、それほど興味が持てないかもしれない。 もう1つの3-Disc アワード・エディションのみの特典、サントラCDには20曲が収録されている。若いころからピアノをたしなみ、ジャズやカントリーを愛好家であるイーストウッド自身が、本作ではほぼ全編に渡るスコアを手がけている。その意味では、他の映画のサントラに比べると、より映画の内容に対する関連性は高い。なお、レニー・ニーハウスが、それをオーケストラ用に編曲し、指揮も担当している。 ちなみに、BOXING BABYとBLUE DINERは、クリント・イーストウッドの実の息子のカイル・イーストウッドと、マイケル・スティーヴンスの共作、共演となっているのも注目だ。
■ かなりイーストウッドのファン以外は、通常版で十分
内容的には良くも悪くも、まさにアカデミー賞の審査員が好みそうな作品だ。ただ、結末を意図的に観客に預けることで、観た人が「自分ならどうするか?」と考える余地が残されており、後味は悪くない。全体的にキリスト教的な宗教感がベースにあるので、キリスト教の知識があるほうが、フランキーの苦悩をより理解できだろう。 価格的には通常版が3,990円で、現在のハリウッド作品のDVDとしては標準的。映画の内容として、十分満足できる。6,090円の3-Disc アワード・エディションに付属するブックレット、「『ミリオンダラー・ベイビー』のすべて」は、カラー41ページ。 ブックレットの内容はかなり豊富で、高画質なシーン写真も多く使われていて、完成度は高い。米国人でないと理解するのが難しい宗教観や、各キャラクタの背景、ボクシングについてなども説明されているので、意図的に説明が省かれている映画本編の内容を補強してより理解を深めるのに役立つ。また、「24ページ以降の記事は本編を最後までご覧になってから、改めてお読みになることをお薦めします」と書かれており、配慮も行き届いている。 とはいえ、かなりのクリント・イーストウッドのファンでないと、3-Disc アワード・エディションは価格に見合った満足感を得られないかもしれない。映画を楽しむだけであれば、通常版で十分だろう。
□ポニーキャニオンのホームページ (2005年11月1日) [AV Watch編集部/furukawa@impress.co.jp]
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