~ 音楽CD低迷時代に実験的活動を試みる「TINGARA」 ~ |
音楽ユニット「TINGARA」のHIDEO氏 |
TINGARAは現在HIDEO氏、TSUGUMI氏の二人で活動している沖縄系ヒーリングミュージックの音楽ユニット。「公共広告機構」のCMミュージックやFMラジオ局「J-WAVE」のジングルに使われていたりしたので、そのサウンドを聴いたことのある方は多いはずだ。またこのDigita Audio LaboratoryにおいてはMP3やAAC、WMAといった音質チェックにTINGARAのインディーズ時代のアルバムから「夜間飛行」という曲を使わせてもらった。
TINGARAのファーストアルバムは'99年のインディーズレーベル。もっともTSUGUMIさんは'90~93年には、「りんけんバンド」のメンバーとしてキーボードを担当していたなど、ミュージシャン暦はとっても長い。そのTINGARA、2001年にビクターエンタテインメントに移籍してメジャーデビュー。ここで3枚のアルバムを出した後、昨年はポニーキャニオンから5枚目のアルバムをリリースした。
毎年1枚のアルバムを出してきたが、今年は見送ることにしたという。HIDEO氏は「いまCDの市場はどんどん小さくなっているように思うんです。昨年出したアルバムは我々としては最高の作品だと思っているのですが、CDという商品でだけ出していたのでは、あまり広まらないのが実情です。ミュージシャンとしては、作品ができたら、早く聴いて欲しい、そして反応が欲しいと思うのですが、その反応が悪い。せっかく作ったコンテンツを、もうなんてことのない商品に成り下がったCDという流通に流していいんだろうか? と疑問を持つようになりました」と語る。
もちろんCDを完全に捨てたわけではないが、“それだけのためにはやりたくない”と考えるようになったというのだ。とはいえ、何もしないと忘れられてしまう。またブログで書いても「ミュージシャンは音を届けなくてはダメだ」ということから、実験としてこの4月からPodcastでの番組提供をはじめている。当初は週に1回程度番組を作れればと考えていたそうだが、実際にやってみると思いのほか簡単で受けもよかったため、週に数回、ときには毎日といったペースで番組作りをしている。
もっとも実験という意味では、これが初めてではない。これまでの音楽制作スタイルもかなり実験的であり、業界の異端児的な存在でもあった。
「TINGARAは作詞、作曲からプログラミング、レコーディング、ミキシングまですべて二人で行なっています。マスタリングの手前まですべてです。しかもプロ用のツールを使わないのが特徴かもしれません。すべてWindowsマシンで作業しているんですよ。マシンはD-RECというお店でチューニングしてもらったAthlon64のマシンに「Cubase SX2」を走らせています。また音作りはすべてパソコンの内部で行なっていて、外から音が出るのはマスタリング時が初となります。もちろんモニタリングはしていますが、すべてパソコン内部で完結させるのが我々の音作りの特徴です」(HIDEO氏)
確かにプリプロにこうした機材を使うミュージシャンはいるが、すべてをここで行なってしまうプロミュージシャンは少ない。今回マンションの中にあるHIDEO氏のプライベートスタジオにお邪魔したが、ボーカルの録りまですべてここで行なっているのだそうだ。
このスタジオで最新曲「Jupiter」を聞かせてもらった。それはCDの再生ではなく、Cubase SX2で最終ミックスした32bit/48kHzのサウンド。非常に高いクオリティのサウンドだが、その中身を覗かせてもらったら、結構ユニークなトラック作りがされていた。ソフトシンセとしては、以下の3製品が使われている。
また、KONTAKTのサンプリング音としてはEASTWEST製音源「Symphonic Orchestra」が使われていた。ボーカルはなんと32トラックも使われている。聞くと、それがTINGARAの音作りの秘密で、同じメロディーを何度も何度も別録りして重ねていくことで独特な厚み、デュレーションを作り出しているという。
「Cubase SX2」で最終ミックスを行なっていた | ソフトシンセは、NativeInstruments「KONTAKT」(左)や、SPECTRASONICS「ATOMOSPHERE」(右)などを使用していた。 |
録音やミックスはともかくとして、この曲自体もかなりチャレンジングな実験発表の仕方をしている。CDではなくPodcastを使って、無償提供しているのだ。
「ミュージシャンは、音楽でお金を稼ぐのだから、無償提供などしていては商売にならないのですが、何かをはじめなくては、とPodcastを使いMP3での発表をしているのです。今後は課金方法なども模索しますが、まずはどの程度の反響があるのかを見てみたいと思ったのです」とHIDEO氏は語る。
新曲をPodcastで流したのには理由がある。それはJASRACとの絡みであり、いくらミュージシャンのオリジナルの作詞、作曲、制作の曲であってもJASRAC登録してあるものは、ミュージシャン自身であっても勝手にPodcastで流すことができない。
「この辺にもとっても矛盾を感じています。やはり近いうちに音楽業界の構造そのものが大きく変わるだろうと思うし、現在その構造がひっくり返る真っ只中にいると感じています。それならば、構造変革に真っ先に取り組もうと、いろいろと画策しているんです。このJupiterという曲はホルストの組曲Jupiterをアレンジし、オリジナルの歌詞を載せたものです。もともとある人に依頼されて、その人のためにアレンジし、レコーディングまでしたのですが、事情があって、現時点でまだ発表されていないんです。そのため、バックトラックはCubase上にできていたので、それを利用してTSUGUMIのボーカルを入れてTINGARAの曲として仕上げたんです」(HIDEO氏)
TINGARAのPodcast番組の中で、Jupiterが流れているので、誰でもフル楽曲、聴くことができる。また、トーク番組だけのときは96kbpsのMP3を使うが、曲を流す場合は音質向上のために128kbpsで流している。この辺のビットレートについても伺ってみたところ、面白い話が出てきた。
「一般の人たちは16bit/44.1kHzになったCDからMP3を生成しているために音質劣化が気になるんだと思います。でも、32bit/48kHzから直接MP3にエンコードすると、かなりいい音になりますよ。一旦CDにしてからMP3にするより明らかにいいですね。それもあって、Podcastでの発表でも十分作品として行けると判断したんです」(HIDEO氏)とのこと。今度可能であれば、直接MP3化するのと、一旦CDを経由するのでどの程度の差が出るのかなども検証させてもらおうと思っている。ちょうど、Jupiterを16bit/44.1kHzに落としたデータもいただいたので、Podcastの音との比較もできそうだ。ちなみに、このJupiterにおいては、すべて自分たちで作業しており、マスタリングエンジニアも入っていないという。
「マスタリングというのは、そもそもCDでアルバムを作るための作業だと理解しています。またTINGARAでは、マスタリングエンジニアに対して常にレベル以外いじらないで欲しい、絶対にEQは触らないでとオーダーしてきました。ミックスダウンの時点でEQまで含めて完全なものに仕上げているので、マスタリングで音を変えて欲しくないんです。その意味では単独の曲をMP3で出すのにマスタリングエンジニアはまったく不要なんですよ」とHIDEO氏。本当にいろいろな面で実験を続けている音楽ユニットである。
すでにゲスト参加したPodcastの番組が2本分、「Radio TINGARA」から配信されているが、次回は、Skypeをどのように使ってこの番組を制作したのかなどについて紹介する予定だ。
□TINGARAのホームページ
http://www.tingara.com/
□Radio TINGARA
http://www.TINGARA.com/mt/archives/060_podcast/index.php
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(2006年6月26日)
= 藤本健 = | リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。 |
[Text by 藤本健]
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