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第243回:携帯プレーヤーの音質補正機能を検証 その1
~ 検証用の3種類の素材を公開 ~



 ポータブルオーディオプレーヤー市場では相変わらずiPodが強いが、競合各社はiPodに対抗すべくさまざまな試みをしている。そんな試みの中、最近目立ってきているのがMP3やAAC、WMAなどの圧縮サウンドの音質補正機能の搭載だ。

 こうした機能は果たしてどの程度の効果があるものなのか、今回からDigital Audio Laboratoryで数回にわたって、圧縮サウンドの音質補正機能の効果について調べてみたいと思う。



■ 各社が多様な音質補正機能を採用

 CDのサウンドをMP3やAAC、WMAなどのフォーマットに変換すると、設定したビットレートにもよるが、音質は劣化してしまう。人の耳では気づかないような形で、さまざまな音の成分を間引くことで圧縮しているわけだが、劣化で最もわかりやすいのが、16kHz程度以上の高域成分のカットだ。

 人の声はもちろん、各楽器は倍音成分を持っており、それがその楽器特有な音を作り出している。たとえ音程的には低い音であっても、高域の音は音色にとって大きな意味を持っているのだ。そのため、高域がカットされ、倍音成分がなくなると、音色自体が微妙に変化してしまう。

 そこで、演算によって圧縮によって消えてしまった高域成分を補い、原音に近い雰囲気へ補正する技術を各社が開発し、ポータブルオーディオプレーヤーに組み込んでいる。もっとも、こうした音質補正技術は、突然登場したというわけではない。たとえばケンウッドの「Supreme」は結構古くからあり、TDKからはPC上でSupreme、Supreme2を利用できるプレーヤーソフト「MP3 Audio Magic」シリーズを発売していた。残念ながら、TDKの一連のシリーズの発売は終了してしまったが、そうした機能がより手軽に利用できるようにと、各社のポータブルオーディオプレーヤーに組み込まれてきている。

 最近のプレーヤーでは、以下のような技術が投入されている。

  • パナソニック、D-snap Audioシリーズの「リ・マスター」
  • 東芝、Gigabeatシリーズの「H2Cテクノロジー」
  • ケンウッド、Media KEGの「Supreme」
  • ビクター、「XA-C109/C59」の「CCコンバータ」
「リ・マスター」を内蔵するパナソニック「SV-SD770V」 「H2Cテクノロジー」を備える東芝のgigabeat「V30T」

ケンウッド「HD30GA9」では「Supreme」が利用可能 ビクター「XA-C109/C59」は「CCコンバータ」を内蔵する

 Digital Audio Laboratoryでは以前、MP3 Audio Magicを使ってSupremeの効果をチェックしたことがあったが、今回は、ハードウェアに組み込まれた各社の性能を比較していく予定だ。

 ただ、MP3 Audio Magicを使った場合とは異なり、パソコン上のソフトウェア上ですべてを検証することはできない。ソフトウェア上で完結していれば、補正結果をデジタルデータで取り出すことができるが、ハードウェアに組み込まれていると、どうしてもアナログを介在させるしかない。そのため、どうしてもある程度の誤差は生じてしまい厳密な比較はできないが、ある程度の傾向は見えてくるはずだ。



■ 実験方法を考える

 実験方法としては、基本的には各プレーヤーで圧縮音楽ファイルを再生させ、その音をできるだけ高精度に取り込み、周波数分析をかけていくという手法だ。

 考え方としては、MP3 Audio Magicで使った手法と、iPodをはじめとするポータブルオーディオプレーヤーを評価した手法の2つを組み合わせたもの。機材としては、これまでもオーディオ機器の評価に利用してきたEDIROLの「UA-1000」を利用する。UA-1000の入力端子を各ポータブルオーディオプレーヤーのヘッドフォン出力と接続するとともに、内蔵されているプリアンプを利用してレベル調整をして録音する。この録音を精密に行なうため、ソフトウェアにはSony Media Softwareの「Sound Forge 8」を使う。

EDIROLの「UA-1000」 Sony Media Softwareの「Sound Forge 8」

 まずは下準備として、-6dBの1kHzサイン波を生成し、そのMP3ファイルを用意した(sine.mp3)。これをポータブルオーディオプレーヤーへ転送/再生し、UA-1000を使ってレベル調整を行なう。通常の再生で音が割れたりしないのであれば、基本的にはプレーヤーを最大音量に設定することにした。というのも、録音した結果が-6dBピッタリになるようにするには、UA-1000のプリアンプで音量調整をする必要があるが、プリアンプで乗るノイズや歪を最小限にするためには、プレーヤー側の音量をなるべく大きくしたほうがいい、という判断からだ。

-6dB/1kHzのサイン波
sine.mp3
(158KB)

 なお、以前iPodなどの音質を評価した際に、入力を-6dBピッタリにそろえると、0dB近い音量の信号が来た際にクリップしてしまう可能性があるので、やや余裕を持たせるために-7dBに設定することにした。

 レベル調整が整ったところで、音量ゼロで作った無音のMP3ファイルをプレーヤーに再生させて、それをUA-1000で録音する。これは圧縮オーディオの音質補正とは直接関係ないが、プレーヤーの持つノイズレベルがどの程度かをチェックするためだ。取り込んだ音をSound Forge上で拡大表示させると、無音時のノイズの大きさが視覚的に確認できる。

無音のMP3
none.mp3
(158KB)

入力は、やや余裕を持たせるために-7dBに設定 Sound Forgeでプレーヤーのノイズレベルをチェックする

 さらに、この状態で先ほどの-6dBのサイン波も録音。これをフリーウェアのWaveSpectraにかけることで、サイン波の歪具合が見え、S/Nのチェックもできる。もちろん、サイン波をWAVファイルからMP3へ圧縮する時点でも歪が生じるが、それと比較すれば、プレーヤーの性能が見えてくるはずだ。

 なお、ここまでの準備においては「リ・マスター」や「H2Cテクノロジー」などの音質補正機能はオフの状態で作業していくが、参考までにこのサイン波については音質補正機能をオンでどうなるかもチェックしておくといいかもしれない。

左がオリジナルで、右がD-snapの場合。サイン波の歪具合を見ることで、プレーヤーの性能が見えてくるはずだ


■ 3つの素材で補正機能ON/OFF時の違いをチェック

 次に、音質補正機能のオン/オフでどの程度の差が出るかを見ていくのだが、その素材として3つの音を用意した。まず一つ目は倍音成分の状況がハッキリとわかる矩形波。-10dBの1kHz矩形波のWAVファイルを生成したが、これをSound Forgeで波形表示させると、クッキリした波形であることがわかる。

 また、これを周波数分析すると、サイン波とは明らかに異なり、周期的な倍音が発生しているのがよくわかる。また横軸を指数表記にしてみると、低域には100Hz、200Hz、300Hzと100Hzごとに信号が発生している。これは1kHzの整数倍でない44.1kHzでサンプリングしたためのノイズと思われる。あまり気にすることはないだろうが、これがどう変化するのもひとつのチェックポイントになるかもしれない。

【お詫びと訂正】
 記事初出し時に、サイン波の解説で、一部誤った記述がありましたので、訂正させていただきました。(2006年7月11日追記)

矩形波(WAV)
test1.wav
(1.68MB)

倍音成分の状況がハッキリとわかる矩形波をSound Forgeで波形表示 周波数分析すると、周期的な倍音が発生しているのがよくわかる 横軸を指数表記にすると、低域にも整数分の1の周波数が発生している

 このファイルをSound Forgeに内蔵されている「Fraunhofer-IIS」のMP3エンコーダを用いて128kbpsのMP3ファイルに変換した。デフォルトではJoint Stereoモードになっているが、普通のステレオモードにしたほうが、圧縮音の特性がよりハッキリと現れるので、そのようにしている。

test1.wavを128kbsでエンコしたMP3
test1.mp3
(158KB)

 MP3ファイル化した結果を改めてSound Forgeで波形表示させて見ると、ギザギザと歪んでいるのがわかる。また、周波数分析をかけると、高域がバッサリとカットされている一方、低域にはノイズが混入しているのが確認できる。このカットされた部分が波形がギザギザになったことに影響を与えているのであろうと想像できる。

Joint Stereoモードよりも普通のステレオモードの方が、圧縮音の特性がよりハッキリと現れる MP3ファイル化したものをSound Forgeで波形表示 周波数分析をかけると、高域がバッサリとカットされている 低域にはノイズが混入しているのが確認できる

 二つ目の素材は音楽ファイル。以前、「iPodに最適なMP3を作る」で利用したドラムとベースで構成された簡単なフレーズ。MP3で変化しやすいハイハットなどの音に着目するとその違いを比較しやすい。元のWAVファイルと、MP3化したファイルを、周波数分析して比較すると、やはり高域の欠け具合がよくわかる。

ドラムとベースで構成された簡単なフレーズ
test2.wav
(2.02MB)
test2.mp3
(189KB)

左がWAVで右がMP3。高域の欠け具合がよくわかる

 三つ目の素材も同様に音楽ファイルだが、こちらはプロの楽曲。前回前々回で紹介したTINGARAの新曲で、実験的にCD化せずにWeb上でMP3ファイルとして公開した「JUPITER」の一部だ。TINGARAのWeb上ではMP3ファイルが無償で入手できるが、好意により16bit/44.1kHzの非圧縮データを提供していただいた。

 曲全体では5分28秒もあり、実験素材としてはやや長いため、ここから比較的変化に富んだ部分を切り出して1分のファイルとした。また、それを128kbpsのMP3ファイルにしたものも生成した(Jupiter.mp3)。これらも周波数分析した結果を比較してみると、ほかと同様に高域成分が欠けているのがよくわかる。

TINGARA/JUPITERの一部
test3.wav
(10MB)
test3.mp3
(939KB)

TINGARAのJUPITERから、一部分を抜き出し、MP3化した。左の非圧縮データと比べると、高域成分が欠けているのがよくわかる

 JASRAC登録した曲だと、著作権上、データの扱いが難しいが、このJUPITERはJASRAC登録していないため、今回のように音データを公開することが可能となった。もちろんTINGARAが公開を承諾してくれたおかげであり、感謝したい。

 以上がこれから行なう一連の実験の素材だ。これらを各デジタルオーディオプレーヤーで再生させるとともにUA-1000経由で録音した音を分析する。その際、音質補正機能がオンの場合とオフの場合でどう異なるのか、オンにしたとき、オリジナルのWAVファイルにどこまで近づくことができるのかが評価ポイントとなる。


□TINGARAのホームページ
http://www.tingara.com/
□関連記事
【2001年12月3日】【DAL】KENWOODのSupreme2を搭載したMP3ソフト
~「MP3 Audio Magic XPサラウンド」の実力~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20011203/dal37.htm

(2006年7月10日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


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