■ 高音質化へのアプローチ
オーディオの高音質化技術というのは、アナログ的なアプローチとデジタル的なアプローチに大別される。 アナログ技術の魅力は、割と理屈をすっ飛ばしたところにあると思う。いやもちろん理屈はあるのだが、風が吹けば桶屋が儲かる的な複雑な連鎖を伴うため、「やったこと」と「その結果」がものすごく離れているように見えるのだ。何かを貼る、あるいは置くだけで音が良くなるといったものは、その類だろう。こういうものは、本当に改善したのか気のせいなのかは、個人の判断にゆだねられる。 一方デジタル的なアプローチの特徴は、ロジックとしてのわかりやすさにある。こうなっていたものが、こうなります、だから音が良くなっているはずです、と理詰めで攻められると、そうかそうかと納得してしまう。要するにどのようなアプローチでも、聴き手を納得させた方の勝ちということなのかもしれない。 今年8月に発表された日立マクセルの「Bit-Revolution」は、九州工業大学と共同で開発したデジタル音質改善技術である。デジタル音源ではカットされていた高域周波数を復元することで、原音に近い音をシミュレーションするという。 どうやって、の部分は企業秘密でもあるため、詳細は明らかにされていないが、結果としてカットされた高周波成分を復元することで、自然音の状態に近づけるという点は納得させられる。年内には応用製品が発売されるということで、発表時から楽しみにしていた技術の一つだ。 そして11月25日、いよいよ最初の製品であるヘッドフォンシステムがリリースされる。「Vraison」(ヴレソン)というシリーズで、ハイエンド2タイプ、スタンダード4タイプだ。今回はハイエンドタイプのオーバーヘッド型システム「HP-OH48」をお借りすることができた。オープン価格ではあるが、予想価格は3万円前後となっている。 ソフトウェアはまだ最終版ではないが、音質評価はOKということなので、さっそくテストしてみよう。
■ 実はヘッドフォンがメインじゃない?
まず今回の「Vraison」シリーズがどういう製品なのかを、ざっと説明しよう。同梱品としてヘッドフォンが目立つわけだが、実はこれがメインではない。メインはWindows XPマシンで動作するソフトウェアにある。 音質改善のキモとなるソフトウェアは、サウンドドライバとしてシステムに常駐し、ソフトウェアの音楽プレーヤー、例えばiTunesなどのオーディオ出力を捕まえて、独自のオーディオプロセッシングを行なう。この結果は付属のUSBオーディオデバイスに送られ、そこでDA変換されてヘッドフォンを鳴らす、というわけである。 ソフトウェアの詳細は後で見ていくとして、まず付属ハードウェアから見ていこう。付属のヘッドフォンはユニット口径53mmの密閉型オーバーヘッド。かなり大型のエンクロージャで耳をすっぽり覆うタイプで、柔らかなイヤーパッドの感触もいい。頭部には柔らかく動く2つのパッドがあり、特にサイズ調整などしなくても、ピッタリフィットしてくれる。ただ若干、頭を上から鷲掴みされているような感覚がある。
この構造どっかで見たことあるなと思って探してみたところ、どうもオーディオテクニカ「ATH-A500」と同等品のようである。発売元である日立マクセルでは、これまでヘッドフォンを作ったことがないため、OEMは妥当な選択だろう。 ヘッドフォンのケーブルは1mと、ATH-A500に比べて大幅に短くなっている。これはエフェクトコントローラ兼用のUSBオーディオインターフェイスを間に挟むため、あまり長くなくてもいいという判断だろう。 ではそのUSBオーディオインターフェースを見てみよう。サイズ的にはiPod nanoより少し小さい程度で、厚みが倍ぐらいある感じだ。USBオーディオとしてはかなり小型である。上部にはWindowsマシンと接続するUSB端子、下部にはステレオミニのヘッドフォンとラインアウトがある。側面にはボリュームほか、補正効果を選択するためのボタンが付けられている。
なお、このUSBインターフェイスはバスパワーで動作するが、500mAフルに使用するため、電源なしのハブ経由では動作しないと思われる。製品にはもちろんUSBケーブルも付属している。 付属ソフトウェア、というかこっちがメインと言えばメインなのであるが、それをインストールする際には、先にUSBインターフェイスを接続しておかなければならない点は注意が必要だ。対応OSはWindows XP SP2のみ。 動作環境としては、CPUはPentium 4 1.6GHz以上だが、推奨は2.4GHz以上となっている。おそらく音楽を聴くためだけにPCを使うと言うこともないだろうから、平行で何か作業をするのであれば、Pentium 4 2.8GHz、Pentium M 1.6GHz以上あたりが目安となるだろう。 インストールすると、Windowsの規定のデバイスとして「Vraison controller VC-48」がセットされる。また詳細設定で「効果」の部分も同様に、「Vraison controller VC-48」にセットしておく。
■ 劇的な音質改善効果
ドライバをインストールして再起動すれば、もうVraisonが使えるようになっている。だがその前に、聴覚感度測定を行なっておくといい。使用者の聴覚を測定することで個人に合わせた特性で補正を行なうため、より正確な補正効果が期待できる。
測定中は、10kHzから20kHzまで順に3段階で出力を変えながら信号音が出る。聴き取れなくなったところで「認識不能」をクリックすると、測定終了である。 一般に人間の聴覚というのは20Hz~20kHzと言われているが、20歳あたりをピークに徐々に高域のほうから特性が落ちてゆく。また若い人全員が20kHzまで聞こえるわけではなく、これには個人差がある。落ちてゆく過程にも個人差があるが、これは年齢的なもので、誰にでも必ず訪れる劣化である。ただ若いうちから耳を酷使していると、特性は早く落ちる。ちなみに筆者は現在43歳だが、16kHz、-37dBで聴き取れなくなった。 音響工学を学んだ関係で、19歳の時に同じく聴覚感度測定を行なったことがあるが、そのときは18kHzまで聞こえていた。やはり年齢なりに特性劣化したことになる。 専用ソフトで測定した値は、ファイルとして記録される。Vrasionのコントロールパネルに「ユーザー適応」という部分があるので、ここから記録したファイルを選ぶと、その特性にあった補正が行なわれるというわけだ。
では実際に音楽を再生して、効果を試してみよう。Bit Revolutionの効果は、画面左上にある。補正を大幅に効かせた「リッチ」と、自然な感じに抑えた「ナチュラル」から選択。16kHz補間は、どちらでも効くようになっている。 一聴しただけですぐにわかるのが、ボーカルの輪郭である。音楽にはいろんな種類があり、いろんな楽器が存在するわけだが、人の声質は十人十色で個性が際だっている。この個性はすなわちその人の声に含まれる周波数成分のバランスによって決定されるわけだが、Bit RevolutionをONにすると、声の個性がいっそう引き立ってくる。 もちろん高域の音も立ってくる。ハイハットにスティックがぶつかる瞬間のアタックや、ルーズに開いたときにジリジリと触れあう金属感などがより鮮明になるのがわかる。全体的に、一歩前に出て聴いている感じだ。音圧が上がるわけでもなく、それぞれの楽器の輪郭というか肌触りがはっきりするという表現が正確だろう。 16kHz補間は、画面上に表示されるスペクトラムアナライザ表示によれば、MP3など圧縮音源を再生した場合に失われた16~20kHz付近の倍音を補正する機能のようだ。ただ残念ながら、聴感でほとんど違いが聴き取れなかった。
いろんなソースで試してみたが、効果が高いものと、そうでもないものがあるようだ。全体的に効果が高いのは、ジャズ・フュージョン系の、音数が少なくキレがいいタイプもので、特に録音状態のいいライブ音源では絶大な威力を発揮する。 方向性としては全く逆で面白かったのが、60年代の古い音源だ。例えばフィル・スペクターの「ウォール・オブ・サウンド」はオーバーダブを繰り返すことで独特のサウンドを構築したわけだが、ボーカルの解像度はどうしても甘くなる。もちろんそのにじみ具合がサウンドのキモであるのだが、Bit RevolutionをONにすると、これまで埋もれていたボーカルのニュアンスが甦る。えーこの人ってホントはこんな声だったんだー、という体験することができる。 一方あまり向いてないのがエレポップやテクノなどの打ち込み、サンプリング系の作品だ。これらはちょっと耳が疲れる音になる。特にサンプリング音源は、録音された音とは違った周波数で呼び出して面白い効果を発揮するため、倍音構成もかなり特殊なことになっている。ミックス時にはそれら余計な倍音をフィルタでカットするなどして、サウンドデザインしてまとめていくわけだが、それらのフィルタリングが取れたような状態になってしまう感じがする。
■ ヘッドフォンの能力は重要
Bit Revolutionが絶大な効果を発揮することはわかったが、疑問に思う部分もないわけではない。48kHzまで特性を伸ばすのは結構だが、付属のヘッドフォンは高級機から見れば、エントリークラスのものである。これよりも特性のいいヘッドフォンで聴けば、もっと効果がよくわかるのではないだろうか。 というわけで、今度はソニーの「MDR-SA5000」で聴いてみた。スーパーオーディオCD対応を謳うハイエンドモデルで、上限は110kHzまで再生可能である。Bit RevolutionがスーパーオーディオCD並みに音質改善するのであれば、鳴る方も当然それクラスのものであってしかるべきだろう、というわけである。 聞き比べてみると、やはり細かいニュアンスの描き方は圧倒的にMDR-SA5000のほうが表現力豊かだ。Bit Revolutionのモードは、「ナチュラル」で十分である。普段はいい音源で聴くときだけこのヘッドフォンを使用しているわけだが、MP3音源でも鳴らして楽しめる音に変わる。ただどうもADコンバータの特性か、普段よりも線の細いサウンドという印象がある。
そこで、イコライジングを試してみた。Vraisonのパネルにはグラフィックイコライザのほかに、音感EQというイコライザが装備されている。これが単なるイコライザと呼ぶには勿体ないほど、良くできている。縦軸がHEAVY-LIGHT、横軸がSHARP-SOFTとなっており、マウスでこの十字のエリア内にマーカーを置くと、そのポイントのバランスになるのだ。 直感的に操作できるため、欲しい音に一発で設定できるのは便利だ。ヘッドフォンの特性やソースの特性に合わせてこまめに設定を変えてやると楽しいだろう。 サラウンド機能もあるが、これは好みが分かれるところだ。プリセット値はかなり大げさで、製品の方向性には微妙に合わないように思う。またサラウンドをONにすると、定位が曖昧になって、明瞭度が少し下がる感じがある。サラウンドに関しては、もう少し革新的な技術が欲しい。 Vraisonのハイエンドモデルには、ライン出力も備えている。通常のステレオセットに出力することも可能で、補正の威力をスピーカーで聴くこともできる。ただこれも、普通のPC用のスピーカーでは改善効果は限られるだろう。やはりある程度のセットで聴いて、十分な効果を堪能するという製品だ。
■ 総論
音質を変えるという技術は、古くはBASS、TREBLEといったアナログフィルタから、デジタル化されたグライコなど、様々な手法が存在した。だが高速なCPUを使ってイコライジングとは違ったデジタルプロセッシングするという手法は、これからの主流となると思われる。 特に人間の可聴範囲を超えた周波数に対する取り組みは、ようやく近年ハイエンドオーディオで行なわれるようになったばかりの、新しい領域だ。そしてこれがソフトウェアでカバーできるようになれば、同時にPCの新しい領域も見えてくる。 SACDやDVD-Audioがなんだかこのままフェードアウトっぽい雰囲気が漂ってきている今、従来音源がハイエンドオーディオ並みにステップアップできる点は、目の付け所がいい。もちろん予測演算であるからには、本物とズレている可能性も否定できないが、うまくハマれば大きな効果が得られる技術だ。今も原稿を書きながらVraisonシステムで音楽を聴いているわけだが、Bit RevolutionがOFFだと、もうもの足りなく感じてしまうようになってしまった。 製品としては、今回ヘッドフォン付きというわかりやすい、ある意味コンサバティブなところから入ったところは、賛否が分かれるところかもしれない。というのも高音質化に興味を持つユーザー層であれば、普段から「ATH-A500」よりは上質なヘッドフォンをすでに使っている可能性は高い。そうなるとヘッドフォンはいらないから、もうちょっとDAコンバータ良くならないかとか、ハイエンド機なら標準ステレオジャックだろとか、いろんなところに目がいってしまう。 もっともこういった声は、これからの製品に反映されることだろう。来年にはスピーカーシステムや、Mac用システムへの展開も計画されているという。 いずれにしても、昨今の高音質へ向けての揺り戻し現象は、ピュアオーディオに憧れながらも若さゆえに手が出せなかった年齢層にとってはありがたい傾向である。日立マクセルと共に、オーディオメーカー各社の奮闘に期待したい。
(2006年11月22日)
[Reported by 小寺信良]
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