■ 変なオーディオ目白押し
最近、ソニーのオーディオ製品が面白い。「Rolly」はあまりにも面白すぎるが、9月に開催された「ソニーディーラーコンベンション 2007」では、参考出品を含め、数々のユニークな製品が数多く出展された。中でも一番個人的な興味を引いたのが、ヘッドホンのようだが実はスピーカーという、「PFR-V1」である。 実は以前からこの手の製品は存在した。スピーカーを耳にくくりつけるという意味で最もメジャーな製品は、コンデンサスピーカを使ったSTAXの一連の製品群である。だがSTAXは構造的に、通常のヘッドホンと同じように使うものだ。 とにかく耳からユニットを離すという点においては、Sennheiserの「Surrounder」やAKGの「K1000」という製品があった。究極のオープンエアを極めていくと、耳からユニットを離すという発想にたどり着くわけだが、これまでの製品は一般的に流行っている感じはあまり受けない。 ソニーの「PFR-V1」(以下V1)も、一般的に広く流行る製品かというとそこは微妙だが、これまでのシステムに比べれば、大幅に簡易化されていることは事実だろう。今回はV1の開発者に、製品の開発秘話をお伺いしてきた。
■ 低音を耳元に運ぶ発想の原点
V1のプロジェクトは、そもそも2年前からスタートした。ダクトを使って低音を耳まで運ぶというユニークな原理を考案したのは、オーディオ事業本部ACC担当部長である、山岸 亮(まこと)氏だった。 山岸:私自身、ヘッドホンの設計を7年半ぐらいやって来ましたが、そこでヘッドホンは卒業してスピーカーの設計に移ったんです。ヘッドホンに比べてスピーカーは、いろんな付帯音が聞こえてきます。それは床からの反射だったりキャビネットの反響だったり、とにかくスピーカーユニットからの音以外にいろんな音が乗ってくる。ヘッドホンの設計をしていたせいもあって、そういう音が非常に気になりまして。 少しでも不要な付帯音を減らしたい、その思いで「SRS-Z1」、「SRS-AX10」という商品を作りました。 小寺:なるほど。スピーカーでも小型のラインナップを得意とされていたんですね。 山岸:元々ポータブル音楽プレーヤーのユーザーに対して、もっと広がりがある音を提供したいと思ったんですね。それで小型に作ったのですが、どうしても小型だと、低音と音量が課題になります。ところがあるとき思いついて、試しにストローをSRS-AX10のバスレフダクトに付けて耳の近くに持ってきたところ、低音が出るんです。それを聞いたとたん「これだ!」と思いまして。
小寺:どうしてストローを付けると、低音が出るんでしょう。 山岸:ストローそのものがいいのではなくて、ダクトを使って低音を耳のそばまで持ってくることが重要なわけです。耳からの距離を半分にすると、倍の音圧になりますので。それ以外の音は遠ざけておいて、その比をうまく取ることで低音が補正できると。ヘッドホンと比べて広がりもありますので、これをなんとか商品化しようと思ったのが、一昨年の11月ぐらいですね。構想自体は、ほんの30分ぐらいで思いついたんです。 小寺:「イヤーフィールドスピーカー」というジャンルですが、過去にも他社でトライしている製品がありますよね。こういうものも意識されたんですか? 山岸:それはありましたね。私が入社したときには、技術研究所ですでにそういう研究がなされていました。スピーカーをほおぼねよりも前に出すと、音がすごく広がるんです。こういう原理自体は一般的に広く知られていて、研究もされていたのですが、実際の製品となると重くなるのが難点でした。それが普及しなかった原因かなぁと思いますけどね。そこでここから先はフィット感とかも含めて、機構の方でなんとかしないと、商品化は難しいなと思ったわけです。 ■ 難航した機構設計
その難題だったV1の機構部を担当したのは、オーディオ事業部シニアエンジニアの山口 恭正(ゆきまさ)氏だ。 山口:ちょうど2年ぐらい前に山岸が、後のV1になる原理モデルを頭にかけて聞いているのを見て、これはまた変なことやってるなと(笑)。ところが実際に聞かせて貰ったら、本当にヘッドホンでは出ないような臨場感と音の広がりがありました。これは絶対ものになるなと思いまして、一緒に是非やらせてくれとお願いしたわけです。 小寺:ですがそこから実際の製品化に至るまでは、2年ぐらいかかることになるわけですね。 山口:この製品では、耳のすぐ前に小型のスピーカーを配置しなければいけない。最初は軽量のヘッドバンドのハンガーのところにユニットを固定すればいいのではないかということで、作ってみたんです。ところがいろいろ実験しているうちに、女性とか髪の毛が多い人にかけて貰ったところ、髪の毛でユニットが浮いてしまって、ダクトが耳の穴の近くに届かないということがわかったんです。やはりこの位置をちゃんと出さないといけないということで、耳にかける機構を付けてみました。これはかけたあとはしっかりしてるんですけど、かけるまでが結構大変でした。
小寺:普通のヘッドホンと違って、人間の個体差がそうとう影響するようですね。 山口:スピーカーユニットの位置は固定してあげなきゃいけない、でも装着性はよくしなきゃいけないということで、今度はかけたあとにダクトを差し込むように、ユニット部が左右に回転するような構造を検討始めたんです。ただこれも、耳にかけるところからダクトの耳の穴の位置が、人によってだいぶ違うんですよ。だいたい15~16mmぐらい違いがあるので、そこを調節する機構もいれなければいけない。それじゃどうしようということで、今のデザインになったんです。 V1の装着方法は、ユニットを左右に広げておいてヘッドバンド部を装着したのち、ユニットごとダクトを耳穴に差し込むという、二段構えになっている。外すときはユニットを左右に広げて、ヘッドバンドを外す。一度自分のポジションが決まれば、着脱は難しくない。 山岸:ダクトの穴も最初は耳の穴の方を向いてたんですが、あるメンバーがわざと逆にした方が良いんじゃないかと提案しまして。なぜかと言いますと、中高音は直進性があるんですけど、低音は広がりますので、どっち向いてても低音の量がかわらない。ですがその代わり、ダクトを通ってきた余分な高音は減らせるわけです。
小寺:しかし耳のすぐそばで鳴らすわけですから、スピーカー用のユニットをそのまま使うわけにもいかないですよね? 山岸:発想のベースは「SRS-AX10」だったんですが、社内でユニットを設計しまして、全然違うものになってます。とにかく耳から離しますので、その分感度がヘッドホンより下がります。そこでマグネットも440kジュールという、世の中で普通に使えるものの中で最強のマグネットをダブルで使っています。 山口:さらにプレートとヨークという部品ですね。これまで鉄で作っていたものを、パーメンジュールという素材を使っています。パーメンジュールは鉄よりも磁束の通しやすい素材で、飽和の磁束密度が高い。普通の鉄ですと損失が起きちゃいますので、できるだけ最強のマグネットの力を十分に出すように、この素材を使っています。純鉄と比べても、素材単価が50倍から100倍もするんですよ。V1全部に使われている部品の中で一番高いんです。 山岸:鉄でも性能的には問題なかったんですけど、パーメンジュールは音質が良いんです。というのも、鉄に比べて、制震性がいい。鉄に比べて音が止まるので、いやな響きがしないんです。 ■ 目に見えない、だが音で聞こえる秘密
V1はスピーカが耳に密着せず離れているため、通常のヘッドホンよりもかなり大きくドライブさせなければ、音量が確保できない。そこで製品には、ブースターが付属している。ボリュームもなにもないシンプルなものだが、実はここにも大変なヒミツが隠れている。 ブースターの設計を担当したのは、オーディオ事業本部の金子 幸男氏だ。部外者から見ると、暴走するオジサン2人に巻き込まれた気の毒な若手という感じがする。 金子:ブースターの形とかサイズはもう決まっていて、音質向上ということで呼ばれたんです。単4電池が2本入ってるので、機構的には下の小さい部分しかないんですけど、デバイスもパワーアンプとプリアンプを使っています。V1は音質重視のセットなんで、プリもパワーも4種類ぐらい作りまして、音の評価をしました。デジタルアンプも検討したんですけど、最終的にはアナログのほうが良かったので、アナログアンプになっています。
山岸:ヘッドホンをいろいろやってきた経験からすると、デバイス側で音の悪いヘッドホン出力が多いんです。ですから大抵の場合はこれを付けていただいた方が、音はいいんですよね。 金子:使ってる部品の中でフィルムコンデンサがありますが、通常だと値段が高くて社内では使用禁止っていう部品があるんです。ですが色々実験していて、どうしても使いたいということで社内申請しまして、OKを取って使っています。このぐらい小さいスペースなんで、基板の方も普通は両面基板なんですけど、これは4層基板というHiFiで使うような高い基板を使いまして、集積度も上げました。 小寺:V1で狙った音というのは、どういうところなんでしょう。 山岸:音の広がりとか定位感を重視しています。頭の中に定位するのが好きという人もいらっしゃるんですけど、ヘッドホンなんだけどスピーカーに近い定位、頭の外に音が広がって欲しいという人も結構いらっしゃいまして。わたしもそうなんです。最初は純粋にオーディオ的に考えてたんですけど、実は映像と非常に相性が良いんで、映画を見たりゲームしたりすると結構はまりますね。 ■ 総論
今実際にV1をお借りして使っているところだが、この製品にはこれからの商品のネタも沢山詰まっていると感じている。例えば山口氏が考案したアームバンドの設計は、メガネのツルの部分をバイパスできるので、メガネ使用者にはすごく便利である。 またスピーカーを前方に位置させるという方法論は、もっと突き詰めると誰にでもわかりやすい効果が出る。現状の位置では音の広がり感にとどまるが、あと2cmほど前にずらすと、あきらかに頭内定位がなくなって前方からの方向性を感じる。ただこうすると強度や重量バランスの問題も出てくるので、そう単純ではないだろう。 また特徴的なダクトだが、これは人によって大きく評価が分かれるところだ。言うなればハードコンタクトレンズのようなものである。確かに効果があるのはわかるが、耳への異物感が大きく感じる人と、そうでない人に別れるだろう。いくらコーティングしてあっても、弾力性のない金属パイプを長時間耳に当て続けるのは、個人的には辛いものがある。 本当にこのダクトは耳に当てなければいけないものなのか、中空に浮かせておくわけにはいかないのか、耳に当てるならばもっと柔らかい別素材では無理なのか、といった要望が浮かんでくる。 山岸氏はこの製品をシリーズ化するまでに育てたいとおっしゃっていたが、この路線でどんどん変な? ラインナップを拡充していって欲しいと思う。それこそが、ソニーの元気の証なのである。
□ソニーのホームページ (2007年10月17日)
[Reported by 小寺信良]
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