■ EXシリーズ最高峰が登場
前回の「PFR-V1」と同じく、ソニーのディーラーコンベンションで気になった製品が、インナーイヤーEXシリーズの最高峰モデルとなる、「MDR-EX700SL」である。
これまでの最高峰「MDR-EX90SL」は、音導管をユニットから斜めに突き出すことで、これまでの密閉型インナーイヤーでは採用できなかった13.5mm径の大型ドライバを採用することができた。 このEX90は発売から1年半を経て、様々な派生モデルを生み出した。ソニーでも廉価モデルが登場したが、他社からも同様のコンセプトのものが登場するなど、革新的であったわけだ。 そしてこのEX90のさらに上位モデルが、今回の「MDR-EX700SL」(以下EX700)である。EX90を超える16mmという大口径ドライバを内蔵したが、音導管を今度は真横に付けたために、フィット感をまったく損なうことなく装着することができる。 このEX700についても、開発チームにインタビューを行なった。前回のEX90で音響設計を担当した太田 貴志氏は、EX90の商品企画であった間利子 佳奈氏と共に、EX700の商品企画を務めた。前回EX90の機構設計担当であった松尾 伴大(ともひろ)氏が音響設計を、そして新たに機構設計担当として、入社以来ずっとインナーイヤーの設計を務めているという室崎 勝功(かつのり)氏がチームに加わった。
■ 全く違った構造を持つEX700
小寺:今回はモデルナンバーが90から700と、大幅に上がってますね。これは何か意味があるんでしょうか。 太田:今回のEX700ってドライバが縦にささる感じなので、従来にない装着方法なんですよ。見た目には地味ですけど、内部的にはドラスティックに構造を変えた部分があって、がらっと違うシリーズという打ち出しがしたかったんです。 小寺:そう、今回はドライバに対して真横にダクトを設けてますよね。これは音響上で影響はないんでしょうか。 松尾:大口径のヘッドホンなどの場合は、振動板がどっちを向いているかというのは、高域における位相の乱れが無視できないので、聞こえ方に影響すると思います。ですがこの機種のような小口径のドライバを使用するモデルでは、ほとんど問題ないんです。さらにこの設計であることをふまえて、新たにドライブユニットも起こしてますので、筐体全体含めてトータルでベストな音作りになっています。 小寺:今回のモデルは、EX90より遮音性が良くなっていると思うんですが。 松尾:EX90は高音質指向で設計しているんですけど、実際に使われる場というの は屋外が多いんです。私も実際に電車の中などで使ってきましたし。ですからEX700では、EX90よりも更に密閉型らしい緻密な音質を得たいと考えました。そのため、より高い密閉度を持つ音響系を構築しました。音質を高めるという視点で、遮音性を高めようと思ったんです。 太田:もちろん企画担当として、市場の声も聞いたというところもあります。ユーザーさんからもEX90は音漏れするという声があったんで、今回はぜひ遮音性もという依頼をしました。 松尾:遮音性は音楽を聴く際に影響があることなんで、音響構造的に遮音性を高めるために、ドライバの振動板の厚みだとか材料、音響調整の部品を選んでいきました。また今回開口部が少ないのも、音作りをしていく中で密閉度を高めていった結果、開口部が少なくて済んだという経緯があります。 ■ 妥協なしの装着感
小寺:しかしドライバを縦にするなんてことを思いついちゃったら、今後はもうドライバのサイズはやりたい放題ですよね(笑)。
室崎:ですがそこは苦労しています。大きくしちゃうと今度は落ちやすくなりますんで、軽さとフィット感、どこをどうやってホールドするかというのが重要になってきます。今回の場合は、イヤピースでそれを解決したわけです。 小寺:そういえば今回は、7種類ものイヤピースが付属してますよね。これは単にリッチな気分が味わえるためじゃないんですね?(笑) 室崎:リッチな気分を感じていただけるんだったら、もっと数を増やしても良かったです(笑)。もともとうちのイヤピースは、サイズが3種類あったんですけど、「高さ」が全部一緒でした。今回実はバーチカルに装着するということを考えたときに、耳に差した深さも関係あるんじゃないかなということに注目しました。それでSサイズで2タイプ、Mサイズで3タイプ、Lサイズで2タイプの高さ違いのバリエーションを設けまして、全部で7種類のバリエーションとして展開しています。 松尾:このイヤピースで着け心地がいいのはどれですかとアンケートしていくと、M近辺に集中はするんですけど、高さは結構分かれるんです。最初はこんなに沢山付ける必要性があるのかって話も出たんですけど、実際にリサーチしてみると、それぞれがベストとしているところが微妙に違うというのがわかりました。
小寺:EX700の裏側にふくらみがありますよね。これは何でしょう? 室崎:半分はエンクロージャですね。 松尾:エンクロージャとしての容積が必要だったので、それに合わせたふくらみを持たせてるというのがあります。あとは組み上がった状態で音の微調整ができるように、外側から中をいじれるような音響調整機構を設けています。その機構を保護するためのカバーが、ここに来ているんです。 小寺:今回はドライバが縦にささる割には、耳にはまったく異物感がありませんよね? これが非常に不思議なんですが。 太田:ご存じのように我々は、多くの耳型を採ってフィット感を研究しています。今回のハウジングは、ちょうどこの厚みが「珠間切痕」という耳のV字に切れ込んだところに入るんです。 松尾:薄く作るということに関しては、ハウジングにマグネシウムを採用しました。樹脂では限界の厚みって0.7mmなんですけど、マグネシウムであれば0.5mmまでつめることができる。薄く作れば、音導管の径方向も広く取れるわけです。一方でマグネシウムって酸化しやすいので、塗装しなければならない。塗装してしまえばパッと見、樹脂製みたいに見えるんですけど、そこをあえてマグネシウムを使っているというのは、装着性でのメリットが高かったわけです。
太田:たかが0.2mmなんですけど、装着には結構効いてきます。ハウジングの裏表で合計0.4mm厚くなると、それだけで女性の方なんかは結構辛くなってくるんです。 小寺:しかもドライバの口径は上がってるわけですから、そもそも中身も薄く作らないといけないわけですよね。 松尾:今回はドライバユニットを、フロントハウジングに直接組み込むような構造にしました。元々ドライバユニットというのは、表面にプロテクターというカバーが付いていて、それをフロント、リアハウジングでくるむような格好で製造していきます。ですが今回はフロントハウジングをベースとして、そこに直接振動板を組み込んで行なったわけです。そうすることで、これまで気密を保つために付けていたフロントガスケットだとかの部品を省けたというメリットもあります。 ■ 現代の音楽にマッチした音作り
小寺:音作りに関しては、低域の延びがいいということで、非常に現代的な音楽にマッチすると思うんです。 松尾:EX700の音作りでは、モニターであることを意識して、ヴォーカルものを中心にクラシックやジャズ等、できるだけ幅広い音楽を聴くようにしました。今回僕の中で試してみたかったのは、クラブミュージックなんです。僕も学生時代DJをやっていたという経緯もあって、実は結構そういう音楽に触れてきたというのがあるんです。EX90までは太田が音響設計をやってきたわけですが、そのあとを僕が引き継いでやっていく中で、先代、先々代と比較して僕が持っているものって何だろうと思った時に、クラブミュージックにふれているところかなと思ったわけです。いわゆるhip-hopとかテクノとかにしても、ベースの音が非常に重要だとされている中で、これまでのインナーイヤーの考え方では、本当に低い帯域の音を出し切れてないものが多い。今回16mmのユニットを使ったことで、その点がクリアできたと思っています。 小寺:確かに今回のモデルは、そのあたりの低域が強い音楽は気持ちよくドライブしてくれる感じがありますね。 太田:そこは作り手の個性が反映された感じですね。僕はずっとバンドやってて、その前は生楽器に触れてきたので、EX90では自然な本来の音というのを出したかったんです。一方でアメリカのヒットチャートなんかを見ているとhip-hopなんかが多くて、録音環境なんかもどんどん変わって、すごく帯域広く録音できる。低い音をかなめとした音楽というのが世の中の大半を占めて来ている中で、そこに我々もどんどん対応していかなければならないわけです。そこでちょうど松尾がそういったところに詳しかったんで、時代にマッチした音になっているかと思います。 ■ 総論
EX90では、オープンエアの思想を大胆に取り入れたことで、非常に開放感のあるサウンドを実現していた。一方のEX700は遮音性が高く、より求心的な音であると言えるかもしれない。 ただ、頭の中心に音を流し込む感じではない。ボリュームを上げても高域がうるさい感じはなく、ステレオセパレーションが明確になり、空間的な広がりが微細な信号の中から伝わってくる。ドライバの口径を大きくしても、繊細さはEX90譲りだ。 室崎氏がこだわったフィット感に関しては、完璧であると言えよう。ハウジングがほとんど耳に当たらず、イヤピースだけが耳穴に突っ込まれているため、耳に異物感がない。抜けやすいという人には、長さの違うイヤピースで対応できる。また今回は遮音性を高めたことで、長時間のリスニング、特に飛行機や新幹線といった乗り物での使用には、威力を発揮するだろう。 KOSSのThe Plugなど、低域にこだわったインナーイヤーも存在したが、低域を強調するわけでもなく、素直に低域の延びが楽しめるEX700は、より現代的なサウンドのモニタだと言える。 筆者もこれでPerfumeやcapsuleを聴きまくっているが、その低音の気持ちよさは格別である。の感覚は、最近流行のバランスド・アーマチュア型ではなかなか出せない。イマドキの音楽に向けたHi-Fiインナーイヤーとして、EX700は満足できる製品だ。 □ソニーのホームページ (2007年10月24日)
[Reported by 小寺信良]
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