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大きな音を出せない環境や、屋外での音楽観賞に役立つヘッドフォン。どちらかというと「スピーカーが使えない時に活躍するアイテム」という脇役的なイメージがあり、音質もスピーカーに次ぐレベルという印象がある。 クロストークの無さや、ユニットと耳の位置が近いことで微細な音も聞き取れるなど、ヘッドフォンならではの利点もある。だが、ダミーヘッドで録音したソースの再生を除き、音像の自然な定位や低音の再生能力では、スピーカーにかなわないのが現実だ。 また、頭に何かを付けていることで生じる違和感、重さから来る長時間使用時の負担、ハウジングで耳を覆われることの圧迫感/閉塞感などもヘッドフォンが抱える欠点。音像の頭内定位もヘッドフォン特有の現象で、若い頃からイヤフォン/ヘッドフォンに慣れた世代には少ないが、年配の方には“頭の中で音楽が鳴ること自体が苦手”という人も多い。サラウンドヘッドフォンは、構造やDSPでの信号処理などでその問題を解決しようという製品だ。
そんな中、ソニーが10月10日に発売するのが「PFR-V1」だ。一見普通のヘッドフォンだが、よく見るとハウジングが無い。黒い球状のエンクロージャに入ったユニットが付いているが、カナル型イヤフォンにあるイヤーピースも無い。球状スピーカーをそのまま耳穴にねじこむのは不可能なサイズだ。 それもそのはず、これはヘッドフォンではない。ヘッドフォン型の“パーソナルフィールドスピーカー”と呼ばれる製品だという。つまり、ヘッドパッドやハンガー部は、球状スピーカーを耳の前に吊るすための機構と言うわけだ。「頭内定位が嫌ならば、ユニットを耳から離して、耳の前に置けばいい」という、ある意味で非常に単純明快なアイデアで作られた製品。ヘッドフォンでも、普通のスピーカーでも無い、一風変わったモデルをさっそく体験してみよう。
■ 装着感も新感覚 手にするとまず感じるのは軽さだ。コードを除く重量は約96g。大型ヘッドフォンは200~300gが普通なので約半分、折り畳み可能なモバイル用ヘッドフォンと同程度の重さだ。ハウジングやイヤーパッドが無く、ヘッドパッドはメッシュ素材なので、この軽さは当然と言えるだろう。
やはり目に付くのはユニット。ダイナミック型の21mm径フルレンジユニットで、ヘッドフォンとしては小さめだが、イヤフォンとしてはありえない大型サイズ。光沢仕上げが美しい球形エンクロージャに収められている。感度は93dB/mWと比較的高く、オールパーメンジュール磁気回路を採用している。再生周波数帯域は35Hz~25kHz。インピーダンスは16Ω。
回折の少なそうなエンクロージャをぐるりと眺めても、バスレフポートらしき穴が無い。その代わり、アルミ製のガイドアームのようなものが伸びており、よく見るとその先に小さな穴が開いている。どうやれこれがポートのようだ。 「エクステンデットバスレフダクト」と名付けられたもので、アームパーツの中が空洞になっており、ユニット背面からの空気がアーム内部を伝って、この穴から出力され、低音を再生するという。つまり、アームそのものが音道というわけだ。 この設計も十分奇抜なものだが、さらに驚くのは装着方法。アーム部分を耳の穴の中に入れるのだ。と言っても、アーム自体は耳穴をふさぐほど大きなものでは無い。長さも、カナル型イヤフォンのイヤーピースほど奥まで詰め込まなくていい。“耳穴の入り口に添える”イメージだ。
なぜこんなことをしなければならないかと言うと、バスレフポートから生み出される低音を聞くためだ。中~高音域はユニットから直接聞き、低音域は耳の穴に直接アームで届けるという構造。理解した上で全体を見ると、奇抜なデザインも理にかなったものに見えてくるのが面白い。
装着してみると、軽量さとハウジングの無さで圧迫感はまったく感じない。超ジュラルミン製ヘッドバンドの剛性は高く、やわな感じが無いのが好印象。頭と触れる部分はヘッドパッドとこめかみの後頭部寄りの位置に当てるガイドのみで、装着感はおおむね良好だ。
しかし、多くの人が戸惑うのは耳の穴に入れるアームだ。装着方法を説明すると「え!? このアームを耳の穴に入れるの!?」という反応がほとんど。耳穴に添えるくらいの挿入度しかないのだが、“耳の穴に硬い金属的な何かを入れる”という製品はまず存在しないため、強い違和感を感じる人が多いようだ。 それを軽減するための工夫として、ダクトの表面にはフッ素系の塗装が施されており、冷たさは低減されている。しばらく着けていると違和感は感じなくなるが、何かを食べたり、あくびをしたりしてアゴを動かすと違和感が蘇ってくる。慣れが必要な装着感なのは間違いない。 なお、搭載しているユニットの能率は高いが、組み合わせるポータブルプレーヤーによっては、出力に不満が生じる可能性がある。そこで、製品にはブースター(アンプ)が付属している。電源は単4乾電池×2本で、連続再生時間はアルカリ電池利用時で95時間。ON/OFFスイッチのみでボリュームは無く、オートパワーオフも備えていない。ブースターを間に入れることでの音質劣化は少ないが、製品の価格を考えるとオートパワーオフは欲しかったところだ。
■ 清涼感のある音質 音質の前に、音場を解説しよう。ヘッドフォンよりもユニットが耳の前方に位置してはいるが、残念ながら据え置き型スピーカーのように、ボーカルが目の前に定位するほどではない。前方定位は、顔からスピーカーを20cm程度離さないと発生させるのは難しい。しかし、音場はヘッドフォンの頭内定位とは明らかに異なる。 音場を帽子の“つば”で例えると、通常のヘッドフォンはシルクハットやシャンプーハットのように頭の中心を軸に円形に広がるが、「PFR-V1」ではその軸が前方にずれ、ちょうど野球帽のつばのようなイメージで展開する。そのため、頭の中で音楽が響いているという感覚は低減され、ヘッドフォンでは味わえなかった新感覚の音場が体験できる。 音モレはそもそもスピーカーであるため、盛大だ。ユニットから耳までの距離がヘッドフォンよりも遠く、バスレフも機構的にある程度の音量まで上げないと低音が感じられないため、理想的な音量にすると周囲の人に何の曲を聞いているか容易にわかってしまう状態になる。同口径ユニットを採用した据え置き型/小型スピーカーと同程度の音が周囲に飛ぶと考えて間違いは無い。 音質は人によって評価が大きく変わる部分でもあるため、2名で聴き比べを行なった。
■ 面白い試みではあるが…… ちなみに「このバスレフポートは本当に必要なのだろうか?」と思って耳穴から外してみたが、低音がまったく感じられなくなってしまった。耳穴への挿入は必須と言える。耳穴の違和感に慣れさえすれば、どこでも手軽に高音質が楽しめるスピーカーとして面白い製品だ。しかし、実際にどんなユーザーにお勧めできるかと考えると難しい。 音モレを考えると、屋外や電車、飛行機、職場などでの使用は厳しいだろう。外部の音が聞こえるため、乗り物運転中に使用できないこともないだろうが、やはり基本は家での使用ということになるだろう。 書斎で、お金に余裕のある大人が、ゆったりと自分の時間を音楽と共に楽しむ……などとイメージしてみるが、音が自由に出せる環境であるならば、アクティブスピーカーを置いたり、小型デジタルアンプでブックシェルフスピーカーでもドライブすれば、そちらのほうがバランスの良い音が楽しめるだろう。 深夜、家族に遠慮しながらテレビを観る時などに便利そうだが、それならば音モレの少ないヘッドフォンを選んだほうが確実。また、そのためだけに5万円を超える製品を買うというのも現実的ではないだろう。 頭を動かしても聞こえ方が変化しないという特性や、頭内定位やハウジングから来る圧迫感の無さ、清涼感のある音質を活かし、1人、または少人数で部屋の中で仕事をしているような職業の人に向くかもしれない。例えば漫画家、小説家、イラストレーター、音楽家などだ。また、外部の音が聞こえることで、家事をしながら音楽を楽しんでいても、玄関のチャイムが鳴ったことに気付けるというのも利点と言えるだろう。 価格が5万円を超えることもあり、製品としてはターゲット層が見えにくいモデルだ。しかし、スピーカーを耳の前に吊るしてしまおうというアイデアと、その状態でバランスの良い音質を実現するための各種構造は高く評価したい。
個人的にはこのアイデアは、バーチャルサラウンド技術を駆使しても、なかなか広大なサラウンド感が得られないサラウンドヘッドフォン分野にこそ活用して欲しい。センターチャンネルをファントム化し、4つの球形スピーカーを頭のまわりに浮かべ、帽子型のアームや肩で支える「リアルサラウンドヘッドフォン」などが登場しても面白いだろう。
□ソニーのホームページ
(2007年9月18日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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