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カシオが「EX-F1」で狙うデジカメの「新しい価値」
-日常を「決定的瞬間」に


EXILIM PRO EX-F1

 「デジカメ」というと、本来はAV WatchでなくデジカメWatchの領分だが、今回はあえてデジカメ、カシオ「EX-F1」を取り上げる。

 このデジカメは、外見だけを見れば、普通の「大きめのデジカメ」だ。だが、その中身は独創性にあふれている。静止画のみならず、動画を含めた「デジタルで映像を残す」機器の可能性を広げる、トライアル的な性質を持つ製品だ。

 今回は、この製品の商品企画を担当した、カシオ計算機・羽村技術センター 開発本部 QV統括部 商品企画部第一企画室の野嶋磨(おさむ)氏に、EX-F1の狙いと「これからのデジカメ」の可能性を聞いた。



■ 新鮮で楽しい「超高速」。最大1,200コマ/秒で動画撮影

カシオ羽村技術センター 開発本部 QV統括部 商品企画部第一企画室 野嶋氏

 EX-F1の特徴は、ひとことで言えば「撮像素子」にある。といっても、画素数は660万画素と、いまどきのデジカメとしてはたいしたことはない。野嶋氏も、「一枚絵の美しさを追求するなら、デジタル一眼レフの方がいいでしょう」と認める。

 ではなにができるのか? それを語る前に、デジカメの置かれた状況をおさらいしておいた方がいいだろう。

 デジタルカメラ、カムコーダーともに、性能を考える上で重要なパーツは、撮像素子だ。その性能は、デジカメの機能を決める文字通り「コアパーツ」といえる。中でも、解像度を示す「記録画素数」が注目を集める。

 だが、デジカメが普及し始めてから14年ほどが経過し、撮像素子の性能を語る必然性は薄れつつある。一般的な写真ならば、おおよそ必要十分なまでに記録画素数が増え、記録画素数のみにこだわる必然性が減ったからだ。そうなると、写真としての美しさを上げるために重要となる、レンズや撮像素子のサイズ、操作性などに目が移るのは当然ともいえる。

 ここで話をEX-F1に戻そう。

 すでに述べたように、EX-F1に搭載された撮像素子は、最大660万画素のCMOS。画素数だけでいえば、同価格帯でサイズも似通った製品に比べると劣っている。短時間テストした画質の印象は、「悪くないが本体サイズの割には良くない」という感じだ。

 では「EX-F1」と「普通のデジカメ」はどこが違うのか?

動画サンプル

sample.mov (9.45MB)
道ばたにあった風になびく旗を、300コマ/秒で撮影。少々ブロックノイズが目立つが、画質は良好。妙にドラマチックに感じるのが面白い
編集部注:再生環境はビデオカードや、ドライバ、OS、再生ソフトによって異なるため、掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

 それはシャッタースピードと連写速度である。EX-F1の最速シャッター速度は最高1/40,000秒。連写速度も、毎秒60枚ときわめて速い。ニコンのデジタル一眼レフカメラフラッグシップであるD3ですら、最高シャッター速度1/8,000秒、連写速度が毎秒最速11コマだから、桁外れである。この性能を動画撮影に生かすと、VGAに近い512×384ドットで300コマ/秒、336×96ドットという横長な変則サイズであれば、1,200コマ/秒で撮影できる。

 その威力は驚くべきものだ。ありふれた風景も、ハイスピード撮影するだけで面白い映像になる。NHKスペシャルやディスカバリー・チャンネルの中だけのものと思っていた映像が、十数万円で手に入る民生機で楽しめるのは、それだけで楽しい。

 今回はテストにかけられる時間が短かったため、きちんとした作例を多く用意するのが難しかった。より様々な撮影サンプルを見たい場合には、筆者より遙かに確かな撮影技術を持つ小寺氏の記事を参照していただきたい。


■ 「画素数」とは違う価値観をフルHDの4倍を処理するセンサーで実現

 EX-F1でこれだけの性能が実現できる理由は、撮像素子の読み出し速度が、一般的なものに比べぐっと速いためである。

 EX-F1に採用されているのは、ソニーが開発した超高速読みだしCMOSセンサー。処理速度的にいえば、1秒あたり、フルHDの映像4画面分を読み出せる。これは、一般的なデジカメ・カムコーダー用撮像素子の一桁上の値である。

 このCMOSセンサーは、2006年2月、半導体関連の学会であるISSCC 2006にて発表された。量産が始まったのは、2007年後半のことである。

 「チップの概要をうかがった時、その性能にとにかく驚きました。そこで以来2年間、ずっとこの機種の製品化に携わってきました。製品化されたものには、弊社側からも様々な要望をいれ、共同で作り上げました」

 野嶋氏はそう語る。そこまで野嶋氏がこだわった理由は、「画素数信仰」への疑問からだ。 「デジカメは画素数だけではない、と思っていたんです。カシオはデジタル一眼レフを手がけていませんし、これからもやる予定はありません。単純に銀塩からデジタルに、というだけにはしたくないんです。カシオらしいデジカメとはなにか? という発想で色々と考えていたのですが、そこにうまくマッチしたわけです」

 カシオは、1995年に「QV-10」を発売、デジタルカメラという存在を世の中に定着させた功労者でもある。そんなこともあってか、同社は一貫して「銀塩のカメラとは違う価値」を追求してきた。

2005年発売の「EX-P505」

 中でもこだわってきたのが「動画撮影」だ。'98年頃には動画撮影機能を搭載、以後も一貫して改良を行なってきたが、中でも特筆すべきは、2005年2月に発売した「EXILIM PRO EX-P505」である。

 この製品は、MPEG-4でVGAクラスの映像を撮影する機能を持っていた。同様の機能をもっていた機種はすでに存在しており、それそのものに珍しさはない。面白いのは、「パストムービー」という機能を備えていたことだ。

 この機能は、シャッターを切った「5秒前」から映像を保存する、というもの。別にタイムマシンがあるわけではなく、常にCCDの映像をバッファへ記録し続け、シャッターが切られた段階で5秒前のデータから後を記録するという仕組み。要は、「決定的瞬間」を見てからシャッターを切っても映像が残る、という仕組みである。それまでカメラは、「シャッターを押した時を残す」ものだった。だがこの機能は、シャッターの不自由さを緩和し、デジタルならではの良さを追求したわけである。

 野嶋氏は、EX-P505の企画担当者であった。EX-F1は、いわばEX-P505の超進化版にあたる。高速読み取りCMOSセンサーを使い、カメラの持つ「時間軸の制約」を解き放つことを狙い、商品の開発がスタートしたわけである。

 「カメラはチャンスを残すのが難しい、というのが問題点です。EX-P505のパストムービーでは、そこの解決を狙ったのですが、EX-F1では、その考え方を写真に広げました」と野嶋氏は話す。

 ハイスピードムービー撮影に注目が集まるEX-F1だが、商品企画側の狙いとして、まず考えたのが「パスト連写」という機能だという。これは、パストムービーの考え方を静止画にあてはめたもので、シャッターを切った瞬間の前後60枚の映像を、組写真として残すもので、狙いはやはりシャッターチャンスを逃さないことにある。

 「高速撮影が可能になり、連写枚数が増えるのはいいんですが、単に連写できるだけだと、“たくさん撮れすぎて選ぶのが面倒”と言われてしまいます。そこで用意したのがこの機能」と野嶋氏は説明する。

 1枚をチョイスするだけでなく、高速撮影した写真を複数枚カメラ内部で組み合わせ、手ぶれ補正に使ってぶれのない写真を作る、といったこともできる。これも、カメラの撮影技術に不安がある人をサポートする意味で、面白いアプローチといえる。

□関連記事
【2005年3月4日】【デバ】“思ってたより小さい”MPEG-4対応デジカメ
カシオ 「EXILIM PRO EX-P505」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050304/dev105.htm



■ 日常の動画に「決定的瞬間」を。魅力的な30-300fpsモード

左がEX-F1の、右がIFA 2007で発表された試作機のもの。基本的な構成は似ているが、機能面・デザイン面では製品化までの間で、かなりの改良が行なわれた

 「シャッターチャンスを逃さないデジカメ」として開発が始まったEX-F1だが、動画機能はもちろん重視していた。2007年8月、ドイツ・ベルリンで開かれた家電関連展示会「IFA 2007」で試作機が初公開された時にも、来場者からの注目を集めたのは高速度撮影機能であった。

 実は、試作機とEX-F1では、機能やデザインが大幅に異なる。EVFもなく、記録フォーマットはMotion JPEGで、高速度撮影も最大300コマ/秒と、製品版の4分の1だった。

 それどころか、「製品」として初公開された2008年1月のInternational CESの時点とも、スペックが変更されている。製品版では、30コマ/秒と300コマ/秒をボタンひとつで切り替えながら撮影する「30-300fpsモード」があるが、CESの段階では、この機能は未公開だった。

 「1,200コマ/秒モードを追加したのは、スロー撮影としてのインパクトを強めるためです。実のところ、どこまで機能を実装できるか、はっきりしない部分がたくさんありました。30-300を未公開としていたのはそのためです。そのほかにも、断念した機能はたくさんあるんです」

 そう野嶋氏は笑う。動画機能をどこまで突き詰めるか、どのくらいユニークな機能を搭載するかなど、新機軸のCMOSセンサーを搭載したがゆえの苦労があったようだ。

 同様に、製品化に伴って搭載されたのがフルHDでの映像撮影機能である。これは、カムコーダーが急速にハイビジョン化していく中で、それに対抗するため、という意味合いがあった。それに伴い、映像の記録方式もMotion JPEGからMPEG-4 AVCに変わった。

 「AVCの方が帯域が少なくて済むため、内部の処理的にも、データ容量的にもプラスと判断しました。PCでの再生や編集にはまだ問題も残っていますが、今後の流れを考えると、AVCにすべきだと考えました」と野嶋氏は説明する。フォーマットはQuicktimeに準拠しているが、理由はPCでの利用と普及率を考慮してのことのようだ。「将来的には、AVCHDの採用も検討していきたい」と話す。

大型のジョグダイヤルが配置され、これでコマを送りながら編集位置や、「静止画」として抜き出すコマの決定ができる。操作性が良く、本体だけでもかなりの作業ができる

 フルHDのMPEG-4 AVCの映像を編集できるPCが普及していない、という状況を反映してか、EX-F1は、デジカメとしては妙に映像編集機能が充実している。ジョグダイヤルを使って映像のカット編集ができるのだが、これがなかなか便利である。

 デジカメとしては珍しく、本体にHDMIミニ端子がついているのも、「カメラを直接テレビにつなぎ、操作したりフルHDの映像を見て欲しいと考えているため。一般的なデジカメ以上に、このカメラならばテレビにつなぎたい、と思っていただけるはず」(野嶋氏)という思いからだ。

 実際のところ、最後に追加された30-300fpsモードは実に使える。普通に撮影しながら、手元の動画撮影用ボタンを押すだけで、10倍スローがすぐに撮影できる。映像にメリハリをつける意味でも有用だ。

 600コマ/秒以上での撮影は確かにすごいが、やってみると意外に飽きが早い。きれいに撮るには、しっかりとフレームを固定し、相応のシャッター速度を確保できる光量など、条件を整える必要がある。特に1,200コマ/秒モードは、スナップ的に撮るのは実質的に不可能で、「シーンを作り込んで撮影するもの」という印象を受けた。野嶋氏も、「1,200コマ/秒は反響が大きいのですが、日常的に使うのは300コマ/秒では」と話す。

 「これは個人的な意見ですが」と前置きした上で、野嶋氏は「カムコーダーとデジカメの動画」について、次のような意見を述べる。

 「デジカメはカムコーダーと違い、短いムービーを撮影するものです。運動会のように、長く撮り続けることが重要な時があるので、カムコーダーに向いたニーズがあるのは間違いありません。しかし、長いだけのムービーは見ているのがつらい時があるのも事実。そこに“決定的瞬間”を加えることで、かなり違ってくるはずです」

 日常の映像を「決定的瞬間」に変える、という発想は、カムコーダを製造するメーカーも模索しているところだ。例えばソニーは、カムコーダに3秒間分の映像を240フィールド/秒で記録する「なめらかスロー」という機能を搭載している。野嶋氏達カシオ開発陣も、この機能を分析した上で、より「決定的瞬間」をとらえるものとして、EX-F1にスロー撮影系の機能を搭載した、ということのようである。


■ メモリーへの書き込みが最大のネック

 EX-F1は、他にない特徴を持つ魅力的な製品だ。小寺氏の記事を含め、本誌でもいくつかの作例を掲載しているが、最近では、YouTubeやニコニコ動画といった動画共有サイトにも、EX-F1で作られた作品が投稿されるようになってきている。それらのいくつかを見てみたが、いわゆる「ネタ性」は薄いにもかかわらず、非常に面白い映像に仕上がっていた。なにより感じたのは、撮影している人々が楽しんでいる、という感覚だ。野嶋氏達の狙いは正しかった、ということなのだろう。最近の同社のカメラと同様、PCと連動して簡単にYouTubeへアップロードする「YouTubeモード」も備える。

 「YouTubeモードといっても特別なことをしているわけではなく、動画の解像度設定などをアップロードしやすいものにしているだけです。しかし、わかりやすくモードを用意することで、“やってみようか”と考える人を増やすのが狙いです」と野嶋氏は説明する。

 ただし、商品としてのEX-F1には不満を感じる点も少なくない。最大の問題は「大きくて高い」こと。実売価格は4月24日現在で11万円程度、外形寸法は127.7×130.1×79.6mm(幅×奥行き×高さ)。本体のみの重量は671g。一眼レフと変わらない価格とサイズを許容するには、やはりそれなりの覚悟がいる。

 「現時点では、このサイズと価格が限界」と野嶋氏は言う。フルHDの4倍の映像を読み込めるCMOSを使っている、ということは、それだけの処理をこなせるLSIが必要、ということでもある。EX-F1内部には、CMOSセンサーの他に、カシオが開発した処理LSIと、大容量(カシオは未公表だが、512MB程度と思われる)のメモリが搭載されている。これらはコストが高いだけでなく、相応に熱を発するため、巨大な放熱機構も必要となった。小型化し、普及機に搭載できるようになるには、おそらく数年の時間が必要だろう。

 また使ってみると、ボトルネックが「メモリーカードへの書き込み速度」にあることがはっきりしてくる。高速撮影というといかにも高速なメモリーカードが必要な印象を受けるが、EX-F1の場合には、まず記録のほとんどを大容量の内部バッファメモリーで行ない、後に改めてメモリーカードへ書き込むため、比較的遅いメモリーカードでも動作は問題ない。ただし、最後の「書き込み」にかかる時間が大幅に異なるため、やはり高速なSDメモリーカードの方が、明らかに使い勝手が良い。60コマ連写を行なった場合、手元にあったClass4のカードの場合30秒弱、Class6のカードの場合で15秒程度かかった。1ショットでこれだから、「連写でバンバン何カットも連続で撮る」のはムリだ。

 「現時点で書き込みが最大のネックであるのは事実。やはり、Class6以上のカードを使うことをお勧めします」と野嶋氏も話す。

 EX-F1の提示した発想は、おそらく今後、デジカメとカムコーダーに大きな影響を与えることだろう。コストの問題もあり、どれだけのメーカーがすぐに追いかけるかはわからないが、デジカメもカムコーダーも成熟市場であり、新しいトライアルが必要とされていることは間違いない。

 「シャッターチャンス」という言葉の定義を変える可能性を持つ「超高速読み出し撮像素子」の可能性は、その便利さを考えると、低コストな機器に入れられる時期が来た時、はじめてブレイクするのかも知れない。

 個人的には、ここまで「カメラ然」としたデザインである必要があったのか、は疑問が残る。一眼レフに似た形であることが、その本質を見誤らせているのではないか、とも感じるのである。特に動画撮影時、液晶を見ながらホールドすることを考えれば、カムコーダにより近いデザインの方が良かったのでは、と思うのだ。

 野嶋氏は「様々なデザインを検討し、ユーザーの声を聞いた結果」というが、今少しの冒険を望みたかったところではある。

□カシオのホームページ
http://www.casio.co.jp/
□ニュースリリース
http://www.casio.co.jp/release/2008/ex_f1_rd.html
□製品情報
http://dc.casio.jp/product/exilim/ex_f1/
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【2007年8月31日】カシオ、世界最速の連写機能を搭載するデジタルカメラ
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(2008年4月24日)


= 西田宗千佳 =  1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]



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AV Watch編集部

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