音楽/オーディオファンへ、ネットワークオーディオの勧め 【その3】LINNのエントリー機「Sneaky DS」の実力を試す 少し間が開いてしまったが、ネットワークオーディオのシリーズ最後は、スコットランドのオーディオメーカーLINN Productsが展開するDS(Digital Stream)シリーズについて紹介しよう。 オーディオ業界では英国王室御用達の高品位なオーディオ製品メーカーとして名が知られたLINNだが、本誌の読者にはあまり馴染みがないかもしれない。LINNの音といっても、実際には時代によって、価格帯によって微妙な味付けは異なる。しかし全製品に共通しているのは、音楽的な表情と音場の豊かさ、それに音像を無理に強調しない自然な質感だと筆者は感じている。 近年のポンド高やLINNが使っている高品位な部品の流通量が減少するといった影響も受けてか、ここ数年は以前よりも価格的に高い製品が多くなってきてはいるが、それに相応しい魅力的な音を出してくれる。実は筆者が普段使っているスピーカーやパワーアンプもLINN製のものだ。 そのLINNが昨年来、もっとも力を入れているのが前述のDSシリーズだ。トップモデルのKlimax DSは、アルミ削りだしの筐体を採用。ネットワークインターフェイスとCPUなどコントローラ部、デジタルオーディオデコーダ部、アナログ出力部をそれぞれ別々のシールドされた空間に置き、S/N比を徹底的に高め、振動からの影響も最小限に抑えた贅沢な作りだ。ただし価格の方も294万円と高額である。 その後、シャシーをミドルクラスのシリーズと同一のものにしたAkurate DSという製品も発売されている。内部回路はKlimax DSとほとんど同じで、筐体や内部レイアウトの違いからアナログ出力部のフィルタ係数を変更してあるだけだという。こちらは892,500円と、ちょっとしたオーディオファンなら手が届く価格帯に収まっている。
LINNのDSシリーズプロダクトマネージャは、最初に可能な限りの音質改善対策を施したハイエンド製品を作り、そのテイストをコストダウンする中で下位モデルへと伝搬させるのが、いつもの開発のやり方という。確かに世界的に名が知られているとはいえ、社員150人ほどの小さな会社である。一度に量産が必要になる低価格モデルまで一気にひろげるのは無理なのだろう。 ところが、今年はAkurate DSの発売から間もなく、DSシリーズのローエンド製品となるSneaky DSを発表した。価格にして294,000円だが、実はSneaky DSは単なるプレーヤーではない。アンプを内蔵したネットワークレシーバ兼プレーヤーといった構成になっている。 現在はAkurate DSとSneaky DSの間に位置する(おそらく40万円程度だろう)、Majik DSという製品も発表されているが、こちらはまだ日本にサンプルが入荷されていない。今月中には入荷。順次、デモが各地で行なわれる予定のようだ。今回はこのSneaky DSを話題の中心としていこう。 ■ アンプ内蔵、バリアブルライン出力、デジタル出力も備えたローエンド機 LINNのDSシリーズも登場して時間が経過し、同社の製品に興味を持つオーディオファンの間では定評ができつつある。CDからのリッピング音源を聴いているはずなのに、CDプレーヤーでは得られない陰影の深い表情や質感、それに情報量が感じられるのだ。特にKlimax DSのS/Nの良さは圧倒的で、静寂の中から一気に音楽が溢れ出てくる様は、他の何とも形容しがたい。 質の高いアナログレコードプレーヤーによる再生に匹敵するような、しなやかな音場再現能力を持ちながら、情報量やひとつひとつの音のクリアネスはDSの方が上回る。味わいの深さはアナログレコードにやや劣るとしても、とても16ビット/44.1kHzの音とも思えない。 Klimax DSからAkurate DSに切り替えると、静寂さの度合いはやや後退し、中高域から高域にかけての描写にややデジタル音源らしい固さを感じるようになる。音の違いは明確だ。しかし、価格差が約200万円ということを考えれば、圧倒的にコストパフォーマンスが良いのはAkurate DSと誰もが思うだろう(とはいえ、その200万円を惜しいと思わない人も確実にいるだろうと思うだけの違いはある)。
ではAkurate DSからさらに60万円低価格なローエンド機で、どれだけDSらしさを味わえるのか。実は個人的な興味もあって、Sneaky DSの試聴をゆっくりとさせていただいた。 Sneaky DSは他のDSシリーズ製品とは異なりパワーアンプを内蔵している。さらにバリアブル出力(ボリューム付き出力)機能があるため、本機をネットワークに接続し(もちろん音楽をDLNAでサーブするNASやパソコンなどは別途必要だが)、スピーカーを接続するだけで、すぐに音楽を楽しむことができる。 バリアブル出力はライン出力端子にも設定できる(もちろんラインレベルでの固定出力も可能だ)ので、プリアンプ代わりにSneaky DSを動かし、その先にパワーアンプやアクティブスピーカーを接続するといった構成もとることが可能だ。
なお、アンプ出力は20W+20Wと小さめだが、アンプに使っているLINNカスタムのアナログICアンプは、上位モデルに使われているものと同じだという。上位モデルはチャクラ回路というICアンプとMOS-FETアンプを組み合わせた特殊な構成になっているが、小出力領域を担当するICアンプが、本機と同じICを使っている)。 大型スピーカーでは電流供給能力に問題が出るだろうが、小型のブックシェルフスピーカーならば特に問題なくドライブできるはずだ。 対応するネットワークプロトコルはDLNA規格に沿ったもので、UPnP AV Controlに対応したリモートコントロールソフトから再生制御を行える。LINNからはLINN GUIというソフトウェア(Windows用)が無償で提供されている。 対応コーデックはWAV、FLAC、MP3で、icecast対応のネットワークラジオを受信することもできる。今後はWindows Media AudioやApple Lossless Codecへの対応も検討されている。特にApple Losslessに関しては、iTunesで管理できることからユーザーからの要望が強いようだ。
■ しっかりとDSの音調を引き継いだSneaky DS 上記のようにスピーカーを繋げたり、ライン出力のプレーヤーにしたり、あるいはパワーアンプに直結するなど、本機は様々な接続方法をとれる。そこで、一通りの接続方法を試してみたのだが、構成によって大きく音質が異なることがわかった。 なお、試聴に使用したスピーカーはLINN Akurate 242、パワーアンプはLINN Majik 5100にAKTIVモジュール(チャンネルディバイダモジュール)を組み込み、スープラSWORDでスピーカーとマルチアンプ構成で接続した。 多くの人が予想する通り、ラインレベルで出力振幅を固定した場合が、もっとも音がいい。この価格クラスの中では充分に高いS/Nだが、上位機種に比べると“静寂感”と言えるような無風空間を感じることはないが、情報量の多さや表情の豊かさ、空間表現の柔らかさなどは、まさに”DSの味”である。 Klimax DSとAkurate DSの間には、ほんの僅かな、しかし音好きにとっては悩ましいほど大きな音の違い、格の違いが両者の間に横たわっていた。もちろん、同じような格の差はAkurate DSとSneaky DSの間にも存在するが、世界観まで違うといったことはない。同じ世界観の中で、価格によるクオリティ差が出ているという印象だった。 もちろん、トータルで考えれば、価格差分の違いはある。静寂感だけでなく、たとえば中域の艶やかさやハリ、低域の力強さや表情はAkurate DSの方が明らかに上だ。しかし、Sneaky DSもバカにはできないと思わせる、そしてDSの血筋であることを明快に感じさせる、巧みな音作りがSneaky DSには施されている。
余談だが本機にはステンレス製の足が4つ取り付けられている。通常は薄いフェルトが貼られた平たい方を下にして置くのだろうが、これを逆方向に取り付けると、反対側はフラットではなく丸みを帯びており、ソフトスパイクのように機能する。 本体の天地を逆にしたり、この足を両側に変えながら試聴してみたが、天地は正常方向、足はソフトスパイク面を下にした時が、もっとも音質に優れていた。簡単に付け替えることができるのでオーナーになった場合、あるいは試聴などの機会があった時に聞き比べてみると面白い。 アンプ出力はALR/Jordan Entry Siに接続してみたが、こちらもなかなか優秀だ。もちろん単体のアンプには及ばないものの、下手に異分子を紛れ込ませるよりも、LINNらしいゆとりある質感表現が楽しめる。解像度や音像は若干甘いが、むしろ緊張感が程よく解れてちょうど良いと感じさせる。 しかしバリアブル出力に関してだけは苦言を呈したい。ラインレベルよりも品位が落ちるのは致し方ないが、その落ち方が大きい。せっかくの豊富な情報量が削がれ、エネルギー感にも乏しい。S/Nも悪化して感じた。本機を使うならば、基本はライン出力。状況によって内蔵アンプを活用するといった使い方がいい。 いや、もうひとつ出力、デジタル出力があるのでは? その通り、本機にはDSシリーズとして、はじめてデジタル出力が装備された。しかも、内蔵アップコンバート機能をオンにすると、デジタル出力時は2fs(88.2kHzあるいは96kHz)にアップコンバートさせることができる(on/offは可能)。 そこで次にデジタル出力の音を聴いてみた。筆者は外部オーディオDACをシステムで使用していないので、DAC代わりにパイオニアSC-LX90を使い、そのプリアウトをパワーアンプに接続したのだ。余談だがKlimax DSおよびAkurate DSに使われているDAコンバータICは英Wolfson製のもので、LX90に内蔵されているものと同じだ。もちろん、電源環境やノイズ対策、ライン出力回路など諸条件が違うので音質傾向は違う。 LX90のやや硬めの質感になると思いきや、DSシリーズのキャラクタが強く出ることに驚いた。溢れんばかりの情報の多さに、アナログディスクを思わせるシルキーな質感。Sneaky DSのアナログ出力よりも、ずっと”DS調”の音がLX90のプリアウトから出てくる。試しにアップコンバート機能をオフにすると、今度はLX90のキャラクターが強く乗ってくる。どうやら、アップコンバート部分にDSシリーズ特有の音の秘密がありそうだ。 ちなみにSneaky DSの内部DACには、4fsまでアップコンバートを行なって渡しているそうだ。Klimax DSおよびAkurate DSは8fsまでのアップコンバート。上位モデルで外部DACへのデジタル出力がないのは、こうした高fsへのアップコンバートから生み出される独特の音調を、デジタル出力では再現できないからなのかもしれない。 やや話が横道にそれたが、Sneaky DSのデジタル出力は侮れない。高品位なDACモジュールを所有しているならば、上位機種を検討すると同時に、Sneaky DSやもうすぐ発売となるMajik DSのデジタル出力も評価してみることを勧めよう。 ■ DSフォロワーの登場を望む
LINNのDSシリーズはMajik DSが登場することでフルラインナップとなり、“オーディオファンも納得する品位のネットワークオーディオプレーヤー”という、これまでに無かった分野を確立しつつある。 Klimax DSが登場した当初は周辺環境も整っていなかったが、LINNが推奨するDLNAサーバー「Twonky Media」が組み込まれたNASが日本でもバッファローから発売されている。リモートコントロールに関しては、Windowsでしか動作しないLINN GUIか、ノキアの携帯情報端末に組み込まれているUPnPリモコンソフトしか、今のところ有力な選択肢がないが、Windows MobileやiPhone、iPod touchで動くDLNA対応のリモコンソフトが開発中という。リモコンプロトコルにしろ、サーバー仕様にしろ、オープンスタンダードで開発されているだけに、選択肢が増えてくるのは時間の問題だろう。 しかし、一般的なネットワークオーディオ機器とDSシリーズの間には、音質という面で大きな壁がある。前回紹介したSlimDeviceのTransporterは有力な選択肢ではあるが、20万円のオーディオ機器として考えると、アナログ出力の質に関して、あとひと工夫が欲しい。 音質対策は単にコストをかけるだけでは解決せず、音を整えるためのノウハウが必要だ。特に低価格な量産品になるほど、力業が通用しなくなるため、ノウハウに支えられる面が強くなってくる。このあたり、老舗のオーディオメーカーがネットワークオーディオに、利便性だけではなく、音質を良くするという観点で取り組んでくれば、メカニカルな部分が少ない機器だけにクオリティの向上も早いだろう。 LINNばかりが声高にネットワークオーディオの良さを叫ぶだけでなく、DSシリーズのフォロワーが登場してくることに期待したい。 □リン・ジャパンのホームページ (2008年7月25日)
[Reported by 本田雅一]
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