樋口真嗣の地獄の怪光線
第45回
すいません、“新作”の撮影が始まっちゃいました
2026年10月23日 08:00
さて。返事はないのは無事な証拠でございます。
家業が家業なもんで繁忙期に入ると日頃親しんでいた娯楽から遠ざかるのもまた運命でございます。因果でございます。
あんなに好きで、好きすぎて気がついたら作る仕事に回ってしまったばかりに、作っている間は好きなものから心を鬼にして遠ざからねばならないのです。
故人曰く呑兵衛は飲み屋を営むべからず。
好きなことを商売にしてはならぬという言い伝えを守らなかったばかりにこのような地獄の責め苦を味わうことになろうとは。
なにしろ、映画を作り始める――撮り始める段階から映画を見ることができなくなるのです。
禁欲というわけでなく、己が体内時計が他者の作り出した調律――演出的加工が施された時間軸に支配されると業務に差し支えるからであります。映画とはその映画を作り出した者の生理を元に構築された、映画の中にしか存在しない宇宙のような存在であり、その宇宙創造の神こそが映画製作者ではないかと思うのです。
まさに今自らがその神として新たに天地創造を始めようとしている時に、別の神様のコトワリでかき乱されるのは非常に具合が悪いのであります。せっかくキープしていた調律が干渉されるのです。
映画だけではありませんドラマも、コマーシャルも、果ては(コレは最近増えてきていてよくよく考えると由々しき事態とも言えるのですが)ニュースに代表される報道番組に音楽が流れているだけで誰かの意図、このニュースコメントや取材した映像にこの音楽を組み合わせる、それもまた誰かの意識により意図した演出になるのです。まあ音を遮断すればいいことなんですけどね。
ただし、一度見た映画であれば何故かかき乱されることはないのです不思議なことに。
一度見た映画はどういう調律で何が起きるか? も、すでに脳内で記録されているので初めて接する体験とは異なり、何が起きるかわからない不安はないのです。
全ての映画を記憶できるほど優秀な頭脳を持ち合わせてはいないけど波動のような原始的な情報が深層意識に刻み込まれているようなんです。
だから撮影の数週間前から禁欲的な生活に突入するはずだったんですけど……。
ああ、何という事でしょう。
スティーブン・スピルバーグ監督の最新作『ディスクロージャー・デイ』の公開が7月1日から10月1日に延期されちゃったのです。
『未知との遭遇』『E.T.』の頃から異星人との接触映画をコンスタントに撮り続けてきたスピルバーグ師ですが、前作『フェイブルマンズ』で自らの子供時代からの出自を題材にした映画を作り、さらにもうじき80歳になろうとするタイミングで人生の総決算とでも言うべき政府が隠蔽し続けてきた異星人の秘密を詳らかにする映画だ、と噂が漏れ聞こえてきます。控えめに言って最高ではありませんか。
なのに、公開が延期です。
他の映画に大箱を押さえられてしまったとか、そもそも興行的バリューがとか憶測が飛び交いますが何が困るかって、日本以外の世界中の国々では6月末か7月には順次公開されるので、この世の秘密を暴き出すような内容が映画より先に知れる事態になるかも知れないのです。
3カ月情報をシャットアウトできるのでしょうか?
ああ、何という事でしょう。
今年一番楽しみにしている映画の初見の驚きが風前の灯ではありませんか。
しかも次回作の撮影開始は10月中旬。
予定通り進めばあの面倒な調律問題対策で禁欲的な生活が始まっているはずです。
劇場公開のタイミングを逃せば来年の撮影終了後まで先送り。間違いなく映画館で観ることはできません。
師も80代の大台です。細やかな小品ならまだまだ撮れるとしても、おそらくこんな高カロリーの映画は年齢的に見納めでしょう。
見届けなければならんのです我々は。だから初見が配信なんて耐えられないし今まで忠誠を誓ってきたスピルバーグ師に顔向けできません。会う予定はないけどね。
というか、待てよ。ここまで心酔しているのであれば、師の新作の波動は自分にとって害毒なのか? 結果に反映しているかどうかはともかく今まで血肉となって己の作る映画に何かしらの影響を与えているのであれば相似形の波動は干渉ではなくブーストされるのではないか?
そうだ。そうに違いない。
と、自分に言い聞かせて公開初日に馳せ参じました。
アニメのアクリルスタンドばかりになってしまったシネコンの売店では珍しくこんなグッズも売られていました。観た人にしか響かない、まさにこれぞ洋画大作の証し。
もしかしたら、こういうのももう見納めかも知れません。
ということで、撮影に行ってまいります。
よろしくお願いします。
— 樋口真嗣 (@shinji_higuchi)September 12, 2026








