今、ポータブルオーディオの世界では、「ワイヤレス」がホットな話題だ。Bluetooth対応の機器としては、コンパクトなワイヤレススピーカーがすでに人気となっているほか、主要なオーディオメーカーもラインナップしはじめてきているが、発売されたばかりのiPhone 7/7plusがヘッドフォン出力端子を省略したこともあり、Bluetooth対応のワイヤレスヘッドフォン/イヤフォンの注目度が急上昇してきている。
そして、国内のヘッドフォン/イヤフォンの人気メーカーであるオーディオテクニカからも、11月25日にATH-DSR9BT、ATH-DSR7BTが発売となる。オーディオテクニカ自身、Bluetooth対応のヘッドフォン/イヤフォンはこれまでにも発売してきたが、このモデルはひと味違う。「SR(Sound Reality)」シリーズとして、本格的な高音質を追求しているのだ。そのキーワードは、「ピュア・デジタル・ドライブ」。その秘密を産みの親である開発陣に直撃してみた。
ワイヤレスで高音質というと、ヘッドフォンに詳しい人ほど疑わしい気持ちになるかもしれない。Bluetoothは音声を圧縮して無線送信する技術なので、圧縮による音質の劣化が生じてしまう。特にハイレゾ音源をロスレス圧縮や非圧縮で聴いている人にとっては、あまり縁がないと感じる人も少なくないだろう。
「ここ数年は、ハイレゾ音源の普及が進んだこともあり、高音質を重視するお客様が増えているのは間違いありません。しかし、ワイヤレスも着実に市場が広がってきています。そこで、オーディオテクニカならではの提案として、高機能や利便性だけでなく、ワイヤレスであっても高音質にこだわったモデルを開発したのです」(マーケティング本部 企画部 コンシューマー企画課 ポータブルリスニンググループ 主務 奈良崇史さん)
音声信号を圧縮して伝送するBluetooth規格を採用しつつ、そのハンデを乗り越えて高音質を実現するためにオーディオテクニカが選んだのが、信号伝送のフルデジタル化だ。
「一般的にBluetoothのためのチップは、1チップで信号受信からD/A変換まで行える設計になっているものが多く、同じチップを使う限り音質面での大きな改善は難しい面があります。そこで弊社ではD/A変換からの構成をまったく変えています。さらには、Dnoteというデジタル信号処理技術を採用し、ドライバーのボイスコイルまでデジタルのまま伝送するという独創的な手法としています」(技術本部 コンシューマープロダクツ開発部 エレクトロニクス開発課 築比地健三さん)
「Dnote」とは、2014年に発売された「ATH-DN1000USB」で採用された技術。フルデジタルならではの生き生きとした音で好評のモデルだ。この技術をさらに改良して採用しているという。Dnoteは、受け取ったデジタル信号から必要な音声信号をだけを選別・抽出し、最適な状態に信号処理をしたうえで、ドライバーユニットのボイスコイルに伝送する仕組み。ボイスコイルが振動板を動かしたとき、初めてアナログ波形として再現されることになる。ほぼ音が出る直前までデジタルのまま伝送されるため、アナログ変換による変換誤差やロスがなく、よりリアルな音が再現できるというわけだ。
この仕組みは、最近増えているデジタルアンプと基本的な仕組みはよく似ている。デジタルアンプは増幅された信号を出力回路の終段にあるコイル(ローパスフィルター)を通すことでアナログ信号として出力するが、このコイルをボイスコイルと共用することでよりダイレクトなデジタル伝送を可能にしているのだ。
「このため、Dnoteという技術だけでなく、信号を受け取るBluetooth用チップ、ヘッドホンドライバーまですべての部品が重要になります。ATH-DSR9BTではそのすべてを一体のものとして新開発しています。これを『ピュア・デジタル・ドライブ』と名付けました」(築比地健三さん)
今回発売となるATH-DSR9BT/ATH-DSR7BTでは、さらに転送レートを高めたaptX HDというコーデックにも対応する。24bit/48kHzまでのデジタル信号を安定して伝送でき、音質劣化をさらに低減するための最新のコーデックだ。こうしたBluetooth用チップの採用に加え、「ピュア・デジタル・ドライブ」という技術でデジタル伝送のメリットをさらに引き出すことに成功した。
続いてはドライバーの開発だ。ATH-DSR9BTは、同じSRシリーズの有線接続モデルであるATH-SR9をベースにしている。だから、振動板の素材やハウジング設計などは基本的に共通。ハウジングを固定するネジを露出させたデザインなども共通している。しかし、まったく同じというわけではないようだ。
「ATH-SR9は弊社が徹底的に高音質にこだわって開発したモデルですから、その実力は優秀です。最初は振動板などもすべてそのままで試したのですが、困ったことに全然ダメでした。基本的な素材やDLCコーティングなどは共通なのですが、すべてATH-DSR9BTのために新開発することになりました」(技術本部 コンシューマープロダクツ開発部 ポータブルリスニング開発課 主務 安藤幸三さん)
口径45mmの“トゥルー・モーション”D/Aドライバーは、ボイスコイルから本ドライバー専用の設計として軽量化、強力な磁気回路から伝わる磁力を、レスポンスよく正確な振動板駆動に変換させるというオーディオテクニカの思想で設計されたもの。ドライバーユニットの振動板はPETという軽く柔らかい繊細な素材なので、ただ強い力で動かしてもよれてしまい歪みの原因となる。
「振動板の設計がよくないと、振幅の動きがわるくなったり歪みが増えてしまいます。歪みが多いとワイヤレスのせいにされてしまうので、振動板がきちんと正確に動くことを判断基準にして徹底的に開発を行いました」(安藤幸三さん)
振動板の剛性を高めるためには、同社の高級モデルである「アートモニター」シリーズでも採用されるDLC(Diamond Like Carbon)コーティングを採用。その名のとおりダイヤモンド並みの硬度をもったカーボン素材で表面をコートすることで剛性を高め、正確な動きを実現しているという。
さらには、ボイスコイルを4本の撚り線構造としていることも大きな特徴だ。ピュア・デジタル・ドライブの仕組みでは、ボイスコイルは1つでもきちんと音が出る。弟モデルのATH-DSR7BTはボイスコイルがシングルだ。ボイスコイルを4本の撚り線構造としたのは、より広いダイナミックレンジを実現することが理由だという。
「ボイスコイルが4つになると質量も4倍になります。駆動力を落とさないためには、より強い磁気回路が必要となりますが、重く、大きくなってしまうデメリットがあります。それを解決するために、7F-OFCを使った4芯撚り線構造のショートボイスコイルを採用しています」(安藤幸三さん)
ボイスコイルを4つにするのではなく、4本の線材を撚り線として1つのボイスコイルとしたわけだ。ショートボイスコイル化で重量の増加も最小限としているという。
そして、ハウジングの設計も基本的な構造や材質は同じながらも、新設計になっている。これは、ワイヤレス化のための電気回路やバッテリー内蔵のためでもある。音響のための空間と電気回路の空間を分け、ハウジング内の空気の流れをスムーズにするアイソレーション設計を採用している。
ちょっとユニークだったのが、こうした筐体設計やドライバーユニット、音質調整のすべてを同じ担当エンジニアがまとめ上げていること。メーカーによっては、それぞれ担当が分かれているだろうし、その方が効率もよいように思えるのだが。
「筐体とユニットは一心同体というのがオーディオテクニカの考えです。スポーツカーの車体に軽自動車のエンジンを乗せてもバランスがよくないように、両方のバランスが何よりも大事です。ですから弊社では、筐体、ユニット、磁気回路はすべて同じ者が担当しているのです」(奈良崇史さん)
分業して効率化を図るのではなく、ひとりですべてを担当することでバランスのよさを徹底する。ある意味、職人的とも言えるアプローチだ。
「もともと僕はワイヤレスが嫌いでした。初期は音質もよくなかったですし、バッテリー切れの問題もあります。しかし、新しいデジタル処理技術の登場やBluetoothチップの進化や使いこなしが進んだこと、そしてaptX HDのような高音質コーデックも登場したことで、次元の違うレベルにまで進化しました。こうした技術を活かせば、ワイヤレスで高音質を追求できることがわかりました。開発は大変でしたが、従来のワイヤレスの常識を打ち破る音質を実現できたと思います」(安藤幸三さん)
利便性と高音質の両立という点で悩ましいのがバッテリー寿命の問題だ。屋外で使うことも考えると長時間再生は不可欠。しかし、高音質化のために消費電力が大きくなってしまうと、連続再生時間を短くするか、ハウジングを大型にしてバッテリー容量を増やすしかない。
そのために挑戦したのが電源の効率を高めることだ。試作したDC-DCコンバーターは効率を高めるとノイズが多くなる。そこで、その後段にノイズ除去のためのレギュレーター回路を追加。さらには電圧変動を抑えるために470μFのタンタルコンデンサーを使って低歪み化を果たしている。
「このあたりは、ピュア・デジタル・ドライブの音質を向上するための改良でもありますね。フルデジタル伝送ということもあり、電源の質がかなり音へ影響します。かなり高価な部品をぜいたくに使用していますよ」(築比地健三さん)
ATH-DSR9BTとATH-SR9を比べて見ると、ハウジングのサイズはほぼ同じだが、ハウジングの厚みがやや増していることがわかる。この増量部分にバッテリーや電気回路などが入っているわけだが、両方を並べて見比べないとわからない差だ。利便性を考えるならば、小型軽量についてはさらに追求していきたいとのことだ。
「利便性のためにも、小型軽量は外せません。Bluetoothによるワイヤレスは今後より身近な存在になるでしょうし、音質がよいというだけではお客様に選んでいただけません。音質も追求しながら、利便性も高めていく必要があります」(奈良崇史さん)
ATH-DSR9BTは、PC接続時はハイレゾ音源の再生(最大96kHz/24bit)にも対応している。ドライバーのインストール不要で使えるため、誰でも容易にハイレゾ再生を楽しめる。音質にこだわる人にとっては、こちらも魅力的なポイントと言えそうだが、ATH-DSR9BTはあくまでもワイヤレスヘッドフォンであることがメインだという。充電中に使えないというのも不便なので、PCと接続した場合はデジタル伝送を活かしたハイレゾ再生を楽しめるようにしているが、用途としてはあくまでもサブ的なものと考えているようだ。
最後に、弟モデルであるATH-DSR7BTにも軽く触れておこう。こちらは現在でも人気の高いモデルであるATH-MSR7をベースとしたモデル。aptX HD対応やNFCにも対応するなど、機能としてはATH-DSR9BTとまったく同じ。充電時などPCと接続したハイレゾ音源の再生も同様だ。ベースモデルが異なることからもわかるように、音のキャラクターはATH-DSR9BTとは異なったものになっているという。
「あまり上位とか下位という考え方はしていませんね。それぞれに違った音の個性がありますので、ぜひとも両方を聴き比べてみてほしいと思います」(奈良崇史さん)
ワイヤレスヘッドフォンの快適性は気になるが、音質が心配という人にとって、ATH-DSR9BTは注目のモデルと言えるだろう。
ここまでのインタビューでATH-DSR9BTに俄然興味を持った人は少なくないだろう。そこでATH-DSR9BT、ATH-DSR7BTを実際にお借りして試聴をしてみた。まずは、手持ちのAstell&KernのAK120IIでワイヤレス再生をしてみたが、SBCコーデックでの接続ながらも、情報量は十分。高域の音が痩せるような音質の劣化感はほとんど気にならない。いや十分以上に高音質だ。これには誰もが驚くはず。
その音の持ち味は、出音の勢いのよさや俊敏と言える反応のよさと言えるだろう。大西順子の「TeaTimes」を聴いたが、ピアノの素早いタッチや力強い音の出方、リズムセクションのキレ味のよい演奏が、テンションの高さをしっかりと伝えてくれる。バッハの管弦組曲第3番 第2楽章を聴くと、バイオリンなどの弦楽器の音が実に鮮明で美しい。音の余韻やホールの響きなども実に鮮やかに再現される。
Dnoteを採用したATH-DN1000USBのときは、鮮度の高さや情報量の豊かさは感じたものの、やや細身な表現でやや硬さを感じるのが気になった。だが、ATH-DSR9BTでは弦のしなやかな音色もしっかりと再現できる。鮮度の高さや勢いのよさだけでなく、ゆったりとした響きや滑らかさまで表現できるようになったのは大きな進歩だ。
今度はプレーヤーをAK70に切り替えてみた。AK380/320/300とAK70などで対応したaptX HDを試すためだ。プレーヤー自体の音質の差はあるが、溌剌とした音の出方はそのままに、より楽器の質感がよく出て来たと感じる。よりナチュラルでリアルに感じる音だ。「シン・ゴジラ音楽集」を聴いても、弦楽器の厚みのある鳴り方がしっかりと出て、スケールの豊かな再現だ。音場も豊かに再現されるが、ひとつひとつの音の生き生きとした再現が印象的で、音がぐっと迫ってくるような実体感がある。
フルデジタル伝送のよさは、音の鮮度感や勢いのよさが一番だが、低音の感触も特徴的だ。重量感たっぷりの迫力のある低音という感じではなく、タイトで深く伸びる感じだ。人によっては量感がやや足りないと感じるかもしれないが、スピードが速く、解像感が高い。大太鼓の鳴り響く様子も明瞭に描かれるし、力感もよく出る。これはなかなか魅力的な再現だと思う。
今度はUSB接続で充電しながらのハイレゾ再生を試してみた。iMacとAudirvana Plusを使った再生だが、USB接続だけできちんと出力デバイスとして認識し、最大96kHz/24bitのデバイスとして使うことができた。その音はハイレゾ音源の情報量も鮮明に再現するのは当然だし、音像の彫りの深さや音場の広がりが向上するようにも感じる。とはいえ、Bluetoothの音も十分に健闘していて思ったほどの差を感じない。有線接続でハイレゾ音源を再生すれば、音質的には確かに優位だが、常時有線で使う方がよいと感じるほどではない。改めて、Bluetoothのワイヤレス再生の実力の高さを実感した。
約315gの重量は装着してしまえばほとんど重さを感じないし、側圧がやや強めでしっかりとホールドされているので動き回ってもずれるようなことはない。イヤーパッドの感触やフィット感を含めて快適さの点でもかなり優秀だと感じた。
今度はATH-DSR7BTを聴いてみた。大きく違うのは、出音の勢いやスピード感。決して鈍いというわけではないが、ATH-DSR7BTの方がゆったりとした落ち着きのある再生音に感じる。解像度の高さや音像定位の鮮明さはほぼ同様と言えるレベルで、低音の伸びや力強さにやや差があり、こちらの方が軽快で元気のよい鳴り方をするタイプと感じる。音のリアリティーや生き生きとした表情はATH-DSR9BTの方が優れるものの、約半額ほどとなる価格差ほどではない。音のキャラクター的にもこちらの方がより気持ちよく聴ける親しみやすさがある。こちらのすっきりとした音の出方を気に入る人も案外多いのではないかと思うくらいだ。
Bluetooth対応のワイヤレスヘッドフォンにも、音質の優れたモデルは増えてきているが、なかでもオーディオテクニカのATH-DSR9BTとATH-DSR7BTの実力の高さは頭ひとつ抜け出たものがあると思う。ワイヤレスヘッドフォンを音質で選ぶ時代がやってきた。その優れた音質をぜひとも自分の耳で確認して、新世代のワイヤレスヘッドフォンの実力に驚いてほしい。
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