■ 追われるソニーが出した答えとは
筆者は子供の運動会に行くたび、お父さんたちがどんなビデオカメラを使っているかをチェックしている。ほんの3~4年前まではソニー7割というのが定番だったのだが、ここのところ新しめのビデオカメラでは、パナソニックやビクターもかなり目立つようになってきた。小型、低価格路線に力を入れてきた両社の思惑が、おとーさんの世界でも徐々に浸透してきている感じだ。 それでもシェア5割をキープし、完全に追われる立場となっているソニーは、常に先へ先へと逃げなければならない宿命を背負っている。そんな中、ソニーが求めた先進性が、この7月に発売される「DCR-HC1000」(以下HC1000)に結実していると見ていいだろう。 このカメラ、クラスとしては中堅のコンパクト3CCDモデルとなる。ソニーでこのクラスのカメラは、実に「TRV950」以来となるため、まるまる2年ぶりの登場である。 さてこのHC1000、既にリリースなどでご存じの方も多いと思われるが、最大の特徴は、オーディオのサラウンド収録に対応したところだ。もともとDV規格では、ビット数を12bitにすれば4ch収録が可能であったわけだが、主にアフレコ用途でしか使われてこなかった。専用マイクは別売りだが、それでもコンシューマーでサラウンドを録りましょうと大々的にアピールしたカメラは、おそらく史上初であろう。 DVD視聴環境が整ってきた現在、「ビデオカメラもサラウンド」の時代が来るのだろうか。さっそく試してみよう。 ■ 薄型を極めたボディ
まずはいつものように外観からだ。外観上のHC1000最大の特徴は、回転式ボディを採用したところだろう。
もともと回転式ボディは、シャープが小型モデルで始めたのが最初かと思われる。というかシャープの場合その前身として、巨大な液晶のほうにデッキ部を搭載し、レンズが回るようにしたモデルがあった。他社が液晶モニターを回していたのと、機能的には同等になるという発想だ。それがノーマルスタイルでも引き継がれていった、という経緯だろう。 他社で回転式ボディを採用したのは、今までおそらくビクターのHDカメラ「GR-HD1」ぐらいか。 HC1000も下向きに90度回転するところは、HD1と同等だ。回転は滑らかだが堅く、途中でもきっちり止まり、ガタつきは全くない。 ただ問題点もHD1とまったく同じだ。というのは、三脚のフネを付けると、フネの端が5mmほど引っかかって、回らなくなってしまう点である。この問題はHD1のレポートでも指摘していたのだが、今さらまったく同じワナにハマるとは……。
まあ気を取り直して、前のほうから順に見ていこう。レンズはお馴染みカール ツァイス「バリオ・ゾナー」のT*(ティースター)コーティングのもの。実は3CCD用カールツァイスレンズ、コンシューマーでは初だ。プロ用ですら、昨年単ダマが発売になり、ようやくズームレンズ「DigiZoom」が今年のNABで発表されたはかりである。 フィルター径は37mmで、レンズ径は実測で26.4mm、光学式手ぶれ補正を採用した12倍ズーム。動画撮影時のワイド端は、35mm換算で49mm、テレ端588mmとなる。Wideモード時の画角は、データとしては公表されていないので、あとの実写で確認して欲しい。静止画撮影時は、ワイド端41mm、テレ端492mmとなる。レンズがカールツァイスであるという点を除けば、スペックはTRV950と同じだ。 CCDは107万画素3CCDで、動画撮影時の有効画素は69万画素、静止画では100万画素となる。撮影可能な静止画サイズは、最大で1,152×864ドット。 レンズ回りには、フォーカスとズーム兼用のリングがあり、機能は横のスライドスイッチで切り替えるようになっている。横のボタン類は、逆光補正とオートロック、バッテリインフォボタンがあるだけと、非常にシンプル。液晶内部にはボタンは1つもない。 バッテリインフォボタンは、電源がOFFでもこのボタンを押せば、液晶モニターにバッテリの状態を表示してくれる。ソニーのプロ用バッテリには、ボタンを押すとLEDでバッテリ残量を表示する機能があるが、それと同じような機能だ。特に本機では、バッテリをボディの中にしまい込むタイプなため、サイズの異なる大型バッテリを付けられないという事情がある。バッテリ残量が気になるというユーザーの心配に配慮した機能だろう。
液晶モニターは、2.5型の透過・反射両方で使えるハイブリッド液晶を採用し、メニュー操作時のタッチパネル機能もついている。筆者は今まで、タッチパネル式メニューには否定的だったのだが、そのわけは撮影中の画面にボタンがいっぱい出て、肝心の絵がよく見えないからだ。 だがHC1000では、撮影中に大きなボタンが出るわけでもなく、画角が確認しやすい。またユーザーが頻繁に使うメニューをボタンとして登録し、並び替えも自由な「パーソナルメニュー」を採用している。個人で条件が違う必要操作を、画面操作に集約した点は、使い勝手の面で大きな進歩だ。
背面には、バッテリ格納部があり、そのフタのところにフラッシュの切り替えボタンがある。回転ボディを接続している間に端子類がまとめられている。頻繁に使う充電用コネクタだけ別のフタになっている。モード切替は、かつてMICROMV型カメラに採用された、ノックダウン式となっている。 回転するドライブ部は、ちょうどグリップしやすいサイズとなっており、掴みやすい。重さは約780gとTRV950より200g弱軽いのだが、横に張り出した構造のせいか、ホールドすると重く感じる。鏡筒部も重さはそこそこあるので、右手だけで固定は難しいだろう。左手で鏡筒部を握る必要がある。 今回はさらに、別売のサラウンドマイク「ECM-CQP1」(20,790円)もお借りできた。まだファイナルな製品ではないため、最終的な仕様は変更される可能性もあるが、とりあえずこれも見てみよう。
マイク出力としてミニステレオケーブルが2本出ており、これを本体のマイク端子に接続する。接続しただけで、カメラ側は自動的に12bit 4ch収録に設定が変更されるようになっている。 マイク本体はアクセサリシューにマウントするようになっているが、電源などを本体から取るようにはなっていないので、ボタン電池(CR2032)を入れなくてはならない 。背面には4ch収録と、REARの音をFRONTにミックスして、より強いステレオ感を得られるWide Stereo収録の切り替えスイッチがある。本格的な風切り音防止用のウインドスクリーンも付属し、カメラにマウントするとハムスターが乗っかっているようで結構かわいい。
■ 正確な発色と高い解像度 では実際に撮影してみよう。まずは映像の評価からだ。 レンズのワイド端だが、撮ってみるとこないだレビューしたキヤノン「IXY DV M3」)とだいたい同じ画角になる。M3は10倍ズーム、HC1000は12倍ズームと若干のアドバンテージはあるものの、カメラのクラスを考えれば、もうちょっと広い画角が欲しいところ。 静止画の画角と比較すると、Wideモードとほぼ同じで、さらに上下がくっついている感じだ。これが35mm換算で41mmなので、Wideモードの画角もだいたいそんなところだと考えていいだろう。
動画と静止画の発色に関しては、以前からソニーのカメラはそうなのだが、テイストはほとんど同じで、別々の絵作りに走り出したキヤノンとPanasonicの方向性とは袂を分かった形だ。3CCDなので、どちらかといえばそれほど高解像度の静止画にこだわったモデルではない。ボケ味はちょっと菱形アイリスの形が気になるものの、結構深度が浅く取れるので、立体感はある。 サンプル画像では、動画のほうがコントラストが浅く見えるが、これはNTSCの輝度をPCの輝度に変換したときの正常な現象だ(0IREから100IREは、RGBで16:16:16から235:235:235になる)。
色味に関してもう少し言えば、キヤノンが記憶色へのこだわりを見せているのに対し、ソニーの絵作りはあくまでも現場の色に忠実であるというところにこだわりを持っている。例えば紫陽花の紫の中にも微妙な色位相の違いがちゃんと表現できるなど、正確に撮れるのが特徴だ。味付けが最小限で、そういうリファレンスっぽいテイストを好む人もいるだろう。 また、全体的に緑の発色がいい。撮影した日はあいにく途中から曇天になってしまい、コントラストが浅いトーンであるが、それでも木々の緑の瑞々しい感じがよく撮れている。
またテレ端での解像度がかなりいい。別途シャープネスも設定できるのだが、デフォルトでもかなりディテールがしっかり出ている。もともとツァイスのレンズは、キレよりもマイルドなトーンに特徴があるのだが、こういう絵作りはソニーらしいチューニングだ。
操作性に関しては、自分で好きなメニューを割り付けられる「パーソナルメニュー」は強力だ。こまめにスポット測光したり、マイクレベルを調整したりと、マニュアルライクな撮り方が楽しめる。撮り方がカスタマイズ可能なカメラだ。 ただ難をあげれば、フォーカスリングがちょっと使いづらい。どうも回転角に対してフォーカスの可変範囲が大きすぎるのと、電子制御なのでちょっと動きが滑る感じが強い。合わせようと思っても、なかなかカメラとの息が合わない。タッチスクリーンでフォーカスを合わせる「スポットフォーカス」のほうが、使い出があるかもしれない。 HC1000ではバッテリが内蔵となったので、どのぐらい持つのかが気になるところ。公称値としては、液晶モニターをバックライト使用で、実撮影時間が1時間5分である。今回は約1時間半の撮影で、テープ20分ぐらい回したが、ほとんど液晶モニターでバックライトを使用したにしては、撮影終了時にバッテリ残量は50%であった。予備は1本ぐらい欲しいところだが、さほど神経質になることもなさそうだ。 ■ 意外に疲れるサラウンド記録
さて次は、HC1000最大の特徴であるサラウンド収録を行なってみよう。と言っても特別にすることはなく、外部マイクを取り付けて撮影するだけである。前後にステレオマイクがあるので合計4chなのだが、これをどうやって撮影時にモニターするのか気になっている人もいるだろう。 本体のヘッドフォン端子はステレオ2chしか出力できないので、撮影時はメニューからフロントかリアのどちらをモニターするか選択する。収録したテープを再生するときは、フロントとリアをミックスして聴くことができる。バランスが決められるので、リアだけモニターするといったことも自由だ。
では実際に、4ch収録したものと、Wide Stereo収録したサンプルをご覧頂こう。
4chの都電のカットでは、後ろからも盛大に電車音が聞こえるのがおわかりになるだろうか。これは撮影位置の真後ろに京浜東北線が走っているためだが、通常であればこれほど大きくは収録されない音だ。サラウンド収録もよいが、Wide Stereoもなかなかいい。通常の集音より確かにステレオ感は増すし、2chで記録されるので、普通の編集ソフトで編集できるのもいい。 これはアイデアだが、このサラウンドマイクも自由な角度に設定できると、もっと良かっただろう。というのも、絵的な狙い位置と、音的な狙い位置は違うからだ。例えば木々抜けで水辺を撮るような場合、カメラは前を向いていても、音は上の鳥の声を狙いたいというケースもある。
それにしても、撮影中に後ろの集音状態まで注意しておくのは結構大変だ。例えば冬場などでは、ポリ系の衣服はシャカシャカいって全然ダメだろうし、筆者のような鼻炎持ちはRECボタンを押したらすぐにしゃがまないと、鼻息がスピスピ入る。特にどうというカットでもないのに、背後でおばちゃんたちの医者の診断書がどーたらいう、かなりどうでもいい声が入ってきたりもする。あんまり神経質になりすぎると、何にも撮影できなくなってしまうので、もうちょっと気楽に考えないといけないようだ。 現時点で4ch収録した素材を5.1chのコンテンツにできるのは、新型VAIOに付属するClick to DVD Ver2.0以降しかないのは、残念だ。とりあえず簡単に5.1chのDVDにはなるのだが、細かい編集に耐えるだけのキャパシティがない。これも今後、対応製品が出てくることを期待したい。 ■ 総論
HC1000は、いろいろな世界初やソニー初の技術が盛り込まれているビデオカメラだ。最初にスペックを見たときは、バッテリ内蔵やタッチスクリーン、ワイド端の狭さなど、マイナスポイントばかり目に付いて、あんまり期待していなかったのだが、実際に撮ってみると結構イケる。 絵のキレや正攻法の絵作りもいいし、完全にマニュアルにはならないものの、「パーソナルメニュー」でカメラ任せではない撮影ができる点は評価できる。サラウンド収録という新機軸も、チャレンジしがいのある分野だ。画質的にも音的にも、もはやTRV950とは隔世の感があると言っていいだろう。 ただせっかくのカールツァイスとサラウンド収録だ、ワイコンなしでもっと広い画角が撮りたいのが人情だろう。現状では、サラウンドが表現する空間サイズに対して、画角で表現できるサイズが狭い感じがする。 サラウンド収録をやって面白いのは、収録場所や被写体を選んで、じっくり腰を据えて撮るようなものだろう。また回転式ボディを生かすなら、ハンディで機動的に撮るほうがいい。HC1000は、サラウンドマイクの有無で、2通りに化けるカメラという印象を持った。 □ソニーのホームページ (2004年6月30日)
[Reported by 小寺信良]
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