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第179回:国産のタイムストレッチ/ピッチシフト用ソフト
~ 「CHRONOStream」の実力を検証 ~



 日本のソフトハウスである株式会社ピー・ソフトハウス(PSOFT)から、同社いわく「世界最高水準のタイム/ピッチスケーリング技術」という「PHISYX」テクノロジーを搭載したソフトウェア「CHRONOStream(クロノストリーム)」が発売された。

 PSOFTはVOID Modular Systemという独自の高機能ソフトシンセを開発したメーカーでもある。その新製品が、実際にどれだけ使えるものかを検証した。



■ タイムストレッチ/ピッチシフト用ソフトの新商品

 2年半ほど前になるが、このDigital Audio Laboratoryで、波形編集ソフトなどに搭載されているタイムストレッチ機能、ピッチシフト機能の性能をテストしたことがあった。

 きっかけはソフトによって、聴感上でもかなり違いがあるので、データで見てどれだけ違うのかをチェックしたかったからだ。「波形編集ソフトの性能とは?」というタイトルで5回にわたってテストをしたが、実際にソフトによってだいぶ違いがあることがハッキリとした。

 ただ、当時の総論としては、「タイムストレッチもピッチシフトも、多少変化させるのであれば使えるが、極端にいじるとまともな音にならない」ということに落ち着いた。例えばタイムストレッチ機能であれば、5分10秒の曲を尺合わせのために5分ピッタリにするといったものならば、あまり音質を損なうことなく利用できる。しかし、3分にしてしまうとか、10分にしてしまうと、まともな音楽にならない。ピッチシフトも同様で、半音~1音程度上下させるのならばいいが、1オクターブも上下させるとダメだった。

 もっとも、こうした極端なタイムストレッチ/ピッチシフトを行なうことで、ソフトによる違いはよりハッキリと見えてきた。そのため、あえてタイムストレッチは50%、200%、ピッチシフトも1オクターブの上下を行ない、しかも素材をいくつか用意した上でテストしたのだった。

 というわけで、今回はPSOFTのCHRONOStreamについても、同様のテストを実施した。


■ 独自の「PHISYX」技術

 検証する前に、CHRONOStreamの概要を紹介しておこう。PSOFTによれば、CHRONOStreamは、従来技術では困難だった自然で違和感のない高品質なタイムストレッチ/ピッチシフト処理を実現する「PHISYX」テクノロジを搭載しているという。

 時間と音程の操作は完全に独立しており、時間を保ちながらピッチを変更したり、ピッチを変えずに時間を伸縮させることも自在。また、波形編集ソフトの一機能というわけではなく、完全特化型のソフトであるため、非常にシンプルなインターフェイスと操作体系になっているのも特徴だ。その結果、品質が重視されるプロの現場はもちろんのこと、楽器などの演奏を録音した後の時間的な補正や、マスタリング後の楽曲データを処理する際に威力を発揮するという。

 PHISYXは、Phase Interpolated and Synchronized Expansionの略で、PSOFTが独自に研究開発したタイムストレッチ/ピッチシフト処理技術だ。音声波形に含まれる周波数成分の位相に着目して作られた技術だそうで、現在、商標登録申請および特許出願がなされているところだ。

 ソフトは基本的にオンラインで販売されており、価格は12,600円。無償の体験版も用意されており、容量も2.7MBと少ない。体験版の制限は起動時間が5分に制限されること、レンダリング機能が使用できないこと、定期的なノイズが挿入されることの3点だ。


■ 操作は簡単

GUIはとてもシンプル

 実際にインストールして起動した画面は、とてもシンプルな画面が印象的だ。画面はほぼこの1つしか存在しない。画面の左にある照準のようなチャートがメイン機能となっており、縦軸がピッチシフト、横軸がタイムストレッチ。縦軸は上がシフトアップで、最大±オクターブ(24半音)、横軸は右が伸張、左が圧縮で25~400%という範囲になっている。

 操作はいたって簡単。WAVファイルをCHRONOStreamへドラッグ&ドロップするか、上のLOADボタンで読み込んだ後、チャートで目的のポイントに設定すれば良い。したがって、タイムストレッチとピッチシフトを同時に処理することが可能となっている。

 まずはサイン波を利用してタイムストレッチを行なってみた。MIXモード、SOLOモードという2種類があり、MIXモードというのは複数のサウンドが交じり合っているものに対して利用するもので、SOLOモードは単音用。ここではSOLOモードで50%、200%のそれぞれに変換してみた。

 チャート上でマウス指定してもいいが、それだとピッタリした値にしづらいため、チャート下のTIME STRETCHで、直接数値指定した。なお、右クリックするとコンテキストメニューが現れるが、この中からStretch by Timeを選び、時間で指定することも可能になっている。

チャート下のダイアログに数値を入力して、直接指定が可能 コンテキストメニューから「Stretch by Time」を選んでも、時間で指定できる

 ストレッチ値を設定したら、再生ボタンを押すと実際に音が鳴るのだが、これがかなりのCPUパワーを消費する。サイン波であればたいしたことはないが、後で登場する楽曲ファイルになると、Pentium 4 2.4GHzのマシンではCPUパワーを超えてしまい、音が途切れてしまった。特に、200%にするよりも50%にしたほうが負荷が高いようで、音切れが目立つ結果となった。

 リアルタイム変換の負荷は重いが、オーソライズをかけた製品版にはレンダリング機能があり、RENDERINGボタンを押せば、CPUパワーを気にすることなく直接WAVファイルを吐き出してくれる。これならば音切れの心配はない。

 このようにしてWAVファイルに出力したものを波形編集ソフトで表示させた結果を見てみよう。オリジナルと比較すると若干レベルに周期的なウネリがあるが、他のソフトに比べ、かなりよい結果となっており、十分合格ラインといっていいだろう。

Sample1(サイン波)
オリジナルのサイン波 SOLOモードの50% SOLOモードの200%

 次に2種類の音楽ファイルにタイムストレッチをかけてみよう。「Sample3」というデータが環境音楽的な雰囲気のリズムのないサウンド、「Sample4」がリズムデータとなっている。以前「Sample2」というデータを使っていたが、リサンプリングの実験で使っただけなので、今回は割愛し。Sample1、Sample3、Sample4の3つのデータでの実験となる。

 Sample3はMIXモードでいいだろうと思うが、ドラムの場合どちらがいいか判断できなかったので、とりあえず両方のモードで試し、音を聞いてMIXモードのほうがいいように思えたので、そちらを採用した。なお、それぞれの音をMP3形式で掲載したので聞いてみてほしい。

サンプルデータ Sample3
(環境音楽的なサウンド)
Sample4
(リズムデータ)
タイムストレッチ:50% s3ts50mx.mp3
(89.3KB)
s4ts50mx.mp3
(44.8KB)
タイムストレッチ:200% s3ts20mx.mp3
(355KB)
s4ts20mx.mp3
(177KB)

 また、Sample4のリズムについては、波形表示をしてオリジナルのものと比較した。実際音で聞く雰囲気がハッキリと現れているが、50%にすると、かなり音が間引かれている感じがするものの、それほど違和感はない。また200%にすると若干エコーがかかったような音になるが、聞感ではまずまず。以前の実験では200%にすると、ほぼすべてのソフトがかなり妙な音になっていたが、それと比較して確かにいい。、リズム音をスライスして、間に間隔を入れるソフトにはかなわないが、本当の意味でのタイムストレッチということではなかなか優秀である。

Sample4(リズムデータ)
リズムデータのオリジナル波形 MIXモードの50% MIXモードの200%

 同様にして、Sample3およびSample4についてピッチシフトを上下1オクターブで変換してみた。これらについてもMP3で掲載したので、実際の音を確認していただきたい。聞いてみればわかるが、これらについても、ほかのソフトと比較して、いい結果にはなっている。ただし、あくまでも比較論であって、この音そのものを聞けば、明らかに音は変質しており「自然な音」と表現するのは苦しいように思う。

サンプルデータ Sample3
(環境音楽的なサウンド)
Sample4
(リズムデータ)
ピッチシフト:1オクターブ上げ s3sumix.mp3
(177KB)
s4sumix.mp3
(89.3KB)
ピッチシフト:1オクターブ下げ s3sdmix.mp3
(177KB)
s4sdmix.mp3
(88.9KB)


■ 総論

 今回の実験の様に、1オクターブも変化させているのでこうなるのは仕方ないところであり、数音であれば自然な音といってもいいだろう。世界最高水準であるかどうかは、自分の耳で判断してほしいが、これぐらいが限界に近いのかもしれない。

 また、ここまで触れていなかったが、CHRONOStreamの右側には2つのパラメータボックスがある。上がAUTO STRETCH、下がAUTO PITCHとなっているが、これについても簡単に紹介しておこう。AUTO STERETCHはMIDIシーケンスソフトなどでよくあるスウィング感を出すためのもので、リズムを揺らすことができる。AUTO PITCHは音程を上下させることで、独特のエフェクト効果を実現させる機能だ。

 ともに極端にかけると非常に面白い効果が得られるが、その分、音楽性はなくなってしまう。どういうときに利用価値があるのか、今ひとつ想像できなかったが、うまく利用すればオリジナリティーが発揮できるかもしれない。

□ピー・ソフトハウスのホームページ
http://www.psoft.co.jp/
□製品情報
http://www.psoft.co.jp/audio/ja/products/chronostream/
□関連記事
【2002年10月21日】【DAL】波形編集ソフトの性能とは? 最終回
~ ピッチシフト/タイムストレッチ専用ソフト「Time Factory」をテスト ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20041220/dal173.htm
【2002年9月9日】【DAL】波形編集ソフトの性能とは?
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【2002年9月2日】【DAL】第69回:波形編集ソフトの性能とは?
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【2002年8月26日】【DAL】第68回:波形編集ソフトの性能とは?
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【2002年8月19日】【DAL】第67回:波形編集ソフトの性能とは?
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【2002年8月12日】【DAL】第66回:波形編集ソフトの性能とは?
~ その1: タイムストレッチやピッチシフトの検証方法 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20020812/dal66.htm

(2005年2月14日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


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