■ 今年の邦画は“福井晴敏イヤー”
最近よく耳にする作家・福井晴敏。それもそのはず、2005年の邦画界はまさに“福井晴敏イヤー”と呼べる売れっ子ぶり。6月公開の「戦国自衛隊1549」では、前作の設定を引き継ぎつつ、独自の映画用原作を執筆。 「ローレライ」では、樋口真嗣監督と共同でストーリーを考案。コラボレーション企画として映画版とは異なる長編小説「終戦のローレライ」を書き上げた。さらには「亡国のイージス」と、まさに大作映画に立て続けに参加している。 映画版の「ローレライ」は、フジテレビと東宝が提携した大プロジェクトで、製作は「踊る大捜査線」シリーズの亀山千広が担当。監督には、平成「ガメラ」シリーズなどで特技監督として名を馳せている樋口真嗣が抜擢された。樋口真嗣と言えば現代の日本特撮界を背負って立つクリエイターで、「オネアミスの翼」や「エヴァンゲリオン」など、アニメ作品にも数多く参加している。しかし、これまでは技術監督としての参加が中心で、ローレライは「ミニモニ。じゃムービー お菓子な大冒険!」に続く監督作品になる。 大物俳優が数多く出演する大作ということで、監督のプレッシャーは相当大きなものだっただろう。また、樋口監督の人脈を活かして、ガンダムの富野由悠季、エヴァンゲリオンの庵野秀明、攻殻機動隊の押井守と、アニメ界のトップクリエイターも参加。さらに、潜水艦の雛型制作を海洋堂、水密服デザインを出渕裕が担当。特撮のクオリティだけでなく、従来の邦画とは異なる斬新な映像にも注目が集まる作品だ。 DVDは「スタンダード・エディション」(3,990円)と「プレミアム・エディション」(8,295円)の2種類をラインナップしている。スタンダード・エディションは本編と特典ディスクの2枚組み。プレミアム・エディションは、スタンダード・エディションと同じ本編ディスクと特典ディスクに加え、もう1枚特典ディスクを付属。計3枚組みとなっている。 プレミアム・エディションにはさらに、UMDビデオも付属。封入特典として樋口監督の撮影台本のレプリカも同梱している。スタンダードとプレミアムの価格差は4,305円と大きいので、UMDビデオの完成度なども気になるところだ。
なお、発売日翌日の8月20日に新宿の家電量販店に向かったところ、ビックカメラではプレミアム・エディションが売り切れ。通常版は豊富に在庫があった。ヨドバシカメラでは、スタンダード/プレミアム共に潤沢で、売れ行きは「スタンダード版の方が好調」だという。PSPを持っているユーザーしかプレミアム・エディションのずべては楽しめないため、仕方のないところだろう。
■ 勝手に自滅してくれる太平洋艦隊 時は第2次大戦が終焉を迎えようとしていた‘45年8月。同盟国ドイツは降伏を宣言し、日本に対する米国の攻撃は一層激化。そして8月6日に、広島に最初の原爆が落とされた。 海軍軍令作戦課長の浅倉大佐は、続く原爆の投下を阻止するため、絹見少佐を呼び寄せる。彼に降伏したドイツから極秘裏に接収した最新鋭の戦利潜水艦「伊507」を与え、艦長に任命。船員として集められたのは酔いどれの機関長や元特攻隊員、謎の技師など様々。彼らに与えられた任務は、南太平洋に浮かぶテニアン島に赴き、原爆を搭載した爆撃機を打ち落とすというもの。 だが、作戦海域にたどり着くためには、駆逐艦などがひしめく、米海軍太平洋艦隊の防衛網を突破しなくてはならない。援軍は無し。無謀とも言える作戦だったが、「伊507」にはドイツ軍が開発した謎の特殊兵器「ローレライ・システム」が搭載されていた。 ストーリーを聞くと、ミリタリーマニアは「イ-52号」の実話を思い浮かべるかもしれないが、まったくのオリジナルだ。また、最も注意しなくてはならないのが、福井氏による小説版が映画の原作ではないということ。共通している部分はあるが、小説はまったくの別作品として執筆されており、映画版も小説の物語をなぞっているわけではない。 そのため、小説版を読んだ人は、長大な物語をそのまま映画版にも期待すると首をかしげることになるだろう。映画版は似た設定の、まったく別の作品として楽しむのが正しいスタンスだ。 最大のテーマは「核の投下を阻止できるか否か」という単純なものだが、伊507の船員は、大戦末期に各戦闘地から戻ってきたはぐれ者の寄せ集めなため、思惑や戦争に対する思いは様々。狭い艦内で複雑な人間ドラマが展開する。時としてそれは“反発”という形で表面化するが、誰もが未来の日本を思って行動を起こしているので胸に迫る。仲間のために自分の身を犠牲にするような泣けるシーンや、熱いセリフも随所に散りばめられているが、嫌味や恥ずかしさは不思議と感じなかった。この雰囲気を素直に受け入れられるか否かで評価が分かれそうだ。 肝となる「ローレライシステム」は、簡単に言うと「スーパーレーダー」で、潜水艦周囲の状況を3D映像で表示できるというもの。潜水艦はソナーの反響音や、敵艦のスクリュー音など、音の情報をメインに収集し、敵の位置や周囲の状況を想像して戦闘を行なうものだが、ローレライシステムを使えば、文字通り相手を目で見て撃破できるというのだ。 システムの根幹を担うのはパウラという日系ドイツ人の少女。水を通して人々の意思など、様々な情報を知ることができる彼女の能力(第6感?)を増幅するというものだ。かなり突飛なSF的設定だが、潜水艦の置かれた状況をビジュアルとして表示できるため、映画向きの設定と言えるだろう。潜水艦映画にありがちな状況のわかりづらさはなく、迫り来る魚雷と伊507の姿が立体的に見れ、理解しやすい。その反面、閉塞的な空間に長時間押し込められ、音だけを頼りに、文字通り息を潜めた戦いを繰り広げる潜水艦映画独特の緊張感やスリルは乏しい。手に汗握る知能戦を期待すると肩透かしを食うだろう。 出演は役所広司、妻夫木聡、柳葉敏郎、堤真一、石黒賢など一流揃い。演技は“熱い”の一言で、特に目の力が強く、凄みがある。対比として、ライカを愛するインテリ軍医・時岡纏を演じる國村準の抑えた演技が光る。中盤から終盤にかけて、彼らが文字通り命を掛けて守ろうとする「日本の未来」について、深く考えさせられた。また、パウラと妻夫木聡演じる折笠一曹の心の交流という、ほとんど女性が登場しない従来の潜水艦映画ではありえなかった要素もスパイスとして効いている。 樋口監督の映画だけあり、CGや特撮が織りなす戦闘シーンは迫力満点。特に海底の伊507から海上を見上げたアングルの距離感が素晴らしい。また、高圧の中で魚雷が爆発するエフェクトも新鮮だ。個人的には実写ではなく、3DCGアニメ「青の6号」の映像を連想したが、模型も使われているため、不思議な生っぽさがある。ただし、模型の伊507とCGの伊507の違いが明らかにわかる部分もあり、少々気になった。 また、海中のシーンは満足できるのだが、人物が甲板に出るシーンでは背景と海と人物の合成が不自然に見えるシーンがあった。理由はいくつか考えられるが、画面の明るさの問題ではないかと思う。暗部が少なく、画面の隅々まで見通せ、情報量は多いのだが、奥行き感が乏しいのだ。そのため、潜水艦の重厚さや、海の深さ、怖さなどはあまり感じない。普通の映画では闇にまぎれてしまうCGの粗も隠れずに出てしまった印象だ。こだわりなのだとは思うが、もう少し陰影を付けた絵作りでもよかったのではないだろうか。
また、戦闘方法があまりにも非現実的なのも気になる。潜水艦1隻で大艦隊を相手にする物語自体が非現実的ではあるが、魚雷1発で連鎖的に自滅する太平洋艦隊の錬度の低さが凄い。ラストシーンでは「そりゃないだろう!?」と叫びたくなるようなシーンも登場する。どれも映像としては面白いが、リアリティには欠ける。もっとも、矛盾を挙げるなら8月に出港したにも関わらず、皮のコートを着込んだ絹見艦長まで戻って指摘しなくてはならない。カッコいいことが重要で、ハリウッドのアクション大作と同じような気分で、細かいことに突っ込まずに楽しんだほうが良さそうだ。
■ 原作者はサブウーファーマニア!?
DVD Bit Rate Viewerで見た平均ビットレートは7.51Mbps。128分という本編時間を考えると高めだ。映像は前述の通り明るめで、黒浮きが感じられる。また、演出によるものと思われるが、赤や黄色などの暖色系が強く出た独特の色調を採用。イメージ的には日に焼けた古い銀塩写真のようで、どことなく郷愁を感じさせる絵作りである。 悪く言うとコントラストが低く、画面にメリハリがない。ノイズも多く、映像的には不満の残る内容だ。狭くて暗い艦内も黒つぶれなく描写しているが、もう少し暗めにしたほうが雰囲気が出ただろう。ただ、擬似輪郭やモスキートノイズは見当たらない。ブロックノイズもほとんど出ていないが、さすがに激しい動きのあるシーンの中で海面が表示されたりするとブロックノイズが散見される。だが、それほど気になるものでもないだろう。
音声はドルビーデジタルEXとDTS-ESの2種類で収録。ビットレートはドルビーデジタルEXが448kbps、DTS-ESが1,536kbps。ドルビーデジタルとDTSの差は大きく、音の厚みやレンジはDTS-ESに軍配があがる。海の中での爆発音や、艦内の防水扉の閉まる金属音、男性俳優の野太い声も含め、低音が印象的な作品だ。 単に低域が豊富というだけでなく、潜水艦の巨体が発するゴオォという低い音の中に、しっかりとエンジンの音も描きわけられる緻密さもある。包囲感も秀逸で、海水のボリュームを感じる海の中のシーンも良いが、ラスト付近、潜水艦の浸水が起こっているシーンではピチャピチャという水が滴り落ちるクリアな音が明確に定位する。自分の部屋が雨漏りしているのではないかと一瞬錯覚してしまうくらいリアルだ。 ちなみに、サウンドはルーカスフィルムのスカイウォーカーサウンドが担当している。名門での音作りは監督にとっても想定外だったようで、インタビューやコメンタリーでも「まさか自分が仕事でスカイウォーカーサウンドと関わるこになるとは」と感慨深げ。「食堂に行くとジョージ・ルーカスが普通にいたりして……」と、本当に嬉しそうだ。 また、AVファンは特典ディスク2の「福井晴敏×DVD」が必見。実は福井氏はホームシアター好きで、中でもサブウーファーが大のお気に入りだという。そんな彼がローレライのDVDのサウンド(特に低音)の魅力を語るというコンテンツで、「DTSの方が音同士の繋がりが密接」、「魚雷の移動音が映像と完全にシンクロするまでスピーカーセッティングを追い込んで欲しい」など、専門家いらずの見事な解説。 低音へのこだわりかなりのもので「映画の満足度とは、テーブルの上に置いたコップがどれだけ揺れたかだ」と言い切る潔さ。ちなみに、同コンテンツの収録のために特別に高級な機材を家に運んでもらって視聴したようで、「取材が終わって機材を持って帰って欲しくない」という残念そうなコメントに笑ってしまった。ただ、どのような機材を使っているのか/借りたのか、具体的な機種名が登場しないのがちょっと残念だ。
アニメ界の大物の特別出演シーンも、ここで明かされる。具体的には富野由悠季氏と庵野秀明氏が俳優として登場しているのだが、本編を観た限りでは富野氏にしか気付かなかった。本編を観てもわからなかった人は、このコンテンツで答え合わせをして欲しい。また、撮影現場を訪れたミリタリーマニアでもある押井守氏が、いつもの犬のTシャツ姿で、「いいなぁ~ 機械がいっぱいあるっていいなぁ~」と言いながら、あちこち覗いている姿が微笑ましかった。 ディスク1にはそのほか、未公開シーンや伊507のミニチュア版を海洋堂のスタッフが製作している所を静止画で振り返るコンテンツなどを収録しているが、CGのメイキングや、監督へのインタビューなどは少ない。それらはプレミアム版にしか付属しないディスク2に集約されている。 ディスク2で必見なのは「潜水艦考証」。海自で実際に潜水艦の艦長を務めていた正木成虎氏がスーパーバイザーとしての立場で様々な潜水艦知識を教えてくれる。「映画では艦長が激昂するシーンもあるが、実際の艦長は神のような存在で決してエキサイトしてはならない。怒るのは副長の仕事」など、映画と実際の違いを解説。“映画を面白くする嘘”がどこに隠れているかがわかる。また、「ローレライシステムは突飛な設定と言われているが、様々な情報を総合して、艦長はあのような映像を最終的に頭の中で作り上げている。なので、話を聞いた時も、それほど滅茶苦茶な設定だとは思わなかった」という正木艦長の言葉が印象的だった。 「スペシャルトーク」は、フジテレビの笠井伸輔アナが司会を務め、樋口監督と絵コンテを協力した庵野秀明氏とのトークショーを収録したもの。女性客を意識して様々なタイプの良い男を配置したことや、潜水艦映画の最大の弱点は「最初にしか女性が登場しないこと」とし、それを打破することにチャレンジしたこと。重厚さを出すための絵コンテなどが明らかになる。見応えのある内容だ。 CGや特撮の解説も充実。海中で空気を内包した鉄の塊が爆発するリアリティを出すために、クロスシミュレータを使って布の動きを潜水艦に当てはめるなどの工夫をしたという。また、VFX担当の佐藤敦紀氏によると、撮影にも使われた海洋堂製作の模型は、3DCG製作の際のベースとしても非常に役立ったという。 内容総じてマニアック。特撮&CG製作は、ホワイトチームとブラックチームに分かれて作業していたというが、そのネーミングの由来を「ふたりはプリキュアです」と真顔で語る樋口監督に、飲んでいたジュースを吹いてしまった。 封入特典もボリュームがある。樋口監督が撮影中に手にしていた台本の縮小版だ。この手の特典は「これが台本かぁ」とポラパラめくって終わりというものが多いが、監督の絵コンテやアイデアなどが随所に鉛筆で書き加えられ、真っ黒になっているページが多く、細かく読み込んでいくと面白い。セリフに改行を加えたり、スピード感を出すために削って短くするなど、現場で様々な修正が加えられているのが興味深い。ちなみに、メイキング映像の中で役所広司のアイデアで変更されたセリフなどもちゃんと上書きされている。裏側に書かれた「ひろったらとどけて下さい」なんて言葉も再現してあって面白い。
■UMD版 プレミアム版の特典の目玉はUMDビデオだ。DVD-BOXとは別にしっかりとしたUMD用トールケースが付属している。手持ちのPSPのファームウェアは1.0のままだが、ディスクを入れるとそのまま本編の再生がスタートした。メイン/チャプタメニューも用意されており、十字ボタンの上下左右で目的の映像に辿り着ける。 チャプタメニューはDVDと同様のものに加え、伊507の航路に沿ってシーンを分割したUMDオリジナルメニューも用意している。音声はATRAC3plusで、本編の音声に加えコメンタリーも収録。音質はDVDと同様に低音が豊富で、耳栓型ヘッドフォンを併用すれば外出先でも重厚な潜水艦サウンドが楽しめるだろう。映像はPSPの液晶に縮小されているので精細感が高まり、DVDよりも綺麗に見えるくらいだ。 コメンタリーの内容はDVDと同じもので、福井氏と樋口監督が参加。司会として笠井アナも登場するので、コメンタリーにありがちな「何を喋ろうか」というダラダラした感覚は無く、シーンへのこだわりや、CGのポイントなどがスッキリと語られている。 また、潜水艦ゲームも収録している。UMDビデオの特典にゲームが含まれているのは初めてかもしれないが、もともとゲーム機であるPSPでは自然なコンテンツだといえるだろう。内容はインベーダーゲームそのもので、海上の駆逐艦を魚雷で打ち落とすというもの。真面目にやると5分とたたずに飽きてしまうが、UMDビデオを見終えた後に電車の中などで時間をつぶすには良いのではないだろうか。 ゲームモードはUMDのビデオ再生画面からシームレスに切り替わるのでストレスはない。また、操作性やゲーム自体のレスポンスを含めて、DVDビデオのチャプタ切り替えを利用した「なんちゃってゲーム」とは次元が違う。ゲームそのものは古臭いが、遊べる度合いではDVDプレイアブルゲームより遥かに完成度が高い。
■マニアが作った一般向け映画 プレミアム版に付属する2枚目の特典ディスクはボリューム満点で、スタンダード版よりも満足度は高い。また、UMDビデオの完成度の高さも好印象だ。UMDビデオの映画は3,990円程度のものが多いので、スタンダード版との4,305円という価格差も個人的には気にはならなかった。本編を気に入った人にはぜひともプレミアム版をお勧めしたい。 それにしても、潜水艦に美少女が乗り、日本と彼女を守るために、太平洋艦隊相手に、たった1隻で立ち向かう男達……という物語は、これまでの邦画の大戦映画と比べると驚くほど突飛だ。設定としてはむしろアニメにありそうな話で、ネットの評判を読むと「恥ずかしいストーリー」と評している人もいる。 庵野監督の言葉を借りると、この映画は「特撮の技術監督として長年活動をしてきた樋口氏が、自分で全ての責任を背負って撮った作品」だという。そして「それがマニアックなカルト映画ではなく、役所広司が主役の一般向け映画であることが驚くべきことだ」とのこと。確かに、マニアックな特撮映画やアニメの世界と、一般向けの大ヒット映画の間には一定の距離がある。
そういった意味で、この映画は、特撮界のリーダーが、アニメ界の友人達を巻き込んで、多くの人に楽しんでもらえるような映画を作ろうと必死になった成果と表現できるかもしれない。その結果、邦画の戦争映画特有の悲劇や反戦のメッセージとも少し違う、エンターテイメント要素を多く盛り込み、新しい風を送り込むことに成功したと言えるだろう。
□映画の公式ページ (2005年8月23日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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