■ NHKのスペシャルドラマをDVD化
今回取り上げるDVDは「クライマーズ・ハイ」。'85年の日航機墜落事故を取材する地方新聞社の模様を描いたドラマで、昨年12月10日/17日にNHKの前/後編の特別番組として放送された。原作は横山秀夫の同名小説。出演は、佐藤浩市、大森南朋、新井浩文、高橋一生、岸部一徳など。 個人的にも、テレビの予告を見て面白そうだなと、チェックはしていたもの、前編の録画予約を忘れてしまった。しかも放送終了直後にネットで評判を見る限り、非常にいいドラマだった模様。一応後編は録画したものの、「前編を見るまでは……」と思いながら、レコーダのHDD容量が圧迫されてきたので、結局再生することなく消してしまった。 再放送も特に無かったようなので、そのまま番組のことはすっかり忘れていたが、5月12日にDVDが発売されていた。価格は4,935円。テレビで見ればタダ(NHK受信料は必要だが)なのに、この価格というのは、ちょっと納得できない気もする。しかも画質的にも地上デジタルの方が解像度が高い。とはいえ、しばらくは、他に視聴機会も無さそうなので、新宿の量販店で購入した。価格は4,440円(10%ポイント還元)。
■ 地方新聞社に突然訪れた「過去最大の惨事」
舞台は'85年8月12日。群馬県の地方新聞「北関東新聞社」の遊軍記者 悠木和雅(佐藤浩市)は、朝刊の原稿を用意していた。13日からはお盆休み。いつもと同じように仕事を進めながらも、同僚の販売局員 安西耿一郎(赤井英和)と谷川岳に登る計画を立て、終業を心待ちにしていた。 悠木の属する編集局と、安西の販売局とは、社内では険悪な関係だが、安西は社内に「登ろう会」という登山サークルを設立。悠木を積極的に誘っていた。安西と向かう予定の谷川岳 衝立岩(ついたていわ)は、難所中の難所。登山家としてはなんとしても登っておきたい場所だけに、悠木は今日の日を心待ちにしていた。安西との約束は駅で19時36分。しかし、19時を過ぎようかというそのときに、県警記者クラブの佐山達哉(大森南朋)から連絡が入ってきた「ジャンボが消えたらしい……」。 まだ、情報は確定されず、記者としての使命感と、安西との約束のいずれを選択するのか、戸惑う悠木。そのときテレビのニュース速報が、第一報を伝えた「羽田発大阪行き日航123便が消息を絶った」。続いて、通信社のニュース速報が入る。「日航機は墜落した模様、乗客乗員は524人。世界最大の単独航空機事故」。 墜落現場は群馬と長野の県境と推定される。さすがに、記者として局に残る決断をする悠木。現場がもし群馬側なら、北関東新聞にとって地元で起こった大事件となる。遊軍記者として活躍していた悠木だが、年次的には同期は皆デスク。編集局長の粕谷亘輝(大和田伸也)は、悠木を日航全権デスクに指名。事故報道の責任は悠木の手に委ねられた。 墜落現場は、群馬か長野か情報が錯綜する。第一報は「長野・群馬県境の山中」、日航の第一報は「長野」。しかし、群馬県警は県内の上野村に対策本部を設置。もし、県内の事件であれば、北関東新聞過去最大の事件となる。しかし、午前1時を過ぎても情報は確定できず、全権デスクの悠木は見出しの最終判断を迫られる。 ひとつは、「長野・群馬県境の山中」、もうひとつは「群馬・長野県境の山中」。つまり、日航発表を追従するか、記者からの報告や県警の動きををどこまで信じるかの判断を迫られる。北関東新聞として、初動で自分達の領域で起きた事件か否かを決断する非常に重大な判断だ。悠木が選んだのは「長野・群馬」。しかし、早朝テレビに映った現場は群馬県・上野村の御巣鷹の尾根だった。 悠木の日航機事故報道は敗北から始まった。しかし、前線には悠木に全幅の信頼を寄せる佐山と、神沢夏彦(新井浩文)を派遣。二人は悠木の期待に応えるべく、12時間をかけ、決死の覚悟で山を登り、跡形もなく消し飛んだその惨状を必死にレポートする。しかし、その時、編集局では悠木の予想外の事態が起きていた……。 ■ 可哀想なぐらい問題山積の日航全権デスク
テレビ放送時には前編、後編と2部構成となっていたが、DVDでも完全に前/後編が分かれており、前編終了時にはスタッフロールが流れ、後編に続くという形式。メインメニューからは前/後編をそれぞれ選択してみることもできるが、基本的には148分を通して見るという形になる。 見所は、なんといっても社内の事情で翻弄され、家庭内でもうまく振る舞えない悠木の生き様そのものだ。部下の信頼を失い、信頼していた上司から裏切られ、社長からも叱責される。さらに、一緒に谷川岳に登るはずの安西は駅で倒れ、入院。最後に家族でなく悠木に残されたという、言葉の重みが悠木の肩にのしかかる。 激務の悠木への理解もなく、問いかけにも「うー」としか答えない息子。うまく子供と話し合えないことを悩む悠木だが、ある事件について息子が陰口を言っているのを聞いて激怒、殴打してしまう。特に前編のハイライトとなる、安西家を巻き込んだ家族関係の描写も胸を打つ。 もう一つの重要な人物が、かつて県警キャップ時代に、悠木の叱責に耐えかね、自殺とも事故とも取れる形で命を落とした望月と、その従兄弟の彩子(石原さとみ)の存在。当初は蛇足にも感じていたが、物語が進むにつれ、悠木の報道姿勢にも影響を与えていく、その自然な流れは脚本陣の手腕によるものだろう。 また、神沢/佐山による事故原因スクープの取材模様なども見所。「大久保清事件('72年)」、「連合赤軍事件('72年)」、で、“如何にスクープを取ったか”。それだけが北関東新聞の古参記者の誇りだ。しかし、それらを超越する「日航機墜落」という事件を受け、戸惑う古参記者や悠木の上司達。佐山らも、「上層部のねたみ」を疑い始める。このあたりの組織の力学も最初からしっかり描かれている。部下の信頼を回復する様、その姿、立ち振る舞いが、必ずしも正しくないところが悠木の人間くささをうまく出していて興味深い。周りを固める役者陣の堅実な演技も、人間ドラマにグッと引き込ませてくれる。様々な人生の側面から悠木という人間を描いた、素晴らしいドラマに仕上がっている。 個人的に興味深かったのは、自社取材と共同通信の配信記事の配分調整の話し合い。特に、共同電にテレビ映像を加えて、雑感を書くデスクを諫める悠木の姿などは見応え充分だ。また、NHKニュースで第1報を知った際の驚きや、わらわらと集まってくる編集部員などは、よく見かける光景。新聞社ならではの販売と編集の対立というのも興味深く楽しめた。
■ 画質は良好。特典は寂しい
DVD Bit Rate Viewerでみたビットレートは6.50Mbps。本編収録時間は約148分と長い割には、なかなか高ビットレートといえるだろう。ただし、特典はプレマップと呼ばれるダイジェストと、前編、後編の各予告のみ。 画質は良好だ。フィルム的な暖かみはさほど感じられないが。ソースがハイビジョン収録ということもあり、DVDのSD映像でもかなりの解像感がある。一見してHD映像と見まごうほど、精細感を維持しており、ノイズも少ない。もちろん、よく見ればHD映像には及ばないのだが、総じて高画質なディスクという印象だ。
音声はドルビーデジタルステレオ(192kbps)、ドルビーデジタル 5.1ch(448kbps)。5.1ch音声は大々的な移動感は無いが、しっかりとした包囲感を出している。挿入曲も派手さはないが、効果的に使われており、特に衝立岩を目の前にしたシーンでは、響き渡るサックスが、垂直にそびえ立つ壁の絶望的な高さや、空間の広さをより一層強く印象づけてくれる。 特典は、トレーラのみ。元々テレビドラマということもあるが、もう少し何かあっても良かったのではとは思う。もっともそれで本編の容量が削られるならば、歓迎できないのだが……。ただ、1枚で4,935円という邦画の標準的な価格であれば、大抵特典ディスクが付いてくるもの。そうした意味では、ドラマを見てファンになった人が積極的に購入できるような仕組みがあってもよかったかな、とは思う。 ともあれ、もし地上デジタル放送を録画していればDVDを買わずに済み、しかもより高画質。音声も5.1ch AACだったので、録画した人にとっては、DVDはあまり意味をなさないだろう。もちろん、持ち運べるなどのDVDならではの利点もあるが、そうした意味では、再放送さえしてくれればと、思わないこともない。 ただし、作品を見て購入したことを後悔しているかというと、そんなことはない。払った金額に見合うだけの価値のあるドラマだと感じたし、誰にでもお勧めできる作品だ。これだけのクオリティの作品が、テレビスペシャルとして作られているということが、確認できただけでも収穫だ。 NHKの改革なども叫ばれているが、素晴らしいコンテンツを作る力をそぐことなく、良い方向に持って行って欲しいものだ。受信料の値下げ云々やスクランブル化の議論もあるが、個人的には、サーバー型放送やVODの応用などで、見逃した番組が見たい時に見られる用になってくれたほうがありがたい。
□角川エンタテインメントのホームページ (2006年5月16日) [AV Watch編集部/usuda@impress.co.jp]
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