■ レベルの高い国産ソフトウェア 長らく日本のPCパーツ産業というのは、ハードウェアが基盤となっていた。だが昨今のPCハードウェアは中国、台湾あたりが主力となり、国内でオリジナルのPCハードウェアを作るというのは、なかなかキビシイものであるらしい。一方で日本のソフトウェア産業は長い間米国に遅れを取っていたが、最近は完成度の高いソフトウェアも登場してくるようになった。その中の一つが、ペガシスの「TMPGEnc XPress」である。 4月末にNABに取材に行ったのだが、様々なエンコーダがプロダクション業務で使われる中、日本ではTMPGEnc XPressの評価は非常に高く、実際の業務で使用している例は少なくない。言ってみれば1万ちょっとの製品でプロの仕事ができるわけであるから、そのコストパフォーマンスは絶大なものがある。 そんなTMPGEnc XPressに新バージョン4.0が登場した。新たにH.264/MPEG-4 AVCやハイビジョン規格に準拠したMPEG-2 TSの出力をサポートし、ドルビーデジタル音声の入出力に標準で対応するなど、今どきのトレンドを押さえた仕様となっている。 IPTVや次世代DVDで具体的にH.264の応用が始まりそうな今年、エンコーダとしてTMPGなりの答えを出したということだろう。では早速、TMPGEnc 4.0 XPressの実力を試してみよう。
■ カット編集時のフィルムロール表示に対応 前バージョンであるTMPGEnc 3.0 XPressが発売されたのが、2004年春。その後「TMPGEnc Editor」、「Movie to Portable」といった新製品が発売されたわけだが、今回のTMPGEnc 4.0 XPresは、純粋にエンコーダとしては約2年ぶりのメジャーアップデートとなる。まずGUIを見てみよう。画面の構成要素自体は変わっていないが、デザイン的にはTMPGEnc Editor2.0のようなスタイルとなっている。
入力可能なフォーマットも若干増え、Windows XP Media Center Editionの録画形式に対応した。国内ではあまりMCEが流行っている感じはしないが、来年発売されるWindows Vista採用マシンでは、この形式のファイルでテレビ録画するケースも多くなるだろう。 またもう一つ新しく対応したフォーマットとして、ビクターのEverioで撮影したファイルにも対応した。Everioは単なるMPEG-2ファイルだろう、というのはまあ当たっているのだが、実際に扱ってみると細かい点でMPEGとは異なっており、実はSDビデオ形式に則っている。 例えばファイル名が16進数で付けられているため、大抵のソフトでは名前でソートするとめちゃめちゃな順番になってしまう。また16:9モードで撮影してもMPEGヘッダには4:3と書き込むため、一般のMPEG編集ソフトでは、アスペクト比が間違って読み込まれるなど、扱いにやっかいなフォーマットだ。 EverioではSDカードにも動画が録画できる仕様であるため、SDビデオフォーマットを採用しているわけだが、カメラ付属のPowerDirector Expressでしかマトモに扱えないというのでは、活用範囲も限られてしまう。簡単な編集ができてフォーマット変換も可能なエンコーダで対応したというのは、意義があることだろう。 またリリースなどにはHDVフォーマットへの出力に関してしか明記されていないが、もちろん入力にも対応している。これは前バージョンでも早くからアップデータで対応していたこともあり、すでに目新しい機能ではないが、HDVの入出力対応で、編集ツールとして使うこともできるようになったわけだ。
過去TMPGEnc 3.0 XPress発売時のインタビューでは、マルチフォーマットの入力ソースに対してフィルムロールを付けることの難しさが語られていたが、やはりニーズが強かったのだろう。 また今回は新しい操作法も追加された。マウスのセンタークリックでカット変わりのポイントを探してくれるという「Smart Scene Search」機能である。カット変わりがありそうなポイントというのは、フィルムロールに表示されるサムネイルを見ていればだいたいわかる。だが正確なポイントというのは、該当するGOPのサムネイルをクリックして、あとは地道にコマ送りして探す、といった方法しかなかった。 今回の新機能では、カット変わりの前で止めておき、再生ポイントの右側、つまり進行方向をセンタークリックすると、自動的に映像を再生して、カット変わりのポイントで静止してくれる。再生ポイントの左側をセンタークリックすると、逆再生しながらカット変わりで止まる。
MPEG-2の場合、エンコーダによってはIフレームの挿入点、つまりGOPの境目とカット変わりが一致しないが、この機能のおかげで1フレームの狂いもなくカットすることができるというのは、編集アシスト機能としてかなり便利だ。
■ 整理されたフィルタ群 「クリップの編集」では、フィルタに関しても変更点が多い。前バージョンでは左側に並んだフィルタボタンから機能を選ぶだけであったが、今回は「フィルター編集」ボタンをクリックすると、「フィルター一覧」へのボタン登録・削除ができるようになった。
写真と違って、通常ビデオカメラを縦にして撮るということはあり得ない。それは動画撮影の常識であったのだが、これは最終的にテレビモニタで映像を見る、という縛りがあったからであろう。テレビを横倒しにしたり、首を90度曲げて見るのは面倒だ。 ところが映像がファイルとなり、パソコンの画面上で再生ということになると、この常識を守らなくても済むことになる。デジカメの動画などから徐々に「縦位置動画」という文化も、地味に芽生え始めている。 ところが動画を90度回転させて表示なり保存なりするというのは、一見簡単そうに見えてなかなか面倒だ。もちろんAfterEffectsなどを使えば簡単だが、一般の人が手を出すソフトではない。これまではQuickTimeのPro版を使うというのがもっとも簡単な方法だったが、カット編集も行なうとなると、QuickTime Playerの機能では辛いものがある。そういうときにエンコーダが対応していると、いろいろ面白いコンテンツも出てきそうだ。
また、フィルタの増減が自由ということは、同じフィルタを二重にかけたりということも一度にできるということでもある。従来であれば、いったんエンコードしたのち、もう一度フィルタリングするため、画質劣化したわけだが、このあたりも新GUIのメリットと言えるだろう。 そのほか、色調補正などの利便性のために、新たにヒストグラムに加えてベクトルスコープ表示が加わったのは大きい。アマチュアの方はベクトルスコープなどは見たことがないと思うが、プロでは色補正の指標として未だに便利に使われている。
ここで適用したフィルタは、設定も含めてまとめてテンプレートとして保存できる。この機能は以前から存在したが、今回はメイン画面の「フィルター一括適用」ボタンから、すべてのファイルに対して同じ設定が適用できる機能を搭載した。同じ番組を一括でまとめたい場合などには便利な機能だ。
■ 多彩な出力をサポート
というのも、静止画をDVD化してしまえばVGAサイズに縮小されて、せっかくの高解像度が無駄になってしまう。だがHDVフォーマットでハイビジョン動画として出力するというのは、意義がある。さすがにビデオテープに対して出力するというのはどうかと思うが、将来的にはAVCHDや次世代DVDフォーマット向けに出力するというような活用法も考えられるだろう。
機能的には標準的なスライドショー機能である、画面展開のエフェクトやBGMの設定といったことができる。このあたりはすでにTMPGEnc DVD Authorで搭載している機能でもある。 もう一つ出力設定では、H.264に対応したのは大きい変化だ。かつてのインタビューでは、H.264エンコーダの独自開発も示唆されていたが、最終的にはMainConcept製のエンジンを搭載することになったようだ。 手軽なH.264の再生環境としてはiPodやPSPなどがあるが、4.0 XPressには特定デバイスに気軽に出力するようなテンプレートは付属しない。標準状態ではHalfVGAサイズとなっており、プロファイルやビットレートなど、あくまでも手動による設定がメインとなる。このあたりがMovie to Portableとの棲み分けになるだろう。 なお、以下にサンプル動画を掲載するが、QuickTimeの5月17日時点の最新バージョンである7.1ではうまく再生できず、従来バージョン(7.0.3)では問題なく再生できた。
さらに6月には、DivX 6を公式にサポートし、エンコーダも内蔵するという。すなわち現在のMainConcept製H.264エンコーダと同じレベルの実装をするということだろう。
DivX 6は、日本語ファイル名が通らないという問題が半年近くも放置され、その間に日本ではユーザー離れが一気に進んだ。だが日本事務所もできたことで、国内でも積極的なライセンス戦略が行なわれようとしている。この件はその動きを象徴する一例かもしれない。
■ 総論 先に挙げたTMPGEnc Editor、そして昨今のMovie to Portableという製品は、それぞれに背負っている時代背景が違う。TMPGEnc Editorは、MPEGを別フォーマットに再エンコードするというのではなく、極力再エンコードせず編集して出力、という方向性を打ち出したものだ。これは極力画質劣化を抑えてMPEG-2のままで利用したり、あるいは別コーデックへ変換するためのマスターファイルを作成するといった使い方が想定された。もちろんDVDへ出力するのであれば、従来からあるDVD Authorで、といった棲み分けとなる。 だがテレビ映像のハンドリングということを考えると、もう生のMPEG-2という時代でもなくなりつつある。PSPやプレイやんといった、ゲーム機をポータブルAVプレーヤーとして利用するソリューションとともに、MPEG-4の利便性が訴求された結果生まれたのが、Movie to Portableである。 一方で、エンコーダとして徹底的に汎用性を追求したのが、TMPGEnc 4.0 XPressの立ち位置ということになるだろう。一応DVDやVideoCDといったものを作る場合のテンプレートは用意されているが、やはり真骨頂はフィルタもかなり細かく設定し、エンコードパラメータも自分で設定できるというところにある。 そういう意味では、潜在的な能力を引き出すには、それなりに研究や実験を行なわなければならないだろう。しかしダウンロード版で1万円弱のソフトウェアが、業務以上の用途にも耐えうる能力を持っているというのは、大変なことである。
□ペガシスのホームページ (2006年5月17日)
[Reported by 小寺信良]
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