■ ヘッドフォンアンプって? 毎年夏休み付近には、なんかオーディオものを自作してみるというのが当コーナーの定番と化しているのだが、今年はちょっと早めである。真空管を使ったオーディオ自作キットを数々リリースしているイーケイジャパンから、新しいコンセプトのキットが発売された。 「TG-5882」がそれである。お馴染みの真空管を使ったアンプだが、今回はパワーアンプではなく、ヘッドフォンアンプとなっている。昨今はちょっとヘッドフォンやイヤフォンがイイ感じにブームになってきており、オーディオメーカー各社から結構良質なものが出てきているようだ。 スピーカーなら、1セット5万円程度では高級モデルとは言えないが、ヘッドフォンやイヤフォンで5万円も出せば、相当いいものが買える。リーズナブルにいい音で音楽を楽しもうと思ったら、ヘッドフォンはいい買い物である。 そもそもヘッドフォンで聞く場合、普通のオーディオアンプにはヘッドフォンジャックが付いており、それを使うというのが普通だろう。だが元々スピーカーを駆動させる大出力のアンプから適正なヘッドフォン出力を得るためには、抵抗を噛まして相当出力を減らしていかなければならず、その過程で音質が劣化するのだ、と言われている。 そこでヘッドフォン用に最初から出力が調整されている、ヘッドフォンアンプの登場となるわけである。市販品でも普通のアンプほど数はないが、ヘッドフォンアンプはいくつか売られており、国内メーカーではオーディオテクニカやCEC、エゴシステムズなどが頑張っているようだ。 お手軽なヘッドフォンアンプ、そして真空管の音を体験してみたいという入門機として登場したTG-5882を、さっそく試してみよう。
■ 組み立ては簡単すぎ 試してみようとは言ってもやっぱりキットなので、組み立てなければならない。だが今回のTG-5882は、以前の「TU-870」や「TU-879R」のように、パーツレベルからハンダ付けしていく必要はなく、大幅に簡単になっている。 というのも、基板としてはすでに部品がハンダ付けされた状態で、キットになっているからである。あとはドライバーとラジオペンチがあれば、ちゃっちゃか組み立てていけるようになっている。これを大幅につまんなくなったと見るか、大幅に楽ちんになったと見るかで、評価が分かれるところ、というかターゲット層がまったく違うということだろう。 ちなみにドライバーまで付属しているのは至れり尽くせりではあるが、プラスドライバーとペンチとどっちが持っている確立が高いかというと、ドライバーのほうが圧倒的に持っている人が多いような気がする。
では制作過程をざっと見ていこう。パーツはご覧のようにケーブル、ネジなどのパーツ、基板が3種類、シャーシ、そして真空管である。今回採用の真空管は「5670W」というもので、安価ながら安定した特性が得られるということで、自作アンプでは高評価の球のようだ。 最初にステッカーを貼るという手順があるのだがそこは省略して、中味の組み立てである。メイン基板に対してL時にシャーシを取り付け、同じく縦にヘッドフォンジャックの基板を固定する。これらははめ込み式になっており、ネジで固定するといった感じだ。
ここでサイズの違う2種類のワッシャーを使うのだが、説明書にはワッシャーの実物大イラストまで載っており、ブツをその上に載せて「ああこっちなのね」とわかるようになっている。もっとも大きさが相当違うので、実際に取り付けてみれば全然入らないのだが、このあたりの手取り足取り感がエレキットの真骨頂なのである。 ケーブルをいくつか差し込んだあとは、もうシャーシに実装となる。実はこのとき若干間違えた。電源部と接続するためのコードは、後ろの方に出しておけと書いてあったのでそうしたのだが、スペーサーの間を通る恰好になってしまった。
これが間違いの元で、実際にはスペーサーの間を通ると電源部までケーブルが届かない。これはシャーシと基板の横の部分からケーブルを逃がしておかなければいけなかったのである。 まあ組み立て時にもう少し先まで読みながらやれよって話ではあるのだが、先まで見なくて済むようにわざわざ実装時の手順内に「コードを後ろの方に出しておくと良い」と注意書きがしてあるわけで、ここは書き方に改善の余地がある。 底面シャーシに足を付けてフタをしたら、上面の電源トランス部である。トランスユニットを取り付けてケーブルをはめ込んだら、あとはトランスのカバーを取り付けてだいたいはできあがりだ。 あとはボリュームを取り付け、シールを貼って真空管を挿せば、完成となる。途中途中で写真を撮りながら進めたので小一時間かかったが、何もせずにただまっすぐ組み立てていけば、早い人なら30分ぐらいで組み立てられるだろう。
■ で、A級シングルってなに? TG-5882の組み立て自体は非常に簡単で、まあ言ってみればネジが回せれば誰でも組み立てられるレベルである。つまり本製品のターゲット層としては、真空管アンプには興味があるものの、ハンダ付けはやったことがない、電子部品の扱いに自信がない、といった層になるだろうか。 だが製品情報には「回路構成はオール三極管、出力段はA級シングル」などと誇らしげに書いてある。そもそもハンダ付けは苦手というタイプの人に、まずこれらの意味を紐解いていかないと、その魅力が伝わっていかないのではないかという気がする。 あいにく筆者も拙い知識しか持ち合わせていないため、若干言葉足らずではあるが、多少理解の足しにはなれば幸いである。あるいは間違っていたら編集部宛にメールしてくれ。速攻で直すから。 まず三極管というのは、増幅に使われる真空管としては、もっともベーシックなスタイルである。ちなみにTU-870で使用されていた「6BM8」という真空管は、電力増幅用の五極管と、電圧増幅用の三極管が一緒になっている、いわゆる複合管であった。 5670Wはシンプルではあるが、1本の中に三極管が2系統入っている。ただ1本でLRの増幅すると、同じ真空管内の事なので、クロストークが悪くなってしまう。普通はそういう使い方はせず、同じチャンネルの増幅を2段階、あるいは後述するプッシュプルの2系統で使うことになる。 A級とはバイアス電圧をかける方式の種類で、A級からD級まで種類がある。アンプに使われる方式は主にA級とB級だが、これは品質が違うわけではなく、やり方が違うものを区別しただけで、A級が高級でB級が劣るということではない。 真空管やトランジスタといった増幅素子は、入力信号が一定の電流であったり電圧であるときに、初めて増幅器として機能できる。音声信号というのは、0Vをセンターにした交流信号なので、そういう信号を真空管に突っ込んでも、波形の一部分しか反応してくれない。 そこで音声信号に直流電圧を足し算して、動作範囲まで波形全体を底上げしてやる、つまりオフセットする必要がある。この電圧のことを、バイアス電圧というのである。このオフセット具合の違いが、A級/B級の違いになる。 A級は波形全体が真空管など増幅器の動作範囲になるよう、ガバッと持ち上げる。したがって増幅で得られる特性というのは、シンプルな方式であるがゆえに入力に対してリニアで、変形が少ない。ただ常時高めの直流電圧をかけ続けなければならないので、消費電力から見た効率という意味では、あまり良くない。 一方B級というのは、A級のように波形全体を動作範囲に入れるのではなく、波形の上半分ぐらいが入る程度に持ち上げる。そうすると音声波形の上半分しか増幅しないわけだが、さらに下の部分は位相を反転させて、別の増幅器に突っ込んで増幅する。 つまり波形の上半分を下半分を別々の増幅器で増幅して、あとで合体させるのである。これは電気的にも効率が良く、大出力のアンプには欠かせない仕組みだ。こういう方式の増幅を、プッシュプル回路と呼んでいる。つまりオーディオ用アナログアンプ的には、シングルまたはプッシュプルの選択ということになる。 TG-5882の場合は、スピーカーではなくヘッドフォン程度を駆動させればいいので、それほど大出力は必要ない。しかも回路的にシンプルであり、またACで動かすために消費電力もあまり気にしなくていいということで、シングルアンプという選択は妥当である。ちなみに過去レビューした「TU-870」も「TU-879R」も、シングルアンプであった。
■ 音はどうなのか まあ回路的なことを四の五の言ってみても、肝心の音が大事である。2日間ほどしかエージングの時間が取れなかったが、早速聞いてみることにしよう。再生機は、アナログライン出力に定評のあるCECの「PDA-655」をオキシライド乾電池駆動、モニタとして使用したヘッドフォンは、ソニーの「MDR-CD900ST」と、一般的なインナーイヤフォンということで「SENNHEISER MX500」で試してみた。 前面には標準フォンジャック1つと、ステレオミニジャック2つがある。標準フォンジャックは背面に切り替えスイッチがあり、インピーダンスを3段階で切り替えられるようになっている。
スピーカーのインピーダンスは、だいたい6Ωか8Ωと相場が決まっているが、ヘッドフォンの場合はかなりまちまちだ。ちなみにCD900STは63Ωなので、レンジとしてはMIDに設定する。 TG-5882は出力としては0.2Wしかないが、ヘッドフォンを鳴らすには十分すぎる。適正な音量では、ボリュームは9時ぐらいで足りる。
肝心の音はというと、普通の人が真空管の音としてイメージするような、玉音放送でも流れて来そうなラジオの音ではまったくない。低域から中域までちゃんと鳴る、イマドキの音である。 特筆すべきは低域の力強さで、ベースが気持ちよくドライブするような音楽は、相当楽しめるだろう。ただエッジ感みたいなものは、甘くなる傾向があるようだ。現段階ではまだエージングが足りないのか、ボーカルの「サ行」が若干キツい。 また全体的に熱いサウンドで、ダイナミックレンジも良く、これが現代風の真空管らしい音、という感じがする。その一方で中音域が込み入ってくると、サウンド内での細かいニュアンスまで破綻なく聴かせるという、デジタルアンプ的なクリアさには欠ける。まあ、アナログだから当たり前であり、ある意味ここのホットさ具合が真空管らしいのだが。 S/Nに関しては、無音状態で小さくハムノイズが乗っているのが気になる。音楽が始まってしまえばマスキングされてまったくわからないのだが、無音からの立ち上がりや音の小さな余韻まで楽しみたい人には辛いだろう。またそこまで大きくすることはないとは思うが、ボリュームの12時から3時ぐらいまでの部分で、ジリジリしたノイズが聞こえる。 製品仕様としては、入力にステレオミニジャックが付いていたり、入力のスルーも装備するなど、よく考えられている。プレイヤーとメインアンプの間に挟み込んだり、iPodを繋いだりといったことを想定しているのであろう。 塗装はこれまでのような無骨な黒ではなく、紺青のパール地といった凝った塗装になっている。また前面・背面の角部に丸みが付けられているのも特徴だ。 これまでのエレキットのアンプのデザインは、鉄板むきだし的な荒削りさも魅力の一つで、値段不明なところがあった。だがここまで丸くなってしまうと、今度は板金加工のレベルなどで変に値踏みされてしまう危うさが出てくる。 また真空管部分がむきだしなので、気軽にその辺に置いたりすると火傷の心配がある。気軽に、というところを狙うのであれば、何らかのカバーは必要だったろう。
■ 総論 世の中、組み立てるものと言うことで分けると、「プラモデル」的か「組み立て家具」的かに二分されるような気がする。プラモデルは作って楽しく遊んで楽しいという、趣味性の高いものに対して、組み立て家具は流通コストとかいろんな都合で組み立てをユーザーに丸投げするという意味で、しょうがなく組み立てるものである。 これまでのエレキット製品では、プラモデル的な感じが非常に強かったのだが、TG-5882はそこに組み立て家具的感覚を持ち込んだような印象を受ける。説明書片手に誰でも組み立てられるイージーさを持ち、あとは使うだけである。 だが本棚や机と違って、ヘッドフォンアンプというのは必要に迫られて買うというよりも、かなり趣味性の高い製品である。それだけにまた、ユーザー側の理想も高い。 新しいユーザー層を獲得するためのチャレンジングな製品というコンセプトは理解するが、29,800円というコストに対してどれだけ満足度が得られるのか、という計算が抜けているように思う。 例えば同じ値段でも、パーツから自分で組み立てる楽しみがあれば、同じ音質でも十分満足できただろう。だがここまで組み立てが簡易化されてしまうと、試練の果てにある達成感のようなものが満足できず、出力に対する満足感もまた低いのではないか。 ハンダ付けができない人にも真空管アンプを、というのであれば、それはもう完成品で十分なのではないかと思う。いや組み立て式だからこの値段でできるのだ、と言われればそれまでだが、それはまさに組み立て家具なのである。 果たしてオーディオに、組み立て家具のロジックは持ち込めるのか。性能やコストパフォーマンスというより、その結果のほうが興味深い製品である。 □イーケイジャパンのホームページ (2006年5月24日)
[Reported by 小寺信良]
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