■ 今度こそ素晴らしい実写化を
ざっとバックナンバーを眺めてみても、「鉄人28号」や「キャシャーン」、「デビルマン」など色々ある。取り上げていない作品でも「キューティー・ハニー」や「忍者ハットリくん」などが記憶に新しい。最近では「ALWAYS 三丁目の夕日」もコミックの実写映画化作品だ。 ただ、大ヒットを記録したのは「ALWAYS 三丁目の夕日」くらいで、他の作品は正直言って微妙なものがほとんど。知名度があり、人々の原作への思い入れも強く、広告展開も派手な反面、公開されると大コケという作品も少なくない。中でも「デビルマン」は思い出すだけで冷や汗が出てくるほどいろんな意味で凄まじかった。 そんな中、6月21日にまた、有名コミックを原作とした邦画のDVDが発売された。「最終兵器彼女」通称「サイカノ」である。原作は小学館の週刊「ビッグコミックスピリッツ」で2000年1月から2001年10月まで連載され、全7巻で累計350万部以上の売り上げを記録した高橋しんのコミック。連載終了後の2002年7月からCSのファミリー劇場、地上波のCBCなどでテレビアニメが放送され、DVD/UMD化も行なわれ、OVA「最終兵器彼女 Another love song」もリリースされている。 「どこにでもいる女子高生が、とてつもない破壊力を持つ最終兵器に改造される」という突飛な設定ながら、その少女ちせと、恋人・シュウジとの恋愛にフォーカスを絞り、閉じた世界観で物語が展開する、俗に言う「セカイ系」の作品に分類されるだろう。 どちらかというと女性にファンが多いイメージがある。個人的に大好きというほどではないが、原作は一応最後まで読んでおり、アニメもちょろちょろと鑑賞。OVA版は取材もしたのでそれなりに詳しいという状態だ。 発売日後の土曜日である6月24日に、近所の新星堂に向かったところ、在庫は通常版/アルティメットエディションともに豊富にあった。価格は通常版が3,990円、アルティメット版が7,140円と3,000円以上差がある。通常版は本編ディスクのみだが、アルティメット版は特典ディスクとの2枚組、封入特典として解説書と高橋しん氏によるイラストをあしらったステッカーも付属する。 DVDジャケットにある「東映ビデオ」という文字に、実写版デビルマンの影がチラつき、一瞬嫌な予感が頭をよぎる。振り払うようにアルティメット版をレジへ持って行った。
正直言って原作のストーリーはかなり忘れている。だが、原作を知らない人が実写版を観る感覚も味わいたかったので、あえてコミック版を読み返さず、DVDの再生ボタンを押した。
■ セカイに入り込めないセカイ系 主人公はドジで内気な女子高生ちせ(前田亜季)と、陸上部員のシュウジ(窪塚俊介)。北海道の田舎町に住む2人は、交換日記から交際をスタートしたばかり。幸せな学園生活が続くと思われたが、ある日、国籍不明の敵によって札幌が空爆される。 容赦なく投下される爆弾の雨に逃げ惑うシュウジだったが、突如現れた謎の物体が、空爆をしていた爆撃機を次々と撃墜していく。シュウジが見た物体の正体は、体から羽と巨大な武器を生やし、最終兵器に改造されたちせの姿だった。 自衛隊により、強大な戦闘能力を持つ化け物に改造された自分の彼女。シュウジは動揺しつつも、気丈に振る舞う彼女を愛おしく思い、恋愛を続けていく。だが戦況は日増しに悪化、ちせの出撃回数も増加。クラスメイトらも犠牲となる中、彼女は徐々に兵器としての力に蝕まれ、制御不能になっていく。それでもシュウジは彼女を想い、ちせはそんな彼を心の拠所とするのだが……。 まず、冒頭から低画質ぶりに驚く。VHSテープを押し入れから引っ張り出したような、ノイズまじりで奥行きのない、ザラザラした絵作り。解像度は低く、疑似輪郭も散見。色ズレもある。顔のアップでは暗部の階調性が無くなり、茶色や肌色の単色が生え際や首筋に付着するシーンも。てっきり「ノスタルジックな回想シーンなんだろう」と考えていたが、どうやら現在のシーンらしい。フィルムの粒状感や暖かみを出す処理なのだろうと思うが、「これから2時間この映像につきあうのか」と考えただけでトーンダウンした。 原作との違いは冒頭から顕著。まず、原作ではちせがシュウジに告白、2人が付き合うようになり、ドジでのろまなちせの可愛さや、不器用だが実直なシュウジの性格などが紹介され、幸福な学園生活が丁寧に描かれる。その後、札幌が空襲。それまでの優しくてほわほわした雰囲気から一転する対比が強烈で、相反するものを組み合わせるこの作品の象徴とも言える流れだ。 だが、実写版ではスタート直後5~6分でいきなり空襲。2人の性格描写もロクに無いので原作を知らない人はインパクトを受けにくいだろう。原作を知っていても「ええっ!? これがシュウジ!? 全然イメージと違うじゃん、つーか眼鏡は!?」と戸惑っているあいだにドカーン、ボカーン。インパクトの強いシーンを早く出したい気持ちはわかるが、世界観に入り込みずらい。 間一髪で爆撃機からシュウジを守り、煙の中からあらわれる“最終兵器彼女”。あどけない少女の腕から巨大なガトリング砲。観客の心を掴むシーンだが、ちせが画面に写し出された瞬間、申し訳ないが爆笑してしまった。 原作やアニメ版のちせは、異形の姿でありながらも独特の美しさがある。実写版の兵器ちせは、兵器と生身の結合部はよく処理されているが、CGで描かれる銃器が金属的な質感に乏しく、また、前田亜季嬢の細い腕と一体化しているので妙に“軽く”見え、オモチャっぽく感じてしまう。フィクションとして受け入れるより「それハリボテだろ」という理性的なツッコミが頭をもたげる。全般的にCGシーンはレベルが高いのだが、掴みのシーンはもう少し練って欲しかった。 物語は原作同様、2人のハードル多き恋愛を軸に展開。戦闘シーンは少なめで、人間ドラマが中心だ。それは正解だと思うのだが、配役ははっきりいって微妙。眼鏡のないシュウジは別にいい、だが、ちせが標準語なのは個人的に許せない。北海道弁まる出しの純朴少女が人殺しの道具になる事が悲痛なはずだ。前田亜季の演技は苦悩の部分は良いのだが、対比として天真爛漫さとか、天然っぽさが足りない。そのための絶好のアイテムとして道弁は使えたはずだ。マスターするのが困難だから省かれたのだろうが、女優としてはチャレンジして欲しかった。 だが、演技面でもっと問題なのはシュウジ役の窪塚俊介。シュウジの目線で描かれるシーンが多いため、おのずと独白が多様されるのだが、その棒読みっぷりが気になる。ちせによる殺戮の現場を目の当たりにして、思わず彼女に対する恐怖を表に出してしまうシーン。前のめりで鑑賞していても「ちせが悪いんじゃない。頭ではわかっているはずなのに……」という独白が入るとそのまま床に倒れそうになる。「眼鏡無しの新たなシュウジ像を作ってやる!」くらいの気概を感じさせて欲しい。 後半にかけて兵器に侵され、自我も薄れ、シュウジへの想いだけで自分を保つような悲痛さは見ていられないほど……だとよかったのだが、「心が消えていく」といって震えるちせも、風邪をひいている程度にしか見えない。自衛隊の科学者達は「(ちせの)システムが暴走している!!」と騒ぐが、場所がどう見ても体育館の片隅にパソコンを4台くらい置いただけの研究室なのでイマイチ盛り上がれない。 原作は青年誌ということもあり、たびたび性的なシーンが登場する。恋人として絆を確かめ合うものだったり、悲しみからの逃避行動だったりするのだが、前田亜季を起用した時点でかなり難しい。と思ったのだが、シーツから首と肩が出た状態で8秒ほどのキスシーンがあったのでクリアということでいいです、もう。 「セカイ系」の作品は、緻密な世界設定よりも、主人公近辺のみに視点を固定し、閉じた世界で物語が展開する。全体の結末がハッピーエンドだろうが、バッドエンドだろうが関係なく「主人公達が幸せを感じていたならハッピーエンドなんだろう」といような終わり方をするものというイメージがある。 この作品も、そもそも自衛隊は誰と戦っているのか、なぜちせが改造されたの? そもそも改造って? そんな技術があるならもっと……など、ツッコミを入れたらきりがない。だが、作品の主題は2人の恋愛であり、戦争や最終兵器は乗り越えるべき単なる障害。交際を反対する父親と同種のもので、リアルに描写する必要は無いのだろう。2人の心情にシンクロし、感動するのが正しい観賞方法だ。
だからこそ、2人の演技力が重要だ。2人の気持ちに入り込めないセカイ系作品ほど悲惨なものはない。リアルなCGや豪華な俳優など必要ない。例えラジオドラマでも号泣できるものが作れるだろう。実写版では、この作品の一番大切な要素が弱い気がして残念だ。
■ 音は及第点 DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレートは6.26Mbps。本編ディスクにも特典映像を収録していることを考えると平均的な数値か。だが、画質は前述の通り厳しいクオリティだ。 音声はドルビーデジタルサラウンドとドルビーデジタル5.1chで収録。ビットレートはドルビーサラウンドが384kbps、ドルビーデジタル5.1chが448kbps。主に5.1chで観賞したが、音場が広く、空襲シーンや最終決戦などではLEFも盛大。爆風と破片が部屋じゅうに散らばる、気持ちの良いサラウンドが楽しめた。
ほかにはキャストのロングインタビュー、予告編、イベントの模様、テーマソングのPV、3つのシーンを取り上げた本編と絵コンテのマルチアングル比較コンテンツなどを収録している。興味深いのはインタビュー。窪塚俊介は「原作と同じ北海道でロケをすることで、北海道の持つ雰囲気が映画に入り込んで、助けられた面もある」という。雄大な空間は演技にも良い影響を与えるのだろう。前田亜季は原作を全巻もらったものの、1話(1巻?)だけを読み、あとはイメージにとらわれたくなかったので読まなかったという。 VFXのメイキングは素材も豊富でボリューム満点。本編ディスクの方では「原作では兵器を生やしたちせと、収納したちせの境目のシーンが無いので、羽の収納をワンカットで見せることにチャレンジした」など、スタッフのこだわりが語られる。特典ディスクの方にも同様のコンテンツはあるのだが、こちらは素材が次から次へと再生されるだけで説明はない。「この映像とこの映像を組み合わせると本編になるんだろうな」と予想はできるが、できればスタッフの言葉でそれらの説明や、こだわった所、注視すると面白い点などを教えて欲しかった。
■ メカ少女好きなら 観賞後、「サイカノってこんな話だっけ!?」と思わず原作を引っ張り出したのは言うまでもない。ページをめくるたびに、出るわ出るわ、感動的なシーンやセリフの数々。しかし、実写版にことごとく入ってなかった。クラスメイトでシュウジに密かに想いを寄せていたアケミの衝撃的なシーンなど、入れて欲しかったのだが。 スッキリしない作品という意味では「デビルマン」と比較したくなるが、デビルマンは別の次元まで突き抜けた感があり、一種のエンターテイメントとして昇華されていた。サイカノはそこは達しておらず、普通のイマイチな映画に落ち着いている。旬の芸能人としてレイザーラモンHGや猫ひろしが、爆撃から逃げ惑う一般人などで出演していれば、それはそれで伝説に近づけたと思う。 原作ファンにははっきり言って不満が残る出来だろう。ただ、ラスト付近ではオリジナルで良い展開もあるので、それを楽しむだけでも観る価値はある。また、CGで描かれる戦闘シーンは少ないものの、どれもクオリティが高いので、ポイントポイントではそれなりに楽しめる作品だ。 今「メカ + 美少女」や「兵器/ミリタリー + 美少女」という古典的なジャンルが密かに再燃している。例えば島田フミカネ氏のイラストや、それを元にしたコナミのメカ娘」フィギュアや、OVA「スカイガールズ」も話題。萌え解説本では「萌えよ! 戦車学校」などが人気で、ミリタリーと美少女キャラのコラボマガジンまで登場している。そういうトレンドからすると、「とにかく腕がガトリングな亜季ちゃんが見たいんだ」という人にはお勧めできるかもしれない。
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